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最終話 悠人の望む未来 その3
しおりを挟む「疲れた……今日が一番疲れた……」
風呂から上がり、コーラを飲みながら悠人がうなだれていた。明日でゴールデンウイークも終わる。こんなに濃い休みは初めてだった。
「明日こそはゆっくりしよう……そうだ、アニメもたまってるしな」
「悠兄ちゃーん!」
風呂上がりの小鳥が、背中に抱きついてきた。
「おつかれさま。明日はゆっくり出来そう?」
「ああ、ちょうど今、そう思ってたところなんだ。アニメもかなりたまってるしな。明日は一日、ゴロゴロしながらアニメ三昧しようと」
「小鳥も付き合うね」
その時、悠人の携帯にメールが入った。
「誰から?」
「え……ああ、深雪さんからだ。明日深雪さんの家で、夕食一緒にどうかだって。みんなで」
「あははっ、深雪さんも私たちのこの関係、結構楽しんでるよね」
「だな。じゃあ晩御飯ごちそうになろうか。それまではゆっくりと」
「アニメ鑑賞!」
「だな」
「うん!」
悠人が返信を送り終えるのを待って、小鳥が少し神妙な面持ちで言った。
「悠兄ちゃん。小鳥、このままここにいてもいいのかな」
「どうした、いきなり」
「だってお母さんとの約束は三ヶ月で、今の時点で悠兄ちゃんは小鳥を選んでない訳だし……弥生さんやサーヤは勿論、一人離れて住んでる菜々美さんにも悪くて……」
悠人が小鳥の頭を優しく撫でる。
「……悠兄ちゃん?」
「いいんだよ小鳥、ここにいても。お前はもう俺の家族なんだ。小百合とも約束したしな……それに」
「それに?」
「お前のこと、一人の女の子として意識してるって言ったろ。三ヶ月かけて小鳥は、娘として愛していた俺の気持ちを変えたんだ。大成功じゃないか。小百合もきっと、認めてくれるよ」
「悠兄ちゃん……」
「だけど、大人の関係とかはなしな。そこは節度を守るように」
「えへへへっ」
小鳥が悠人の背中を抱きしめる。
「悠兄ちゃんの背中、あったかいね」
「そうか?」
「うん、とっても……悠兄ちゃん」
「ん?」
「だーいすき」
翌日。
悠人と小鳥は、朝からひたすらアニメを見ていた。こうしていると、いつもの感覚が戻ってくる。最高の充電だった。
この日は、昼過ぎから少し外が騒がしかった。ドアを開けて見てみると、引越し業者の姿が見えた。こんな過疎マンションに引越しだなんて、どこの物好きだ……そう悠人は思っていた。
夜。深雪の家は賑やかだった。
沙耶の提案で、その日はピザパーティになった。並べられたピザを囲み、ガールズトークはつきなかった。
ただ、その場に菜々美の姿がなかった。深雪に聞くと、
「ああ、菜々美くんなら少し遅れてくるらしいよ」
そう言って笑っていた。
一時間ほど経ち、弥生はすでに酔いがまわり、上機嫌な様子で深雪と話していた。沙耶は悠人の膝に座り、小鳥が言っても意地悪そうに笑って譲ろうとしない。部屋中が笑い声に包まれていた。
(小百合、見てるか……お前が人生を捧げて育てた小鳥は今、こんなに幸せそうに笑っているぞ。お前、本当にがんばったな、偉いぞ……お前に負けないように、俺も頑張るからな……)
その時インターホンがなった。深雪が玄関を開けると、菜々美の姿が見えた。
「どちら様かね」
「ええっ?」
悠人が深雪の反応に、驚いて声をあげた。
「何言ってるんですか深雪さん、酔っちゃったんですか。菜々美ちゃんじゃないですか」
深雪の不可解な問いに、菜々美がにっこり笑って口を開いた。
「私……今日、上の階に越してきた白河菜々美と申します。これからよろしくお願いします。これ、つまらないものですが」
「……え?」
「ほう、今日越してきたのかね。いや丁度いい。今、君と同じ階に住んでいる者たちとピザパーティをしてるところなんだ。これからいい付き合いをしていく為にも、一緒にどうだね」
「いいんですか、ではお言葉に甘えて」
なんなんだ、この三文芝居は……そう思っている悠人の隣に、「失礼します」そう言って菜々美が座った。
「そういう訳で……悠人さん、よろしくお願いしまーす!」
そう言って悠人に抱きついた。
「ええええええええええっ!」
小鳥、沙耶、弥生が一勢に声をあげる。
「悠人さん、これで私も、みなさんと同じスタートラインにつきましたよ」
悠人にしがみつき、顔を赤くした菜々美が嬉しそうに笑う。
「……って菜々美ちゃん!本当に越してきたの?」
「はい!これからは通勤も一緒に出来ますね」
「なんと言う……こんな、こんなことが許されるのか……」
菜々美の勢いで、悠人の膝から転がり落ちた沙耶がつぶやいた。
「白河菜々美……なんて……なんて恐ろしい子」
「菜々美さーん、大歓迎ーっ」
小鳥はそう言って菜々美に抱きついた。
「な……何がなんやら……」
「もてる男は辛いねぇ少年」
「深雪さんは……また知ってたんですね」
「勿論だとも。と言うか、手配したのは私だからね。少年たちに気付かれないよう手を回すのは、色々大変だったよ」
「なんてこった……」
「39歳にして訪れた春。これからも楽しませてもらうよ、少年」
「いやいや、他人事だと思って」
「いっそのこと、この過疎マンションも名前を変えるかね。『少年王国』とか」
「楽しんでますよね、深雪さん」
「何なら『修羅場荘』でもいいよ」
そう言って深雪が笑った。
初めてここにきた時俺は、過疎マンションならではの静けさが好きだった。
しかし小鳥が来て、このマンションは随分と賑やかになった。騒がしいのが嫌いだったはずなのに、今では小鳥の声が聞こえないと寂しさすら感じてしまう。
そして俺自身、よく笑うようになった。幸せな気持ちを感じることが多くなった。
小百合が、幼馴染が俺にくれた贈り物……そんな気がする。
ベランダで空を見上げる悠人。隣には小鳥が、悠人に寄りそうように立っている。
小鳥は幸せそうに笑っている。この笑顔をこれからも守っていきたい、悠人は強く心に思った。
悠人が頭を撫でると、小鳥は幸せそうに笑った。
「悠兄ちゃん、だーいすき」
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