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1 この出会いの偶然と必然
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しおりを挟む何日か後、午前の仕事が終わって、食堂で昼飯を食べていた時のこと。
「ちょっと、いい?」
と、言いながら隣に座った男がいた。顔を確認してみて為綱は少し驚く。為綱がいる部署全体を統括している人間で、林という男だった。面接の時以外喋ったことはなく、自然緊張する。
「俺、なんかやらかしましたか?」
林は基本的に親切で気のいい男であった。あまり人を怒鳴りつけるということもなく、部下に何かあると問題が起こる前に、必ずそれとなく知らせてくれる。為綱は、それが自分にきたのかと思ったのだ。
「いやいや、君じゃないんだよ。……須軽君と一緒のラインに、吉村君っているでしょ?」
はあ、と為綱は気の抜けた返事をする。
「最近、彼の良くない噂とか聞かない?」
「別に」
実はさ、と林は声をひそめた。
「吉村君、最近ハマっちゃってるらしいんだよね、これに」
林は喋りながら、軽く猪口を示す動作をする。
「酒ですか?」
「声大きいって!」
林に制止され、素直に為綱は小声になった。
「酒飲むのは別に個人の自由じゃないですか?」
「そりゃ、社員の私生活にまで干渉はしたくないよ。でも、ちょっとゴタゴタになりそうなんだ。……吉村君、最近人からお金を借りてて、なかなか返さないらしいんだよ」
だんだん為綱にも問題の本質が見えてくる。
「給料の前借りとかもあるんですか?」
「それはまだないけど、時間の問題だろうって噂になってるよ……。本当に須軽君知らないの?」
喋りながら考えていたのだが、どうにも為綱の頭の中に吉村のそういう話は記憶されてなかった。
「吉村さん、俺には金借りにきてないすね。噂も聞いたことないです。……俺に借りに来たら、もう結構ヤバいってことかな」
吉村の方が二歳年上だが、為綱とは良い付き合いをしている。自分に金を借りに来ないのは、今の関係を壊したくないからだろう、と為綱は踏んだのだ。
「他の人が俺にその話をしないのは、気使ってるのかもしれないです。吉村さんと仲良いの、みんな知ってると思うから」
「とにかく君からも話してみてくれない? 出来ればお酒を控える方向で」
「俺からっつっても……」
いくら仲が良いといっても為綱は年下だ。
「頼むよ、俺の名前出してもいいから。最近欠勤も多くなってきててさ、ちょっと庇えなくなってきてるんだよ」
こう言われると弱い。
「林さんが心配してましたよ、ってくらいなら言ってもいいですけど」
「うん! お願いね!」
林は、妙に元気な声を出して肩を抱くように叩いた。彼がどこかに去った後、どうしたもんかな、と為綱が考えていると、
「おい、大将!」
といきなり誰かに耳元で呼びかけられる。
辺りを見回したが、それらしき者は見当たらなかった。
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