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職業安定所
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「ええと、北島夏樹さん」
「はい」
職業安定所の流れはお役所仕事だなあって、毎回思う。
受付でカードを引いて、窓口に呼び出される。
流れ作業のように書類を出して、検索かけて企業とのマッチングを受ける。
「前職がプログラマーなら、その方向で探した方がいいと思うんですけど?」
「……はあ」
「訓練校行かれたんですね。こっちは……フラワーアレンジメント?」
「そうです」
何故その選択なんだと、職員の目が語っていて、オレは肩をすくめる。
わかってる。
極端だって言いたいんだろ?
脈絡のないこのスキルで、お前、何の仕事に就きたいんだ訳わかんねえって。
おとなしく前職に近い資格取って、前職に近い仕事につけば話早いのにって。
それくらいオレだってわかってる。
けど、しばらくプログラムは専業にしたくないと思うんだ。
ため息をつかれながら、いくつかの会社を紹介される。
その中のひとつを選んで、面接の予約を入れてもらって、窓口を離れた。
あー。
面倒くさいけど、仕方がない。
今までの貯蓄と失業保険で暮らせる期間なんて、限られているんだ。
モバイルのカレンダーに予定を入力して、渡された会社の資料と外したメガネと一緒に、鞄にしまい込んだ。
ゆるりと、視界の輪郭がゆるむ。
これくらいの方が心地いいと思うようになったのは、いつからだっけ。
多分、なんか色々疲れたなって感じるようになってから、かな。
家に帰る前に、一服。
喫煙所に立ち寄って、タバコに火をつける。
喫煙者は肩身が狭い、とか、冬に屋外は厳しい、とかいろいろ文句言いながらも、何故か職安の喫煙所は混んでる。
そこに混じっているんだから、人のことは言えないんだけどさ。
家に帰ったら、早速、履歴書を用意しなくちゃなあ、なんて考えながら煙を吐く。
さて、何を書けばいいのやら。
オレ、北島夏樹という。
このあいだの夏に二十五歳になったところ。
現在無職。
特技欄にかけるのは、いくつかの資格。
普通運転免許と仕事に必要でとったパソコン関連の資格と、漢字検定とフラワー装飾技能士、賞状書士に秘書検定。
趣味は読書とパソコン、かな。
後は何があったっけ。
自分のことを考えてみると、ホントに何にもなくてつまんねえ男だな、と思う。
ひとことでオレを表すなら『ちょっと残念』。
身長は一七〇センチあるけど、日本人の平均身長にはちょっと足りない。
既製品の服を着ることはできるけど、直しに出すほどでもない程度に、ちょっとだけあちこち余る。
裸眼で生活できないことはないけれど、文字を読んだり車を運転したりするにはメガネがあった方が楽で、全体的にはちょっと不便。
友人知人には恵まれてるけど、恋人はいない。
いろんな資格を取ってはいるけど、プログラムが組める以外、突出して自慢できるようなモノはない。
それだって職にできるっていう程度で、驚くほどに才能があるかっていうとそういうわけでもなく、いたって平凡の範囲内。
顔は整っている方だと言われるけど、自分の好みじゃないし、童顔だし、記憶に残るほどの美男子ではない。
女の子には好まれる容姿だけれど、オレが好きになるのは、男。
はあ。
考えれば考えるほど、マイナスの方に向かっていく思考。
イカン、イカン。
吸いきったタバコを灰皿に落として、伸びをした。
考えていても仕方ない。
こういうときにはタスクを洗い出して、ひとつひとつ確実に片づけていくのが大事。
「よし」
鞄を持ち直して移動しようとしたら、背後から声をかけられた。
「なっちゃん?」
「え?」
声の方をに視線を向ける。
職安の入り口に立っていたのは、背の高いシルエット。
