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009 諦めと不安

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 その後、元々通院していた近所の眼科に戻った栗須。
 手術自体は成功したので、後は投薬治療を続けて視野を守る。なので近所の眼科で問題ありませんでした。
 ただ、緑内障の進行は続き、今現在、左は光を感じるのみ、右もどんどん視野が欠けている状況です。



「いずれ失明します」



 そう言った先生の言葉が、重く重くのしかかっています。

 自分は創作大好き人間。ならば見えなくなるまで、一作でも多くの作品を書き綴っていきたい。そう思い、毎日パソコンに向かっています。

 見えなくなってきたこと、それに不況が重なったことで、自分の中で整理がついて。
 長年続けた撮影会社を退職し、今は介護の現場で働いています。
 介護ではそこまで視力を必要とすることもないので、何とか日々の業務をこなせています。ただ、車は勿論、自転車に乗ることも出来なくなったので、そこでは少し迷惑をかけているかもしれません。




 そうこうしている内に、どんどん見えにくくなっていって。
 ある時先生に言われました。

「後発性の白内障になってますね」

「え?」

 なんですか、その病名。また何か増えたの?
 と言うか、白内障の手術はしましたよね。
 後発性って何?

 つい最近、網膜剥離って言われたばかりなのに。
 目を瞑ってもあちこちが光ったり、空を見ると何十羽も鳥が飛んでるみたいにゴミが見えたりしてて。
 なんともまあ、どれだけおかしくなっていくの? ひょっとして栗須、前世で誰かの目を潰したの?
 そう思ってしまうぐらい、この数年は目で大変な思いをしてるのに。
 ここに来てまた新たな病名って。何の冗談ですか。

「たまにあるんですよ。手術をしても、またレンズが濁ってくることが」

 そう言えばここ最近、テレビが見えにくくなってました。エンドロール、スタッフの文字が見えないなんてことはざらでした。
 単に視力が落ちていると思ってたので、また眼鏡を買い換えないといけないなと思ってたのに。
 違ったの?
 後発性白内障って何? おいしいの?
 そんな冗談が頭に湧いてきました。

「すぐにとは言わないけど、もっと酷くなっていくようなら、手術した方がいいですね」

 そう言われ、勘弁してよと苦笑いを浮かべるしかありませんでした。




 そして今年、2023年の幕が開けて。
 連続夜勤が終わった1月3日。今日から待ちに待った4連休、執筆するぞと目覚めた朝。

「……」

 見えん。何も見えん。

 何も、と言うのは言い過ぎだけど、とにかく昨日と全然世界が違う。
 例えるなら、すりガラスの眼鏡をかけてるみたいな感じ。
 世界が濁ってました。
 翌日も、そのまた翌日も改善せず。
 後発性白内障が、一気に悪化していました。
 ただでさえ視野が狭くてしんどいのに。
 その上濁ってるって、どんな罰ゲームなんですか。

 その頃から、栗須はあまり眼鏡をかけなくなりました。
 眼鏡をかければ、余計に見えてないのが分かるから。
 それがストレスになってしまうから。
 ならばもう、見えてない方がいいんじゃない?
 そう思っての行動でした。




 それから現在に至るまでの半年で、少なくとも2度、また悪化したなと自覚しました。

 どんどん見えなくなっていく世界。
 気が付けば、スマホの文字も読めなくなっていました。

 文字を大きくして、太字にして。
 でもそれも、5月に入った頃には無駄になっていました。
 時間をかけて頑張れば、何とか読める。でもそれは、とんでもないストレスでした。
 執筆だけはと思い、続けていました。Wordも画面を大きくして、一文字一文字打ち込んでいって。でも読み返すストレスに耐えられなくて、何度も投げ出しました。
 ここまで見えなくなってくると、不思議と笑えて来ました。

 一番笑ったのは。
 深夜にやっていたアニメ、「お兄ちゃんはおしまい」。
 関東から遅れること3か月、大阪でも放送が始まりました。
 結構話題になっていたので、これはチェックしとかないとと録画しました。
 そして迎えた第1話。

 爆笑。

 画面が真っ白で、ほとんど何も見えませんでした。
 どうやらこのアニメ、配色がパステル調で、色の境目が緩いようでした。
 原色に近いもの。昔の「Dr.スランプ アラレちゃん」とかなら見れるのですが。
「おにまい」は全くもって何も見えませんでした。
 本当に画面が真っ白で。コントラストの強いシーンだけが認識出来る、そんな状態でした。

 これはネタになる。いつか誰かに話して笑いを取ろう、そう思ったものでした。




 5月。
 先生から、「だいぶ進行してますね。そろそろ手術しませんか」と言われました。
 写真で見ると両眼とも、黒目の半分以上が白くなってました。

「……」



 正直悩んでました。

 理由は二つ。

 もし失敗したら。
 そう思うと、怖くて決断出来ませんでした。

 この作品の冒頭でも書きましたが、栗須は元来、あるがままを受け入れる人間です。
 今は亡き父からも、よく言われました。
「お前はすぐに諦める癖がある」と。

 もし今、余命1年ですと言われても、「ゴールがついに見えたんだ。それまでに何が出来るか考えようっと」と、受け入れるんだと思います。まあ、本当にその時が来たら、また違った反応をするのかもしれませんが。

 全てを受け入れ、全てを諦める。あるがままに、流されるがままに。

 ですから手術と言われても、「じゃあやります」と躊躇なく答える、それが栗須の本質だった筈です。
 なのに今回。手術としては至極簡単なレーザー治療に物怖じしている自分がいました。

 その理由を、今作で書いてきました。
 要はお医者さんが信用出来ないということ。
 こんな変な星の下に生まれた栗須なら、失敗する可能性の方が高いはず。
 そう思ったからでした。

 そしてもうひとつの懸念。
 成功したとして。
 でももし。
 それでも状況が改善しなかったら。
 希望が完全になくなってしまう。

 今なら「手術すればよくなる」という希望があります。
 それがもしなくなったら。その希望が幻だったら。
 どれだけ絶望するのだろう。そう思い、怖かったのです。

 ここまでの戦績は5勝4敗。
 流石に少し、怖くなっていました。
 このままでもいいんじゃないか、そう思いました。


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