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10.もう一人の隊員
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「この斧馬盆地の下、松山側に御洲市があるでしょう? ここはおそらく出雲系の移民が拓いた土地だと思うの」
「なんで?」
「出雲系の神である少名毘古那を祀ってる古い神社があるわ。そして、市の西側を流れている大きい川は〝日地川〟でしょ? これって多分島根の斐伊川からきてるんじゃないかしら」
薬子は乙女の席の対面に座った。
「出雲の人々は斐伊川によほど思い入れがあるんでしょうね。武蔵野に移住した出雲の人々が、須佐之男を祀った氷川神社の名も出雲の斐伊川が起源よ。……そういえば記紀の出雲神話に登場する八岐大蛇は斐伊川の神格化だという説があるわね」
「あー。東京に氷川神社っていっぱいあるよなー」
薬子は、乙女の相槌に対し穏やかに微笑んだ。
「ええ。面白いわよね。出雲の神が遠く武蔵野の地であんなに広く信仰されていたなんて。それでね、その御洲の日地川にはここで少名毘古那が渡河の途中で溺れ死んだ、という伝承が伝わってるの」
「へぇー、神様なのに死んじゃったんだ」
「そういう話が残ってる、ってだけよ。これって私は多分〝出雲系の人々の進攻がここで土着の斧馬勢力に阻まれた〟ってことだと思う」
薬子は目の前の地図にある一点、日地川の大きく蛇行しているところを指差した。
「ほら、見て。日地川を越えたらすぐに兎坂峠に入るわ。御洲側から斧馬盆地に入ろうとするなら、このルートしかない。兎坂峠は戦国時代にも中国地方から来た毛利氏の小早川と、土佐一条氏が激突して激しい戦を繰り広げた場所よ。戦略上の要地だったんでしょうね」
「ほえー、そりゃ面白いね。……いや、今までも面白かったけど」
乙女は慌てて付け足したが、薬子は気に下様子もない。
「でも結局、大和政権の力がここまで及ぶようになると、一緒に吸収されてしまうんだけど。戦国時代でも豊臣政権が平定に乗り出したら四国全体があっという間に飲み込まれてしまうし。……今度はそうならないように気をつけないとね」
「今度?」
「ええ。いわば大和政権も豊臣政権も都市の勢力なの。今この地は地域おこしをしてるんでしょう?」
薬子はどこか他人事のように言った。
「地域おこしなんてものはね、都市との戦いなのよ」
乙女は黙って聞きながら、眼をくりくりさせて薬子を見つめている。
「都市の機能は生産地の管理。そのために人や物資、情報を集積する消費地になる。その過程で都市は本能のように膨張し、生産地を呑み込んでいく。生産の場にとって、都市は収奪の機構でしかないわ。……このシステムの中で斧馬が何かを得ようと思うなら、戦って勝ち取らなきゃね」
「いやー、戦っちゃダメでしょ」
笑顔で自説を真っ向から否定する乙女を、今度は薬子が見つめ返す。
「出てった人間戻すにしても、観光客呼ぶにしても……まぁ、移住希望者増やすにしてもさ、なんか面白いことやってんなー、って思わせねーとダメだよ」
薬子は無言を貫きつつ、視線で先を促した。
「なんで?」
「出雲系の神である少名毘古那を祀ってる古い神社があるわ。そして、市の西側を流れている大きい川は〝日地川〟でしょ? これって多分島根の斐伊川からきてるんじゃないかしら」
薬子は乙女の席の対面に座った。
「出雲の人々は斐伊川によほど思い入れがあるんでしょうね。武蔵野に移住した出雲の人々が、須佐之男を祀った氷川神社の名も出雲の斐伊川が起源よ。……そういえば記紀の出雲神話に登場する八岐大蛇は斐伊川の神格化だという説があるわね」
「あー。東京に氷川神社っていっぱいあるよなー」
薬子は、乙女の相槌に対し穏やかに微笑んだ。
「ええ。面白いわよね。出雲の神が遠く武蔵野の地であんなに広く信仰されていたなんて。それでね、その御洲の日地川にはここで少名毘古那が渡河の途中で溺れ死んだ、という伝承が伝わってるの」
「へぇー、神様なのに死んじゃったんだ」
「そういう話が残ってる、ってだけよ。これって私は多分〝出雲系の人々の進攻がここで土着の斧馬勢力に阻まれた〟ってことだと思う」
薬子は目の前の地図にある一点、日地川の大きく蛇行しているところを指差した。
「ほら、見て。日地川を越えたらすぐに兎坂峠に入るわ。御洲側から斧馬盆地に入ろうとするなら、このルートしかない。兎坂峠は戦国時代にも中国地方から来た毛利氏の小早川と、土佐一条氏が激突して激しい戦を繰り広げた場所よ。戦略上の要地だったんでしょうね」
「ほえー、そりゃ面白いね。……いや、今までも面白かったけど」
乙女は慌てて付け足したが、薬子は気に下様子もない。
「でも結局、大和政権の力がここまで及ぶようになると、一緒に吸収されてしまうんだけど。戦国時代でも豊臣政権が平定に乗り出したら四国全体があっという間に飲み込まれてしまうし。……今度はそうならないように気をつけないとね」
「今度?」
「ええ。いわば大和政権も豊臣政権も都市の勢力なの。今この地は地域おこしをしてるんでしょう?」
薬子はどこか他人事のように言った。
「地域おこしなんてものはね、都市との戦いなのよ」
乙女は黙って聞きながら、眼をくりくりさせて薬子を見つめている。
「都市の機能は生産地の管理。そのために人や物資、情報を集積する消費地になる。その過程で都市は本能のように膨張し、生産地を呑み込んでいく。生産の場にとって、都市は収奪の機構でしかないわ。……このシステムの中で斧馬が何かを得ようと思うなら、戦って勝ち取らなきゃね」
「いやー、戦っちゃダメでしょ」
笑顔で自説を真っ向から否定する乙女を、今度は薬子が見つめ返す。
「出てった人間戻すにしても、観光客呼ぶにしても……まぁ、移住希望者増やすにしてもさ、なんか面白いことやってんなー、って思わせねーとダメだよ」
薬子は無言を貫きつつ、視線で先を促した。
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