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発熱

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 ぽかんって、なって自分のどこかに大きな穴が開いた感じ。
 でも自由だなあって思う。
 身軽で自由で、もう何も気にすることもないんだって、きちんとナオと別れてから思った。
 今までだって何かを気にしていたわけじゃないんだけど。
 でも、ぽかんてして寂しい感じ。
 それくらい気にしていないつもりで気にしていたのかもしれない。
 チュンの家から関家に戻るのに、少し面倒なことになった。
 微熱が引かなくて、結局、テルさんに車を出してもらうことになってしまったんだ。

「ちょっと、いつもの感じと違うんで……無理やり病院は連れてったんですけど、様子見るしかないってことだったんですよね」

 迎えに来たテルさんにおれを引き渡す時、チュンが言う。
 マジでやめれ。
 お前はおれの親じゃないから。
 
「了解です……て、『いつもの感じ』? ああ、寮で同室だったんだっけ」
「です。高校の時は、まあ、よく熱を出してたんで……でも、なんか今回は違うから」

 ふわふわ。
 熱の割になんか足元が心もとなくて、困る。

「チュン、大げさ……大丈夫だっての。すいませんテルさん……シュンの受験前なのに」
 
 いらないって言ったのに、チュンは大げさなほどにおれの装備を整えた。
 ホント『病人の装備』って感じで、笑えてくる。
 額に冷却シートを貼って、服は薄手のものを何枚も重ねて、なのにコートの上から大判のマフラーでぐるぐる巻きにされている。
 いや、熱のある時にはこういう服の着方はありがたいんだよ、まめに着脱することで調整できるから。
 だけどさあ、これでポケットにカイロ仕込まれて、手にスポーツドリンクとミネラルウォーター持たされると、ちょっとビビる。
 
「大丈夫。いっくんが家にいて安静にしてる方が、シュンは落ち着くから気にしなくていいよ」
「オレが大げさなんじゃなくて、お前が自分を軽んじすぎてんだっての。病人は口閉じて言うこと聞いてろ」
 
 二人から同時に言葉が飛んできて、ふふってなった。
 すごく『らしい』くて、おれに優しい。

「笑ってんじゃねえ」

 チュンが額の冷却シートをぎゅうって押し付けた。


 関家の布団は『関家』の匂いがして、それで綿のシーツが洗いざらしって感じの肌触りなんだ。
 自分の家じゃないから帰るっていうのとは違うはずなのに、布団に押し込まれたら帰ってきたって気がして、ほうと息をついた。
 そのまま寝落ちしていたらしくて、気がついたら横でシュンが寝転んでテキストを開いていた。
 部屋の中は電気で明るくて、障子の向こうは暗いように見えたから、きっと夜。
 学校帰りなら宿題のプリントをしていることが多くて、テキストってことは塾の宿題か受験勉強。

「……シュン?」
「いっくんお帰り。熱出てたって? 大丈夫?」

 呼びかけたらいつものようにまっすぐの視線が向けられた。

「風邪だったらうつしたらいけないから……」
「いっくんの風邪菌だったら弱っちくて、オレにうつんないと思うんだよね」

 あっさりとそう言って、シュンはおれの首筋に手を当てる。
 この一年の間に、妙に看病の手際が良くなった。

「ホントだ……いつもの熱の出方と違う」
「なに?」
「テルちゃんが言ってたから。いっくんの熱っていつも一気に上がって一気に下がるのに、今回はずっと微熱のまんまだ」
 
 そういえばチュンもそんなこと言っていたなって思った。

「知恵熱なんじゃね?」
「なに、それ?」
「コドモが頭使いすぎて、熱出すやつ」
「いっくん大人じゃん」
「ああ、そっか……」

 でもあながち間違いじゃないんじゃないかなって思う。
 体の熱じゃなくて、気持ちからの熱。
 おれのどこかに、ぽかんとあいた穴をふさぐための熱。

「いっくん?」
「微熱だからすぐに動けるようになるよ……穴が、ふさがったら、下がる……」

 シュンの手が気持ちよくて、目を閉じた。
 そっと首筋から手を外されたから、捕まえて握った。
 それでまた眠ってしまったんだと思う。

 次に気がついたら、おれは部屋に一人でいて、外が明るくなっていた。



 受験前の大事な時期にそんなことをやらかしたっていうのに、シュンはいつもと全く変わらなくて。
 毎日元気にランドセル背負って出かけて、下校したら塾に行って、いつもみたいに遊びに行くような感じでさら~っと受験に行って、あっさりと合格をつかんだ。
 いくつか受けた学校、全部合格ですってよ。
 勉強を始めたのは遅かったのに、優秀だな少年。
 家族会議で決めた進学先は、ここからは通えない進学校。
 別におれに気を使わなくてもいいのに、シュンはわざわざそれをおれに告げてくれた。
 
「ここから通えないのはヤだけど、でも、テルちゃんもオレがいいと思うようにするのがいいって言ってくれたし」

 夜、進路の報告に来てくれたシュンは、おれの布団の上でゴロゴロしながら、言う。
 いつの間にかおれの布団の中に入り込んで寝ることはなくなったけど、その代わりのように、寝る前にシュンはおれの布団でゴロゴロしながら、いろんなことを話してくれるようになった。

「それにさあ、そこ、男子校なんだよ」
「それは何の関係があんのかな?」
「かーちゃんが『偏り』『偏り』ってうるさいから、あえて、男子校にしてみた」
「ああ、そう……」

 どやあって顔でシュンが言う。 
 男子校だけど受かった中で偏差値が一番高いから、文句は出ないんだそうだ。
 シュンはテルさんとひーさんに懐いているから、お母さんの考え方が腹立たしくて仕方ないらしい。
 
「それにオレ、いっくん好きだし」
「はい? ……シュン、それはきっと勘違いだよ」
「うん。いっくんはそう言うよね。だから、確かめてくる」

 シュンは体を起こしておれと向かい合わせに座ると、熱を測る時みたいに、おれの首筋に手を当てた。

「オレね、子どもなんだなって思った」
「シュン?」
「この間、いっくん熱出したじゃん。テルちゃんが迎えに行くとき、電話で誰かといろいろ話してて、なんかあったんだなって思ったんだ。けど、いっくんに何があったか、テルちゃんは教えてくれなかった……」

 まっすぐな目で、シュンがおれを見る。

「いっくんが『いい男になっておれを惚れさせろ』って言ってたの、何となく、大人になれってことなのかなあって、思った。だから、ちゃんと確かめてくる。たくさん見て、経験して、いい男になるから待ってて」

 そう言われて、ふふって笑ってしまった。
 お前、ホントにかわいいんだよな。

「そっか。でも、よけいな経験はしなくていいから」
「よけいな経験って何?」

 それも、自分で察せるようになってきてください。




「いっくん、好き。だから、待っててね」
 
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