Ωの愛なんて幻だ

相音仔

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本編

たった一人を求めてる

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 自分の人生を振り返ってみると、恵まれた環境で育ったと思う。
 両親は男性のαと女性のΩの夫婦。しかも、間違いなく運命の番だと当人同士もはっきりと自覚した、世間から羨望の眼差しを向けられる関係だった。
 少子化が進み、子どもが生まれにくいこの現代で、4人も子どもをもうけることは、とても珍しい。
 希望していても授かれない。そんなカップルが大変多いからだ。
 運命の番は、そういった相性までも良いと、言われるのも頷ける結果だ。
 
 私にはαの兄が二人とΩの兄が一人いる。男ばかりで、母は女の子も欲しかったのではと思うのだが、母の口からは一度もそんな事は言われなかった。
「全員、可愛くてしかたない私の宝物」それが母の口癖だった。
 次男と三男は、8つ年の差が離れている。
 仮に、同じくらい間が空けば、四人目は母体の年齢的にも難しいだろうと諦めていたそうだ。
 その心配をよそに僅か2年の間をあけて、私を授かったそうだ。

  Ωの次のα、それもまた男。ということで、なんだか、粗雑に扱われそうだが、望めなかったかもしれない末の子として、とても大切にされた。
 兄の背中を見て育ったために、手のかからない子だと言われてきた。
 歳が近く遊びに誘いやすかった三男は、Ω性だったため、大人しい遊びをすることが多かった。上の二人がしたような外でするやんちゃな遊びは、自然と避けるようになっていた。
 8つになる時には、既に私は2つ上の兄の背を抜いていた。
 αとΩにはそれくらい身体の発育に差があった。
 近しい兄を通し、未成熟な状態から成熟していくΩを、間近に見てきた。
 それは、彼らがいかに、脆く、尊く、守らねばいけない存在であるかを、私に自覚させた。
 αは特にその思想が顕著らしいが、近年では、αが初めてΩを見るのは、相性面談の時だということすらある。

 兄がΩだった事は、運が良かったのかもしれない。
 けれど、この環境は私に運命の番への憧れを募らせることになる。

 αとΩは番という特殊な関係で結ばれることが出来る。この関係は絶対であり、誰にも侵すことは出来ない。
 その中でも、たった一人の存在がいると言われ始めたのは、近代に入ってからだ。
 αとΩが番関係を結んだのち、生涯その関係を維持する場合と、なんらかのトラブルにより解消してしまったり、子どもが出来ない事があったりした。
 その原因の多くは、どちらか一方がより惹かれる相手を見出してしまったという事がほとんどだった。
 最初は心の移り変わりや痴情のもつれとして、まともに扱われていなかったが、次第に医学的な根拠が示されはじめる。
  晩年まで連れ添ったαとΩの夫婦を調べ続けた結果、特定の相手にのみ反応し、そして相互的にフェロモンが落ち着く関係性があると。
 そして、彼らの子孫にβはほぼいなかった。
 いたとしても、αの因子やΩの因子が非常に多く、そのほとんどが、β同士の結婚で多産の事が多かったのだ。

 ここ二百年、世界的な少子化は止まっていない。
 世界中で、可能なら、運命の相手と結ばれるべきだという動きが活発になった。
 これは強制ではない。
 ただ、運命の番の夫婦に聞けば、絶対にこう答えるのだ。
 出会った時から、その人以外考えられなかったと。
 
 けれどΩの数は減り続けた。
 αの総数に対して、Ωの数が少なすぎる。自分の相手は、まだこの世に生まれていないのかもしれない、というαも多くいた。

 ひと昔まえには、運命の番詐欺なんてものも流行ったらしい。両親たちよりもさらに上、なんなら祖父母に近いくらいの世代の話だ。
 今でこそフェロモンの数値や、血液検査の相性、その他色々な情報に基づき、番であるかの判別は、個人の感情と共に、数値でも示される。
 それが、まだ確立されていなかった時代は、「貴方に惹かれています。貴方の事が好きなのです」とΩに迫られて、断る事ができるαなどいなかった。
 加えて、その時期には発情期を無理やり誘発させるような、粗悪な薬も民衆の間でやり取りされていた。目が合って反応があったから運命の番だ、というような短絡的な話も多々あったそうだ。

