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狐の花嫁

粛々と

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 夕暮れから夕闇の時間になって、鎮守の森にヒグラシの音が響く。
 たどり着いた神社の本殿で、慎也は総黒の紋付き袴で待ちかまえていた。
 ああ、なんかめっちゃ嬉しそうで、困ってしまう。
 神職や仲人たちと一緒に並んでいる姿の後ろを、ふさりと何かが横切った。
 目の錯覚なんだろうけど、ご機嫌に振られているしっぽにも見えた。
 いやいや、しっぽって。
 慎也は犬じゃないからな。
 慎也のことは嫌いじゃない。
 決して嫌いなわけじゃない。
 むしろ、好ましい。
 だけど。
 
 そう、だけどなんだ。
 なんだかこう、うまく言えないうちにあれよあれよと周りが動いて外堀が埋められてる感じ。
 慎也との交流が生まれて、元嫁との仲がこじれだして、離婚が成立して何故か実家近くに戻ることになってって、ころころと状況が変わっていくのだけど、不思議と迷うことなくこっちに導かれている感じがする。
 今回の『花嫁行列』の参加もだけど。
 ほんとならもっと揉めるんじゃね? ってとこで、するっとうまくいっている感じ。
 まあ、揉めずに済むならそれに越したことはないんだろうけど、なんだかもやっと疑問が残る。

 粛々と神主や仲人たちが動き回って、行事が進んでいく。
 神社の本殿の周りは静かだけど、遠くの方で祭りだなあって感じのざわめきがしている。
 参道の横手から駐車場の方では、『狐の嫁入り行列』にかこつけた、夏祭りが開かれているのだ。
 そして。
 気がついたら慎也と二人、神社に残されていた。

 ポツンと本殿の中。
 二人で正座して向かい合う。

「ゆかりちゃん」
 
 はにかむようにそっとオレの名を呼んで、慎也がきれいに頭を下げた。
 あれだ、三つ指ついてってやつだ。

「よろしくお願いします」
「あ、ああ……って、なにを?」

 すごく当然なんだけど、ここで一晩過ごすだけじゃないの?
 おれがチビの時は泣いて慰められて疲れて寝ちゃって、あとの記憶がないんだけど。

「何って……あの……初夜、だから……」

 もじもじと恥じらう慎也の姿に、顎が外れそうになった。

「ああ……そう……って、するの? マジで?」

 驚きなんだけど?
 え、待て。
 マジで? 

「当然でしょう? だって、初夜なんだよ」

 びっくりして固まったおれを、慎也が抱きしめた。
 待て。
 着物が重くて動けない。
 しかも、なんだよ慎也のくせに、この包容力は。
 抱きしめられてうっかりと安心してしまいそうになるんだけど、この感じは卑怯じゃないのか!
 おとなしく身を任せそうになって、慌てて腕を動かした。

「ちょ、ちょっと待ておい。おれは淫行で捕まりたくない!」
「大丈夫。オレ、この間誕生日だったから。もう、成人」

 おれの抵抗をものともせずに、慎也がおれの腕から着物を……一番上の黒くて重いのを抜き取る。

「は?」

 あがいて叫んだおれに、にっこりと慎也が告げた。

「飲酒喫煙は不可だけど、選挙権もあるし、成人だから。法的にもゆかりちゃんと結婚できるから」

 十八歳成人!
 なんてことだ!


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