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空っぽの家
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『もしも留守だったら、使ってください。外で待ってるとかダメですよ。このあたりは静かですけど、治安はそれほどいいとは言えないんです。裕子さん、女性なんですからね』
いつだったか。
飲み友達になってそんなに経たない頃に、一度だけ店の前でゆきさんを待ったことがあって、その後でゆきさんから合鍵を渡された。
付き合っているとかそういうのは全くないのに、当たり前のようにゆきさんは軽くお説教をしながらそうした。
その、ゆきさんから渡されていた鍵を使う。
先に連絡は入れなかった。
椎くんから聞いた話で、そうした方がいいと思ったから。
これも急襲、というのかな。
上がり框に靴をそろえる。
あたしの靴の隣には、ちゃんとゆきさんの靴がある。
なのに誰もいないように静かな、人気の感じられない家。
いつも通される部屋を覗く。
あたしが招かれるときはほどよく散らかっていて、居心地のいいその部屋は、生気の感じられない少し荒れた様子に見えた。
半分だけしまったカーテン。
空き缶が置かれたままのローテーブル。
この家に招待されている時にはあたしに提供されるソファに、ゆきさんが乗っかっていた。
座っているのでも、寝転がっているのでもない。
そこに、ぽいっと、乗せられている。
ホントにそんな所在のない感じで、だらりと、ゆきさんがそこにいた。
「ゆき、さん?」
「こんにちは、裕子さん」
そこにいるのは、ゆきさんだけどゆきさんじゃない、誰か。
仕掛けられた出来のいい人形のように、挨拶の言葉だけが空々しくゆきさんの口からこぼれ出る。
「どうして、あなたなんだろうね?」
あたしが言葉の接ぎ穂を探していたら、ポツリとゆきさんが問いかけてきた。
回答は待っていない感じで、自問自答するようにつぶやき続ける。
「え?」
「いや、そういうものだよね。わかってるんだ。わかってはいるんだけど、鍵が開く音がした瞬間に期待するでしょう。でも、歩いてくる感じで違うってわかって、わかっているのにどうして姿を見るとまた落胆するのかな」
「ゆきさん、誰を待っているの? 恋人?」
「恋人……? 恋人かぁ……何をもって恋人っていうんだと思う?」
「違うの?」
「セックスをする相手が恋人? なら、恋人なのかもしれないね。好きだとかつきあおうとか、そういう言葉を交わしたことはないけど。でも、恋人ってそういう可愛らしい睦ごとがあってのことな気がするよね。だったら恋人ではないかな。あの人との間に、そんなのがあった記憶はないんだよね……だとしたら、恋人ではないよね。まあセックスはするんだけどさあ……ああ、セフレ? でも、血縁関係があると友達とはいえないよね……友達じゃないならセフレでもないか。だったら、あの人は僕の何なんだと思う?」
え?
感情の抜けた顔でつぶやくゆきさんの顔を、マジマジと見直してしまった。
椎くんは、今、ゆきさんがものすごく弱っていると言っていた。
ゆきさんが『依存しきっている人』との連絡が取れなくなっているんだと。
でも今、ゆきさんは確かに、血縁関係があると言った。
セックスをする相手で、血縁関係がある人。
それって……どういうこと?
「ゆきさん?」
だらりとそこにいただけのゆきさんが、ゆっくりとその体を起こした。
静かにあたしにむかって腕をのばす。
ゆきさんがソファから落ちてしまいそうで、あたしは慌てて近づいた。
「捕まえた」
「はい?」
「裕子さん、いい人すぎる。付け込まれるよってあれほど言ったのに」
ソファから落ちる直前でゆきさんはあたしの身体を掴み、上手にソファに押し付ける。
男の人にしては、細い腕。
だけどやっぱりちゃんと男の人だ。
思ってた以上にちゃんと男の人だった。
痛くはないけど解けない強さであたしを抱きしめて、耳元でゆきさんは囁いた。
「裕子さん、セックスしようよ」
いつだったか。
飲み友達になってそんなに経たない頃に、一度だけ店の前でゆきさんを待ったことがあって、その後でゆきさんから合鍵を渡された。
付き合っているとかそういうのは全くないのに、当たり前のようにゆきさんは軽くお説教をしながらそうした。
その、ゆきさんから渡されていた鍵を使う。
先に連絡は入れなかった。
椎くんから聞いた話で、そうした方がいいと思ったから。
これも急襲、というのかな。
上がり框に靴をそろえる。
あたしの靴の隣には、ちゃんとゆきさんの靴がある。
なのに誰もいないように静かな、人気の感じられない家。
いつも通される部屋を覗く。
あたしが招かれるときはほどよく散らかっていて、居心地のいいその部屋は、生気の感じられない少し荒れた様子に見えた。
半分だけしまったカーテン。
空き缶が置かれたままのローテーブル。
この家に招待されている時にはあたしに提供されるソファに、ゆきさんが乗っかっていた。
座っているのでも、寝転がっているのでもない。
そこに、ぽいっと、乗せられている。
ホントにそんな所在のない感じで、だらりと、ゆきさんがそこにいた。
「ゆき、さん?」
「こんにちは、裕子さん」
そこにいるのは、ゆきさんだけどゆきさんじゃない、誰か。
仕掛けられた出来のいい人形のように、挨拶の言葉だけが空々しくゆきさんの口からこぼれ出る。
「どうして、あなたなんだろうね?」
あたしが言葉の接ぎ穂を探していたら、ポツリとゆきさんが問いかけてきた。
回答は待っていない感じで、自問自答するようにつぶやき続ける。
「え?」
「いや、そういうものだよね。わかってるんだ。わかってはいるんだけど、鍵が開く音がした瞬間に期待するでしょう。でも、歩いてくる感じで違うってわかって、わかっているのにどうして姿を見るとまた落胆するのかな」
「ゆきさん、誰を待っているの? 恋人?」
「恋人……? 恋人かぁ……何をもって恋人っていうんだと思う?」
「違うの?」
「セックスをする相手が恋人? なら、恋人なのかもしれないね。好きだとかつきあおうとか、そういう言葉を交わしたことはないけど。でも、恋人ってそういう可愛らしい睦ごとがあってのことな気がするよね。だったら恋人ではないかな。あの人との間に、そんなのがあった記憶はないんだよね……だとしたら、恋人ではないよね。まあセックスはするんだけどさあ……ああ、セフレ? でも、血縁関係があると友達とはいえないよね……友達じゃないならセフレでもないか。だったら、あの人は僕の何なんだと思う?」
え?
感情の抜けた顔でつぶやくゆきさんの顔を、マジマジと見直してしまった。
椎くんは、今、ゆきさんがものすごく弱っていると言っていた。
ゆきさんが『依存しきっている人』との連絡が取れなくなっているんだと。
でも今、ゆきさんは確かに、血縁関係があると言った。
セックスをする相手で、血縁関係がある人。
それって……どういうこと?
「ゆきさん?」
だらりとそこにいただけのゆきさんが、ゆっくりとその体を起こした。
静かにあたしにむかって腕をのばす。
ゆきさんがソファから落ちてしまいそうで、あたしは慌てて近づいた。
「捕まえた」
「はい?」
「裕子さん、いい人すぎる。付け込まれるよってあれほど言ったのに」
ソファから落ちる直前でゆきさんはあたしの身体を掴み、上手にソファに押し付ける。
男の人にしては、細い腕。
だけどやっぱりちゃんと男の人だ。
思ってた以上にちゃんと男の人だった。
痛くはないけど解けない強さであたしを抱きしめて、耳元でゆきさんは囁いた。
「裕子さん、セックスしようよ」
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