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正月休み
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世間並みにちゃんともらえた正月休みの間に、バイトをすることにした。
今まで、ちゃんと正月休み……どころか、長期休暇ってものを体験したことがないので、時間を持て余すと思ったから。
『正月休みってさ、勝手にやってって感じ』
「大野の言わんとするところはわかる」
仕事を回してもらったのは、前の職場で仲のよかった大野。
できあがったプログラムが正しく動くかテストしてバグを探すのが主な仕事の、いわゆるテストプログラマーっていうやつ。
プログラムは、好きだ。
触れていないと寂しい。
それにすぐに変わっていく業界だから、ちょっとでも関わっていたい。
『明日が正月でも、まだこんなって、どうよ?! いや、この業界あるあるなんだけどさ』
「だよねー」
『北島は? 今のとこは、どう?』
「ちゃんと休みあるよ。ほぼ世間並み」
『そりゃあ……慣れなくて、却って動揺するな』
「そうなんだよ」
指示をもらいながらデータをやりとりする片手間に、インカム越しに雑談をする。
色々と教えてくれる奴で、その後の会社や勤めていた人の動向なんかを聞いて、自分の近況を答える。
『そういや、お前、山内さんと仲良かったよな? 今も連絡とってる?』
出された名前に、ドキッとした。
「ああ、うん。担当の営業だったしね。普通っしょ。今は連絡とってないけど……何? なんかあった?」
声、震えるな。
『いや、最近いい噂聞かないからさあ。北島、一緒に辞めたんじゃないよな?』
「山内さん、オレが辞める前に、辞めてたじゃん。何? そんな悪いの?」
山内さん……鉄人さんは、オレより前にあの会社を辞めた。
個人で引き受けていたらしい結構な量の仕事を、格安でオレに押しつけて、できあがると早々にオレの前から去っていった。
あの人の優しい言葉に浮かれてたのは、オレだけ。
『俺らに聞こえてくるくらいだから、上の方では揉めてるっぽいよ』
「へえ……」
『北島、腕はいいけどさ、流されやすいから俺は心配よ~。これからもフリーでテスト引き受けるんなら、ちょっと気をつけな』
大野の言葉は、今ならすんなりと耳に入ってくる。
あのころに言われていたら、きっと、大野と縁を切ってた。
それくらい、オレは浮かれてた。
「ありがと。山内さんって、そつないイメージだったから、揉めてるって意外だな」
『そうか? 俺は胡散臭くて好きじゃなかったけど』
「へえ、そうなんだ」
『あ、送信終わった。どう、いけそう?』
オレが自分の考えに沈む前に、大野が話題を変える。
「ちょっと待って、確認する」
『おー。よろしく』
引き受けたプログラムは、ややこしさで言えば中レベル。
ただ、量が多い。
誰だ。
これ組んだのは。
ちょっと、妙な癖があるプログラムで、動きは普通なのに解読するときにハテナマークが浮かんでしまう。
これ、絶対組んだプログラマーの変な癖だ。
ひとつのブロック、キリのいいところまで片づけて、タバコ休憩にしようと、大きく伸びをした。
メガネを取って、冷蔵庫から缶コーヒーを出す。
窓を開けて、外に向かって煙を吐く。
ため息を誤魔化せるから、いいアイテムだよと言っていたのは、なんの映画だったかな。
久しぶりに、あの人の名前を聞いた。
山内鉄人。
オレに『何もできない』って、教えてくれた人。
オレに男の味を教え込んだ人。
もうひとくち、大きく煙を吐いた。
バイト、引き受けといてよかった。
やることがあるから、まだ、普通を保っていられる。
休みが長いってのは、良し悪しだよな。
そういえば、まかきゃらやも昔はほぼブラックだったと、井上さんが笑っていたっけ。
仕事が好きで楽しくて会社作っちゃった、そんな人たちが中心だから、休むときに休めなかったんだそうだ。
この数年……長友部長が来て内勤がしっかり回るようになって、ちゃんと世間並みに休めるようになったって言ってた。
タバコ一本、最後まで吸っても窓を閉める気になれなくて、そのままでいた。
部屋の気温が下がる。
年末の夜中だ、寒いに決まってる。
ぶるるるるる、と、スマホが震えた。
すぐ切れたから、多分、メールかメッセージ。
ぼんやりしたまま表示させたら、要さんからだった。
『あけましておめでとうございます。休みを堪能してる? もし時間があったら、お茶でもどう?』
要さん。
机の上に、納会でもらったロリポップ。
ねえ、要さん。
オレは揺らいでる。
オレを捨てた人がどうなってても、オレはもう知らない。
つきあってるんじゃないから、どうしようもない。
だけど、未練とかそんなんじゃなくて、気にかかる。
要さんも、気にかかる。
あなたは優しい。
どうしてなのかわからないけど、優しい。
『なっちゃん』
まかきゃらやに入ってから、そう呼ばれなくなった。
役員と平社員だから、しょうがないのかなとも思う。
社内にはあだ名で呼び合っている人もいるけど、それを良しとしない人だっている。
なかなか顔が見られないことも寂しい。
でもやっぱり、あなたが以前のように呼んでくれないことが寂しい。
