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第6話 深夜の邂逅 その4

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「これはまた……面妖な味だな」

 菜々美のいれたコーヒーを口にして、沙耶が言った。

「あ、北條さんはコーヒー駄目だった?」

「いえ違うんですよ白河さん。このサハラ砂漠、インスタントコーヒーなるものを飲んだことがないんですよ。なにしろお嬢様らしいですから。胸は平民以下ですが、おほほほほほっ」

「そう言うお前は、こういった平民飲料水で無駄な色香を育てた訳だな」

「二人ともほんと、何がきっかけでも会話がはずむよね」

 小鳥が笑う。菜々美もつられて笑った。

「みなさんほんと、楽しい方ですね」

「あははっ……でも白河さん、想像してた通りいい人ですね」

「私が?」

「はい。家で悠兄ちゃん、よく白河さんの話をしてくれるんです。その時の悠兄ちゃん、いつも楽しそうで。だから白河さんに会えるの、すごく楽しみだったんです。今日やっと会えて、悠兄ちゃんがあんな顔をする理由、分かったかもって」

「分かったって……どんな風って聞いてもいいですか?」

「白河さん、きっとすっごく優しくて、気遣いが出来る人だなって。そして多分……どんなことに対しても、いつも一生懸命な人だって」

「なんか……すごく壮大な分析ね」

「私もよく白河さんのお話はうかがってましたが、確かにその時の悠人さん、優しい顔をしてましたよね。私結構、嫉妬全開でしたよ」

 弥生が入ってくる。

「しかも白河さんも……なかなかどうして、結構なものをお持ちなようで……」

 弥生の視線が菜々美の胸にいく。菜々美が慌てて胸を隠した。

「な……なんですか川嶋さん、その目は……」

「いえいえ、男所帯の町工場に一人、女の色香が華を咲かせている世界を想像するに、これはまた次の作品のいい刺激になると言うかなんと言うか……とりあえず白河さん、その胸をば少々触らせてもらっても……」

 ガンッという音と共に弥生が頭を抑えた。沙耶のトレイ攻撃だった。

「ぷっ……」

 菜々美が再び吹き出した。

「あははははははっ」

 小鳥と共に大声で笑う。



「ところで」

 菜々美がカップを置き、少し真面目な顔で三人に言った。

「水瀬さんは幼馴染の娘さんで、現在卒業旅行で悠人さんの家で生活中。北條さんは横浜から家出してきたネット友達で、明日の引越しまで同じく悠人さんの家に居候中。川嶋さんは悠人さんのお隣さんで、アニメ話で盛り上がってよく一緒に夕飯を食べる仲。あってます?」

「はい」

「はい」

「うむ」

「で、なんですが……みなさんそれだけなんですか」

「と、言いますと?」

「どういうことですか」

「何が聞きたいのだ」

「……みなさんと悠人さん、本当のところ、どういう関係なのかなって」

 菜々美の言葉にその場が沈黙した。その沈黙に我に帰った菜々美が、はっとして口を両手でふさいだ。

「す……すいません私……変なことを……」

「私は悠兄ちゃんの未来の嫁です」

「え……?」

「悠兄ちゃんのお嫁さんになるため、ここに来ました。現在花嫁修業中、あ~んど悠兄ちゃんの返事まちです」

「え?え?え?」

「私も恋人立候補中です」

 メガネを光らせて弥生が言う。

「見事トップ当選を勝ち取るため、女を磨いているところであります。ちなみに悠人さんには告白済み、小鳥さんと同じく悠人さんの返事待ちであります、ビシッ!」

「全く……」

 沙耶が腕を組んだまま静かに言う。

「お前たちの話を聞いていると、まるでおままごとだな」

「サーヤ、またクールぶって。で、サーヤは何なの?」

「私はお前たちのように『嫁』だの『恋人』だの、そういった世俗的なくくりで遊兎を見てはいない。私にとって遊兎は『所有物』なのだからな」

「しょ……」

「所有物ってあんた」

「そうだ。遊兎は私のためにこの世に生を受けたのだ。私のために生きて、私のために死んでいくのだ。それ以外の生き方など許されぬし、やつもまた、その生き方を望んでいるのだ」

