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第10話 桜を見に行こう その3
しおりを挟む道は比較的すいていて、特にストレスを感じることなく運転出来た。
ふと助手席を見ると、いつの間にか弥生は眠っていた。
サービスエリアから出る前、帽子効果もあって再び勃発した、第二次助手席争奪戦を勝ち取った弥生。興奮の余り立ちくらみを起こして薬を投入、その後突き抜けたテンションで悠人に話しかけていたのだった。
しかし昨夜からの寝不足に車の揺れが睡魔を誘い、満足に話をすることもなく眠ってしまったのだった。
高速を降り、信号待ちで後ろを振り返ると、小鳥も沙耶、菜々美も眠っていて、深雪が一人、景色を眺めながらビールを飲んでいた。
「みんな、寝ちゃいましたね」
「この様子だと、昨日は眠ってないようだね」
「ははっ」
「たかが花見でここまで楽しみにさせるとは。少年、君はやはり面白いね」
「俺ですか」
「ああ。みんな君のことが、本当に好きなんだよ。39歳にして巡ってきた春、世の中年たちの希望の光だね」
「変な褒め方しないで下さい」
「ふふっ」
「で、ここからどっちに向かえばいいんですか」
「ああ、越前海岸に向かってくれたまえ。近付いてきたら、道を教えられるはずだ」
「分かりました」
それから更に一時間ほど車を走らせると、視界に海が入ってきた。窓を開けると、潮風が気持ちよかった。
「海、穏やかですね」
「そうだね。こんなに穏やかな海を見ていると、冬の海が嘘のようだ」
「そうなんですか」
「ああ。冬の海は、本当に厳しいんだ。次から次へと打ち寄せてくる荒波は力強くて、まるでそう……父親のようだ。確かそんな歌もあったような……それに比べると、春の穏やかな海は母親のようだね」
しばらくして深雪の指示で、車は海岸沿いから山道へと入っていった。そしてほどなくして、人の気配を感じさせないような入り組んだ場所に、車が一台止まっているのが見えた。
その隣に車を止める。
「ここからは少し歩きなんだ」
「分かりました。弥生ちゃん、着いたよ」
「……」
「弥生ちゃん、起きれるかい?おーいみんな、着いたよ」
何度か声をかけ、ようやく4人が目を覚ました。
「ふわぁ……悠人さん、到着でありますか」
「おはよう弥生ちゃん。ここから少し歩くみたいだ」
「悠兄ちゃんごめんね。小鳥、いつの間にか寝ちゃってたみたい」
「いいよ。小鳥も昨日、ほとんど寝てなかったろ」
「みなさん、おはようございます」
「沙耶、涎ふけよ」
「すいません悠人さん、悠人さん一人に運転させておいて私ったら……恥ずかしいです」
「あ……あはははっ……菜々美ちゃん、とにかく降りようか」
大量の弁当を分担して持ち、6人が細い獣道を歩きだした。
「深雪さん、ここって……」
少し歩くと立て札があり、「私有地につき立ち入り禁止」と書かれていた。
「いいんですか?」
「大丈夫だよ。さあ、もう少しだ」
木が生い茂り、太陽の光を遮っていた。少しひんやりとするその場所で、耳に入るのは波の音と、自分たちの足音だけ。不思議な空間だった。
やがて、前方が明るくなってきた。
「着いたよ」
深雪が振り返ってそう言った。皆がその声に足を速めると、一気に道が開けた。
「うわあ……」
「なんと」
「すごい……」
そこはさっきまでの獣道とはうって変わり、太陽の光がさんさんと降り注がれる開かれた場所だった。そしてその中心に、見事な一本の桜の木が悠人たちを迎えていた。
「これは……」
「見事な桜だな」
悠人の腕をつかみ、小鳥が言った。
「悠兄ちゃん……夢の中みたいな景色だね」
「そうだな。この場所だけ、現実から切り取られたみたいだ」
「きれい……」
「どうだね乙女たち。ここが今日の宴の席だ」
その時、彼らの前に一人の男が姿を現した。
「やあ、深雪」
年の頃は30歳前後、穏やかな顔をしたその男が、深雪に笑顔で声をかけた。
「久しぶりだね、修司。今日はわがまま言ってすまないね」
そう言って深雪は、修司と呼ぶ男性に近付いていくと、抱擁を交わした。
「えっ」
「なななんと!」
思わず5人が息を飲んだ。
「彼の名は坂本修司くん、私の福井の男で、今日ここを提供してくれた地主さんだ。修司、彼らがこの前話した、私の新しい友人たちだ」
