9 / 10
009 諦めと不安
しおりを挟む
その後、元々通院していた近所の眼科に戻った栗須。
手術自体は成功したので、後は投薬治療を続けて視野を守る。なので近所の眼科で問題ありませんでした。
ただ、緑内障の進行は続き、今現在、左は光を感じるのみ、右もどんどん視野が欠けている状況です。
「いずれ失明します」
そう言った先生の言葉が、重く重くのしかかっています。
自分は創作大好き人間。ならば見えなくなるまで、一作でも多くの作品を書き綴っていきたい。そう思い、毎日パソコンに向かっています。
見えなくなってきたこと、それに不況が重なったことで、自分の中で整理がついて。
長年続けた撮影会社を退職し、今は介護の現場で働いています。
介護ではそこまで視力を必要とすることもないので、何とか日々の業務をこなせています。ただ、車は勿論、自転車に乗ることも出来なくなったので、そこでは少し迷惑をかけているかもしれません。
そうこうしている内に、どんどん見えにくくなっていって。
ある時先生に言われました。
「後発性の白内障になってますね」
「え?」
なんですか、その病名。また何か増えたの?
と言うか、白内障の手術はしましたよね。
後発性って何?
つい最近、網膜剥離って言われたばかりなのに。
目を瞑ってもあちこちが光ったり、空を見ると何十羽も鳥が飛んでるみたいにゴミが見えたりしてて。
なんともまあ、どれだけおかしくなっていくの? ひょっとして栗須、前世で誰かの目を潰したの?
そう思ってしまうぐらい、この数年は目で大変な思いをしてるのに。
ここに来てまた新たな病名って。何の冗談ですか。
「たまにあるんですよ。手術をしても、またレンズが濁ってくることが」
そう言えばここ最近、テレビが見えにくくなってました。エンドロール、スタッフの文字が見えないなんてことはざらでした。
単に視力が落ちていると思ってたので、また眼鏡を買い換えないといけないなと思ってたのに。
違ったの?
後発性白内障って何? おいしいの?
そんな冗談が頭に湧いてきました。
「すぐにとは言わないけど、もっと酷くなっていくようなら、手術した方がいいですね」
そう言われ、勘弁してよと苦笑いを浮かべるしかありませんでした。
そして今年、2023年の幕が開けて。
連続夜勤が終わった1月3日。今日から待ちに待った4連休、執筆するぞと目覚めた朝。
「……」
見えん。何も見えん。
何も、と言うのは言い過ぎだけど、とにかく昨日と全然世界が違う。
例えるなら、すりガラスの眼鏡をかけてるみたいな感じ。
世界が濁ってました。
翌日も、そのまた翌日も改善せず。
後発性白内障が、一気に悪化していました。
ただでさえ視野が狭くてしんどいのに。
その上濁ってるって、どんな罰ゲームなんですか。
その頃から、栗須はあまり眼鏡をかけなくなりました。
眼鏡をかければ、余計に見えてないのが分かるから。
それがストレスになってしまうから。
ならばもう、見えてない方がいいんじゃない?
