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第13話 小鳥と小百合の想い その4
しおりを挟む悠人は小鳥を探し、走っていた。
何度電話しても、携帯はつながらない。悠人の頭から、小鳥が一人で泣いている姿が消えなかった。
コンビニに行くがいない。カウンターにいた沙耶が、会ってはいけないルールを破ってやってきた悠人に、そしてその雰囲気に驚いていた。弥生に、菜々美に、深雪に携帯をかけるが分からない。深雪は冷静だったが、弥生と菜々美は、突然かかってきた悠人の電話に驚いていた。
再びマンションの前に戻った時には、既に陽が落ちていた。
「小鳥……」
その時悠人の頭に、まだ行ってない場所が浮かんだ。それは、すぐ目の前にある堤防だった。
「くそっ、何をやってるんだ俺は!いつもなら真っ先に行ってるだろうが!」
陽が落ちた堤防を見下ろす。暗く静まりかえったそこに、小鳥の姿が見えた。
「小鳥―っ!」
小鳥は堤防で、膝を抱えて座っていた。小鳥の横に立つと悠人は息を整え、そして小鳥の肩に自分のジャケットをかけた。
悠人が小鳥の横に腰を下ろす。小鳥は何も言わず、膝に顔を埋めたまま動かない。
「小鳥……小百合のDVD、見たよ……」
「……」
「ごめんな、小鳥……俺、今までずっと小鳥を見てきたつもりだったけど、何も見えてなかったんだな……小鳥がどれだけ寂しい思いをしてきたか、どんな気持ちで俺の所に来たのか、俺、全然分かってなかったよ……」
悠人の言葉に、小鳥はうつむいたまま答えた。
「そんなことないよ、悠兄ちゃん……小鳥、悠兄ちゃんの家に来てから本当に楽しかった……泣きたくなっても、悠兄ちゃんの顔を見たら元気になれた……
ここに来るまで小鳥、ずっと家で泣いてたと思う。お母さんともう話せないって思ったら、涙が止まらなくなって、毎日毎日泣いて……でもね、そんな時でも、悠兄ちゃんにもうすぐ会えるって思ったら、ちょっとだけ元気が出たんだ……悠兄ちゃん、お母さんに私が病気のことを伝えたってこと、お母さん言ってた?」
「ああ、言ってたよ」
「お母さんにあと半年の命だって、小鳥泣きながら言ったの……涙で顔もぐちゃぐちゃになって……ちゃんと言えたかどうかも、よく分からなかった……
でもね、お母さんその時なんて言ったと思う?『ごめんね、小鳥』って言ったの……もうすぐ自分が死ぬのに、一番最初に出た言葉がそれだったんだよ……本当はどれだけショックだったか、どれだけ怖かったか……なのに、なのにお母さん……自分のことより小鳥の……小鳥のことを……」
小鳥が膝を抱えて震える。悠人は小鳥の肩をそっと抱きしめた。
「お母さん、もういない……もう話せない……もう触れられないんだ……」
「うん……うん……」
「もう……お母さん、どこにもいないんだ……」
「うん……」
「お母さんにもう……会えないんだ……」
「……」
「悠兄ちゃん、もう我慢しなくていい?泣いていい?」
「小鳥……」
小鳥が顔を上げ、悠人の胸にしがみついた。悠人が小鳥を抱きしめる。
「お母さあああああん、うわああああああっ」
「小鳥……よく頑張ったな、偉いぞ。さすが、さすが小百合の娘だ!」
「うわああああああああっ」
部屋に戻り、電気をつけてお互いの顔を見て、悠人と小鳥は一緒に笑った。
「なんだ小鳥、ひどい顔だな」
「悠兄ちゃんだって、もう顔ぐちゃぐちゃだよ、あははははっ」
笑いながらまた涙が出てきた。
二人はそろって洗面台に行き、一緒に顔を洗った。
「ん……え?何?」
「いいからいいから」
小鳥がタオルで、悠人の顔を拭く。
「じゃあ俺も」
そう言って、悠人が小鳥の顔を拭く。昔、小百合と同じことをしたよな……拭き終わると、互いに顔を見合わせてまた笑った。また涙が出た。
先に風呂から上がった悠人は、コーラを飲みながらぼんやりしていた。
まだ頭がうまく回らない……そう思っていた時、風呂から上がった小鳥が、悠人の隣にぴったりとくっついてきた。
「えへへへへっ」
悠人はそんな小鳥を愛おしく思い、自然と頭を撫でていた。
「ごろにゃんごろにゃん」
「なんだ、小鳥はいつから天敵の猫になったんだ?」
「えへへっ、今日はいいの。何でもありなんだ」
そう言って悠人の腕にしがみついた。
「落ち着いたか?」
「うん、こんなにいっぱい泣いたのって、久しぶりだったから。ちょっとすっきりしたかも。悠兄ちゃんは?」