「はじめまして、みなさん。いつも深雪がお世話になってます」
修司が頭を下げた。悠人が慌てて頭を下げる。
「あ、いやこちらこそ。今日はどうも、お世話になります」
「ちなみに今日泊まるのも、彼の旅館だ」
「と言っても僕はただの従業員で、親父の物なんですけどね」
修司が軽く笑った。
「深雪さん、深雪さん」
弥生が深雪の袖をつかむ。
「このお方のことを『福井の男』と紹介されましたが、まさか深雪さんは、47都道府県に港を持つ船乗りさんなのですか」
「流石に全県制覇は出来てないが、まあそれなりにね」
「なんと、正にリアルプレイガール!」
「はははっ、みんな驚いてるじゃないか。深雪、ちゃんと話しておかないと。まあそれはともかく、今日はゆっくり楽しんでください」
「あ、は、はい。よろしくお願いします」
「この桜は今日一日、私たちの貸切だからね。さあ小鳥くん、用意しようか」
「は、はい。サーヤ、手伝って」
「う、うむ……」
深雪の言葉に、小鳥もうなずいた。荷物を置き、桜の周りにシートを敷き、その上に料理を置いていく。
「じゃあ、僕は旅館に戻っているよ。余り遅くならないようにね、ここらはまだ陽が落ちると肌寒いから」
「え?修司さんはご一緒しないんですか?」
「僕は仕事が残ってるんで。じゃあまた夜に」
「ああ、ありがとう修司。また夜に」
再び修司と抱擁を交わし、深雪が笑顔で言った。
修司が去った後、深雪に修司のことを聞きたい衝動が、悠人以外全員にあった。だが今その話題に触れると、この場の雰囲気を壊しかねないと、全員がその話題を避けていた。
「悠兄ちゃん、用意できたよ。座って座って」
「ああ」
悠人は基本、他人の恋愛には干渉しない主義だった。恋愛の形は人それぞれ、自分の価値観を押し付ける気もなかった。
例え深雪に何人付き合っている男がいようと、それは深雪の自由と思っていた。悶々としている4人とは違い、悠人は全く意に介していなかった。
それより悠人は、目の前に広げられた料理の量に圧倒されていた。
「悠兄ちゃん、いっぱい食べてね」
「悠人さん、私めは三日前より仕込みに精を出し、悠人さんに満足して頂ける料理を持参致しました。是非是非ご堪能ください」
「あの……悠人さん、私のもどうぞ。勿論、みなさんで召し上がっていただけるよう作ってきたんですけど、悠人さんにいっぱい食べてもらえたらって思って……だって悠人さん、まだ病み上がりだし、食べて元気になってもらいたくって」
「遊兎、これはお前の分だ」
沙耶がバナナを一本差し出す。
「ぷっ……」
深雪がまた吹き出した。
「あははははっ、いや全く、本当に飽きないね」
「深雪さん、笑い事じゃないですよ」
「いやいや少年、39歳にして訪れた、誰もがうらやむハーレムじゃないか。しっかり食べてあげたまえ」
「他人事だと思って……」
そう言って悠人が、小鳥の差し出した皿から卵焼きを一つ口に入れた。
「ん……うまいっ!」
「ほんと、悠兄ちゃん」
「お前ほんとに小百合の娘か?この塩加減も焼き具合も最高だよ」
「やたーっ!どんどん食べてねー」
「悠人さん、あーん」
弥生が、ポテトサラダを悠人の口元に持ってくる。悠人は一瞬ためらったが、弥生の勢いにおされて思わず口を開けた。
「うまい……」
「だしょだしょ!」
弥生が腕にしがみついて言う。
「ちょ……弥生ちゃん胸、胸当たってるって」
「あー、ずるい弥生さん」
「やっぱり男心をくすぐるには、この胸とポテトサラダ。あと味噌汁ですよね」
「そ、そんなことないです。男心には肉じゃがなんです」
菜々美が肉じゃがを盛り付け、真っ赤な顔で皿を差し出した。
「これはこれは菜々美殿、肉じゃがとはまた古典的な」
「古典的じゃないです、私ちゃんと調べてきたんですから。男性には肉じゃがだって」
「菜々美殿、それは都市伝説ですぞ」
「え!うそ、うそっ!」
「全く菜々美殿はかわいいですな」
悠人へのアピールがひと段落つくと、6人は各々座り、ようやく食事が始まった。
「沙耶」
「なんだ遊兎」
「バナナありがとな。後でデザートにもらうからな」
そう言って沙耶の頭に手をやった。
「ふにゃ……」
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