「これはなんと言う暴君ですか、小鳥さん」

「サーヤはやっぱ、突き抜けてるよね」

 三人が当たり前のように悠人に対する思いを口にする。菜々美の頭の中はパニックになっていた。

(今この子たち、なんて言った、なんて言った?お嫁さんで恋人で所有物……私の……私だけの悠人さんがいつの間にかこんなことに……
 じょ、冗談じゃないわ、悠人さんの魅力を一番最初に知ったのは私だし、誰よりも悠人さんのことを理解してるのも私だし、一番年が近くて価値観がつりあうのも私のはずだし……
 と言うか何この状況。いつの間に悠人さん、こんなハーレム状態になってるの。これじゃまるで深夜アニメそのままじゃないの……)

 そう思い、改めて三人をまじまじと見る。

(水瀬小鳥さん……ああ……笑顔がかわいい……そしてこの笑顔はきっと、悠人さんの疲れを癒すに違いない……
 川嶋弥生さん……ヲタクの大好物のメガネっ娘で胸は……ま、負けた……そして何より悠人さんと同じくヲタクだから会話もはずみそう……
 北條沙耶さんは……ほんと、人形のようにきれいで……何よりこの三人、若い……)

「だめーっ!」

 菜々美が叫んだ。

「悠人さんは私のものなんだからっ!」

「きゃっ」

「え」

「おおっ」

 三人の視線が菜々美に向けられた。

 その視線に菜々美は我に返り、そして顔を真っ赤にしてうつむいた。

「あ、あ、あのその……い、今のは違うんです……そうじゃなくて私……」

 動揺している菜々美の手を小鳥が握った。

「え……」

「白河さんもやっぱり、悠兄ちゃんのことが好きだったんですね。そんな気はしてたんですけど」

「ちが……」

「じゃあ私たちと一緒ですね」

「え……」

「私も悠兄ちゃんのこと、世界で一番好きです。悠兄ちゃんのお嫁さんになることだけを夢見てきました。だから悠兄ちゃんのことを好きになる白河さんの気持ち、分かります」

「水瀬さん……」

「だから、白河さんも私のライバルです。悠兄ちゃんを好きな女として、一緒にがんばりましょう。そして悠兄ちゃんを好きになった者同士、仲良くしたいです」

「これがいわゆる、本妻の余裕というやつなのでしょうか」

 弥生が菜々美に言う。

「私の時もそうだったんですが、言わば恋敵であるにも関わらず、このお方は仲良くしようと言うんです。同じ殿方を好きになった者同士、きっと価値観も似ているし仲良くなれるはずだと」

「うむ、変わったやつだと言うのは違いないな」

「でも、そこがまた小鳥さんのいいところなんですよ。そして確かに、同じ殿方を好きになった者として、話は合うんですよこれがまた」

「同意だ、貴様とは合わんがな」

「合わないのは発育状態では?」

「また二人で楽しんでる」

 小鳥が笑う。

 盛り上がる三人を見ていて、菜々美は力が抜けてきた。

「はぁ……なんか……あなたたちを見てたら、私がこれまで一人で悩んできたのがバカみたいに思えてきちゃった。水瀬さん……小鳥ちゃんって呼んでもいいかな」

「はい。私も菜々美さんって呼んでもいいですか」

「うん。これからよろしくね」

 そう言って菜々美も笑った。

(ダメだ……この子たちを見てたら戦意がなくなっていく……でもこの子たち、悠人さんと付き合いたい私にとっての脅威……特にこの小鳥ちゃんは……でもなんだろう、嫌いになれない……)




「菜々美ちゃんまだいる?終わったよ」

 事務所に悠人が入ってきた。その顔は先ほどと違う、いつもの悠人だった。そして次の瞬間、

「げっ!」

 そう叫んだ。

「な……なんだお前ら、がん首そろえてこんな所に」

「悠兄ちゃんおつかれ!」

 小鳥が走って悠人に抱きついた。

「おいおい小鳥、作業着だから汚れるって」

「あー、ずるいです小鳥さん」

 弥生がその後から走ってきた。

「悠人さん、こんな時間までご苦労様です」

 同じく悠人に抱きついた。

「ではではお約束の……弥生にします?弥生にします?それとも、や・よ・い?」

「ちょ……弥生ちゃんまでって……弥生ちゃん胸!胸があたってる!」

「……ったく貴様らときたら……」

 沙耶がゆっくりと悠人に近付いてくる。

「遊兎、遅くまで任務、ご苦労だった」

「あ、ああ沙耶、すまなかったな。今夜はゆっくり相手しようと思ってたのに」

「気にするな。男にとって仕事こそが大義なのだ」

 そう言って沙耶も悠人にそっとしがみついた。

「な……な……」

 菜々美がその有り様を見てわなわなと震える。そして今まで、自分の心の奥底にしまいこんできた思いが湧き上がってくるのを感じた。

(ダメ、私もう……)