「そうだな……なんかまだ、頭の中がぐちゃぐちゃになってるけど……でも考えてみたら俺、こんなに声を出して大泣きしたの、子供の頃以来なんだ……体の力が入らなくて、ちょっと変な感じだよ」
「悠兄ちゃん、泣いたことないの?」
「子供の頃はよく泣いたよ。小百合によく『男なんだから泣くな』って怒られたぐらいだから。でもいつだったか、俺が泣いてて、小百合が助けてくれて、でもその後で小百合が泣いて……俺に何度も何度も謝ったんだ。私のせいで、悠人がいつもいじめられる、ごめんねって……その時思ったんだ、もう泣かないって。自分が泣いたら、大切な人が泣いてしまうって」
「お母さんらしいね」
「……だな」
「三日間のデート、そして大泣きしたお母さんとのデート。悠兄ちゃん疲れたでしょ」
「……そうだな。でもすっきりした疲れかな」
「じゃあ今日は、ちょっと早めに寝よう」
「いいのか?デート終了まで、まだ時間あるぞ」
「いいの。朝も言ったでしょ。小鳥はいつも悠兄ちゃんとデートしてるんだから」
そう言って、小鳥は悠人の布団を出した。
「それでね……悠兄ちゃん、お願いがあるんだけど」
「何だ、何でも言っていいよ」
「小鳥……悠兄ちゃんと一緒に寝てもいい……かな」
「え?あ、いやそれは」
「一緒に寝るだけだよ。疲れてる悠兄ちゃんに、変なことなんてしませんから」
「すっごく意味深なことを今、さらっと言ったな」
「えへへへっ」
「いいよ、じゃあ今夜は一緒に寝よう」
「うん!」
明かりを消し、二人は同じ布団に入った。
小鳥は悠人の方を向き、じっと悠人の横顔を見つめていた。
「危険な目だぞ、小鳥」
「あ、あはははははっ……ばれちゃった?」
「じゃあ今日は特別に」
そう言って、悠人が腕を伸ばす。
「悠兄ちゃんの腕枕。俺にとっても初体験だぞ、これ」
「ほんと?」
小鳥が喜んで悠人の腕に頭を乗せる。悠人がそのまま抱き寄せる格好になり、自然とお互いの体が密着した。
小鳥はそのまま悠人に体を預け、胸に顔を埋めた。するとまた、小鳥の体が小さく震えてきた。
胸元に涙の感触が伝わる。
「いいよ小鳥……今日はいっぱい泣いていいよ。今日の俺は、小鳥の貸切だ」
「ありがとう、悠兄ちゃん……」
小鳥が悠人の体温を感じる。とても温かく、穏やかだった。悠人もまた、同じ気持ちだった。
「悠兄ちゃん……」
「ん?」
「今日のデート、小鳥の最後のお願い、言っていい?」
「いいよ」
「…………キス……してほしい……」
「え……」
「小鳥、お母さんが言ったことが分かったんだ……男の人のことを好きになるって、どういうことか……恋するってどういうことか……安心感だけじゃないんだね、恋って……深雪さんも言ってた。今小鳥、すっごく安心してる。でも、すっごく苦しいんだ。これって恋の苦しみなんだって思う。
小鳥、本当に悠兄ちゃんのことが好き。サーヤも弥生さんも菜々美さんも、きっと同じ気持ちなんだと思う。でも、悠兄ちゃんの隣に座れる椅子は一つだけで……
悠兄ちゃん、今日お母さんと久しぶりに会って、お母さんのことを知って、きっと小鳥に同情してると思う。そんな時にこんなお願いするの、ずるいって分かってる。でもね、今日は小鳥とのデートだから……小鳥にキス……して欲しい……」
小鳥の顔が目の前にある。小鳥の甘い吐息を感じる。
小鳥は自分を、一人の男として求めている。
自分はどうなのか。可愛かった5歳の女の子なのか。幼馴染から託された娘なのか。それとも一人の女性なのか……ただの同情なのか愛情なのか……
その答えがまとまらないうちに、悠人は自然と小鳥に近付いていった。小鳥が目を閉じる。
「……」
悠人の唇が小鳥の唇に、そっと重ねられた。
小鳥のやわらかい唇の感触が、あたたかい体温が伝わってくる。悠人は電撃を打たれたような感覚と共に、今まで味わったことのない安心感を感じていた。
それは小鳥も同じだった。悠人が今日の小百合の告白で混乱していて、雰囲気も手伝って体が動いたことも承知している。それでも小鳥は嬉しかった。体中が鼓動で脈打っていた。
夢にまで見た悠人とのキス。
伝わってくる悠人のあたたかさ、優しさに自然と涙が溢れていた。長い時間、二人の唇は重ねられていた。
その後二人は、体を寄せ合ったまま眠りについていった。
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