寂しがったってオレは何にもできなくて、全然あなたに見あわない。
だから、しょうがないんだと思う。
今まで、ちゃんと正月休み……どころか、長期休暇ってものを体験したことがないので、時間を持て余すと思ったから。
『正月休みってさ、勝手にやってって感じ』
「大野の言わんとするところはわかる」
仕事を回してもらったのは、前の職場で仲のよかった大野。
できあがったプログラムが正しく動くかテストしてバグを探すのが主な仕事の、いわゆるテストプログラマーっていうやつ。
プログラムは、好きだ。
触れていないと寂しい。
それにすぐに変わっていく業界だから、ちょっとでも関わっていたい。
『明日が正月でも、まだこんなって、どうよ?! いや、この業界あるあるなんだけどさ』
「だよねー」
『北島は? 今のとこは、どう?』
「ちゃんと休みあるよ。ほぼ世間並み」
『そりゃあ……慣れなくて、却って動揺するな』
「そうなんだよ」
指示をもらいながらデータをやりとりする片手間に、インカム越しに雑談をする。
色々と教えてくれる奴で、その後の会社や勤めていた人の動向なんかを聞いて、自分の近況を答える。
『そういや、お前、山内さんと仲良かったよな? 今も連絡とってる?』
出された名前に、ドキッとした。
「ああ、うん。担当の営業だったしね。普通っしょ。今は連絡とってないけど……何? なんかあった?」
声、震えるな。
『いや、最近いい噂聞かないからさあ。北島、一緒に辞めたんじゃないよな?』
「山内さん、オレが辞める前に、辞めてたじゃん。何? そんな悪いの?」
山内さん……鉄人さんは、オレより前にあの会社を辞めた。
個人で引き受けていたらしい結構な量の仕事を、格安でオレに押しつけて、できあがると早々にオレの前から去っていった。
あの人の優しい言葉に浮かれてたのは、オレだけ。
『俺らに聞こえてくるくらいだから、上の方では揉めてるっぽいよ』
「へえ……」
『北島、腕はいいけどさ、流されやすいから俺は心配よ~。これからもフリーでテスト引き受けるんなら、ちょっと気をつけな』
大野の言葉は、今ならすんなりと耳に入ってくる。
あのころに言われていたら、きっと、大野と縁を切ってた。
それくらい、オレは浮かれてた。
「ありがと。山内さんって、そつないイメージだったから、揉めてるって意外だな」
『そうか? 俺は胡散臭くて好きじゃなかったけど』
「へえ、そうなんだ」
『あ、送信終わった。どう、いけそう?』
オレが自分の考えに沈む前に、大野が話題を変える。
「ちょっと待って、確認する」
『おー。よろしく』
引き受けたプログラムは、ややこしさで言えば中レベル。
ただ、量が多い。
誰だ。
これ組んだのは。
ちょっと、妙な癖があるプログラムで、動きは普通なのに解読するときにハテナマークが浮かんでしまう。
これ、絶対組んだプログラマーの変な癖だ。
ひとつのブロック、キリのいいところまで片づけて、タバコ休憩にしようと、大きく伸びをした。
メガネを取って、冷蔵庫から缶コーヒーを出す。
窓を開けて、外に向かって煙を吐く。
ため息を誤魔化せるから、いいアイテムだよと言っていたのは、なんの映画だったかな。
久しぶりに、あの人の名前を聞いた。
山内鉄人。
オレに『何もできない』って、教えてくれた人。
オレに男の味を教え込んだ人。
もうひとくち、大きく煙を吐いた。
バイト、引き受けといてよかった。
やることがあるから、まだ、普通を保っていられる。
休みが長いってのは、良し悪しだよな。
そういえば、まかきゃらやも昔はほぼブラックだったと、井上さんが笑っていたっけ。
仕事が好きで楽しくて会社作っちゃった、そんな人たちが中心だから、休むときに休めなかったんだそうだ。
この数年……長友部長が来て内勤がしっかり回るようになって、ちゃんと世間並みに休めるようになったって言ってた。
タバコ一本、最後まで吸っても窓を閉める気になれなくて、そのままでいた。
部屋の気温が下がる。
年末の夜中だ、寒いに決まってる。
ぶるるるるる、と、スマホが震えた。
すぐ切れたから、多分、メールかメッセージ。
ぼんやりしたまま表示させたら、要さんからだった。
『あけましておめでとうございます。休みを堪能してる? もし時間があったら、お茶でもどう?』
要さん。
机の上に、納会でもらったロリポップ。
ねえ、要さん。
オレは揺らいでる。
オレを捨てた人がどうなってても、オレはもう知らない。
つきあってるんじゃないから、どうしようもない。
だけど、未練とかそんなんじゃなくて、気にかかる。
要さんも、気にかかる。
あなたは優しい。
どうしてなのかわからないけど、優しい。
『なっちゃん』
まかきゃらやに入ってから、そう呼ばれなくなった。
役員と平社員だから、しょうがないのかなとも思う。
社内にはあだ名で呼び合っている人もいるけど、それを良しとしない人だっている。
なかなか顔が見られないことも寂しい。
でもやっぱり、あなたが以前のように呼んでくれないことが寂しい。
寂しがったってオレは何にもできなくて、全然あなたに見あわない。
だから、しょうがないんだと思う。
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