「悠人さん!お疲れ様ですっ!」

「ええっ?」

 最後に菜々美も悠人に飛びついていった。悠人のバランスは完全に崩れ、5人とも床に倒れこんでしまった。



 その後、工場長に報告を終えた後で、悠人は4人と一緒に事務所で弁当を食べた。弁当は美味く、特に弥生が作ってくれた豚汁は、冷えた体を暖めてくれる絶品だった。
 だが悠人には、その食事の味よりも気になっていることがあった。自分に好意を持っている者たちと、食事を共にしているということだった。
 しかもその4人が、ついさっき自分に抱きついてきた。沙耶に関しては告白を受けたりはしていなかったが、毎晩布団にしのびこんでくることなどを思い出すと、やはり意識せずにはいられなかった。
 時折周りを見渡す。小鳥と目が合うと、小鳥は少し頬を赤らめながらにっこり微笑んできた。そして、

「これもおいしいよ」

 そう言って皿に小芋を入れてきた。弥生と目をあわすと、弥生はウインクした後、悠人に見立てて湯飲みにキスをした。
 沙耶はずっと赤面してうつむいたままだ。菜々美は終始落ち着かない様子で、何度も何度も悠人の湯飲みにお茶を入れてきた。

 食事が終わり、菜々美の入れたコーヒーを飲んでいる時も、その場の空気はどことなく変なものだった。
 そしてそれが、菜々美によるものだということは悠人も感じていた。いつもと変わらない雰囲気で、小鳥とも楽しそうに話をしてはいるが、どこか態度が不自然だった。

「何かあったのか?」

 そう一度だけ聞いたのだが、4人そろって、

「べーつーにー」

 そう言われた為、それ以上聞き出せなかった。




 後片付けを済ませ、事務所に鍵をかけて5人が外に出る。雨はやんでいたが、外はかなり寒かった。

「菜々美ちゃん、今日はありがとうね。帰ったらあったまって、ゆっくり休むんだよ」

「はい、悠人さんもほんとにお疲れ様でした。小鳥ちゃんもみなさんも、お疲れ様でした」

 駅まで菜々美を見送る。菜々美は笑顔で手を振り、ホームに去っていった。

「沙耶、明日は何時からだっけ、引越しの車」

「朝一番で頼んでおいたから、9時には着くはずだ」

「そうか。じゃあ今日は帰ったらすぐ寝ないとな。今日の埋め合わせのためにも、明日は働くからな」

 そう言って沙耶の頭を撫でる。沙耶は赤面し、

「う、うむ……」

 そう言ってうなずいた。気がつくと小鳥が腕を組んでいた。

「悠兄ちゃん」

「どうした小鳥、やけにご機嫌だな」

「うん。今日は悠兄ちゃんの、会社での顔を見れて嬉しいんだ」

「ん?いつもと同じだったろ」

「いえいえとんでもない」

 反対の腕に弥生がしがみついてきた。

「戦士の顔、いつか私にだけ向けて欲しいものです悠人さん」

「何だそりゃ。と言うか弥生ちゃん、胸当たってるから」

「また悠兄ちゃん、弥生さんだといっつも胸のことばっかり言って。小鳥の胸だって当たってるのに、ほらっ」

 小鳥が胸を押し付ける。

「だ……だからお前ら、そう言うのはやめろと」

「まったくお前たちときたら、毎回毎回同じようなネタを繰り返して……」

 沙耶は一人冷静にそう言う。と言うか、遅れをとった不覚を感じられないように努めていた。

「とにかくみんな……今日は一日お疲れ様だったな」




 風呂から上がった菜々美が、ベッドの上でクッションを抱いていた。テレビをつけているが全く頭に入ってこない。

「急に……三人もライバルが出来ちゃった……」

 クッションを抱きながら何度もベッドの上を転がる。

「でも……私は負けない。悠人さんは私の……王子様なんだから……」


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