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第10話 桜を見に行こう その6
しおりを挟む温泉からあがると、別室に用意された料理が待っていた。
昼にあれだけ食べた悠人も、海の幸、山の幸の贅沢な懐石料理には舌鼓をうった。
話もはずみ、宴は遅くまで行われた。
10時をまわった頃に解散となり、悠人は一人部屋に戻っていた。酔った弥生と菜々美がしがみついて離れなかったが、なんとかふりほどくことが出来た。
小鳥たちも部屋に戻ったが、深雪は、
「ちょっと私は失礼するよ。戻ってまだ起きてたら、私もガールズトークに参加させてもらうよ」
そう言って一人去って行った。
小鳥たち4人は布団に入ると、顔を合わせて話し始めた。
「楽しかったね」
「うむ。いい経験をさせてもらったぞ」
「サーヤ、今日の一番は何だった?」
「これだ」
嬉しそうに沙耶が手にしたのは、悠人からもらった帽子だった。
「やっぱり?実は私も」
小鳥がうなずく。
「遊兎の心配り、まことに見事なものだ」
「分かります。何年も悠人さんとご一緒してますけど、ほんと悠人さんって、色んなことに気配りの出来る人なんですよね」
「相手が何を考えてるのか、常に考えて行動される方ですから」
「そうそう。体調がちょっとでも悪い時なんか、すぐに気付いてくれるし」
「だがその生き方、疲れると思うが」
「サーヤもそう思う?私も一ヶ月一緒に暮らしてるけど、悠兄ちゃんって本当に私のことをよく見てくれて、大事に大事にしてくれるんだ。でもあれだけ人に気を使ってたら、きっと疲れると思うんだ」
「ですね。私が身につけて突っ込みを待ってるキャラも、いつもすぐに返してくれますし」
「それはちょっと違うような……」
「大丈夫ですよ」
菜々美がにっこり笑った。
「私、いつだったか聞いたことがあるんです。いつもいつも、周りを考えて行動してるのって疲れませんかって。でもその時悠人さん、こう言ったの。周りのことを考えずに行動して、後で後悔する方が嫌だって。それにこういう生き方をずっとしてきたから、それが当たり前になってるんだって」
「やっぱりすごいです、悠人さん」
「うむ。それでこそ私の所有物だ」
「ちなみに……」
再び菜々美が口を開く。
「やっぱり皆さん、悠人さん一筋なんですよね」
「当然」
「無論」
「小鳥にとって、世界は二つに分けられます。悠兄ちゃんと、悠兄ちゃん以外に」
「はぁ……」
「どうしました、菜々美さん」
「ついこの前まで、思ってもなかったのに……いつの間にかライバルだらけになって……しかも、私が一番オバサンだし……」
「何を言うか菜々美、お前も十分若々しいではないか」
「そうですよ、先ほど温泉で手にしたあの肌触り、まだまだ女真っ盛りですとも」
「そ……そんなことない……です……」
顔を紅くした菜々美が、枕に顔を埋めた。
「……でもでも、皆さん悠人さんのご近所さんだし、私は職場だからそんなに話も出来ないし……」
「とりあえず、現時点では私が一歩前だな。遊兎と一番、肌で触れ合っているのは私だからな」
「え」
「あんですとっ!」
「ふふふ、きゃつの寝込みを襲うのも、中々の遊興だ。寝顔もその……なんだ、可愛いぞ」
「さ、沙耶さんそれって、よ、夜這い」
「菜々美さん弥生さん、大丈夫だから。サーヤってよく、悠兄ちゃんの布団にもぐりこんで寝てるの。でもそれだけだから」
「なんだ、びっくりした……って、そういう問題じゃないでしょ!」
「悠人さんの寝息を間近で感じるとは、なんとうらやまけしからんことを!」
「ふふふ。ちなみにだが、耳たぶを噛んでやったこともあるぞ」
「こ……この色情ランドセル!こうしてはおれません。菜々美殿、今から悠人さんの寝込みを襲いに行きましょう」
「え?え?」
「弥生さん、今日は勘弁してあげよう。悠兄ちゃん、明日も一人で運転だし」
「ぬぬぬ……仕方ありません。ならば今度、私めも夜這いに参りましょうぞ」
「貴様のような肉塊が、遊兎の布団に納まりきるのか」
「心配ご無用、余分なところに肉はついておりませんので」
「でも弥生さんの胸って、ほんとすごいですよね」
「ええまあ……昔は色々からかわれた物ですが、今では両親からの最高の贈り物と、誇りを持っておりますです」
「やっぱり子供の頃、からかわれました?」
「とおっしゃると、菜々美殿もですか」
「ええ。高学年ぐらいからこんな調子だったので、結構クラスの男子から」
「分かります、分かりますぞ。ちなみに私の故郷は信楽、メスの狸の胸にならってついたあだ名はメガネ狸。もぉそのまんまでした」
