裏切られた氷の聖女は、その後、幸せな夢を見続ける

しげむろ ゆうき

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21、それぞれの思い

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 エリスさんに聖リナレウスの恩恵が付与されてから数日後、私達はオリベア邸の応接室のソファに座っていた。もちろんラジルさんに呼ばれたのである。オルデール王国の情報がいくつか入ったので説明したいと。
 だから、覚悟を決めて行ったのだ。結果は話された内容が私の想像と違い首を傾げてしまったが。

「戦争が起きるのではなく、オルデール王国内で王太子主導の元に貴族主義者が大量に粛正された……ですか」

 思わずそう呟いてしまうとラジルさんが頷いてくる。

「実際にうちの密偵が広場で処刑された貴族を見ている。まあ、その中には残念ながらシルフィード公爵家はいなかったけどね」
「……そうですか」

 私は力無く項垂れた。何せシルフィード公爵家が捕まらなければ私のことに関しては何も解決されないと思ったからだ。
 するとラジルさんが察したらしく仰ってきたのだ。

「ダリア・シルフィード公爵令嬢が偽物であったことは大々的に発表されたよ」
「……それを発表したところで信じてもらえますかね?」
「粛清された連中が悪党だったから大半は納得しているらしい」
「では、私はこれで自由になったと判断してよろしいのでしょうか?」
「それなんだが、昨日オルデール王国の王太子から氷の聖女を保護してくれて感謝するとご丁寧に手紙がきたよ」
「はっ、何それ?」

 ルナスさんが突然立ち上がる。更に続けて仰ったのだ。

「保護ってどういう事よ! セシルを殺そうとしたくせに連れて帰る気満々じゃない!」
「おそらく今回の件で王家の求心力が落ちたから本物の氷の聖女を連れ戻し、王妃にして力を取り戻したいといったっころだろう。まあ、それ以外にも氷の聖女は利用価値があるしな」
「……ふざけてるわね。で、どう返事したのよ?」
「まだ返してない。本人抜きで勝手に進めるわけにはいかないだろう。それにこの手紙にはもう一つの意味があるんだ。わかるかな?」

 ラジルさんが私を見てきたので頷く。

「オルデール王国は返答次第によって、ラジルさん達を氷の聖女を攫って監禁した犯罪者に仕立てようとしている……ですね」
「正解だ。やはり飲み込みが早くて助かる」
「先生達が素晴らしいですから。それでこれからどうされるのですか?」
「過去にシルフィード公爵家がした所業を友好国も含めて公表する。そして氷の聖女をオルデール王国には渡す気はないと答えるつもりだ。もちろん、セシル自身の言葉を尊重するが向こうに戻りたいかい?」
「オルデール王国にはもう……いいえ、元々、私の居場所はあそこにはありませんから」

 するとラジルさんは満足そうな表情を浮かべる。そして仰ってきたのだ。

「その言葉を聞きたかった。では友好国の聖リナレウス教国とネイルズ共和国に声をかけて近いうちにお偉い連中に来てもらおう」
「もしかして私の後ろ盾になって頂ける方ですか?」
「ああ、私だけだと弱いがこれならオルデール王国も手は出せないだろう。それで、オルデール王国の使者を呼んで話し合いの場を作るつもりだ」
「……私の言葉でオルデール王国に戻らないと伝えるのですね」
「そういう事だ。きっと今のはっきり言い返せるセシルを見たら驚くぞ」

 ラジルさんは満足そうに頷く。対して私の方は不安になってしまったが。何せ殺そうとした者を平気で連れ戻そうとしているオルデール王国は考え方が根本的に変わっていない。再びカイウスみたいな事を仕掛けてくるのではと。

 今度は公爵家ではなく国全体で……

 そう考えた直後、傷ついたラジルさん、そして第三騎士団の姿を思い出してしまった。
 ただ、それでも俯くことをもうしなかったが。もう前に進むしかないから。
 全てを終わらせるために。
 だから来たるべく日に備えて知識をもっとつけていこうと私は心に誓うのだった。



 話し合いの日に近づくに連れて各国から要人が沢山集まってきた。その中でも一番乗りでオリベア邸に挨拶に来たのがネイルズ共和国の使者でもある賢者マリーン様だった。
 マリーン様は私を見るなり優しげな表情で微笑んでくる。

