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009 強行突破
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坂口が住む寝屋川市から大阪市内に入る近道は、阪神高速守口線である。
しかしあえて健太郎は迂回し、再び高槻に戻っていた。
それは阪神高速から市内に入ろうとすれば、どうしても一度、わずかな距離であるが市街に出てしまうからであった。
街がどの様な状態か分からない以上、リスクは最小限に抑えたかった。
目的地である藤原の家に行こうとすれば、北からバイパスの新御堂筋を使った方が危険は少ないと健太郎は考えた。
国道171号線で、一旦車を止めた健太郎が言った。
「第一関門は新御堂筋やな」
早朝の肌寒い冷気の中、白い息を吐きながら健太郎が地図を開いた。
どうして車にナビがついていないのかと聞いた本田は、既に左目の辺りに青いあざを作っていた。
藤原ほどではないが、健太郎も何でも便利になっていく流れに抵抗感を持っていた。
ボロボロのページを開き、道を指でなぞる。
「ここには恐らく機動隊か、ないしは自衛隊がおるはずや。他所ん所よりも抵抗が強いかも知らんが、そやけどここを突破するんがお前ん家に行くには早いからな。一気に突破したろやないか」
「強行突破か」
「そや。ちょっと危険かも知らんけどな……最悪銃撃戦も覚悟しとかなあかん。迂回して市街に入って、無駄に石像と接触するんは避けたいからな。気合入れて行こやないか。
そやけど、市内から外に出ようとするやつらには警察も目の色変えよるやろうけど、入っていく分にはそない大した抵抗はないかも知らん。ほんで一気に突っ走って東三国、ここで降りる。
こっからが問題や。どんだけ石像がおるんか検討もつかん。そやけどまぁ、降りてからお前ん家までは約2キロ、石像をひき倒して突っ走ったら、案外すんなりと行けるかも知らん。そうなってくれたら一番ええんやけどな」
「そんなんやったら全然おもろないやんかっ!折角こんだけ楽しみにしてんのにっ!」
直美が不満気に言った。
「まぁまぁそぉ言わんと直美ちゃん。すんなりいったらいったで、俺が代わりに太腿さすったるさかいに」
「……いっぺん死なな、ほんまに分からん様やなお前」
「おいおい、出発する前から仲間割れしてどないすんや。とにかく山本君の言うコースで行ってみよやないか。大丈夫や直美、ちゃんとお前の出番も作ったる」
「ほんまやね」
「ああ、まかせとけ」
なぜか従軍司祭仕様の迷彩服を身にまとっている坂口が、直美をなだめてそう言った。
「よっしゃ、ほんだら気合入れて行くでっ!運転交代じゃ、おえ本田、新御堂筋降りるまで運転せえっ!」
助手席に座った健太郎が、景気よく本田の頭を張り飛ばした。
「う、うん……」
本田がしぶしぶうなずき、クラッチを踏んだ。
がくがくと揺れながら健太郎のジープが、ちんたらちんたらと動き出した。
「今日はまた、随分と冷えますね」
「ああ」
バリケードの前に立つ新米警官が、身を震わせながら上司につぶやいた。
「ですけど、何か知りませんけど、えらい騒ぎになってしまいましたね」
「そらそうや。なんちゅうても人間が石になって徘徊しとるんやからな。もうすぐお偉い学者先生らが来て、サンプル取って調べるらしいけどな」
「でもサンプルって言いましても……一体どうやって石像人間を捕まえるんですかね」
「そこやそこ。まぁ、俺が考えるには恐らく、決死隊みたいな物が作られて市内に潜入、捕獲する事になると思うんやが」
「そんな……誰がそんな決死隊なんかに志願するんですか」
「志願者がおらんかったら命令やろな。お前に当たる可能性も大いにある」
「そ、そんなぁ」
「うはははははははっ、心配すんな心配すんな。誰もお前みたいな屁たれを指名したりせえへんわいな」
「そ、そうですよね、大丈夫ですよね……でも自衛隊はいつ来るんですかね。ここは言わば市内と北摂地域をつなぐ大動脈ですよ。そんな所に僕らだけで警護させるやなんて」
「ほんまやなぁ。まぁ戒厳令も初めてやし、自衛隊出動の手続きもごたごたしとるみたいやしな」
「……にしても市内って、どないなってるんですかね。こっちは雲一つない青空が広がってるのに、市内は白い靄にすっぽり包まれてて」
「そやなぁ……靄っちゅうか、雲っちゅうか」
「あ……」
部下が上空を見上げた。
プロペラ音が響き、自衛隊のヘリコプターが降下しようとしていた。
「主任、来ましたよ自衛隊が!」
「やっとか」
部下がヘリに向って大きく手を振った。
その時だった。
北摂方面から、ライトを点灯して走ってくる車が見えた。
「主任!一般人です!」
部下が蛇行しながら走るジープを指差した。
「ほんまや。おい、拡声器出せ」
「はい!」
「おえ本田っ!お前、ええ加減ちゃんと運転したれやっ!なんべんエンストしたら気ぃ済むんやっ!一体どないなっとるんや、お前の頭ん中はっ!」
「ん……んな事言うても健ちゃん……僕ミッションなんか初めてやもん……む、難しいもん……」
「ああっ!もぉイライラするっ!なんでこんな遠足みたいなドライブに付き合わなあかんのよっ!私が運転するからのいてっ!」
「そこの車止まりなさい、そこの車止まりなさい」
「お、何やかんやの内に検問所かえ……おぉおぉたいそうにバリケードしくさりよってからに……おっ、ラッキーやないかえ機動隊や。機動隊と自衛隊では突破するんも雲泥の差やからな」
「健」
腕組みをして正面を見据えたまま、藤原が静かに言った。
「なんや」
「上見ろ」
「上?……あ」
健太郎の目に、降下してくるヘリが映った。
「やばい、自衛隊やっ!おえ本田、あの屁たれたバリケードを叩き潰せっ!シフトあげてアクセル踏み倒せっ!」
「と、突破って車、大丈夫なん?」
「問題ない、俺のジープは頑丈に出来とる!」
「そこの車止まりなさい、そこの車止まりなさい」
ヴォンヴォンヴオオオオオオオオオオン!
