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第7話 初めてのデート その5

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 地下から上がると、そこはすでに本通りだった。
 悠人の知る日本橋最短ルート。少し歩くと、すぐにフィギュアの店やDVDショップなどが目に入った。生粋の電気店やアダルト専門DVD店なども立ち並ぶが、悠人と小鳥の目には全く入らなかった。共に見えているのはアニメショップのみだった。

 まずは腹ごしらえにいつもの店と、悠人が小鳥を連れて入ったのは牛丼屋だった。
 時間短縮と経費削減にはここが一番、そう言って牛丼を食べる悠人に、小鳥も同意だった。早々に食べ終わると、いよいよショップ巡りが始まった。

 店の入口いっぱいに陳列された「食玩」の店に入ると、そこはうなぎの寝床のように真っ直ぐ縦長になっていた。その店の中には入り口同様、所狭しとフィギュアが並べられている。数百はあるフィギュアに圧倒されながらも、小鳥はお目当てのものがないかと目を輝かせながら物色を続けた。
 大型店舗では雑誌や漫画、ポスターやキャラクターグッズに興奮し、中々出ようとはしない。こういった店に初めて入った小鳥にとって、ここはひっくり返したおもちゃ箱に他ならなかった。

 裏通りに行っても小鳥の興奮は収まらない。
 入っては物色を続ける中、とあるフィギュア専門店に入ろうとした小鳥の手をつかみ、悠人が首を横に振った。

「ここはやめといた方がいいよ」

「どうして?ここフィギュアのお店でしょ。ちょっとだけ覗いてくるね」

 そう言って小鳥は一人で入っていった。悠人が店の前で煙草を吸っていると、しばらくして小鳥が血相を変え、走って店から出てきた。

「おかえり」

「な、な、な、何、このお店」

「だから言っただろ。ここは男の夢と欲望のつまった店なんだよ」

「でもあのフィギュア、む、胸も、それからその……全部見えてて、な、な、なんか……」

 みるみる内に小鳥の顔が真っ赤になっていった。悠人は笑いながら、

「喉渇いただろ、なんか飲むか」

 そう言って歩き出した。

 自動販売機で紅茶を買って小鳥に渡し、二人壁にもたれてその場で飲む。

「悠兄ちゃんは、メイド喫茶とかに入らないの?」

「メイド喫茶か……出来た頃は物珍しくて入ったんだけど、俺には向いてないみたいなんだな。女の子が話しかけてきたり、『ご主人様』なんて呼ばれるのも恥ずかしいだけで。だから俺の喫茶店はいつもここ」

「そうなんだ、残念。でもちょっと嬉しいかも」

「なんだそりゃ」

「今度小鳥が、家でメイドさんになってあげるね」

「恥ずかしいイベント、再びか?」

「サーヤも弥生さんも似合いそうだね」

「確かに……いや、そうじゃなくて」

「でもなんか、今日は楽しすぎてちょっと怖い」

「そう言やお前、結局何にも買ってないんだな」

「うん、どう言ったらいいかな……目の前に宝の山があって、どれもこれも輝いてて、一つ買ったら全部買ってしまいそうって言うか」

「分かるなその気持ち。金が捨てるほどあるんなら、店ごと買ってしまいたいっていうか……買うか買わないかの究極の選択になってしまって、結局手ぶらで帰ってしまうこと、俺もよくあるから」

「そう、そんな感じ」

「お前、生粋のヲタクになってしまったのかもしれないな」

「なんか照れるよ」

「褒めてないぞ」

「えへへへへっ」

 空を見上げると、少し雲行きが怪しくなってきていた。

「じゃあそろそろ」

「そうだね、帰ろうか」

「いや、最後にもう一軒だけ見ていこうと思うんだけど、いいか?」

「どこに行くの?」

「こっちだよ、おいで」



 着いた所は5階建てのビルだった。どうも全フロアー、同じ店舗になっているようだった。エスカレーターで最上階に行くと、小鳥が思わずため息をもらした。
 そこはヲタクの店とは思えない雰囲気だった。まるで百貨店のような趣だった。

「悠兄ちゃん、ここ何?」

「ここはドール専門店だよ」

「ドール専門店?」

 そこには女性が一度は憧れる、ドールが売られていた。
 フランス人形のような物、キャラクター物、様々なドールがショーケースに並んでいた。
 そのフロアーは特に、ドールの中でも最高級品の物が売られていた。