「やっぱり。久しぶり。今日はどうしたの? 職探し?」
手を振りながら近づいてきた人を見て、驚いた。
「要さん?」
まだ建物の中に入っていないのだろう、要さんはコート姿だった。
篠森要、というこの人とは、職業訓練校に通っていた時に知り合った。
オレと同じフラワーアレンジメントのコースに通っていた訳じゃなくて、同じビルに通っていて、何となくよく遭遇して、何となく言葉を交わすようになった人。
遭遇するのはたいてい、訓練校の入り口とか喫煙所の近くで、時間に余裕にある時には自販機の飲み物おごってくれたりしてたんだ。
どっかの会社の役員で、法務だか経営財務だか人事なんちゃらっていう、オレには全然関係なさそうで、難しそうなコースをとってるって言ってた。
オレより頭いっこ分は身長が高くて、さすが会社役員って感じのおしゃれさんなのに未婚で、三十五歳の若造なんだと笑っていた。
大柄なのに人あたりが柔らかで、全然偉そうじゃなくて、オレだって成人しているんだから変な話なんだけど「こんな大人になりたいな」と、一緒にいてついうっかり思っちゃう人。
で、何故かオレに構ってくれた人。
「偶然ですね」
「ホントだ。もう帰り?」
「はい。面接の予約取れたんで、帰って準備しようかと。要さんは?」
「今から、求人出そうかと思ってたんだけど……」
ふむ、と要さんは顎に手を当てて、考えるそぶりをみせた。
何だ、ちょっと残念。
久しぶりだから、時間があるなら茶でもと思ったけど、忙しいなら仕方ない。
「じゃあ、オレ帰るんで……」
「ちょっと待って」
「はい?」
要さんがオレの肩をつかんだ。
「なっちゃん、その紹介された先は、すごく行きたいところ?」
「は?」
「もし、よかったらさ、ウチにこないかなって思うんだけど、どうだろう?」
すごくいいことを考えついたって顔で、にこにこと笑いながら要さんは言った。
「ウチの会社、退屈させないと思うし、なっちゃんみたいに器用貧乏な人が欲しいんだよね」
「はい」
職業安定所の流れはお役所仕事だなあって、毎回思う。
受付でカードを引いて、窓口に呼び出される。
流れ作業のように書類を出して、検索かけて企業とのマッチングを受ける。
「前職がプログラマーなら、その方向で探した方がいいと思うんですけど?」
「……はあ」
「訓練校行かれたんですね。こっちは……フラワーアレンジメント?」
「そうです」
何故その選択なんだと、職員の目が語っていて、オレは肩をすくめる。
わかってる。
極端だって言いたいんだろ?
脈絡のないこのスキルで、お前、何の仕事に就きたいんだ訳わかんねえって。
おとなしく前職に近い資格取って、前職に近い仕事につけば話早いのにって。
それくらいオレだってわかってる。
けど、しばらくプログラムは専業にしたくないと思うんだ。
ため息をつかれながら、いくつかの会社を紹介される。
その中のひとつを選んで、面接の予約を入れてもらって、窓口を離れた。
あー。
面倒くさいけど、仕方がない。
今までの貯蓄と失業保険で暮らせる期間なんて、限られているんだ。
モバイルのカレンダーに予定を入力して、渡された会社の資料と外したメガネと一緒に、鞄にしまい込んだ。
ゆるりと、視界の輪郭がゆるむ。
これくらいの方が心地いいと思うようになったのは、いつからだっけ。
多分、なんか色々疲れたなって感じるようになってから、かな。
家に帰る前に、一服。
喫煙所に立ち寄って、タバコに火をつける。
喫煙者は肩身が狭い、とか、冬に屋外は厳しい、とかいろいろ文句言いながらも、何故か職安の喫煙所は混んでる。
そこに混じっているんだから、人のことは言えないんだけどさ。
家に帰ったら、早速、履歴書を用意しなくちゃなあ、なんて考えながら煙を吐く。
さて、何を書けばいいのやら。
オレ、北島夏樹という。