「ほっほっほ、お主が氷の聖女セシル様か。なるほど、凄まじい魔力量だ。オルデール王国が自分達のものにしようとしたのもよくわかるわい」

 マリーン様は長い白髭を弄る。そんなマリーン様にラジルさんが頭を下げた。

「マリーン殿、どうか氷の聖女セシル様の後ろ盾になって欲しい」
「もちろん、そのつもりだわい。ネイルズ共和国は氷の聖女セシル様の味方となろう」

 マリーン様が力強く頷いてくれたので、私はカーテシーをしながらお礼を言った。

「ありがとうございます賢者マリーン様」
「ほっほっほ、マリーンお爺ちゃんと呼んでくれても良いんだぞ」
「ふふ、では私の事も気軽にセシルと呼んで下さい」
「こりゃ良い。ワシにも可愛い孫ができたわい」

 そう仰り白い歯を見せながら白髭を弄るマリーン様につい私も笑顔になっていると、勢いよく部屋の扉が開き司祭の格好をした老人が飛び込んできた。
 しかも、私を見るなり大袈裟に両手を広げながら仰ってきたのだ。

「おお、氷の聖女セシル様! このモルデン今日ほど生きていて良かった日はありませんぞ!」

 そして涙を流しながら祈りはじめてしまったのだ。すると遅れて部屋に入ってきたセバストさんが苦笑しながら紹介してくる。

「旦那様、聖リナレウス教国よりモルデン枢機卿が挨拶に来られました」

 ラジルさんは頷くとモルデン枢機卿に近づいていった。

「良く来てくれましたモルデン枢機卿。私がアルセウス領を統治する領主ラジルです」

 モルデン枢機卿はすぐに立ち上がりラジルさんの手を取る。

「ラジル殿、あなたには礼を言いたい。氷の聖女セシル様の力になって頂いたようで」
「それは私ではなく娘のルナスです。礼を言うなら彼女に。それで手紙で書きましたが氷の聖女セシル様の後ろ盾になってもらえますか?」
「もちろんです。これで、やっと聖リナレウス教国は氷の聖女セシル様の役に立てますぞ」

 モルデン枢機卿はそう仰って私の側に来る。そして跪き首を垂れた。

「あなたには辛い人生を歩ませてしまった。我ら聖リナレウス教国に力があればオルデール王国からあなたを救い出せたのに……」
「気になさらないで下さい。今なら国同士の関係も理解できますから。それより、手紙に書いた事をお聞きしたいのですが……」
「ふむ、聖リナレウスの恩恵ですね。あれは確かに我が国のトップしか知らない秘密です。けれども今回は特別にお話ししましょうぞ」

 モルデン枢機卿は頷くとゆっくりと語りだしたのだ。

「聖リナレウスの恩恵は今だに詳しくは解明できていません。ですが、わかっている範囲で説明しましょうぞ。聖リナレウスの恩恵は氷と雷の名がつく聖女様を守る者に聖リナレウス様が判断をして付与するいわばギフトだと我々は考えています。何せ魔王と戦う聖女様を守る者達が弱くては意味がないですからな」
「それはどんな考えであれ聖女を守る行為や崇める行為をした者に付くものなのでしょうか?」
「ええ、残念ながら。きっと聖リナレウス様は性善説を信じて作られたのでしょうな」

 モルデン枢機卿は残念そうに項垂れる。対して私は腑に落ちてスッキリしていたが。聖リナレウスの恩恵の仕組みがわかったからだ。
 理由はどうあれ私を守るために戦ったジークハルト様達、そして人々の前で私を称えた義姉ダリアに聖リナレウスの恩恵が付いたのが。側にいて少しでも聖女の為に何かした者に自動的に付与される魔法みたいなものだということを。

「でも、そうなるとなぜ勇者様には付かなかったのかしら? それにあの人にも……」

 ついそう呟いてしまうと口を開こうとしたモルデン枢機卿を押しのけマリーン様が答えてきたのだ。

「きっと、その者達には加護が付いていたのだろう。千年以上前におった神々が与えたギフトだから聖リナレウスの力が干渉できんからな。まあ、だからといって加護持ちは聖リナレウスの恩恵と同等……いや、それ以上の力を出せるから問題ないがな」
「マリーンお爺ちゃん、詳しいのですね」
「ワシは賢者の加護持ちだからな。少し前にできた聖リナレウス教国より、遥かに聖リナレウスの事はわしの方が詳しいぞ。聞くならワシにしておけ」

 マリーン様は髭を弄りながら、どうだと言わんばかりにモルデン枢機卿を見る。モルデン枢機卿は顔を真っ赤にさせながらマリーン様に詰め寄った。

「な、なんだと! 私だってだてに枢機卿はやっておらんわ! それにマリーンお爺ちゃんだと⁉︎ そんなの許さん! お爺ちゃんと言われるのは私の方だ!」
「うっさいわ! じじい!」
「じじいはそっちだろう!」