 αとΩが、結ばれる事は悪い事ではない。けれど、そのほとんどが悲惨な結末を迎えたらしい。
 運命の番は不思議と惹かれ合う。
 その法則を証明するように、結婚した後に、運命の番にであったという、トラブルは後を絶えなかった。
 また、粗悪な薬の服用により、Ω側の妊娠の確率まで著しく下がってしまい、この薬の規制は驚くほどはやく進んだ。

 世界的に、国民の人口把握やその移動は厳しく管理されてきた。
 人は大切な財産だ。移住はよほどの理由がなければ許されなかった。
 それこそ、許されるのは番の国際結婚くらいだろう。
 その際もどちらの国に行くかは、悩みの種となる。たいていはΩ側の希望が通る事が多かった。母体には危険が付きまとう。慣れ親しんだ土地を離れたくないというならば、αが移住するのが筋だ。

 一方で、恋や愛に対するハードルを下げようと、β間同士のでの交流は非常に多様性にあふれているらしい。
 多重結婚も認められているし、妊娠した側が希望しなければ、独身でも子どもは産める。その際の支援も非常に充実している。
 
 ただ、この傾向は、たった一人の相手を求めるαとΩの性質とは合わなかった。
 この性差による恋愛観の違いが、現代の難しい問題となっている。
 Ωの番を得られなかったαが独り身のままその一生を終えることは珍しくない。
 αとβ、βとΩの間にも子どもが出来ないわけではないのだ。運命の番を求めるあまり、誰とも結ばれない者が増える方事は、良い傾向ではなかった。



 なかなか、相手が見つからないαが多い中、私の兄たちは順調にパートナーを見つけていった。

 一番上の兄の運命の番は、一つ年下のΩの女の子だった。しかも、兄と彼女は幼馴染みだったのだ。
 父の友人の娘で、幼い頃から交流があり、彼女が第二次性を発現してから、すぐに分かったらしい。
 世の中の運命の番を探しつづけるαたちからすれば、羨ましいを通り越し、嫉妬してしまうほどの関係だろう。今時、そんな展開は物語の中だけの話だと思われていた。
 もちろん数年は様子をみたし、何度も検査も行った。
 当人たち二人は、周囲の心配が煩わしくて仕方ないといった様子でお互いしか見えていなかったが。
 この国の成人の16歳を彼女が迎えた年に、二人は結ばれた。
 
 二番目の兄の運命の番は、7歳年上の男性のΩだった。
 兄が、国から送られてくる相性面談に行きはじめてから、二年くらいしたときに出会った。
 α側が運命の番に出会えないという話はよく聞くが、当然Ω側でもある。
 その人は、相性面談はじめてから七年経っていて、そろそろ国外のαも探そうかと言っていた時だったらしい。
 面談当日に兄を一目見て、ようやく会えたと泣き出したらしく、兄は随分と慌てたそうだ。
 子どもを望むのであれば、Ω側は遅くても30歳を迎えるまでには番を見つけたいと考える。20代も後半に差し掛かり、運命の番を諦めて、歳の近いαと番い、子どもを持つ事を優先しようかと考えてはじめていたそうだ。

 三番目の兄はΩだったため、自分で探すというより、そもそも相手がひっきりなしにやってくる。
 適齢期を迎えたΩは、αと顔合わせの面談をすること。これは、決められている義務だ。
 もっとも、会う相手は選べるし、頻度も数ヶ月に一人くらいのペースで構わない。
 Ω側も自分の相手をはやく見つけたいと、次々に国内のαに会う人もいる。
 ただ、兄本人はあまり乗り気ではなかった。
 両親は急がなくていい、いつまでも家に居ていいと、毎日のように言っていた。
 そんな時に、たまたま遊びに来ていた私の同僚をみて、急に彼が気になると言い出したのだ。
 二人は僅か2カ月の交際を経て、入籍した。
 あんなに、恋愛に億劫そうだった兄が、ぐいぐい押しての結婚である。
 本人は、見たらわかるあの人以外いないのに、時間をかける意味なんてないと言い切った。兄が20歳の時のことだ。