そう思っての行動でした。
それから現在に至るまでの半年で、少なくとも2度、また悪化したなと自覚しました。
どんどん見えなくなっていく世界。
気が付けば、スマホの文字も読めなくなっていました。
文字を大きくして、太字にして。
でもそれも、5月に入った頃には無駄になっていました。
時間をかけて頑張れば、何とか読める。でもそれは、とんでもないストレスでした。
執筆だけはと思い、続けていました。Wordも画面を大きくして、一文字一文字打ち込んでいって。でも読み返すストレスに耐えられなくて、何度も投げ出しました。
ここまで見えなくなってくると、不思議と笑えて来ました。
一番笑ったのは。
深夜にやっていたアニメ、「お兄ちゃんはおしまい」。
関東から遅れること3か月、大阪でも放送が始まりました。
結構話題になっていたので、これはチェックしとかないとと録画しました。
そして迎えた第1話。
爆笑。
画面が真っ白で、ほとんど何も見えませんでした。
どうやらこのアニメ、配色がパステル調で、色の境目が緩いようでした。
原色に近いもの。昔の「Dr.スランプ アラレちゃん」とかなら見れるのですが。
「おにまい」は全くもって何も見えませんでした。
本当に画面が真っ白で。コントラストの強いシーンだけが認識出来る、そんな状態でした。
これはネタになる。いつか誰かに話して笑いを取ろう、そう思ったものでした。
5月。
先生から、「だいぶ進行してますね。そろそろ手術しませんか」と言われました。
写真で見ると両眼とも、黒目の半分以上が白くなってました。
「……」
正直悩んでました。
理由は二つ。
もし失敗したら。
そう思うと、怖くて決断出来ませんでした。
この作品の冒頭でも書きましたが、栗須は元来、あるがままを受け入れる人間です。
今は亡き父からも、よく言われました。
「お前はすぐに諦める癖がある」と。
もし今、余命1年ですと言われても、「ゴールがついに見えたんだ。それまでに何が出来るか考えようっと」と、受け入れるんだと思います。まあ、本当にその時が来たら、また違った反応をするのかもしれませんが。
全てを受け入れ、全てを諦める。あるがままに、流されるがままに。
ですから手術と言われても、「じゃあやります」と躊躇なく答える、それが栗須の本質だった筈です。
なのに今回。手術としては至極簡単なレーザー治療に物怖じしている自分がいました。
その理由を、今作で書いてきました。
要はお医者さんが信用出来ないということ。
こんな変な星の下に生まれた栗須なら、失敗する可能性の方が高いはず。
そう思ったからでした。
そしてもうひとつの懸念。
成功したとして。
でももし。
それでも状況が改善しなかったら。
希望が完全になくなってしまう。
今なら「手術すればよくなる」という希望があります。
それがもしなくなったら。その希望が幻だったら。
どれだけ絶望するのだろう。そう思い、怖かったのです。
ここまでの戦績は5勝4敗。
流石に少し、怖くなっていました。
このままでもいいんじゃないか、そう思いました。
手術自体は成功したので、後は投薬治療を続けて視野を守る。なので近所の眼科で問題ありませんでした。
ただ、緑内障の進行は続き、今現在、左は光を感じるのみ、右もどんどん視野が欠けている状況です。
「いずれ失明します」
そう言った先生の言葉が、重く重くのしかかっています。
自分は創作大好き人間。ならば見えなくなるまで、一作でも多くの作品を書き綴っていきたい。そう思い、毎日パソコンに向かっています。
見えなくなってきたこと、それに不況が重なったことで、自分の中で整理がついて。
長年続けた撮影会社を退職し、今は介護の現場で働いています。
介護ではそこまで視力を必要とすることもないので、何とか日々の業務をこなせています。ただ、車は勿論、自転車に乗ることも出来なくなったので、そこでは少し迷惑をかけているかもしれません。
そうこうしている内に、どんどん見えにくくなっていって。
ある時先生に言われました。
「後発性の白内障になってますね」
「え?」
なんですか、その病名。また何か増えたの?
と言うか、白内障の手術はしましたよね。
後発性って何?
つい最近、網膜剥離って言われたばかりなのに。
目を瞑ってもあちこちが光ったり、空を見ると何十羽も鳥が飛んでるみたいにゴミが見えたりしてて。
なんともまあ、どれだけおかしくなっていくの? ひょっとして栗須、前世で誰かの目を潰したの?
そう思ってしまうぐらい、この数年は目で大変な思いをしてるのに。
ここに来てまた新たな病名って。何の冗談ですか。
「たまにあるんですよ。手術をしても、またレンズが濁ってくることが」
そう言えばここ最近、テレビが見えにくくなってました。エンドロール、スタッフの文字が見えないなんてことはざらでした。
単に視力が落ちていると思ってたので、また眼鏡を買い換えないといけないなと思ってたのに。
違ったの?
後発性白内障って何? おいしいの?