 マリーン様とモルデン枢機卿はお互いに服を掴み合うと睨み合ってしまった。
 すると私の側で静かに話を聞いていたルナスさんが二人を怒鳴ったのだ。

「良い年してあんたら何やってんのよ! セシルが困ってんでしょうが!」
「そ、それはワシの方が……」

 マリーン様が何か言おうとしたが、ルナスさんに睨まれて黙ってしまう。それを見たモルデン枢機卿が笑みを浮かべたがルナスさんに睨まれすぐに俯いてしまった。ルナスさんは呆れた表情で二人を見る。

「セシル、爺さん二人の相手して疲れたでしょう。あたしの部屋に来てお茶でも飲もう」
「で、でも、大丈夫なのでしょうか?」

 私は縮こまっているマリーン様とモルデン枢機卿を見るがルナスさんは手をパタパタ振った。

「良いのよ。後は父上に任せておけば。ねえ、そうでしょ?」
「ああ、後は私が話しておくからセシルはルナスとゆっくりしてくるといい」
「てことだから行こう」

 ルナスさんは私の背中を押し始める。その際、マリーン様とモルデン枢機卿の何とも言えない声が聞こえてくる。
 しかしルナスさんは気にせずに私を部屋から連れ出したのだ。ただし、しばらく廊下を歩いていたら顔をじっくりと覗き込んできが。
 だから私は首を傾げてしまったのだ。

「どうしたのですか?」
「だいぶ肉付きも良くなったしそろそろ次の段階に行こうかとね」

 そう仰ってくるルナスさんに私は再び首を傾げる。てっきりお茶を飲みに行くものだとばっかり思っていたから。だから再び尋ねてしまったのだ。

「あの、何をやるのですか?」
「決まってるじゃない、おめかしよ」
「おめかし?」
「ちょっとした復讐ね」

 ルナスさんは笑みを浮かべる。意図はわからなかったがとりあえず私はお任せすることにした。ルナスさんなら間違いなく正しいことをしてくれるだろうから。
 だから、一緒に湯浴み場へと向かったのだが、
なぜか脱衣所には侍女が沢山待機していたのだ。ルナスさんが驚いた表情を浮かべる。

「ちょっと、なんなの?」
「お二人の湯浴みを手伝うようにとメレーナ様から申しつかっております」
「姉上から? まさか……」
「はい、ルナスお嬢様もたまには令嬢らしくしなさいだそうです。では、皆行くわよ!」

 すると周りにいた侍女が一斉に私達を取り囲む。そして徐々に近づいてきたのだ。私は慌ててルナスさんの腕を掴む。

「わ、私達はどうなってしまうのでしょう?」
「はははっ、きっと悪い様にはされないわよ。きっとね……」

 そう答えながらも額から汗を垂らすルナスさんを見て私は思わず祈ってしまった。しかし、当然何も起きず私は両脇を侍女に抱えられ湯浴み場へと連行されたのだった。

「二人共、とても似合ってるわよ」

 髪を綺麗に結いドレスを着た私とルナスさんの対面で優雅に紅茶を飲みながらメレーナさんがそう仰ってくる。対して私達は何度もドレスの試着をさせられたためグッタリしていた。

「……たく、何十着もドレスを試着させられてこっちは大変だったのよ」

 ルナスさんが悪態を吐きながら紅茶を一気飲みすると、メレーナさんは片眉を上げた。

「それはたまにしか帰ってこないルナスが悪いのよ。そんな事よりセシルさん凄く綺麗よ」

 メレーナさんは私に微笑んでくる。ルナスさんも笑顔になり何度も頷いた。

「うんうん、傾国の美女ってところかしら。オルデール王国の王太子が見たら驚くだろうね」
「驚きますかね? 私の事は最初から不細工だから顔を隠せとか、顔を見せるなって言ってましたから……」
「そんな事言うなんて信じられない……。目が腐ってんじゃないの?」

 ルナスさんが心底理解できないという表情をすると、メレーナさんが口元に手を当てハッとする。

「もしかしたら、セシルさんと真逆の顔の作りをした女性が好みなのかもしれないわ」
「それ、ありえるわね。それかレインちゃんみたいなのがタイプかもしれないし」

 私は下層区にいた目つきの悪い大柄な男性……心は乙女の人を思いだす。

 流石にそれはないのでは……

 そう思ってが、ルナスさんとメレーナさんはどんどん話を盛っていき最後はジークハルト様はゴブリン好きの男色家という事で落ちついてしまった。

「まあ、それでもセシルを殺そうとしたことは許されないわよ。それに一年前のグリフォン討伐の件もね」
「ルナス、あの件を追ってるの?」
「うん。もし、あの時、オルデール王国の連中が嘘を吐いているなら責任とらせられるでしょ」
「うーん、悪いけどその件はこちらで預からせてもらえないかしら」
「なんでよ? 姉上が動いてるから?」
「まあ、そうね……」