 そんな風に家族の運命の番が、順調に決まっていったのが、私にある錯覚をさせた。
 私の唯一だってきっとすぐ現れると。
 そうなんの根拠もなく信じていた。
 そして、その願いがどれほど困難であるかを思い知る。
 
 学生時代はよかった。成人する16歳までは番えないが、そんな時から相手が決まっている者なんて、同学年に一人いるかどうかだ。

 上級学校を主席で卒業したのち、父と同じく政府で務めるようになった。
 仕事はやりがいがあったし、面白かった。
 少しずつ大事な仕事を任せられるようになり、小さな会議にも呼ばれるようになった。
 その合間をぬって、相性面談の通知があれば、欠かさず出向いた。
 
 上二人の兄たち夫婦の間には無事に子どもいて、甥っ子や姪っ子はとてもかわいかった。
 自分も両親のような、兄たちのような家庭を持ちたい。
 なにより、成熟してくるほどに、何か足りないという焦燥があった。それは、年々酷くなる。

 20歳を過ぎるまでは、まだ余裕があった。
 国内でも面談を終えていないフリーのΩはまだ沢山いた。
 友人に運命の番が見つかったときも、素直に喜べた。

 25歳を過ぎて、いよいよ焦りはじめた。自分の運命の相手は国内にはいないかもしれない、と思い始める。
 国から斡旋される相性面談は、成人の16歳からだ。
 10年も経てば、国内の会っていないフリーのΩは、ほぼいなくなる。
 もっと年下なのかもしれないと、知り合いにΩの子どもがいれば、許されるなら個人間で会ったりもした。
 
 国際的な相性面談にも申請を出した。
 もっとも国際面談はマッチングが難しい。
 手当たり次第に会えるわけではなく、血液型、フェロモンの数値、遺伝子レベルでまずマッチングして、相手のΩに写真や経歴などのプロフィールを見てもらう。そして、Ω側がこれは……と思えばようやく会う事ができる。
 ただ、その数値もまだ研究段階であり、ひょっとしたら番を見逃している可能性は大いにある。
 本当に実際に会ってみないと分からないのだ。
 大抵の国はΩを迂闊に国外に出さない。α側が相手の国に会いに行く。移動には費用も時間もかかる。そう頻繁に行けるわけもなかった。
 
 もうその時には、同僚に運命の番が見つかったと言われても、素直に祝福できていたか怪しい。口はどうとでもいえるが、内心羨ましくて仕方なかった。
 私の相手は、いったい何処にいるのだろうか?
  一生会えないまま、生涯独身のαもいるのだ。

 家族はきっと大丈夫、きっと会えると励ましてくれたが、いよいよ30歳が目の前に迫ってきて、深刻な悩みとなっていた。



  国の方から、父を通して、特殊な相性面談の案内が来たのは、そんな頃だ。
 機密事項につき、もし番でなければ、見たことはすべて忘れて、会った相手の事は口外してはならないと言われた。
 そのため、まだ公募には出ておらず、とりあえず政府の関係者から、面談を進めているらしい。
 私はすぐに快諾した。誓約書を書くくらい何でもない。まだ、会っていないΩなら絶対に会いたかった。
 
 その面談は、通常より物々しい警備体制だった。
 身体検査もされたし、フェロモンを増幅させるような薬を飲んでいないかも検査された。

 また、職員からいくつか説明をされた。
 これから会う人は、この国の言葉は分からない。
 絵や身振り手振りで、話す事。許されたのは、自分の事を話す事だけ、彼から話すのは良いが、悪戯に聞いてはいけない。
 他国のΩが滞在しているなら、この警備体制も頷けた。
 
 扉を開ける前から、なんだか少し甘い匂いがするなと思っていた。
 部屋に入ってすぐに、その子以外目に入らなくなった。

 少しだけ赤みが入ったブラウンの髪に、濃いアンバーの瞳をまん丸に開いて、私を見ていた。
「こんにちは、今日という日に貴方と出会えたこと光栄に思います」
 形式ばった挨拶をする。彼はぼんやりと私を見ているだけだった。
「今日はよろしくお願いします」
 友好を示そうと、手を差し出すと、彼は、ゆったりと立ち上がった。
 随分と小柄だ。これで成人しているのだろうか? 未成年のΩを国外に出す国など無いと思うが……。
 
