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002 悪魔の囁き

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「……お姉さんのお話、納得出来ます。俺も、その……それなりに努力はしてるんですが、大して成績も上がりませんし、多分このままだと、適当な大学にしか進学出来ないと思ってます。そしてそうなれば当然、就職先にも恵まれないでしょう。よくいっても中流の生活。それに……顔がいい訳でもないし、得意なものも持ってない俺なんか、結婚も出来ないと思ってます」

「全部叶いますよ」

 お姉さんが、確信のこもった眼差しを向けた。

「……一応、聞かせてもらえますか」

「はい、勿論です」

 そう言って、お姉さんは喫茶店のマスターに目配せをした。

「結果を出すには、必ず代償が必要です。代償とはさっきも言った通り時間、すなわち命です」

「……」

「私、悪魔というものをやらせていただいてます」

「……」

 お姉さんの口から、とんでもない言葉が出て来た。
 たくさんのハテナマークが頭に浮かび、俺は固まってしまった。

「大丈夫ですか?」

「…………え、は、はい、大丈夫です……すいませんが、もう一度言ってもらえますか」

「はい、ではもう一度。私、悪魔です」

「すいません、帰らせてもらいます」

 そう言った俺の手を、自称悪魔のお姉さんが握ってきた。
 その温もり、やわらかな感触に俺は負けた。
 そ、そうだな、もう少しだけなら、聞いてあげてもいいかな。
 俺の手を握ってくれた初めての女性。そんな人の訴えを無下にする程、俺は非道ではない。
 例えお姉さんがいかれた宗教の信者でも、ここは寛大な心で耳を傾けてあげよう、そう思った。

「……悪魔なんですか」

「ええ、悪魔です」

 そう言ってにっこりと微笑む。この微笑みは、確かに悪魔的だ。

「悪魔ということは、やっぱり代償は魂ですよね」

「はい、そうなります。ですが今、あなたが思ってるような大袈裟な物ではありません。よくありますよね。願いを叶える代わりに、魂を差し出せと」

「そうですね。俺もよく、そういうたぐいの物語は読んでました」

「でもそれって、言ってみれば一度限りの大勝負じゃないですか。憎いあいつに復讐したい、その為に命を支払う、とか」

「そうですね。正に命を賭けた願い、ですよね」

「でもそんな大勝負をする人なんて、そうそういないんです。特に現代においては」

「そうなんですか」

「でも、人は常に願望を持っている。自分の力量に合わないものであっても、願いぐらいいいじゃないか、そう思いながら生きている」

「……」

「そんな願いを叶える為に、私たちは新しいサービスを始めたのです」

「新しい……サービス?」

「はい。それがこの『魂の分割払い』なんです」

「分割払い……」

 話がおかしな方向に向かってる。と言うか、何だこの設定は。お姉さん、本当に大丈夫?
 そんなことを思いながらも、お姉さんの発したその言葉は、確実に俺の心をつかんでいた。

「例えば……そうですね、今の学力では絶対に無理な大学に合格したい。その為に悪魔を召喚して契約する。あなたには出来ますか?」

「いやいや無理です、無理に決まってます。仮に願いが叶っても、命を取られたら何にもならないじゃないですか」

「そうなりますよね。だからこその分割払いなんです」

 そう言ってお姉さんが俺の左手の前を指差した。そこに指を出してみろと言ってるようだ。
 俺は少し躊躇しながら、人差し指を向けた。
 すると突然、その場所にモニターが現れた。

「な……なんですか、これは」

「実際に触ってみた方が分かりやすいと思いましたので、あなたの魂にリンクさせてもらいました。あなた専用のタブレット。大丈夫、あなた以外の人には見えませんので」

「俺専用のタブレット……」

「はい。今は試験的に見ていただくだけですので、詳しいサービスはお見せ出来ませんが。試しにそこに、『1万円を手に入れる』と入れてみてください」

 お姉さんに言われるがままに、俺は文字を入れた。

 突然目の前に現れたタブレット。この現象だけを取ってみても、このお姉さんが普通の人間ではない確証を得た気がした。

「どうですか?」

「は、はい……1日と出ました」

「それが代償になります」

 そう言ってにっこりと笑う。

「1日って……俺の寿命の1日と引き換えに、1万円が手に入るということですか?」

「その通りです。理解が早くて助かります」

「……」
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