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第6話 深夜の邂逅 その3
しおりを挟む(あれから気まずくなるかなって思ってたけど、悠人さん、思ったより自然に接してくれて……嬉しいような寂しいような……
でも、確実に悠人さんとの距離は縮んだように思う。
あれ以来告白してないけど、それでも悠人さんの一番近くにいるのは私だって思ってた。だから変な安心感があったんだけど……最近、悠人さんから女の子の話をよく聞くようになって……私、このままでいいのかな……)
悠人がコーヒーを飲み終わり立ち上がった。
「よし。じゃあもうひと踏ん張りするか」
「じゃあ悠人さん、頑張ってくださいね」
「菜々美ちゃんもありがとね。うまいこと行けばあと2時間ぐらいで片がつくと思うから。菜々美ちゃん、いつでも帰っていいからね」
「私……今日は最後までいます。いさせてください」
「いてくれるのは嬉しいんだけど……菜々美ちゃんは大丈夫なの?」
「勿論です。悠人さん一人に大変な思いはさせられません。何もお手伝いできないけど、せめて完成するのを見届けさせてください」
「ごめんね、菜々美ちゃん」
「それに……こうして悠人さんと一緒に……二人きりでいられるのも久しぶりですから……」
そう言うと菜々美は、コーヒーカップを持って足早に事務所に戻っていった。
「……ありがと、菜々美ちゃん」
悠人は再び研削盤に向き合った。
菜々美は事務所で悠人のイスに座り、膝を抱えて考え込んでいた。
(思わずあんなこと言っちゃった……告白してからずっと、そんなことなかったように自然にしてきたのに、なんであんなこと言っちゃったんだろう……焦ってるのかな、私……)
菜々美は悠人の変化に動揺していた。最近の悠人は、これまでよりも優しく、強く、誠実さを増しているように感じる。それはまるで、人生において目標をみつけたかのような変化だった。
明らかに悠人は変わった。そしてその原因が、最近悠人が口にする「小鳥」によるものなのか……そのことを考えると、言いようのない不安に襲われた。
(幼馴染の子供、小鳥ちゃんか……)
時計を見ると9時をまわっていた。
「そうだ、うっかりしてた!」
菜々美がイスから降り、両手を合わせて言った。
「夜食だ!悠人さんが食べることに興味ないから、すっかり忘れてた。きっとお腹がすいてるはずよね」
ジャケットをはおり、財布を確認しながら玄関に向かう。そしてドアを開けようとノブに手をやった時、ドアの向こう側からノブが先に回された。
「え?」
「あ、開いたよサーヤ、弥生さん」
明るい女の声が聞こえた。
「失礼しまーす」
「あ……あの……」
菜々美が、深夜の来訪者に驚きながら尋ねる。
「すいません、どちら様でしょうか」
仕事関係の人には見えなかった。
「すいません、悠兄ちゃんの職場の方ですか?」
「悠兄ちゃん?……あ、ああ、悠人さんのことですね。はいそうです、私は白河と言います。それであの……どちら様でしょうか」
「私、悠兄ちゃんの家に居候中の水瀬小鳥と言います。そしてこっちが悠兄ちゃんのお隣さんの川嶋弥生さん、こっちは悠兄ちゃんの友達の北條沙耶さんです」
この子が……この子が、悠人さんがいつも話している小鳥ちゃん……最近悠人さんが生き生きとしている源になっている女の子……菜々美がまじまじと小鳥を見た。
赤いダウンジャケットをはおった小鳥の笑顔はまぶしく、周りを暖かく包み込むようだった。
(そうか、この子が……悠人さんが最近元気になったの、分かる気がする……)
「で、遊兎は中にいるのか」
声のする方に菜々美が視線を移すと、そこにはその場に似つかわしくない、ミンクのコートをはおった少女が立っていた。真っ白な肌に金髪のツインテール。まるで人形のようだった。
(この子がカーネルこと沙耶さん……悠人さん宅に居候中の家出少女……)
「早く答えるのだ。遊兎は今、どこにいる。仕事というのはその……まだかかりそうなのか」
「またあなたは偉そうにそんな言い方をして……悠人さんの職場の方に失礼じゃないですか」
沙耶を押しのけて前に出た最後の一人。白のハーフコートを着たメガネの女性の胸は、コートの上からでも分かるメガトン級だった。
(ま……負けたかも……)
菜々美が後ずさる。
「どうもはじめまして。私、悠人さんのお隣に住ませていただいている川嶋弥生と申します。現在大学の二回生で、悠人さんとは『私私』共々にお世話になっております」
菜々美が三人の若々しいオーラに圧倒され、後ずさった。正にこれは……スリーカードだ。
菜々美はついに下がるところまで下がってしまい、玄関を三人に譲ることになってしまった。