ジープの中で四人がでんぐり返った。
「な……なんちゅう運転じゃ……まあええ本田っ、あの警官ごとバリケード吹っ飛ばせっ!」
「そこの車止まり……ひ、ひえええええええええっ!」
突っ込んでくるジープに、二人の警官は思わず身をかわした。
ジープがバリケードを叩き破る。
ボンボンッ!
その時ヘリから、自衛隊員が身を乗り出して発砲してきた。
「げっ……撃ってきよったがな……あいつらマジや」
「上等やんか」
プロペラ音をかき消す銃声に、直美の目がつり上がった。
そして何と、時速120キロで走るジープの中で立ち上がり、素早くSIGを抜き取ると、ヘリの燃料タンクに照準を合わせた。
そしてサイトを微動だにさせず、発砲した。
ボンボンボンッ!
「ん……んなアホな……」
藤原が呆然とした。
弾は見事にヒットし、ヘリがバランスを崩して落下していく。
ドゴオオオオオオオオオオオッ!
上空でヘリが爆発した。
「よっしゃ!これでもう後には引けん、戦闘開始や!本田、突っ込め!」
ジープが炎上するヘリを後に、靄の中に突っ込んでいく。
「健ちゃん、何かよぉ分からんけど、ミッションって結構面白いね」
「そやろうがそやろうが。もうあんまし売ってへんけどな」
しかしあえて健太郎は迂回し、再び高槻に戻っていた。
それは阪神高速から市内に入ろうとすれば、どうしても一度、わずかな距離であるが市街に出てしまうからであった。
街がどの様な状態か分からない以上、リスクは最小限に抑えたかった。
目的地である藤原の家に行こうとすれば、北からバイパスの新御堂筋を使った方が危険は少ないと健太郎は考えた。
国道171号線で、一旦車を止めた健太郎が言った。
「第一関門は新御堂筋やな」
早朝の肌寒い冷気の中、白い息を吐きながら健太郎が地図を開いた。
どうして車にナビがついていないのかと聞いた本田は、既に左目の辺りに青いあざを作っていた。
藤原ほどではないが、健太郎も何でも便利になっていく流れに抵抗感を持っていた。
ボロボロのページを開き、道を指でなぞる。
「ここには恐らく機動隊か、ないしは自衛隊がおるはずや。他所ん所よりも抵抗が強いかも知らんが、そやけどここを突破するんがお前ん家に行くには早いからな。一気に突破したろやないか」
「強行突破か」
「そや。ちょっと危険かも知らんけどな……最悪銃撃戦も覚悟しとかなあかん。迂回して市街に入って、無駄に石像と接触するんは避けたいからな。気合入れて行こやないか。
そやけど、市内から外に出ようとするやつらには警察も目の色変えよるやろうけど、入っていく分にはそない大した抵抗はないかも知らん。ほんで一気に突っ走って東三国、ここで降りる。
こっからが問題や。どんだけ石像がおるんか検討もつかん。そやけどまぁ、降りてからお前ん家までは約2キロ、石像をひき倒して突っ走ったら、案外すんなりと行けるかも知らん。そうなってくれたら一番ええんやけどな」
「そんなんやったら全然おもろないやんかっ!折角こんだけ楽しみにしてんのにっ!」
直美が不満気に言った。
「まぁまぁそぉ言わんと直美ちゃん。すんなりいったらいったで、俺が代わりに太腿さすったるさかいに」
「……いっぺん死なな、ほんまに分からん様やなお前」
「おいおい、出発する前から仲間割れしてどないすんや。とにかく山本君の言うコースで行ってみよやないか。大丈夫や直美、ちゃんとお前の出番も作ったる」
「ほんまやね」
「ああ、まかせとけ」
なぜか従軍司祭仕様の迷彩服を身にまとっている坂口が、直美をなだめてそう言った。
「よっしゃ、ほんだら気合入れて行くでっ!運転交代じゃ、おえ本田、新御堂筋降りるまで運転せえっ!」
助手席に座った健太郎が、景気よく本田の頭を張り飛ばした。
「う、うん……」
本田がしぶしぶうなずき、クラッチを踏んだ。
がくがくと揺れながら健太郎のジープが、ちんたらちんたらと動き出した。
「今日はまた、随分と冷えますね」
「ああ」
バリケードの前に立つ新米警官が、身を震わせながら上司につぶやいた。
「ですけど、何か知りませんけど、えらい騒ぎになってしまいましたね」