 何となく歯切れの悪い返事にルナスさんは何か言いたそうだったが息を吐き頷いた。

「しっかり向こうに落とし前をつけさせられるなら任すわ」
「ありがとう。きっちりと落とし前はつけさせるわ」
「つけさせる?」
「ええ、ある人にね……」

 メレーナさんはそう返事すると、もう質問してくるなと言わんばかりに紅茶の香りを楽しみ始めてしまった。ルナスさんは私に向かって肩をすくめてくる。
 なのでその後は私達も黙って紅茶を飲むことにしたのだ。本当は私が断罪の裂け目に落とされた日のことやカシムさんのことを聞きたかったのだが。
 何せジークハルト様や勇者様の行動がわかると思ったから。
 でも、メレーナさんの様子では教えてくれないだろうと判断したのである。しかもそれで良いとも。
 だって、私はもう一人で戦うわけではないのだから。
 だから、私は紅茶を一口含むとお二人に楽しめそうな話題を振るうのだった。


ジークハルトside.

 現在、私は魔法兵団と騎士団の第一部隊、そして勇者を従えてランプライトに向かっていた。もちろん大切な婚約者を迎えに行くためである。ただし、会ってみないと本当に本人かはわからないのだが。

 何せ最近まで偽者がいたのだからな。

 思わず歯軋りしそうになったがなんとか抑えると数え切れないほど目を通し、しわくちゃになってしまった報告書に目を落とした。
 ランプライトで氷の聖女の力を使うセシルと名乗る者が現れた。特徴は銀色に輝く長い髪に、宝石の様な赤い瞳をした美しい女性と。
 間違いなくあの日に見た彼女の特徴だった。そして、あれが本来の彼女の姿なのだろうとも。

「セシルか」

 呟いた後に思わず頬が緩みかける。ただ、すぐにランプライトの方角を睨んでしまったが。
 何せランプライトからの返事には氷の聖女は渡さないと書いてあったから。しかも、密偵の報告では他の国までしゃしゃり出てきているらしい。きっと頭の切れるラジル・オリベアの仕業だろう。
 まあ、それでも大丈夫なのだが。指示に従う彼女を思い出し笑みを浮かべる。きっと自分の言葉ですぐに駆け寄って来るだろうから。

「だからお前達が何をしようが私達の仲は裂けないんだよ」

 私はそう呟いた直後、ランプライトの方角を睨んだ。
 しかしすぐにセシルを連れ帰った後の事を想像して思わず口元が緩んでしまうのだった。


???side.

「良いのか? 彼女に会わなくて?」

 執務室でいつもの報告を聞いた後、咎める様な視線をラジルが向けてくる。もちろん俺は当然とばかりに首を横に振った。彼女の中で俺はきっとあいつらと同類だからだ。

 いや、それ以上かもな……

 彼女の儚げな表情、怯えて泣きそうな表情、そして何もできなかった自分の姿を思い出し唇を噛み締めていると、ラジルが雷と氷の聖女の使命というタイトルの本を投げてくる。そして尋ねてきたのだ。

「モルデン枢機卿からもらった。この本に書かれている内容は本当か?」
「内容……」

 俺は栞が挟まれている箇所を開く。すぐにあの日を思いだし俯くとラジルは冷たい視線を向けてきた。

「場合によってはサジウス領の領主として、いや、この世界のために私はやるからな」
「そんな……事には……ならな……い。させない……」

 しかしラジルは冷めた瞳で俺を見てくるだけだった。きっと俺にそんな力はないと思っているのだろう。
 すると、それを肯定するようにラジルは言ってきたのだ。

「対応策は用意するからな」

 思わずラジルに掴みかかりそうになる。でもなんとか我慢してオリベア邸を飛び出たのだ。
 まあ、出た直後我慢できなくなり石壁を叩いてしまったが。
 でも叩いたおかげで冷静になることができた。ただし、現実が襲ってきたが。
 だから拳を再び握りしめてしまったのだ。もう彼女は苦しんではいけないからだ。

「絶対に」

 俺はそう呟くとすぐさま彼女を救うための行動に出るのだった。
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