「は……はじめまして、みなさん……」
「で、悠兄ちゃんはまだ頑張ってます?」
「え……ええ、まだもうしばらくかかりそうなんですけど……それでみなさん、悠人さんに何かご用で」
「はい。悠兄ちゃんがこんな時間までお仕事頑張ってるので、晩御飯を持って来ました」
「晩御飯?」
「本当なら今夜は悠人さん宅で、テーブルを囲んで団欒をとの予定だったのですが、殿方にとって仕事は何より大事なもの。そして何より悠人さんは、仕事とヲタ道を完璧に両立されているヲタ神様。ならばここは、我々が支えるのが責務と思ったわけであります、ビシッ!あ、でもちなみにこのお弁当、作ったのは私と小鳥さんの二人なんですけどね」
「何を言うこの怪奇牛女が!私も水筒にお茶を入れたであろうが!」
「はいはい入れましたよね、折角沸かしたお茶の半分をこぼしながらですけど」
「結果だけを大きく取り上げるでないわ、この局部栄養過多女。要は過程こそが大事なのだ。私がこの支援に参加したことこそが大事なのだ」
「はいはいゆとり乙ゆとり乙。がんばったことが大事なんですよね、誰もがみんな一等賞ですからね」
「こ……このアドバルーンが大口を叩きおって」
「おっと第二次成長期に見放された女が何か言ってますかね」
「はいはいそこまでそこまで」
小鳥が割って入った。
「二人とも面白いけど、ここは悠兄ちゃんの職場だから。ちょっと自制しましょうね。ほら、白河さんもきょとんとしてるよ。で、白河さん、そう言うことなので、もしお邪魔じゃなければ中に入ってもいですか?」
「え、ええ……悠人さんの仕事の邪魔にならないのでしたら」
「分かりました、静かにしてます」
三人が菜々美に連れられて工場に入っていった。
照明が落ちて薄暗くなっている中、奥で裸電球が一つついていた。そこで研削機を前に作業をしている悠人がいた。
「ゆ……」
小鳥は声をかけようとしたが、咄嗟にその言葉を飲み込んだ。
悠人は煙草を口にくわえ、真剣な表情で研削機を見続けていた。その気迫に小鳥は圧倒された。
「小鳥どうした、遊兎はいたのか」
薄暗く足場の悪い現場の中、弥生の裾をつかんでついてきた沙耶が声をかけた。小鳥は振り返り、人差し指を口に当てた。
「しーっ」
「どうした小鳥」
「ちょっと……外で待ってよ、サーヤも弥生さんも」
小声で小鳥がそう言った。
「どうしたんですか小鳥さん」
二人の背中を押しながら、小鳥が事務所へと戻っていった。
「おかえりなさい」
早々に戻ってきた三人に驚きもせず、菜々美がそう言った。
「どうでしたか、悠人さんは」
「ちょっとびっくりしました……私、悠兄ちゃんのことをよく知ってるつもりでした。でも悠兄ちゃん、職場ではあんな顔するんですね」
「なるほど、遊兎も男だったということか」
「どういうこと?」
「簡単なことだ。男というものは家で見せる顔と仕事場で見せる顔が違うのだ。ここは言わば男にとっては戦場、やつは戦士なのだ。我々がその顔を知らないのは当然といえば当然。しかし……少し嬉しいな、やつの中にも男の血が流れていたとは」
「殿方のことをよく理解されてるようですね、北條さん」
「無論だ。そして我々婦女子は元来、戦場に赴く男たちが安心して戦えるよう、銃後の家庭を守り、そして彼らが戻ってきた時に癒しを与える存在でなくてはならないのだ」
「洗濯板もたまにはいいこと言いますね」
「なんだ鈍牛、貴様にも分かるのか」
「男性に果たすべき婦女子の責務、当然のことです」
「それはともかく」
小鳥が目をキラキラさせる。
「悠兄ちゃん、かっこよかったぁ」
「何!」
「それは本当ですか小鳥さん!そのお姿、私も拝見しなければ!」
そう言って沙耶と弥生が再び工場に入ろうとする。その二人を小鳥と菜々美が慌てて制した。
「待って待ってサーヤ」
「落ち着いてください川嶋さん」
「で、白河さん。悠兄ちゃんの仕事、あとどれぐらいで終わりそうなんですか」
「多分あと……1時間ぐらいで何とかなると思いますけど……」
「じゃあそれまで私たち待ちます」
「え……水瀬さん、ここで1時間待つんですか」
「はい、お邪魔じゃなければですけど……いいですか?」
「まあ……家に戻ったところで仕方あるまい」
そう言って沙耶が椅子に座る。
「……なんだか急に寒くなってきました。私もここで少し、暖をとらせてもらいますね」
弥生も座ってストーブに手をやった。
「そうですね……分かりました、じゃあみんなでここで待ちましょう。私もちょっと、退屈してましたし」
「やった」
小鳥が菜々美の手を握った。
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