そんな冗談が頭に湧いてきました。
「すぐにとは言わないけど、もっと酷くなっていくようなら、手術した方がいいですね」
そう言われ、勘弁してよと苦笑いを浮かべるしかありませんでした。
そして今年、2023年の幕が開けて。
連続夜勤が終わった1月3日。今日から待ちに待った4連休、執筆するぞと目覚めた朝。
「……」
見えん。何も見えん。
何も、と言うのは言い過ぎだけど、とにかく昨日と全然世界が違う。
例えるなら、すりガラスの眼鏡をかけてるみたいな感じ。
世界が濁ってました。
翌日も、そのまた翌日も改善せず。
後発性白内障が、一気に悪化していました。
ただでさえ視野が狭くてしんどいのに。
その上濁ってるって、どんな罰ゲームなんですか。
その頃から、栗須はあまり眼鏡をかけなくなりました。
眼鏡をかければ、余計に見えてないのが分かるから。
それがストレスになってしまうから。
ならばもう、見えてない方がいいんじゃない?
そう思っての行動でした。
それから現在に至るまでの半年で、少なくとも2度、また悪化したなと自覚しました。
どんどん見えなくなっていく世界。
気が付けば、スマホの文字も読めなくなっていました。
文字を大きくして、太字にして。
でもそれも、5月に入った頃には無駄になっていました。
時間をかけて頑張れば、何とか読める。でもそれは、とんでもないストレスでした。
執筆だけはと思い、続けていました。Wordも画面を大きくして、一文字一文字打ち込んでいって。でも読み返すストレスに耐えられなくて、何度も投げ出しました。
ここまで見えなくなってくると、不思議と笑えて来ました。
一番笑ったのは。
深夜にやっていたアニメ、「お兄ちゃんはおしまい」。
関東から遅れること3か月、大阪でも放送が始まりました。
結構話題になっていたので、これはチェックしとかないとと録画しました。
そして迎えた第1話。
爆笑。
画面が真っ白で、ほとんど何も見えませんでした。
どうやらこのアニメ、配色がパステル調で、色の境目が緩いようでした。
原色に近いもの。昔の「Dr.スランプ アラレちゃん」とかなら見れるのですが。
「おにまい」は全くもって何も見えませんでした。
本当に画面が真っ白で。コントラストの強いシーンだけが認識出来る、そんな状態でした。
これはネタになる。いつか誰かに話して笑いを取ろう、そう思ったものでした。
5月。
先生から、「だいぶ進行してますね。そろそろ手術しませんか」と言われました。
写真で見ると両眼とも、黒目の半分以上が白くなってました。
「……」
正直悩んでました。
理由は二つ。
もし失敗したら。
そう思うと、怖くて決断出来ませんでした。
この作品の冒頭でも書きましたが、栗須は元来、あるがままを受け入れる人間です。
今は亡き父からも、よく言われました。
「お前はすぐに諦める癖がある」と。
もし今、余命1年ですと言われても、「ゴールがついに見えたんだ。それまでに何が出来るか考えようっと」と、受け入れるんだと思います。まあ、本当にその時が来たら、また違った反応をするのかもしれませんが。
全てを受け入れ、全てを諦める。あるがままに、流されるがままに。
ですから手術と言われても、「じゃあやります」と躊躇なく答える、それが栗須の本質だった筈です。
なのに今回。手術としては至極簡単なレーザー治療に物怖じしている自分がいました。
その理由を、今作で書いてきました。
要はお医者さんが信用出来ないということ。
こんな変な星の下に生まれた栗須なら、失敗する可能性の方が高いはず。
そう思ったからでした。
そしてもうひとつの懸念。
成功したとして。
でももし。
それでも状況が改善しなかったら。
希望が完全になくなってしまう。
今なら「手術すればよくなる」という希望があります。
それがもしなくなったら。その希望が幻だったら。
どれだけ絶望するのだろう。そう思い、怖かったのです。
ここまでの戦績は5勝4敗。
流石に少し、怖くなっていました。
このままでもいいんじゃないか、そう思いました。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
幼子は最強のテイマーだと気付いていません!