このあいだの夏に二十五歳になったところ。
現在無職。
特技欄にかけるのは、いくつかの資格。
普通運転免許と仕事に必要でとったパソコン関連の資格と、漢字検定とフラワー装飾技能士、賞状書士に秘書検定。
趣味は読書とパソコン、かな。
後は何があったっけ。
自分のことを考えてみると、ホントに何にもなくてつまんねえ男だな、と思う。
ひとことでオレを表すなら『ちょっと残念』。
身長は一七〇センチあるけど、日本人の平均身長にはちょっと足りない。
既製品の服を着ることはできるけど、直しに出すほどでもない程度に、ちょっとだけあちこち余る。
裸眼で生活できないことはないけれど、文字を読んだり車を運転したりするにはメガネがあった方が楽で、全体的にはちょっと不便。
友人知人には恵まれてるけど、恋人はいない。
いろんな資格を取ってはいるけど、プログラムが組める以外、突出して自慢できるようなモノはない。
それだって職にできるっていう程度で、驚くほどに才能があるかっていうとそういうわけでもなく、いたって平凡の範囲内。
顔は整っている方だと言われるけど、自分の好みじゃないし、童顔だし、記憶に残るほどの美男子ではない。
女の子には好まれる容姿だけれど、オレが好きになるのは、男。
はあ。
考えれば考えるほど、マイナスの方に向かっていく思考。
イカン、イカン。
吸いきったタバコを灰皿に落として、伸びをした。
考えていても仕方ない。
こういうときにはタスクを洗い出して、ひとつひとつ確実に片づけていくのが大事。
「よし」
鞄を持ち直して移動しようとしたら、背後から声をかけられた。
「なっちゃん?」
「え?」
声の方をに視線を向ける。
職安の入り口に立っていたのは、背の高いシルエット。
「やっぱり。久しぶり。今日はどうしたの? 職探し?」
手を振りながら近づいてきた人を見て、驚いた。
「要さん?」
まだ建物の中に入っていないのだろう、要さんはコート姿だった。
篠森要、というこの人とは、職業訓練校に通っていた時に知り合った。
オレと同じフラワーアレンジメントのコースに通っていた訳じゃなくて、同じビルに通っていて、何となくよく遭遇して、何となく言葉を交わすようになった人。
遭遇するのはたいてい、訓練校の入り口とか喫煙所の近くで、時間に余裕にある時には自販機の飲み物おごってくれたりしてたんだ。
どっかの会社の役員で、法務だか経営財務だか人事なんちゃらっていう、オレには全然関係なさそうで、難しそうなコースをとってるって言ってた。
オレより頭いっこ分は身長が高くて、さすが会社役員って感じのおしゃれさんなのに未婚で、三十五歳の若造なんだと笑っていた。
大柄なのに人あたりが柔らかで、全然偉そうじゃなくて、オレだって成人しているんだから変な話なんだけど「こんな大人になりたいな」と、一緒にいてついうっかり思っちゃう人。
で、何故かオレに構ってくれた人。
「偶然ですね」
「ホントだ。もう帰り?」
「はい。面接の予約取れたんで、帰って準備しようかと。要さんは?」
「今から、求人出そうかと思ってたんだけど……」
ふむ、と要さんは顎に手を当てて、考えるそぶりをみせた。
何だ、ちょっと残念。
久しぶりだから、時間があるなら茶でもと思ったけど、忙しいなら仕方ない。
「じゃあ、オレ帰るんで……」
「ちょっと待って」
「はい?」
要さんがオレの肩をつかんだ。
「なっちゃん、その紹介された先は、すごく行きたいところ?」
「は?」
「もし、よかったらさ、ウチにこないかなって思うんだけど、どうだろう?」
すごくいいことを考えついたって顔で、にこにこと笑いながら要さんは言った。
「ウチの会社、退屈させないと思うし、なっちゃんみたいに器用貧乏な人が欲しいんだよね」
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