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 私、公爵家令嬢フリージア・ローグライトは前を歩いていた婚約者、レンブラント王国の第二王子アルフレッド様に声をかける。

「すみません……」

 アルフレッド様は声をかけたのが私だとわかるとすぐに微笑んで側に来られた。

「どうしたんだい、フリージア? そんな改まった言い方をして」
「あの、お話があります」

 真面目な口調で言うとアルフレッド様から笑顔が消えた。

「……もしかして、テレシアのことかい?」
「はい、テレシア・ドナール男爵令嬢の事です」

 するとアルフレッド様は顔を顰めかけてしまったが、すぐに柔かに微笑んできた。

「心配しないで欲しい。彼女はこの学園で一人ぼっちなんだ。だから、私達はただ、友人としてテレシアの面倒を見ているだけなんだよ」

 アルフレッド様がそう言うと後ろにいるジラール・ブランド伯爵令息とベント・ダリル子爵令息も頷いてきた。
 私はそんな三人を見て内心うんざりしながらも口を開く。

「もう、何度もお伝えしていますが、このままだとアルフレッド様やお二人にあらぬ噂が立ってしまいます。なので、同性である私達がテレシア・ドナール男爵令嬢のお相手をします」

 そう言うとアルフレッド様は首を横に振る。

「私達とテレシアはあくまで友人として接している。それは天命に誓ってもいい。だから、周りの噂なんか信用しなくて良いんだよ」
「そういうことではないのですよ……。アルフレ……」

 私が毎度の言葉を言おうとした時、遠くから大声を出して駆け寄ってくる人物がいた。

「アルフレッド様! ジラール様! ベント様!」

 淑女にあるまじきその行動で私の横を駆け抜けていくのは今、私が話をしていたテレシア・ドナール男爵令嬢その人である。
 テレシア様は私の目の前でアルフレッド様の腕に絡みつき顔を寄せる。
 そんなテレシア様の腕をやんわりと外し、微笑みかけるアルフレッド様に私はほっとしていると、テレシア様は私の存在に今気づいたとばかりに驚いてきた。

「あっ、フリージア様いたんですかぁ⁉︎ 私、気づかなかったですぅ!」

 テレシア様は体をわざとアルフレッド様に寄せていく。そんなテレシア様に私は溜め息を吐く。一年近く学院にいるのにまだ初歩的なマナーができないから。

 この方には何を言っても駄目なのかしら……

 マナー講師泣かせと言われる目の前の人物を見てそう思っていると、テレシア様は急に怯えた表情になり、アルフレッド様の後ろに隠れた。更には私を指差す。

「今、フリージア様が私を睨みました! 怖いですうぅ!」

 テレシア様のその行為に私はどっと疲れが出始めていると、アルフレッド様がテレシア様に優しく声をかけた。

「テレシア出ておいで。フリージアは怒ってなんかいないから。そうだよね?」

 そこでなぜ、聞いてくるの? あなたは私の婚約者ですよね? と言いたかったがぐっと我慢して答える。

「……ええ、ただ、廊下を走ったり大声を出したり、人を指差したりしていたのに驚いていただけです」

 私は実際にそう思った事を口にすると、テレシア様は突然大声で叫ぶ。

「酷いっ‼︎ フリージア様が私を虐めます! 私が何をしたんですか⁉︎」

 テレシア様は涙が全く出ていないのをバレないよう、顔を両手で隠しながらアルフレッド様の胸に飛び込む。アルフレッド様はそんなテレシア様を見て溜め息を吐くと、私に言ってきた。

「すまない、フリージア。私達はテレシアを少し休ませてくるよ」

「……よろしいのですか? このままの状態が続いても」

 アルフレッド様は私がいつも言わない台詞を言ったことに驚きこちらを見てくる。いつもはここで私がわかりましたと言って終わるからだ。
 しかし、今日はいつもと違う雰囲気を感じたのだろう。アルフレッド様は不安そうな表情で私に尋ねる。

