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第2話 小鳥と始まる日常 その3
しおりを挟む「さ……流石に買いすぎだろ……」
ここに越してきた時でも、ここまで買い物をした記憶はないな……そう思いながら悠人が鍵を開けようとした時、ドアの隙間に挿してある一枚の紙に気付いた。
宅配便の不在表で、家に入り連絡すると、15分ほどして業者が荷物を持ってきた。荷物はダンボール二箱と、細長く厳重に梱包された筒状の箱だった。
ダンボールには小鳥の服、その他もろもろの日用品が入っていた。
「女の子にしては少ない荷物だな……まぁ3ヶ月だからこんな物か……で、これは何なんだ?」
「ふっふーん、これはね」
そう言って小鳥が筒状の梱包を外していくと、中から三脚と望遠鏡が出てきた。
「結構高そうなやつだな」
「これは、小鳥がバイトしまくって買った宝物。悠兄ちゃんの天使の次に大切な物なんだ。悠兄ちゃんと一緒に星が見たかったから、これは持ってこようって決めてたんだけど……でもここって星、ほとんど見えないんだね」
「昔はもう少し見えてたんだけど、街が明るくなりすぎたからな。過疎ってきてるとはいえ、これでも都会なんだよな……ま、3ヶ月ここにいるんだから、そのうち山にでも連れていってやるよ」
「楽しみにしてるね。でも悠兄ちゃん、春先でこんなんだったら、夏なんて見える星ないんじゃないの」
「この街で間違いなく見える星って言えば、月ぐらいかな」
その言葉に反応した小鳥が、
「月って言えば……」
そう言ってダンボールの中に手を入れ、何やら冊子のような物を取り出した。
「じゃーん!」
「だから……じゃーんなんて擬音、リアルで口にするやつはいないぞ……ってこれ」
それは月の土地権利証書だった。
「お前、月の土地持ってたのか」
「悠兄ちゃん、ここここ。ここ見てよ」
小鳥が指差すそこは権利者の欄だった。そこには悠人の名前が記載されていた。
「これって、俺の土地なのか?」
「悠兄ちゃん、小鳥に約束してくれたでしょ。大きくなったら小鳥と結婚して、月で一緒に暮らしてくれるって。だから小鳥、未来の旦那様の名義で買ったんだ」
「なんとまぁ、5歳の時の約束をしっかり覚えていたとはな……ちょっと待ってろ」
悠人は笑って立ち上がり、洋間に入っていった。ごそごそと音がしてしばらくすると、小鳥が手にしているのと同じ物を持ってきた。
「ほら」
「え……?」
悠人が開いたその権利証書には、小鳥の名前が記載されていた。
「悠兄ちゃん……?」
「なかなか面白いイベントになったな、これって」
そう言って悠人が笑った。
「……」
悠兄ちゃんも約束、覚えていてくれたんだ……小鳥の胸が熱くなった。
「ではお互いに贈呈式を」
悠人がそう言って小鳥に権利証書を渡す。
「……ありがとう、悠兄ちゃん」
権利証書を抱きしめる小鳥。そして小さく肩を震わせた。
その小鳥の頭を、悠人の大きな手が包み込む。
あたたかい感触。あの時と同じ、忘れたことのないぬくもり……
「悠兄ちゃんっ」
そう言って小鳥は悠人に抱きつき、胸に顔を埋めた。
「甘えん坊な所は、あの頃のまんまだな、小鳥」
悠人が小さく笑いながら、小鳥の頭を撫で続けた。
その後小鳥の服を片付けるため、悠人は洋間に小鳥を入れた。
四畳半の洋間の扉を開けると、目の前の壁一面に黒い本棚が並び、アニメと映画のDVD・ブルーレイが所狭しと並べられていた。
「すごいね、この部屋」
「ま、二軍だけどな。一軍は和室にいてるやつら。とにかくここはほとんど使ってないから、小鳥の好きに使っていいよ」
生活臭のしない部屋、おそらくここは悠人にとって倉庫なんだろう、そう小鳥は思った。しかし見事に整理されており、掃除も行き届いていた。その几帳面さに小鳥は驚いた。
向かいの壁には黒の三段ラックが五つ並んでいた。その上に飾られているフィギュアを見て、小鳥がはっとした。
それは、悠人手作りの小百合と小鳥のフィギュアだった。
手をつないで歩いているもの、ブランコの小鳥を押している小百合、そしてベンチに座る小百合の膝の上で寝ている小鳥。
「手なぐさめって言うか……まぁ楽しかった思い出を残しておきたかったんで……な」
照れくさそうに悠人が笑う。小鳥は両手を口に当ててつぶやく。
「小鳥とお母さんの……大切な思い出だ……」
夕食を終え、洗い物を一緒に済ませると、
「風呂、先に入っとけよ」
ジャージに着替えた悠人がそう言った。
「悠兄ちゃん、どこか行くの?」
「日課のウオーキングだよ。昨日はバタバタして出来なかったけど、基本毎日一時間ぐらい歩いているんだ」
「小鳥も連れてって!」
小鳥が洋間に入り、同じくジャージに着替えて現れた。
悠人はいつも入浴前に、マンションから見下ろせる川の堤防沿いを、1時間ほどウオーキングしていた。1年間で休日を30日と決め、雨や体調不良だった時を考慮して、年の前半はなるべく休みなく歩いていた。
堤防沿いを悠人と小鳥が歩く。かれこれ3年も続けているので、結構なスピードで歩いているのだが、そのペースに小鳥も続いていた。
驚いたのは、小鳥の息がほとんどあがっていないことだった。さすが中学時代、陸上部部長だっただけのことはある。悠人が感心してそう思った。
小鳥が空を見上げると、雲ひとつない、いい天気なのにも関わらず、ほとんど星が見えなかった。
「本当に星が見えないんだね」
「そうだな……条件がよくてもこの辺じゃ、冬に1等星が2~3見えるのが関の山かな。オリオン座すらまともに見えることがないんだからな」
「じゃあ夏なんか、ほんとに見えないよね」
「ああ」
「同じ空のはずなのに、小鳥の家からだと満天の星空。でもここだとその星が全然見えない……宇宙には無数の星があって、間違いなくその光がここにも届いているはずなのに、今この場所からはそれが見えない。小鳥たちからしたら、それは存在してないのと一緒たって話し、悠兄ちゃんは知ってる?」
「聞いたことぐらいはあるけど……星がある事実は変わらないだろ」
「……見る人がいなかったら存在しないんだ、っていう人もいるんだ。でね、その話を聞いた時に考えたことがあるの。
もしこの世から、小鳥の事を知ってる人が一人もいなくなったら、小鳥はここにいないのと同じになっちゃうのかなって」
小鳥がうつむきながら小声でそうつぶやく。歩く速度も心なしか落ちていた。
「……お前、小百合と同じで頭いいんだな。んで、頭いい分、俺らバカが悩まなくていい様な事で悩む」
「……」
「大丈夫だよ」
「え」
「お前がどこにいたって、俺がお前の事、いつも思ってるから。今までだって、そうだっただろ?」
「悠兄ちゃん……」
「誰がお前のこと忘れても、俺だけはお前のこと、覚えてるよ。だから大丈夫だ」
そう言って悠人が、小鳥の頭に手をやりぐしゃぐしゃと撫でた。
「うん……えへっ」
「いやだから『えへっ』も普通口にする言葉じゃないだろうて」
小鳥が洋間で、今日買った丸テーブルの上にノートを広げていた。中には、小鳥が悠人と叶えたい望みが書かれてあった。
今、小鳥が書いているページには『月の土地のプレゼント』その下に今日の日付、そして赤で花丸をつけた。願いが叶ったら花丸をつけていくルールだった。
「今日はたくさん花丸をつけられるなぁ」
嬉しそうに笑いながら、小鳥が他の項目にも花丸をつけていく。
『一緒に買い物』
『手作りハンバーグでうまいと言わせてみせる』
そして最後の項目は『悠兄ちゃんと結婚』そう書かれていた。
悠人が寝る前の煙草をくわえ、白い息を吐きながら考えていた。
明日一日で、小鳥が生活できるように全部用意しとかないと……とりあえず起きたらまずは『ジェルイヴ』の鑑賞会か……小鳥がヲタクになるとは、小百合も誤算だったろうに……
そこまで思ってふと悠人の頭に、もう一人身近で知っているヲタクの顔が浮かんだ。
「……そういや明日の夜、弥生ちゃんが帰ってくるんだったっけ……小鳥のこと、どう説明するかな……」
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