 彼はそっと俺の手を取った。細く、小さな手だった。これまで会ってきたΩたち比べても、あまりに華奢だ。

 その瞬間、部屋に香っていた甘い香りが急激に強くなる。
 彼を抱きしめたい。
 この香りごと、全て私のものにしたい。そんな感情が湧き上がった。
「うっ……あっ」
 彼は熱に浮かされたような表情をみせ、私の手を離すとしゃがみ込んでしまった。

「大丈夫ですか!?」
 慌てて支えようとするのを、案内してきた職員に止められた。
「近づかないで下さい。初めての反応です。接触は控えて!」
 彼を守るように立ちふさがると、はっきりとそう言われた。
「申し訳ないですが、今日の面談は中止です。ご退室下さい」
「待ってくれ、彼をそのままにしておけない」
「こちらで対処致しますのでご心配なく。このまま貴方と同じ部屋にいては、絶対に落ち着かないでしょう」
 職員は一歩も引かず、警備員まで呼ばれて退室を促された。
 そのまま、はいそうですか、と帰る気には当然なれず。私は説明が欲しいと粘り、別室で待機を言い渡された。

 数刻してから、職員と医師が説明をすると部屋を訪れた。
「彼は大丈夫なのですか? 気分を悪くされたのなら、謝罪したい」
「もうだいぶ落ち着きましたよ。初期の状態でしたので、薬ですぐに安定しました。どうやら貴方のフェロモンと反応して、疑似的な発情期が起こりそうになったようです」
 医師は、未成熟なΩにはよくある反応だと言った。あのまま不完全の発情期にはいると、不安定な熱を持て余し、Ωは大変苦しいらしい。
 初期の段階で、落ち着かせるのが本人への負担は少ない。
「リュミエールさん、念のためお聞きしますが、フェロモン増幅剤等は服用されてないですよね?」
「当然です。なんなら今ここで採血してくれてもいい」
「いえ、事前検査の値もおかしくありませんでした。それに、薬を飲んでいるαなら不自然なフェロモンが漏れる……。いかに私がβといえど、案内する間、貴方からは何も感じませんでした」
 形式上、聞かないわけにいかなかったと、謝罪された。
「リュミエールさんは部屋に入ったときに、何か変わった事はなかったですか?」
「いえ、気になったのは香りくらいで、何か甘い良い香りがしていました」
 医師からの質問に答える。
「彼もね、良い香りがしたと言っているんです。それも貴方が部屋に入る前から。ただこうして対面しても、私には何も香らない。お互いにしか、感じない香りを感知しているんです。まだ、何の関係も持っていないお二人が」
 医師が何を言おうとしているのか、思い至って興奮する。本当に? 本当に彼がそうなのだろうか?
「もしかして、彼は私の……」
「まだ、はっきりと決まったわけではありません。ただ、あの方は、これまで出会ったαの方々には、何の反応もしませんでした。あのようになったのは今日だけです」
 舞い上がってしまいそうだった。ついに見つけたかもしれないのだ。
 あぁ、今一度彼に会いたい。もうひと目だけ見たい。
「今後の面談を希望するなら、貴方に話しておかなければならないことが多くあります。彼のいた環境は、この国のΩとあまりに違う可能性が高い」
 医師は、彼の健康状態について語った。

 発達度合いにくらべて、発育が悪い。見た目は10歳を超えたくらいにみえるが、もっと年上かもしれない事。
 時間が経ち治ってはきたが、小さな怪我や痣のあとも多数あり、暴行を受けていた可能性もある。
 また、あんなに幼いのに、性交の痕が色濃く残っていたらしい。同意だったとはとても思えない。
 そして、この国ではもう見られないような、粗悪な薬を使ってフェロモンを制御していたようで、どの程度成熟しているのかも不明。保護した当時の検査値は、酷いものだったらしい。

