根古谷猫屋

八花月

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 九十八回目。

「お願いします。ハルを見つけてください」

 僕は手を合わせて賽銭箱の前で祈った。お金は最初の一回しか入れてない。百円入れたからそれで許してくれるだろう。

 僕は回れ右して、小走りで鳥居に向かって走る。

 鳥居の前、参道の真ん中に小さな石碑が立っていた。『お百度石』というらしい。
   
 九十九回目。

「ハルを見つけたいんです。お願いします」

 賽銭箱まで駆け戻ってもう一度祈る。距離は短いし楽勝だと思っていたが、もうヘトヘトだった。

 厳かな書体で『お百度石』と刻まれている石碑まで戻る。

 『ハル』はこの辺りの地域猫の名前だ。ただいま絶賛行方不明中。

 春に仲間に入ったのでハル。ちょっと生き物に対する誠意を疑われそうなほど単純だけど、僕がつけた名前じゃない。

 死んでしまったお爺ちゃんがつけたのだ。

 僕が三歳の時にきたので、もう十歳になる。猫としては高齢だ。

 初めてハルと触れ合った日のことはうっすら覚えている。初めから仲はそう悪くなかったと思う。

 微妙に自信が無さそうなのはハルがどこかへ行ってしまったからだ。

 また賽銭箱の前に戻ってきた。

 百回目。これで終わり。やっとだ。

「ハルを見つけられますように」

 最後、静かに胸の前で小さく柏手を打った。

 効果があるかどうかはわからないが……

『なんなんだお前は? 言っている意味がよくわからん』

 僕がお百度の余韻に浸りながらぼんやりしていると、いきなり心に割り込んでくる声が聞こえた。 

 慌てて周囲を見渡すが人っ子一人いない。それはそうだ。晩御飯の後でもう日も落ちている。ここは昼間でも人出の少ない、小さな稲荷のお社だった。

「あの、もしかして神様ですか?」

 恐る恐る、僕は一応声に出して訊ねてみる。

『心配するな。毎日百回も来られたらかなわん。願いは叶えてやる』

 声は頭の中でのみ響いているようだった。

「あ、ありがとうございます!」

『いちいち声に出さんでもいい。聞こえる』

 心底うるさそうな様子だ。

『それで、どうすればいいんだ?』
『あ、ああ、えーっと……』

 慣れないが頭の中で返してみる。どっちの声も脳内なので一人で話しているようなおかしな感じだった。

『お前の言い方はその都度違ってよくわからん』

 そんなに違ったっけ? なにせもう最後の方はヘトヘトだったから……

『違う。最後の方だけではない。最初の辺りからずっとまちまちだった』

 どうも話しかけるつもりでなくても、心の中で考えたことは神様に通じてしまうみたいだ。ヘタなことは考えないようにしないと。
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