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秋の怪談話
かわいい不審者
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空が高くなって、青さが変わって、家業が忙しさを増していく中で、長く寝込んでいたじいさまはそのまま目覚めなくなった。
じいさまは、園芸師と呼ばれる職人だった。
花卉を育てる職人の中でも、菊に特化して、菊人形のための菊を育てる名人。
じいさまの育てた菊は薫り高く、ふくよかで、色鮮やかに長く咲くと言われていた。
オレ――北島優太は、じいさまにとっての外孫。
ちっさいころから土遊びの延長でじいさまと一緒に花を育てて、そのままそこに就職した花卉農家職人の見習い。
特殊技能を身につけていたじいさまに世話になった人はたくさんいて、じいさまを慕う人も多くて、何だったら勝手に弟子だと言い張る人もいて、いやあ、我が祖父ながら大したものだと感心した。
本来なら大々的に執り行った方がいいんだろうなっていう儀式は、我が家的というか業界的繁忙期のため、落ち着いたら『お別れの会』でも開きましょうっていうところに落ちついて、忙しなく家族だけで見送った。
それが一年前のこと。
菊人形の準備に追われて、毎年殺人的忙しさになっていたこの時期だけれど、今年は少しだけまし。
社長は、名人といわれていたじいさまがいくなったので、菊の花に関しては事業を縮小したのだ。
最後の出荷を終えてほっと一息ついて、オレは腰を伸ばす。
さっき、最後の花を積んだトラックが出て行ったのだ。
今日の花畑の仕事は後片付けだけなので、オレがひとりで引き受けた。
とりあえず、今年も何とかなったなあって、息をつく。
来年はどうかなとは思うけど、でも、とにかくひとまずは今年が何とかなったので、それでよしとする。
昨日までは色とりどりに菊の花が咲いていた畑を見渡す。
今は、空っぽ。
ただひたすらにむき出しになった土が広がっている。
ふと気がついたら、そんな中にポツンと小柄な人が立っていた。
しかもどう見ても「コスプレでしょ」って感じのへんな格好をしている。
何のキャラなのかは知らないけど。
着物……っていうか、着物アレンジ? ってやつ?
連想ゲームみたいに出てきたのは『教科書のお市の方』なんだけど、長い髪の毛はポニーテイルにしてる。
一瞬見惚れた。
スッと伸びた背筋も、風になびく髪も、凛としているというしかないようなその佇まいも、全部キレイで信じられないって思った。
「って、おい、ちょっと待て」
我に返って慌ててその人のところに向かう。
だって田舎の街道から外れたとこにあるだだっ広い畑だけど、私有地だ。
作業するには車出さなきゃなんないくらい人里離れたところにある分、用事のない人は立ち入ったりしないところなんだよ。
つまりどれだけ目を離したくなくなるような人でも、不審者。
「ええと……どちらさまですか?」
畑を横断して近くまで行ったら、予想外に小柄で若い姿なのがわかった。
平均的日本人体形のオレより全体的に一回り小さくて、髪は真っ黒でくっきりとした眼をしていて、肌が白いからその分唇の色が映えていた。
オレがおそるおそる声を掛けたら、その人――その子は、オレにピタリと視線を止めて、それからふわりと微笑んだ。
「お初にお目にかかります。わたくし、千代見と申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
お辞儀の見本みたいにきちんと頭を下げられたから、つられてオレも頭を下げる。
「あ、オレは北島優太です、はじめまして……じゃなくて、ねえ、あんたなんでここにいるの? ここ私有地なんだよね。どうやってここに入ったの?」
「どう、と、申されましても……あの、わたくし、多比良さまのお迎えに上がりましたの。姫さまは無用と仰せになったのですけれど、どうしてもどうしても、わたくし、一刻も早くに多比良さまにお会いしたかったものですから」
シュンと眉を下げて千代見と名乗ったその子は、肩を落とす。
嘘をついている様子はない。
ホントの本気で言ってる。
マジか?
大丈夫かこの子?
多比良というのは、うちのじいさまの名前。
もう一年も前に死んだ人間を迎えにって、何いかれたこと言ってるんだ?
