出戻り聖女はもう泣かない

慈雨

「ジュタっ！」

　ぽつぽつと、雨が降る。
　雨なのに雨粒を感じるのは顔だけっていうのは、すごく不思議だね。
　ねえ、そう思わないか、ミリヒ……
　そう問いかけてたつもりで、手を伸ばす。
　どう思う？

「ジュタ……？　気がついたのか？　ジュタ？」

　何が？
　目にはいるのは木組みのいつもの天井。
　毎朝、目にするのと同じ天井だから、森のとば口のジュタの家で、ベッドの上に仰向けになっているんだろう。
　ちゃんとジュタだ。
　寿太郎でも、聖女ジューでもないって、ほっとする。
　涙目のミリヒに顔を撫でられて、手を握られて、なんかミリヒが大げさだなあって、笑えてしまった。
　ふふって息を吐き出したら、胸がつかえて痛かった。
　ああ、そう言えば、ってその痛みで思い出す。

「ミリヒ？」
「ジュタ……」

　色素の薄いきれいな瞳から、きれいな滴が落ちる。
　ほたほたと止まる様子もなく。

「なん……で、ないてる、の？」
「泣くに決まっている！　自分が何をしたのかわかっているのか？」

　何をしたのか……？
　そうだ。
　ミリヒはおれが自殺を図ったとでも思っているのか。

「別に世をはかなんだ訳じゃ、ないよ」
「だったら、どうして自分に刃を向けたんだ！　あんなに、血が流れて……手遅れになったら、どうする！」
「剥いでしまおうと思ったんだよ」

　イルスが正室を迎えるって聞いた。
　当然のように言祝げって言われた。
　痣はどんどん薄くなっていく。
　心変わり？
　忘れていくから？
　それは、イルスとおれと、どちらの気持ち？
　ただ黙って消えるのを待つくらいなら、剥がしてリセットしてしまえと思ったんだ。
　そうしたら、すっきりと忘れて次へいけるのにって思った。
　例え片思いでも、その方がいいのにって、そう思ったんだ。
　何かあったときのためにって渡されていた剣で、痣を刺した。
　そのはずなのに、今ベッドの上にいて、手当はされているようだ。
　この様子だといつものように訪れたミリヒが、おれを発見して手当をしてくれたんだろう。

「もういらない印なら、消えるのを待つこともない、いっそ剥いじゃえって、思ったんだ」
「やめてくれ」

　ミリヒが絞り出すような声で言った。

「例えどんな理由でも、君が傷つくのは、見たくない……君が他の男のモノでも、姿を見られるだけで充分に幸せで、一緒に過ごす時間がとれるなんて贅沢なことだって、やっと実感したところなんだ……君が、この世界にいないなんて、もういやだ」