「ゆ……悠兄ちゃん、何なのこの値段」

 雰囲気と値段に圧倒された小鳥が、思わず小声で言った。

「すごいだろ。でもドール本体もだけど、こっちもすごいんだぞ」

 悠人がドール用の服や靴などのコーナーを指差す。

「見てみろ小鳥。この靴だけで、俺の服一式買えるぞ」

「本当だ……すごい」

「好きな物にはみんな、金をかけるんだな……しかし気持ちは分かるけど、いくらなんでもドールにブランド物を着せるってのはどうなんだ」

「値段がすごすぎてついていけないけど……でも、あのドールを見てたら分かるかな。だって本当に生きてるみたいだし、かわいいもん」

「ま、さすがにこのフロアーで俺らが買える代物はないけどな」

 しばらく見て回った後、二人は階段で下の階へと降りていった。
 下の階も同じくドールが売られていたが、そこは比較的安価な物も販売してあった。すると不思議に、小鳥がさっきの階よりもテンション高めで店内を回りだした。

「値段見て、ほっとしたかな」

 悠人がそうつぶやき、自分も店内を回っていった。

「うん……?」

 しばらく店を回りながらふと見ると、10,000円程度のコーナーで、小鳥があるドールを手にしていた。それは「魔法天使マジックエンジェルイヴ」だった。
 少し隠れて小鳥の様子を見ていると、ケースの上から食い入るように細部まで何度も見回し、値札を見ては溜息をついていた。
 そして何度かそれを繰り返した後、少し諦めきれない表情を浮かべながら、人形を元に戻した。悠人は慌ててその場を離れ、何事もなかったように小鳥と合流し、

「そろそろ帰るか」

 そう言った。小鳥は先ほどの寂しげな表情を見せることもなく、元気な笑みを浮かべて、

「うん、帰ろっか」

 そう言った。

「家まで一時間ぐらいあるけど、トイレ大丈夫か」

「うん、行っておくね」

 小鳥がトイレに入るのを見届けると、悠人はその場を離れていった。



「どこ行ってたの、悠兄ちゃん」

「悪い悪い、ちょっとな」

 トイレを済ませて待っていた小鳥の手を引き、店の外へと出る。

「降ってきたか……」

 外は小雨がぱらついていた。小鳥がコンビニでビニール傘を一本買い、

「相合傘だね」

 そう言って笑った。



「あー、楽しかったー」

 電車の中、またしても悠人の腕にしがみつき、小鳥が嬉しそうに言う。

「悠兄ちゃんとの初デート、想像してたよりもずっと楽しかった」

「何点?」

「100点!」

 小鳥が迷わずそう答えた。

「ちょっと採点、甘くないか?」

「ううん、ずっと夢見てたんだもん、悠兄ちゃんとのデート。遊園地とか動物園とか、あと海なんかも想像してた。そういうのとは違ったけど、でも今まで小鳥が考えてたどれよりも楽しかった」

「プラネタリウムと日本橋。地味なデートだったけどな」

「悠兄ちゃんはお母さんとデートしたこと、あるの?」

「どうした急に」

「ううん、なんとなく。したことあるのかなって」

「そうだな……デートと言えるかどうか分からないけど、遊園地には行ったな」

「どうだった?楽しかった?」

「ん……まぁ楽しかったよ。でも俺、次の日が大学受験だったから、正直落ち着かなかったんだけどな」

「受験の前日?」

「ああ。小百合が俺に気を使って、気分転換に連れていってくれたんだ」

「お母さんはどうだった?」

「テンション上がりまくって、走り回ってたよ」

「お母さんらしいね」

「はしゃいでるあいつを見てたら、こっちまで嬉しくなってきて……いつの間にか受験のことを忘れて遊びまくったよ。あいつ、遊びすぎて疲れたんだろうな、夜もすぐ寝ちゃってな」

「そうなんだ……」

「帰って受験のおさらいしながら、うとうとしてたんだけど、気がついたらあいつ、俺の隣で落ちてたんだ。何回声をかけても爆睡して動かなかったんだ」

「お母さんらしい……ね」

 少し小鳥の表情が硬くなった。しかし悠人は、それに気付かなかった。


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