akechi
ファンタジー
彼女はユリア、三歳。
森の奥深くに佇む一軒の家で三人家族が住んでいました。ユリアの楽しみは森の動物達と遊ぶこと。
だが其がそもそも規格外だった。
この森は冒険者も決して入らない古(いにしえ)の森と呼ばれている。そしてユリアが可愛い動物と呼ぶのはSS級のとんでもない魔物達だった。
「みんなーあしょぼー!」
これは幼女が繰り広げるドタバタで規格外な日常生活である。
断罪寸前の悪役令嬢になってしまいました
柚木ゆず
恋愛
「タチアナ、早く歩け」
「……え? わっ、わたしはタチアナではありません!」
わたしロズリーヌは気が付くと、タチアナ・ルレーラという名の女性になっていました。
その方は隣国の侯爵令嬢であり、罪人。複数の罪を犯した罰として、まもなく断罪が始まろうとしていたのです。
――このままだとわたしが代わりに処刑されてしまう――。
幸いにも近くに居た方・侯爵令息オディロン様は別人だと信じてくださりましたが、明確な証拠がないと処刑は回避できないそうです。
オディロン様の機転のおかげで、1週間の猶予ができました。その間に、なんとしてもタチアナさんを見つけないと――。
【BL】王子は騎士団長と結婚したい!【王子×騎士団長】
彩華
BL
治世は良く、民も国も栄える一国の騎士団長・ギルベルト。
年はとうに30を過ぎ、年齢の上ではおじさんに分類される年齢だった。だが日ごろの鍛錬を欠かさないせいか、その肉体は未だに健在。国一番の肉体にして、頼れる騎士団長として名を馳せている。国全体からの信頼も厚く、実直真面目な人物だった。だが一つだけ。たった一つだけ、ギルベルトには誰にも言えない秘密があった。表立って騎士団長という肩書を持つ彼には、もう一つの仕事があって……──。
「ああ、可愛いね。ギルベルト」
「ん゛……、ぁ、あ゛……っ♡」
穏やかな声と、普段とは異なるギルベルトの声が静かな部屋に響いて。
********
という感じの、【王子×おっさん騎士団長】のBLです
途中Rな描写が入ると思います。
お気軽にコメントなど頂けると嬉しいです(^^)
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
虚弱高校生が世界最強となるまでの異世界武者修行日誌
力水
ファンタジー
楠恭弥は優秀な兄の凍夜、お転婆だが体が弱い妹の沙耶、寡黙な父の利徳と何気ない日常を送ってきたが、兄の婚約者であり幼馴染の倖月朱花に裏切られ、兄は失踪し、父は心労で急死する。
妹の沙耶と共にひっそり暮そうとするが、倖月朱花の父、竜弦の戯れである条件を飲まされる。それは竜弦が理事長を務める高校で卒業までに首席をとること。
倖月家は世界でも有数の財閥であり、日本では圧倒的な権勢を誇る。沙耶の将来の件まで仄めかされれば断ることなどできようもない。
こうして学園生活が始まるが日常的に生徒、教師から過激ないびりにあう。
ついに《体術》の実習の参加の拒否を宣告され途方に暮れていたところ、自宅の地下にある門を発見する。その門は異世界アリウスと地球とをつなぐ門だった。
恭弥はこの異世界アリウスで鍛錬することを決意し冒険の門をくぐる。
主人公は高い技術の地球と資源の豊富な異世界アリウスを往来し力と資本を蓄えて世界一を目指します。
不幸のどん底にある人達を仲間に引き入れて世界でも最強クラスの存在にしたり、会社を立ち上げて地球で荒稼ぎしたりする内政パートが結構出てきます。ハーレム話も大好きなので頑張って書きたいと思います。また最強タグはマジなので嫌いな人はご注意を!
書籍化のため1~19話に該当する箇所は試し読みに差し換えております。ご了承いただければ幸いです。
一人でも読んでいただければ嬉しいです。
好きな人ができたなら仕方ない、お別れしましょう
四季
恋愛
フルエリーゼとハインツは婚約者同士。
親同士は知り合いで、年が近いということもあってそこそこ親しくしていた。最初のうちは良かったのだ。
しかし、ハインツが段々、心ここに在らずのような目をするようになって……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる