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第1話 幼馴染の娘・小鳥 その2
しおりを挟む「何の……冗談だ、これは……」
この40年、幼馴染の小百合以外に心を奪われた事のない魔法使いの俺に今、こいつは何を言った?アニメにしても当局からクレームが来る設定だぞ、これは。
幼馴染からのとんでもない話に、悠人の頭は混乱していた。その悠人に、小鳥が背後から抱きついてきた。
さっきとは違う感覚。自分との結婚を望む少女の抱擁に、悠人が顔を真っ赤にして小鳥を振りほどいた。
「待て待て待て待て、冗談にしても質が悪いぞこれは。エイプリルフールもまだ1ヶ月先だ」
「大好き」
「人の話を聞けえええっ」
「聞いてるけど……あ、ひょっとして悠兄ちゃん、好きな人とか付き合ってる人とかいるの、お母さん以外で」
「……いや、そんなやつはいないが」
「よかった、なら小鳥にもチャンスあるよね。3ヶ月の間に小鳥の思い、いっぱい悠兄ちゃんに伝えてあげるね」
悠人の混乱ぶりを全スルーして、小鳥がそう言って無邪気に笑った。
時計を見ると10時をまわっていた。
「もうこんな時間。ご飯まだだよね、ごめんね」
そう言って小鳥は、悠人が買ってきたコンビニ弁当を電子レンジに入れた。
「悠兄ちゃん、こんなのばっかり食べてるの?」
「腹が膨らめばなんでもいいんだよ、俺は」
「そっかぁ……やっぱり男の一人暮らしはダメだね。これからは小鳥が毎日、おいしいもの作ってあげるね」
そう言って小鳥は、リュックからパンを出した。
「そう言うお前はそれなのか、晩飯」
「うん、今日はバタバタすると思ってたから」
悠人はそのパンを無言で奪い取った。
「育ち盛りが、んな物でいい訳ないだろ。これ食べろ」
そう言って、レンジから出した弁当を小鳥の前に置いた。
「いいよ悠兄ちゃん、せっかくのお弁当なのに」
「俺は腹が膨らめば何でもいいって言っただろ。お前こそしっかり食べないと。色々とその……栄養偏ってるみたいだし」
と言いながら、思わず胸に視線をやってしまった。それに気付いた小鳥は赤面して胸を隠した。
「こ、これはまだ、まだ育ってる途中だから!」
「いいから食べろ、明日は土曜で休みだから遅くても大丈夫だけど、それでももうこんな時間だ」
「じゃあ……ここにいてもいいの?」
「いいも何も……もう来てしまったんだから。嫁さん云々はともかくとして、せっかくの卒業旅行だろ。いいよ、しばらくいても」
「ありがとう、悠兄ちゃん!」
そう言って小鳥がまた抱きついてきた。パンが喉につっかえて、悠人が思わず咳き込んだ。
「先に風呂入っていいぞ。布団、隣の部屋に出しておくから」
「仕事で疲れてるんだから、悠兄ちゃんが先に入って。お湯はってくるね」
「俺はシャワーだけだよ」
「だめだよ悠兄ちゃん、そんなんじゃ一日の疲れはとれないから。しっかりお湯につかって和まないと。疲れをためてはいけません、ためるのはお金だけでいいんです」
「……現実的だな」
何ヶ月ぶりかの湯船は、小鳥が言う様に確かに体を和ませてくれた。つかった時、無意識に「ふうっ……」と声が出てしまい、自分がだんだんとおっさん化してる事に苦笑いしながら、悠人は湯船から出た。
そして椅子に座り、体を洗おうとしたその時だった。
――二次元の世界にどっぷり漬かりきっている悠人が、妄想していない訳はなかった。しかしまさか、まさかそんな二次元住人の妄想が現実に起こる筈はないと思っていた。
突然扉が開き、バスタオルを巻いた小鳥が入ってきたのだ。
「お背中流しまーす」
「なななな、ちょ、ま、待て、待ってくれ小鳥」
「いいからいいから。悠兄ちゃんの方が恥ずかしがってどうするの」
そう言うと小鳥は、タオルに泡をつけて悠人の背中を洗い出した。
「18歳に背中流される39歳って、どこの萌えアニメだって感じだね」
「萌えってお前……どこでそんないらん知識仕入れたんだ」
「悠兄ちゃんの奥さんになるんだよ、アニメも見ないでどうするの。でもやっぱり、悠兄ちゃんの背中って大きいよね。抱きつきがいのある背中だよ」
背中を流してもらいながら悠人は、妄想が現実になっている事への満足感を感じてしまい、そんな自分が情けなくて一刻も早くここから出して欲しいと願った。
(今日ほど自分がヲタクだという事を悔やんだ日はないぞ……)
「ふう……」
先にあがった悠人が、煙草に火をつけて白い息を吐く。
まだ背中に洗ってもらった時の感触が残っていて、思い出すと顔が赤くなってきた。
「気持ちよかったー」
後からあがってきた小鳥は、白いTシャツに赤の短パン姿だった。露出の多いその姿に、また悠人の顔が赤くなった。
小鳥は冷蔵庫からコーラを取り出すと、コップに氷を山盛り入れて悠人の前に置いた。
「なんでお前が、俺の習慣を知ってるんだよ」
「お母さんから聞いてたもん。悠兄ちゃんのコーラの飲み方はこうでしょ。きっと10年たっても同じはずだって言ってたよ」
「……他に俺の、どんな話を聞かされてるんだ」
「悠兄ちゃんが知らない悠兄ちゃんのことも、小鳥は知ってるよ」
そう言って小鳥は野菜ジュースの栓を開け「乾杯」と言ってグラスを重ねた。
「ぷはーっ、生きてるっていいよねー」
「全く……そう言うところは小百合と同じだな」
「えへへっ……あ、そうだ。悠兄ちゃん、甘いもの大丈夫だよね」
小鳥が立ち上がり、冷蔵庫からケーキを持ってきた。
「ケーキって……俺の分もあるのか」
「うん、イチゴショート二つ」
そう言って小鳥は、ろうそくを一本ずつさして火をつけると、部屋の電気を消した。
「小鳥の大学合格祝い。悠兄ちゃんと一緒に祝おうと思って」
「もう一本は?」
「もうすぐ4日、お母さんの誕生日」
「だな……明日は小百合の誕生日か……」
悠人の顔が自然とほころんだ。
「小鳥、大学合格おめでとう」
「ありがとう」
「それと……小百合、39歳の誕生日、おめでとう」
「……ありがとう、悠兄ちゃん」
頬を染めて、小鳥が満足そうに笑った。
寝苦しい悠人は、何度も何度も寝返りをうっていた。隣の部屋とはいえ、ひとつ屋根の下に年頃の少女が寝ていると思うと、変に緊張して眠れなかった。あまりに怒涛の一日だったため、昨日のアニメのチェックをすることすら忘れていた。
目をつむると小鳥の顔が、そして肌の感触がよみがえってくる。
「何を妄想してるんだ俺は!小鳥だぞ、小百合の娘だぞ。ついこの前までおんぶしてた小鳥だぞ」
そう言ってもう一度寝返りをうった時、悠人は人の気配を感じた。
枕を抱いた小鳥だった。
「悠兄ちゃん……」
薄暗い部屋の中、小鳥がなまめかしい雰囲気を漂わせ、そう言った。
暗くてよく表情がつかめない。小鳥はゆっくりとしゃがみ込むと、悠人の布団に入ってきた。
「おい……こ、小鳥……」
「悠兄ちゃん、今日は……一緒に寝かせて」
そう言って小鳥は、悠人の胸に顔をうずめてきた。
「悠兄ちゃん……悠兄ちゃんなんだよね……小鳥、やっと会えたんだよね……」
泣いているようにも思えた。動揺した悠人だったが、やがて顔はほころび、自然に小鳥の頭に手をやっていた。
そのぬくもりに、小鳥は懐かしさを覚えた。夕日に染まった公園で頭を撫でられた時の、あの感触だった。
「小鳥、大きくなったな」
「悠兄ちゃん……ずっと……ずっと会いたかった……」
「俺も会いたかったよ」
「……」
しばらくすると、小鳥はかわいい寝息を立てて眠りについた。疲れていたんだろう、そう思って小鳥の寝顔を見る。あの頃と変わらないあどけない寝顔。昔もよくこうして寝かしつけたな……そう思い、悠人は笑った。
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