「な、何がだい?」
「アルフレッド様、ジラール様、ベント様、あなた方には婚約者がおられるのですよ」

 すると三人は明らかにほっとした表情になり、いつもの様に私に言ってきた。

「先ほども言ったが私達はテレシアとは友人なだけでそれ以上の関係はないよ」
「それが本当なのはわかっています。しかし、アルフレッド様やお二人の行動はそういう風に見られても仕方ないと言っているのです」
「安心してよフリージア。もし、あらぬ噂を立てる様な輩が現れたら私がきつく注意するから」
「……そこまで仰るなら、私からはもう言うことはありません」
「……わかってくれて嬉しいよ」
「いえ、では私は失礼します」

 私は淑女の礼をするとその場を後にする。後ろでアルフレッド様の視線が追って来たが私はもう振り向く事はなかった。



 あれから教室に戻ると友人のアイリス・サマーリア伯爵令嬢とセーラ・ウィストン男爵令嬢が諦めきった顔で私のもとにきた。

「フリージア様……」
「その様子ですと駄目でしたよね」
「ええ、もう、無理かもしれないわね……」

 すると二人はがっかりした顔で項垂れた。
 なぜがっかりしたのかというと、ジラール様の婚約者はセーラ様でベント様の婚約者はアイリス様だから。
 この二人も私みたいに何度も話しに行っているのだが、さっきの様な感じになってしまうのだ。

「なんであんなに頑ななのかしら……」

 思わずそう呟くとアイリス様が首を傾けながら言ってきた。

「不貞行為ではなく、何かをしているのは確かなんですけど、全く教えてくれないのですよね」
「そうね……。せめて教えてもらえれば協力もできるのに……。何をしているのかしら?」
「街にいるのは私の商会の者達が何度も見かけていますから確かですよ。その際にテレシア様に何か買われてるみたいですし……」

 セーラ様は少し怒気を含め言ってくる。まあ、彼女は多額のお金を没落寸前のブランド伯爵家に資金援助をしているのだから、怒るのは仕方ない。
 しかも、そのお金の一部がテレシア様に行ってる可能性があるのだ。セーラ様のウィストン男爵家の面子を潰している様なものである。

 そういえばテレシア様は他のご令息からも何か頂いていたわよね……

 私は情報をくれたセーラ様に聞く。

「そういえば他のご令息とはもう関わってないのかしら?」
「いいえ、毎回、帰る家が違いますからねえ……」
「まあ、また増えたの?」
「なんてはしたない……」

 私とアイリス様が呆れていると、セーラ様が私達に顔を寄せてきた。

「それに何やら危ない事に首を突っ込んでいるようで……。詳しくわかりましたら教えますね」
「では、私の方でも聞いてみますわ。お父様が騎士団と懇意にされてますから何か情報があるかもしれませんから」
「ありがとう、セーラ様、アイリス様、私も何かあればお二人に教えますね」

 私達は笑顔で手を取り合い頷くのだった。



「フリージア」

 学校が終わって帰ろうとしていると誰かに呼び止められた。私は振り返り驚く。なぜなら隣国に行ってしまったはずの幼馴染のエドガー・ロストール公爵家令息が目の前にいたから。

「エドガー様、どうして?」
「向こうで覚えなきゃいけない勉強が終わってこっちに帰ってきたんだ。それより、様はやめて欲しいな」
「駄目よ。もう、私達は子供じゃないのだから」

 私が気持ちが伝わらないよう淡々と言うとエドガーは寂しそうに笑う。

「……そうだね。ごめん」
「……いいのよ。それよりお帰りなさい」
「ああ、ただいま」

 エドガーはそう言って微笑んできたので、私はドキっとしてしまい表情が崩れそうになる。だが、なんとか耐えぬく。今の私はアルフレッド様の婚約者だから、エドガー様に気持ちを知られたくないから。

 この気持ちはお墓にまで持っていかないと。だって、私は貴族の令嬢なのよ……
 
 私はそう思いながらエドガー様に会釈する。

「じゃあ、私は帰るわ。ご家族によろしくお伝え下さい」

 淑女の礼をして去ろうとすると、エドガーは再び声をかけてきた。
 
「婚約者とは上手くいってるのかな?」

 胸が苦しくなってしまった。一番、エドガーに聞かれたくない話だったからだ。私は震えそうになる声を必死に抑えて答える。
 
「ええ、大丈夫よ……。それじゃあ……」

 私はそう言うと足早にその場を去るのだった。
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