大体、この格好は何だっていうんだ。
「じいさまは死んだよ」
「はい、存じ上げております。それ故、わたくしがお迎えに上がったのです」
「はぁ?!」
いや待って。
マジで待って。
作業着のポケットからスマホを取り出す。
これ、ダメなやつ。
オレひとりで当たっていい案件じゃない。
タップしようとしたオレの指を、そっと押さえて千代見という奴はオレをのぞき込んできた。
「どうぞお待ちになって。わたくし、何も悪さはいたしませんから。あなた様にも、この土にも、誓って何もいたしません。ただここで、多比良さまを待たせてくださいませ」
ふわりと草っぽいいい香りが鼻をかすめた。
じいさんが育てた菊花のような爽やかな香り。
オレの手に添えられた千代見の手はひやりとしていて、心地よいけれど体温は感じなかった。
じいさまは、園芸師と呼ばれる職人だった。
花卉を育てる職人の中でも、菊に特化して、菊人形のための菊を育てる名人。
じいさまの育てた菊は薫り高く、ふくよかで、色鮮やかに長く咲くと言われていた。
オレ――北島優太は、じいさまにとっての外孫。
ちっさいころから土遊びの延長でじいさまと一緒に花を育てて、そのままそこに就職した花卉農家職人の見習い。
特殊技能を身につけていたじいさまに世話になった人はたくさんいて、じいさまを慕う人も多くて、何だったら勝手に弟子だと言い張る人もいて、いやあ、我が祖父ながら大したものだと感心した。
本来なら大々的に執り行った方がいいんだろうなっていう儀式は、我が家的というか業界的繁忙期のため、落ち着いたら『お別れの会』でも開きましょうっていうところに落ちついて、忙しなく家族だけで見送った。
それが一年前のこと。
菊人形の準備に追われて、毎年殺人的忙しさになっていたこの時期だけれど、今年は少しだけまし。
社長は、名人といわれていたじいさまがいくなったので、菊の花に関しては事業を縮小したのだ。
最後の出荷を終えてほっと一息ついて、オレは腰を伸ばす。
さっき、最後の花を積んだトラックが出て行ったのだ。
今日の花畑の仕事は後片付けだけなので、オレがひとりで引き受けた。
とりあえず、今年も何とかなったなあって、息をつく。
来年はどうかなとは思うけど、でも、とにかくひとまずは今年が何とかなったので、それでよしとする。
昨日までは色とりどりに菊の花が咲いていた畑を見渡す。
今は、空っぽ。
ただひたすらにむき出しになった土が広がっている。
ふと気がついたら、そんな中にポツンと小柄な人が立っていた。
しかもどう見ても「コスプレでしょ」って感じのへんな格好をしている。
何のキャラなのかは知らないけど。
着物……っていうか、着物アレンジ? ってやつ?
連想ゲームみたいに出てきたのは『教科書のお市の方』なんだけど、長い髪の毛はポニーテイルにしてる。
一瞬見惚れた。
スッと伸びた背筋も、風になびく髪も、凛としているというしかないようなその佇まいも、全部キレイで信じられないって思った。
「って、おい、ちょっと待て」
我に返って慌ててその人のところに向かう。
だって田舎の街道から外れたとこにあるだだっ広い畑だけど、私有地だ。
作業するには車出さなきゃなんないくらい人里離れたところにある分、用事のない人は立ち入ったりしないところなんだよ。
つまりどれだけ目を離したくなくなるような人でも、不審者。
「ええと……どちらさまですか?」
畑を横断して近くまで行ったら、予想外に小柄で若い姿なのがわかった。
平均的日本人体形のオレより全体的に一回り小さくて、髪は真っ黒でくっきりとした眼をしていて、肌が白いからその分唇の色が映えていた。
オレがおそるおそる声を掛けたら、その人――その子は、オレにピタリと視線を止めて、それからふわりと微笑んだ。
「お初にお目にかかります。わたくし、千代見と申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
お辞儀の見本みたいにきちんと頭を下げられたから、つられてオレも頭を下げる。
「あ、オレは北島優太です、はじめまして……じゃなくて、ねえ、あんたなんでここにいるの? ここ私有地なんだよね。どうやってここに入ったの?」
「どう、と、申されましても……あの、わたくし、多比良さまのお迎えに上がりましたの。姫さまは無用と仰せになったのですけれど、どうしてもどうしても、わたくし、一刻も早くに多比良さまにお会いしたかったものですから」
シュンと眉を下げて千代見と名乗ったその子は、肩を落とす。
嘘をついている様子はない。
ホントの本気で言ってる。
マジか?
大丈夫かこの子?
多比良というのは、うちのじいさまの名前。
もう一年も前に死んだ人間を迎えにって、何いかれたこと言ってるんだ?
大体、この格好は何だっていうんだ。
「じいさまは死んだよ」
「はい、存じ上げております。それ故、わたくしがお迎えに上がったのです」
「はぁ?!」
いや待って。
マジで待って。
作業着のポケットからスマホを取り出す。
これ、ダメなやつ。
オレひとりで当たっていい案件じゃない。
タップしようとしたオレの指を、そっと押さえて千代見という奴はオレをのぞき込んできた。
「どうぞお待ちになって。わたくし、何も悪さはいたしませんから。あなた様にも、この土にも、誓って何もいたしません。ただここで、多比良さまを待たせてくださいませ」
ふわりと草っぽいいい香りが鼻をかすめた。
じいさんが育てた菊花のような爽やかな香り。
オレの手に添えられた千代見の手はひやりとしていて、心地よいけれど体温は感じなかった。
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