「私はチチオバケでした」
「こんな所で同志に会えるとは……」
弥生と菜々美が、がっしりと手を握り合った。
「あったらあったで、からかわれる物なのか。ちなみに私はこのようにスレンダーだが……」
「凹凸がないとも言いますが」
「黙れバケツプリン。私は自分の容姿体型を気にしておらぬが、陰で色々言われているのは知っていた」
「どっちにしても」
小鳥が口を挟んだ。
「男子は言うんだよ、女子のことを色々と。実は気になって仕方ない癖に、そうやってからかって。男子って本当、子供だよね」
「年を取れば取ったで、エロくなりますし」
「でも」
小鳥が目を伏せる。
「悠兄ちゃんは違うんだ」
「そこに話が戻りますか」
「確かに遊兎からは、そのようなお子様オーラは感じないな」
「おじさんモードでもないし」
「不思議な方です。あの年なら、もうちょっとエロさがあってもいいのですが……なさすぎるのにも困ったものです」
「私のアプローチにも、反応が薄くて困る」
「俗に言うところの、鈍い……なんでしょうか」
「悠兄ちゃんはちゃんと、私たちの気持ちを分かってると思う。ただ、私たちの想いに答えられなくて困ってるんだよ。悠兄ちゃんは今でも、お母さん一筋だから」
「ここにきて出てきましたか、この場にいない最強のラスボス」
「話にはよく聞くが、小鳥の母上の存在が大きいのは理解出来る。そして遊兎めが、いまだにその思いを持ち続けているのも、共に過ごせば過ごすほど分かってしまうのだ」
「私が告白した時も、結局その話だったですし」
「でも」
小鳥が続ける。
「お母さんに聞いたことがあるんだ。どうしたらお母さんみたいになれるかって」
「おお、それだ小鳥、私が知りたかったのは。是非最強戦士の金言を伝授してくれ」
「『私と同じことをしても駄目。だって水瀬小百合はこの世に一人、悠人が好きな小百合は私だけのもの。でも私じゃない人には、私よりも悠人に愛される可能性もある』って」
「なんとも深い……」
「要は自分らしく、自分を磨けって言われたんだ。水瀬小百合の代わりじゃなく、水瀬小鳥として愛してもらえるようになれって」
「……流石だな、小鳥の母上は。確かにそうだ。会ったことはないが、私も小鳥の母上にはなれぬ。私は私、北條沙耶だ。そしてこの世に北條沙耶は一人しかいない。北條沙耶としての自分を磨き、遊兎を隣に侍らせるべきだ」
「じゃ、じゃあ私も、白河菜々美として、悠人さんにぶつかっていきます」
「なるほど確かに……川嶋弥生は、川嶋弥生を悠人さんにぶつけていくしかないと……そう考えたら、少し気が楽になります。背伸びせず、自分らしく成長していけばいいんだと」
「うん。その為にはまず、自分を好きになれって。自分を大切にして、好きになっていけって。でないと、相手も振り向いてくれないよって」
「自分を好きに、ですか……簡単そうで難しいですね。しかしもっともなご意見です。これは是非実行に移していかなくては」
「じゃあ……」
菜々美が3人の前に手を出した。
「悠人さんに恋する私たち4人、今日から自分を好きになって、自分を磨いて、正々堂々と悠人さんにぶつかっていきましょう」
沙耶が手を重ねる。
「うむ、異論はない。私もそろそろ本気を出すとしよう」
その上に弥生も重ねる。
「同じ殿方に心奪われた者として、力の限り戦いましょう」
最後に小鳥が手を重ねた。
「そしてこれからも私たち、ずっと友達で」
「小鳥ちゃん」
「ここでそれを言うか」
「勿論です小鳥さん。悠人さんに関して私たちはライバル、ですが私たちの友情は永遠です!」
そう言うと、弥生が小鳥に抱きついた。
「……や、弥生さん?」
「よいではないか、よいではないか。これも友情を深めるためのスキンシップです。あーもう、小鳥さんはやっぱり可愛いで…………ひゃん!」
背後から沙耶が抱きついてきた。
「むむっ、何度揉んでもけしからん乳だ。おいビーフストロガノフ、私はこの乳には決して負けんぞ」
「ひゃん、ひゃん……や……やめ……」
「もう!みんなかわいい!」
菜々美が3人の上に覆いかぶさってきた。
「私……こっちに来て初めて、本当の友達に出会えたような気がする。まだ会ってそんなに経ってないけど、みんな大好き!」
「私もみんな、だーいすきー!」
しばらくして部屋に戻ってきた深雪が、4人を見て小さく笑った。
「おやおや……」
既に4人は、寝息をたてて眠っていた。
「乙女たちは、もう夢の中かね」
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