「そらそうや。なんちゅうても人間が石になって徘徊しとるんやからな。もうすぐお偉い学者先生らが来て、サンプル取って調べるらしいけどな」
「でもサンプルって言いましても……一体どうやって石像人間を捕まえるんですかね」
「そこやそこ。まぁ、俺が考えるには恐らく、決死隊みたいな物が作られて市内に潜入、捕獲する事になると思うんやが」
「そんな……誰がそんな決死隊なんかに志願するんですか」
「志願者がおらんかったら命令やろな。お前に当たる可能性も大いにある」
「そ、そんなぁ」
「うはははははははっ、心配すんな心配すんな。誰もお前みたいな屁たれを指名したりせえへんわいな」
「そ、そうですよね、大丈夫ですよね……でも自衛隊はいつ来るんですかね。ここは言わば市内と北摂地域をつなぐ大動脈ですよ。そんな所に僕らだけで警護させるやなんて」
「ほんまやなぁ。まぁ戒厳令も初めてやし、自衛隊出動の手続きもごたごたしとるみたいやしな」
「……にしても市内って、どないなってるんですかね。こっちは雲一つない青空が広がってるのに、市内は白い靄にすっぽり包まれてて」
「そやなぁ……靄っちゅうか、雲っちゅうか」
「あ……」
部下が上空を見上げた。
プロペラ音が響き、自衛隊のヘリコプターが降下しようとしていた。
「主任、来ましたよ自衛隊が!」
「やっとか」
部下がヘリに向って大きく手を振った。
その時だった。
北摂方面から、ライトを点灯して走ってくる車が見えた。
「主任!一般人です!」
部下が蛇行しながら走るジープを指差した。
「ほんまや。おい、拡声器出せ」
「はい!」
「おえ本田っ!お前、ええ加減ちゃんと運転したれやっ!なんべんエンストしたら気ぃ済むんやっ!一体どないなっとるんや、お前の頭ん中はっ!」
「ん……んな事言うても健ちゃん……僕ミッションなんか初めてやもん……む、難しいもん……」
「ああっ!もぉイライラするっ!なんでこんな遠足みたいなドライブに付き合わなあかんのよっ!私が運転するからのいてっ!」
「そこの車止まりなさい、そこの車止まりなさい」
「お、何やかんやの内に検問所かえ……おぉおぉたいそうにバリケードしくさりよってからに……おっ、ラッキーやないかえ機動隊や。機動隊と自衛隊では突破するんも雲泥の差やからな」
「健」
腕組みをして正面を見据えたまま、藤原が静かに言った。
「なんや」
「上見ろ」
「上?……あ」
健太郎の目に、降下してくるヘリが映った。
「やばい、自衛隊やっ!おえ本田、あの屁たれたバリケードを叩き潰せっ!シフトあげてアクセル踏み倒せっ!」
「と、突破って車、大丈夫なん?」
「問題ない、俺のジープは頑丈に出来とる!」
「そこの車止まりなさい、そこの車止まりなさい」
ヴォンヴォンヴオオオオオオオオオオン!
ジープの中で四人がでんぐり返った。
「な……なんちゅう運転じゃ……まあええ本田っ、あの警官ごとバリケード吹っ飛ばせっ!」
「そこの車止まり……ひ、ひえええええええええっ!」
突っ込んでくるジープに、二人の警官は思わず身をかわした。
ジープがバリケードを叩き破る。
ボンボンッ!
その時ヘリから、自衛隊員が身を乗り出して発砲してきた。
「げっ……撃ってきよったがな……あいつらマジや」
「上等やんか」
プロペラ音をかき消す銃声に、直美の目がつり上がった。
そして何と、時速120キロで走るジープの中で立ち上がり、素早くSIGを抜き取ると、ヘリの燃料タンクに照準を合わせた。
そしてサイトを微動だにさせず、発砲した。
ボンボンボンッ!
「ん……んなアホな……」
藤原が呆然とした。
弾は見事にヒットし、ヘリがバランスを崩して落下していく。
ドゴオオオオオオオオオオオッ!
上空でヘリが爆発した。
「よっしゃ!これでもう後には引けん、戦闘開始や!本田、突っ込め!」
ジープが炎上するヘリを後に、靄の中に突っ込んでいく。
「健ちゃん、何かよぉ分からんけど、ミッションって結構面白いね」
「そやろうがそやろうが。もうあんまし売ってへんけどな」
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