「彼は犯罪組織に囲われていたのでしょうか? 他国では人身売買が撲滅できずにいる国もあるでしょう」
 想像よりはるかに酷かった。動揺を隠すことが出来ない。
「我々もその可能性は考えたのです。ですが、その価値を知っているなら、Ωを傷つける理由が分からないのです」
 そう、いかなる場合もΩを傷つけたりはしない。金銭目的なら、なおさらだろう。
「二カ月ほどあの方のお世話をしてきました。喋る言葉、日常の行動、こちらへの反応などから考えて、国としては彼は招かれビトの可能性が高いと判断を下しています」
 職員はそう続けた。

 招かれビト、ある日突然女神によって、この世界にやってくると言われる人。
 言語も生活様式も異なる違う世界で生きてきた彼らには、こちらの常識では測れないことも多い。
 世界全体を通してみると、例年一人か二人は、そういう人がこの世界に迷い込む。
 そして、様々な世界からやってくるようで、今のところ同一世界から来たと思われる招かれビトはいない。
 彼らにある共通点は、全員がΩ性であるらしい。
 そのため、この現状は、なぜか違う世界で生まれた運命の片割れを女神がこの世界に招いていると、言われていた。
「確信を得るためにも、言語統一薬を使いたいのですが、お茶にいれた程度では駄目でした。やはりあの薬には繋がりが必要です。それは軽々しく行えることではない」
 飲んで触れ合うことで、相手の言いたいことが直接分かる薬はある。
 ただそれは、自分が知らない言語であればあるほど、薬を飲むだけでは難しかった。
 最大の効力は、夫婦や家族のような信頼関係、または肉体的に関係を繫げなければ発揮されない。
 この世界の言語でないのであれば、ただ薬を飲んだだけでは難しいだろう。
「それで、彼の番候補を探していたのですね」
「そうです。身寄りのないΩという事にもなりますから、庇護者も探さねばなりません」
「彼とまた会いたいです。会わせて下さい」
 あんな一瞬だけの邂逅では、満足できなかった。
「今日は難しいでしょう。数日あけて、彼が落ち着いてから、そして、また貴方に会っても良いと本人が認めたらです。この施設にきてから、彼のフェロモンが乱れたことはありませんでした。今日の彼は、初めてみるほど動揺していた」
 彼は、乱れたフェロモンをゆっくりと整えるために、軽い薬を服用していたらしい。その副作用か、フェロモンに対して反応が鈍くなっていた。 
 そんな中で、久々に大きく揺れ動いたフェロモンに、心身ともに影響は大きかっただろうと。
 休ませてあげなければいけないと、その日の面談は諦めた。

 連絡をもらうまで、気が気でなかった。
 出勤はしたものの、身が入っていたとは言えない。
 三日たった朝、彼が会っても良いと言っている、都合がつく日はあるかと連絡がきた。私は、今すぐにでもと返事をした。
 その日の午後に、面談をセッティングしてくれたので、仕事は早退させてもらった。


 随分と緊張した。彼は私にどんな印象を持ったのだろうか。
 もう一度会っても良いということは、彼も興味を持ってくれたのだろうか。

 変わらず甘い香りがする部屋で、彼は私を待っていた。
 先日の続きというように、握手を求めたのだが、あの職員にやんわりと止められた。
 そうだ、焦ってはいけない。今日はまず話すだけだと言われていた。
 
 二人きりになれて、最初に言うことは決めていた。
「リュミエール」
 自分の事を指さしながら、そう言った。私の名前を知ってほしかった。
「リュミエール、私は、 リュミエール」
 何度か繰り返していると、彼は、はっとする。
「リュミエール?」
 私を指さしながらそう言うのだ。
 その名前を呼ばれた時の、得も言われぬ気持ちといったら。
 私は、合っていると伝えるために、大きく何度も頷いた。

 彼は私の様子に少し考えながら、口を開いた。
「リュミエールに、また、会えて、あーー、えっと、嬉しい」
 下級学校に上がる前の子どものような、たどたどしい発音だった。 
 でも、懸命に言葉を探して、返してくれているのが分かった。その様子がいじらしく、愛おしかった。
 
 もっと彼の声を聞いていたい。
 出来るなら、私の傍で笑っていてほしい。
 全ての脅威から守りたい。
 
 間違いない。
 彼は、私が探し求めた唯一だった。





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