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さめても夢じゃない
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ぼーっと天井を眺める。
ゆっくりと夜が明けて空が明るくなるのを、カーテン越しに感じている。
最近は六時ごろが日の出だから、そろそろ六時なんだろう。
いったん自分の家に帰ってから出勤するのがベストなので、いい加減起きて、帰らなくちゃ。
オレに抱き着いたまま眠っている麦谷の髪を撫でた。
直に感じる麦谷の体温はオレよりちょっと高くて、絡められた素肌の手足が、昨夜の出来事は夢じゃないよって教えてくれる。
はい。
慰めているうちにちょっといきすぎちゃって、心だけじゃなくて身体もねっていうのは、男女関わらずあることだよね。
昨夜、涙をこぼす麦谷を、泣き止むまでよしよしと抱きしめて撫でてた。
涙が止まってちょっと落ち着いたら、いきなり恥ずかしくなったらしくて、そこから呑み第二弾に雪崩れ込んだ。
麦谷にとっては追いアルコール、オレもなし崩し的につきあって、勢い余ってしまった。
うだうだと呑みながら、長く付き合って結婚までした女を別の男に寝とられたっていう顛末を聞いていて、改めて麦谷はノンケだなって思ったんだ。
思ったはずだったんだけど、オレにとっては千載一遇の機会というか据え膳だったわけで、アルコールの力も借りてしまった。
一度きりの、初恋の思い出ってやつ。
三十年ほどのこの人生、清廉潔白だったわけじゃない。
それなりにそれなりな経験はしてるわけだけど、ずっとどこかに引っかかっていた麦谷の存在。
その、麦谷と、した。
麦谷の弱っているところにつけ込んで、酒の力も借りて、麦谷が混乱しているうちにイニシアティブとって好き勝手にした。
「勝手で、ごめんな」
そっと指で麦谷の無精髭を撫でる。
いつもきちんとしている男の頬に、朝、うっすら生えた無精髭を見つけると、ときめいてしまう。
麦谷の寝起きは初めて見るけど、でもやっぱりときめいてしまうので、朝の無精髭がオレの萌えポイントなんだろう。
他の男でもときめくけど、麦谷のは格別。
最初で最後に、ときめきをありがとう。
そっとベッド代わりのマットレスから抜け出した。
ごそごそと服を着て、身支度を整える。
「ん……竹やん……?」
「おはよ、麦谷。オレ、今日も仕事やし、もう行くな」
まだ寝惚けている麦谷に告げる。
はっとしたように身体を起こすのを見て、二日酔いしていないようで良かったなぁなんて、ちょっとぼけたことを思ってしまった。
「ちょ、待って、竹やん……送るから」
「ええって、ここからやったら駅もすぐやん。道わかるし、お前はもちょっとゆっくりしとき」
靴下をはいてカバンを抱えたら、がしっと麦谷に足首をつかまれてバランスを崩しそうになった。
「ぅお?! 何すんねんお前、危ないやんけ」
「待って……マジ、も、ちょっとだけ待って……あのな、俺……いや、あの、連絡先。そう、お前の連絡先教えてくれ」
「連絡先て……教えんのはいいけど、オレ、仕事柄ほぼ捕まらへんで?」
「それでも! 偶然会って、こんなんなって、そのまま連絡先もわからんままって、それはあんまりにもあれやろ!」
真剣な顔で訴えてくるから、溜息一つ。
いやそんな真剣にならんでもって思うんだけど。
「こんなとか言うけどなぁ……別に、なんてことないんやし、気にせんでもええんやで?」
スマホを出しながら言ったら、麦谷はまた、泣きそうな顔をした。
オレ昨日から何回、こいつのこんな顔見てるかな。
野球部の副キャプテン、こんな涙もろかったっけって、笑いそうになる。
「お前は気にせんでも、俺は気になる」
「そうなんか? せんでもええことやけど、お前が気になるんやったら気にしといてくれ」
差し出されたスマホに、自分のバーコードを読み取らせる。
これは個人用の。
もう一つ仕事用のを持たされていて、そっちならほぼ確実に連絡付くんだけど、こっちは連絡を受け取るのがほとんどで、必要ならコールバックする感じの使い方なんだよな。
ちゃんとお互いの連絡先が交換されたことを確認して、ほぅと麦谷が息をつく。
全く律儀なことで。
「ほな、オレ行くな」
「また連絡する」
「ええけど……マジでほぼ捕まらへんで」
「いい。それでも、連絡する」
「ああそう。うん、わかった」
ポンポンと麦谷の肩を叩いて、オレは腰を上げた。
やっぱり気持ちだけやんなあって感じの玄関で靴を履いて、玄関のドアを開ける。
下着だけ身につけた麦谷が追いかけるように玄関に来る。
しなくてもいいのに見送りはしてくれるらしい。
「ほな、お邪魔しました」
「竹やん」
「ん?」
一歩踏みだしたオレの手を引っ張って、麦谷がオレの額に口づけた。
「ありがと。また連絡する」
「はぁ?!」
「今日はお前に譲る。気ぃつけて帰ってくれ。ホンマに助かった、ありがとう」
「お、おぅ」
女子ならキャッキャと喜びそうな行動だけど、オレには鳩に豆鉄砲だよ。
ぎくしゃくと答えて、麦谷の部屋を後にした。
ええと。
ええと、だ。
オレはこれで思い出をありがとうでいいかなって思っていたのですが。
夢みたいな棚ぼたありがとうって思っていたのに、夢じゃないのか、これ。
ちょっと違くないか?
麦谷の行動、おかしくないか?
