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 我慢したんだ。
 神官の言っていることは理解できたけど、おれには受け入れられなかった。
 だから、そう言って帰ってもらった。
 ちゃんと言えていたかはわからないけど、とにかく無理だって言って帰ってもらって、あとのことは全部ミリヒに丸投げした。
 花を摘んでいたサナとオファのことも、作業が途中になってしまった薬草の根っこも、全部。
 家に入って靴を脱いで、ベッドにもぐりこむ。
 悔しいのか悲しいのかわからないけど、涙が出てきて止まらなくて、誰にも会いたくなかった。
 それで、我慢するのを止めた。
 
「ぁああああああああっ」

 枕に顔を押し付けて、声を上げる。
 
「なんでだよっバカっ」

 嘘つかれたとか、だまされたとか、そんなことは思わない。
 だってちゃんと知っている。
 イルスはおれを愛してくれていた。
 ここに。
 この胸に、痣はあるんだ。
 痣は愛し合ったふたりが体を交わしたら、愛の証明のように浮き上がるんだってさ。
 真実の恋人たちの目印、そう教わった。
 愛が冷めたら消えてしまうとも教わった。
 『花』はまだ咲いていると、神官は言った。
 イルスの身体にも、おれの身体に痣があるって事は、お互いに、まだ気持ちがあるってこと。
 でも気づいてもいる。
 服を脱いで、胸の痣を見る。

「『花』、まだ咲いてるんだってさ……」

 イルスと一緒にいた頃、この痣はもっと色鮮やかだった。
 蕾はもっとふっくらとしていて、いつ開いても不思議じゃないくらいのもので、不思議なことに日に日に様子を変えていっていた。
 刺青と見間違えるくらいにくっきりしていたのに、今は痣があるなっていうくらいでしかない。
 色が以前より薄いって事は、だんだんと忘れていっているってこと。
 以前は自分の指でなぞっただけで、身体の奥にじわって震えがきたものだけど、今はホントになんの違和感もない。
 つねってみたって、つねった感覚しかないんだ。

「痛い……」

 つねったところを撫でさすった。

「痛いよ、イルス……」

 涙が止まらなくて、喉の奥がぐぅってなった。
 目の縁が痛い。
 二度目に呼び出されたあとで、あの時おれは誰かに強制的に帰されたらしいと、聞かされた。
 王宮の中は一枚岩ではないんだと、ミリヒが言った。
 おれが知っているのは、今、愛し合ったあの人が王様になって後宮にたくさんの姫がいて、今でも独り身で、誰が正室になるか争っているって事くらい。
 あとは何も知らない。
『君は君の好きなようにしていていい。人間たちの権力争いに関わる必要はない。心安らかに過ごして、ただ、『世界』のために祈ってほしい』 
 あの時、イルスに「初めまして」と言われたおれは、ミリヒのその言葉に縋ってしまったから。

「イルス……」

 こぶしを痣に当てる。
 何度も何度も。
 この胸をノックして、届けばいいのに。

 おれの気持ち、届いたらいいのに。


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