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3 問いと答え
3-005 彷徨う帝王
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「ああ、あの古谷の通販会社……『ドンキー・エキスプレス』に、久々にヒット商品が出たんだってよ。予想外の大量の受注で、工場に追加の注文やら、発送やらで大わらわだったらしい。あの日は、あいつと二、三人会社に残って作業してたって話だ」
「へえー。じゃあその後、ほとんど寝てない状態で、古谷家の通夜の手伝いしてたってことですか……。そりゃあエラいなあ」
「あいつも変に義理堅いとこがあるからな」
「もう一人の被害者、三浦正一郎の方も考えなきゃいけませんね」
「まあ、そうだ。ガイシャが同じ場所に二人いたのなら、両人とも殺す動機があったのか、それとも一人を殺して、もう一人は口封じに殺したのかってのが問題になる」
手帳を忙しく捲りながら、吾川の表情の渋みが増していった。
「妙な野郎なんだよなあ、あの三浦って先生も」
勿論、もう一人の被害者である三浦正一郎についても、調べはついている。吾川が三浦を先生と呼んだのは、彼が小説家だったことが判明したからだ。それも本人の性格も相まって、かなり特殊なタイプの作家であった。
「あの先生の話、本当に面白かったっすね~」
眞砂もニコニコしながら、手帳を取り出す。不謹慎だと思われてもしょうがない態度である。
「やめんかバカ」
吾川は一応眞砂の後頭部をハタいたが、そこまで怒ってはいなかった。確かに三浦が興味深い人物であることは、吾川も認めていたからである。
三浦正一郎、ペンネームは三門央。
要するに『帝』で『王』様ということで、相当人を喰った名前の付け方だった。
家族や周囲の人間からの聞き込み調査、経歴を調べて分かった三浦の人柄は、〝とにかく病的な見栄っ張りで嘘つき〟ということである。自分のことについて、あることないこと言いふらすのが趣味のようになっていたのだ。こういう性格なので、当然古谷守の父親、古谷宋宗との交流についても周りの人間に喋りまくっていた。
もちろん、俺はヤクザの親分と友達だ、という種類の言説である。
「宋宗も大変だったろうなあ……。あんなのと付き合うのは」
「もう足洗って何十年にもなるのに、言いふらされたら大変っすよね」
眞砂は懲りずにヘラヘラ笑いながら、手帳の頁を捲った。
「『実家は秋田の山林王』『実家は元華族の家柄で元財閥』『曾祖父が幕府の要人で、ドラマの主人公にもなったことがある』『さる筋からの特別な要請で、秘密の政府の仕事もしている』『忍者の血も引いている』『実家は神社で、自分は一子相伝のある神道の秘儀を継承している』……もうメチャクチャ」
学歴詐称どころの話ではない。仕事なので、最初のうちは吾川と眞砂も、いちいちこういった話を検証していたのだが、途中でほぼ嘘ばかり、ということがわかってきて、バカバカしくなりやめてしまった。だいたい、三浦の家族も信用していないし、こういう話を聞いた周囲の人々も、ほぼ信じている人間はいない。
「どういうところで、古谷宋宗と知り合ったんですかねえ」
「それもはっきりせんのだよなあ……どうも三浦側から接触したくさいんだが……」
三浦の周囲の人間の証言は、揺れがありすぎて当てにならないのだが、古谷宋宗側の人間は誰も三浦との交流のことを知らなかった。ちなみに、三浦の実家は九州のある山村の農家である。
吾川と眞砂は、わざわざ訪ねて行ったのだが、両親はまだ健在であり普通の、どちらかといえば人の良い老夫婦であった。近くに、正一郎の兄弟も住んでいるので会ってみたのだが、こちらも同様に素朴で善良な人々である。
少なくとも吾川は、コンプレックスを感じなければならないような実家には思えなかった。
「へえー。じゃあその後、ほとんど寝てない状態で、古谷家の通夜の手伝いしてたってことですか……。そりゃあエラいなあ」
「あいつも変に義理堅いとこがあるからな」
「もう一人の被害者、三浦正一郎の方も考えなきゃいけませんね」
「まあ、そうだ。ガイシャが同じ場所に二人いたのなら、両人とも殺す動機があったのか、それとも一人を殺して、もう一人は口封じに殺したのかってのが問題になる」
手帳を忙しく捲りながら、吾川の表情の渋みが増していった。
「妙な野郎なんだよなあ、あの三浦って先生も」
勿論、もう一人の被害者である三浦正一郎についても、調べはついている。吾川が三浦を先生と呼んだのは、彼が小説家だったことが判明したからだ。それも本人の性格も相まって、かなり特殊なタイプの作家であった。
「あの先生の話、本当に面白かったっすね~」
眞砂もニコニコしながら、手帳を取り出す。不謹慎だと思われてもしょうがない態度である。
「やめんかバカ」
吾川は一応眞砂の後頭部をハタいたが、そこまで怒ってはいなかった。確かに三浦が興味深い人物であることは、吾川も認めていたからである。
三浦正一郎、ペンネームは三門央。
要するに『帝』で『王』様ということで、相当人を喰った名前の付け方だった。
家族や周囲の人間からの聞き込み調査、経歴を調べて分かった三浦の人柄は、〝とにかく病的な見栄っ張りで嘘つき〟ということである。自分のことについて、あることないこと言いふらすのが趣味のようになっていたのだ。こういう性格なので、当然古谷守の父親、古谷宋宗との交流についても周りの人間に喋りまくっていた。
もちろん、俺はヤクザの親分と友達だ、という種類の言説である。
「宋宗も大変だったろうなあ……。あんなのと付き合うのは」
「もう足洗って何十年にもなるのに、言いふらされたら大変っすよね」
眞砂は懲りずにヘラヘラ笑いながら、手帳の頁を捲った。
「『実家は秋田の山林王』『実家は元華族の家柄で元財閥』『曾祖父が幕府の要人で、ドラマの主人公にもなったことがある』『さる筋からの特別な要請で、秘密の政府の仕事もしている』『忍者の血も引いている』『実家は神社で、自分は一子相伝のある神道の秘儀を継承している』……もうメチャクチャ」
学歴詐称どころの話ではない。仕事なので、最初のうちは吾川と眞砂も、いちいちこういった話を検証していたのだが、途中でほぼ嘘ばかり、ということがわかってきて、バカバカしくなりやめてしまった。だいたい、三浦の家族も信用していないし、こういう話を聞いた周囲の人々も、ほぼ信じている人間はいない。
「どういうところで、古谷宋宗と知り合ったんですかねえ」
「それもはっきりせんのだよなあ……どうも三浦側から接触したくさいんだが……」
三浦の周囲の人間の証言は、揺れがありすぎて当てにならないのだが、古谷宋宗側の人間は誰も三浦との交流のことを知らなかった。ちなみに、三浦の実家は九州のある山村の農家である。
吾川と眞砂は、わざわざ訪ねて行ったのだが、両親はまだ健在であり普通の、どちらかといえば人の良い老夫婦であった。近くに、正一郎の兄弟も住んでいるので会ってみたのだが、こちらも同様に素朴で善良な人々である。
少なくとも吾川は、コンプレックスを感じなければならないような実家には思えなかった。
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