最後に口づけられた額を押さえながら、オレは速足で駅に向かって歩いた。
ゆっくりと夜が明けて空が明るくなるのを、カーテン越しに感じている。
最近は六時ごろが日の出だから、そろそろ六時なんだろう。
いったん自分の家に帰ってから出勤するのがベストなので、いい加減起きて、帰らなくちゃ。
オレに抱き着いたまま眠っている麦谷の髪を撫でた。
直に感じる麦谷の体温はオレよりちょっと高くて、絡められた素肌の手足が、昨夜の出来事は夢じゃないよって教えてくれる。
はい。
慰めているうちにちょっといきすぎちゃって、心だけじゃなくて身体もねっていうのは、男女関わらずあることだよね。
昨夜、涙をこぼす麦谷を、泣き止むまでよしよしと抱きしめて撫でてた。
涙が止まってちょっと落ち着いたら、いきなり恥ずかしくなったらしくて、そこから呑み第二弾に雪崩れ込んだ。
麦谷にとっては追いアルコール、オレもなし崩し的につきあって、勢い余ってしまった。
うだうだと呑みながら、長く付き合って結婚までした女を別の男に寝とられたっていう顛末を聞いていて、改めて麦谷はノンケだなって思ったんだ。
思ったはずだったんだけど、オレにとっては千載一遇の機会というか据え膳だったわけで、アルコールの力も借りてしまった。
一度きりの、初恋の思い出ってやつ。
三十年ほどのこの人生、清廉潔白だったわけじゃない。
それなりにそれなりな経験はしてるわけだけど、ずっとどこかに引っかかっていた麦谷の存在。
その、麦谷と、した。
麦谷の弱っているところにつけ込んで、酒の力も借りて、麦谷が混乱しているうちにイニシアティブとって好き勝手にした。
「勝手で、ごめんな」
そっと指で麦谷の無精髭を撫でる。
いつもきちんとしている男の頬に、朝、うっすら生えた無精髭を見つけると、ときめいてしまう。
麦谷の寝起きは初めて見るけど、でもやっぱりときめいてしまうので、朝の無精髭がオレの萌えポイントなんだろう。
他の男でもときめくけど、麦谷のは格別。
最初で最後に、ときめきをありがとう。
そっとベッド代わりのマットレスから抜け出した。
ごそごそと服を着て、身支度を整える。
「ん……竹やん……?」
「おはよ、麦谷。オレ、今日も仕事やし、もう行くな」
まだ寝惚けている麦谷に告げる。
はっとしたように身体を起こすのを見て、二日酔いしていないようで良かったなぁなんて、ちょっとぼけたことを思ってしまった。
「ちょ、待って、竹やん……送るから」
「ええって、ここからやったら駅もすぐやん。道わかるし、お前はもちょっとゆっくりしとき」
靴下をはいてカバンを抱えたら、がしっと麦谷に足首をつかまれてバランスを崩しそうになった。
「ぅお?! 何すんねんお前、危ないやんけ」
「待って……マジ、も、ちょっとだけ待って……あのな、俺……いや、あの、連絡先。そう、お前の連絡先教えてくれ」
「連絡先て……教えんのはいいけど、オレ、仕事柄ほぼ捕まらへんで?」
「それでも! 偶然会って、こんなんなって、そのまま連絡先もわからんままって、それはあんまりにもあれやろ!」
真剣な顔で訴えてくるから、溜息一つ。
いやそんな真剣にならんでもって思うんだけど。
「こんなとか言うけどなぁ……別に、なんてことないんやし、気にせんでもええんやで?」
スマホを出しながら言ったら、麦谷はまた、泣きそうな顔をした。
オレ昨日から何回、こいつのこんな顔見てるかな。
野球部の副キャプテン、こんな涙もろかったっけって、笑いそうになる。
「お前は気にせんでも、俺は気になる」
「そうなんか? せんでもええことやけど、お前が気になるんやったら気にしといてくれ」
差し出されたスマホに、自分のバーコードを読み取らせる。
これは個人用の。
もう一つ仕事用のを持たされていて、そっちならほぼ確実に連絡付くんだけど、こっちは連絡を受け取るのがほとんどで、必要ならコールバックする感じの使い方なんだよな。
ちゃんとお互いの連絡先が交換されたことを確認して、ほぅと麦谷が息をつく。
全く律儀なことで。
「ほな、オレ行くな」
「また連絡する」
「ええけど……マジでほぼ捕まらへんで」
「いい。それでも、連絡する」
「ああそう。うん、わかった」
ポンポンと麦谷の肩を叩いて、オレは腰を上げた。
やっぱり気持ちだけやんなあって感じの玄関で靴を履いて、玄関のドアを開ける。
下着だけ身につけた麦谷が追いかけるように玄関に来る。
しなくてもいいのに見送りはしてくれるらしい。
「ほな、お邪魔しました」
「竹やん」
「ん?」
一歩踏みだしたオレの手を引っ張って、麦谷がオレの額に口づけた。
「ありがと。また連絡する」
「はぁ?!」
「今日はお前に譲る。気ぃつけて帰ってくれ。ホンマに助かった、ありがとう」
「お、おぅ」
女子ならキャッキャと喜びそうな行動だけど、オレには鳩に豆鉄砲だよ。
ぎくしゃくと答えて、麦谷の部屋を後にした。
ええと。
ええと、だ。
オレはこれで思い出をありがとうでいいかなって思っていたのですが。
夢みたいな棚ぼたありがとうって思っていたのに、夢じゃないのか、これ。
ちょっと違くないか?
麦谷の行動、おかしくないか?
最後に口づけられた額を押さえながら、オレは速足で駅に向かって歩いた。
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