空想宵闇あやかし奇譚 ♢道化の王♢

八花月

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16 私は驚かす

16-002

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塩見が、大きく口を開きかけた時、機先を制すように科乃が口火を切った。

「塩見さん、お願いがあります」

お願いですか、と塩見は反射的に鸚鵡返ししてしまった。

まっすぐ、胸に突き刺さってくるような口調である。

塩見は今まで、科乃と何度か話したことがあるが、このような様子は見たことがなかった。科乃は、決して押し出しの強いほうではないし、どちらかというと物静かな娘である。

言うことは割にはっきり言うほうだったが、それでも塩見が強く言うと最終的には我を引っ込めていた。

今日の科乃はどうだろう?  その眼差しは射ぬくようで、頭の中を透かし見られているようだったし、身体の前で重ねた手には強く静かな、一歩も退かぬという決意が感じられる。何か只事でない意志があるようだった。

「お祭りの日、講務長さんや、何人かの支部長さんや本部の人達、政治家の先生のスピーチがあるでしょう?」

「あ、ああ、はい。ありますね」

例年のことなので、塩見は気軽に返事をした。大祭の日には、本部の大講堂で今科乃の言ったような人々や、一般信者の中から代表で何人か、日々の信仰や、合宿中の体験、行法の中で気付いたことなどを簡単にスピーチするのだ。政治家の先生、というのももちろん信者の政治家である。

その様子は、専用回線の中継で他の支部でもリアルタイムで視聴できる。

「あれに私も出して欲しいんです」

「えっ?」
思わず塩見は聞き返してしまう。

科乃は生まれてこのかた、教主になってからも、そのような場所に立ったことがないのだ。

公の場に出るのは一年に数回、合宿の様子を視察しにいくくらいで、それも支部長や数人の信者と言葉を交わしたらさっさと帰ってしまう。最近はそれもご無沙汰だった。

「それは今後、このような行事には顔を出して頂けるようになる、ということですか?」

塩見は少々意地の悪い気分になってしまう。何か節目のあるごとに、教主の挨拶なり講話なりあるのは当たり前のことなのだ。

科乃以前の教主も、初代教祖も何の理由もなくそれを怠ったことはない。

やっとやる気を出してくれたのだろうか?

「それは今回の成り行きを見てから考えます」
科乃はぴしゃりと言った。

「成り行きの、何を見るんですか?」
訝しげに塩見は問う。

「お願いいたします」

問いには答えず、科乃はかわりにもう一度深々とお辞儀をした。

上げたおもては、相も変わらずの無表情である。

本当に、この娘は何を考えているのかさっぱりわからない。何もかも唐突すぎる。

「スピーチの内容は考えているんですか?  あまりみっともないことはできませんよ?」
塩見は念を押すように言った。

これでスピーチが惨憺たるものになったら、科乃はますます立場が無くなってしまう、と考えたのだ。

初めて科乃の表情が変化した。眉宇に薄っすら険が漂う。バカにするな、と言いたげな顔だ。

これならやらせてみてもいいかな、と塩見は考えた。
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