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002 この日に辿り着くまでに

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 結婚式。
 子供の頃から夢見ていた、私にとって人生最大のイベント。




 この日を迎えるまでに、約一年かけて準備してきた。
 それはそれはもう、大変だった。

 ドレス選びに始まって、手にするブーケは何にしよう、どんなティアラをつけようか。
 髪形はどうしよう、ネイルはどんなタイプがいいかな。
 高砂席の装飾はどうしよう。来賓席の装飾も決めなくちゃ。
 料理はどのコース?ウエディングケーキはどんなタイプにする?
 分厚いカタログを何冊も用意され、一つ一つ決めていく。

 披露宴のテーマは何にする?
 進行もプランナーさん、司会者さんと一つずつ決めていく。
 スピーチは誰にする?余興は?
 カメラマンは必要ですか?動画もセットにするとお安くなりますよ。

 こんな感じでとにかく大変だった。
 決めること、こんなにあるんだ。




 式場選びを始めて知ったこと。

 このプランは安くていい、そう思って見学に行く。
 でもその値段だと、とてもじゃないけどお客さんを呼べない。
 そのままだと、披露宴会場だって会議室みたいに殺風景になってしまう。
 テーブルに飾る花にもそれぞれ、値段がついている。
 あれよあれよという間に、値段はどんどん上がっていった。

 その度に帰ってからあっくんと二人、明細書とにらめっこ。
 でもプランナーが勧めてくれるものは、高いけどやっぱりいい。
 値段で妥協しようと思っても、少し低めのプランを見ると、やっぱり物足りない気がする。

 うまい商売するなぁ、式場も。

 先にいい物を見せられたら、目が肥えてしまってランクの下がる物を見てもときめかない。
 私たちは通帳と明細を何度も見比べ、妥協点を探し続けた。



 そんな中、何度か喧嘩もしてしまった。
 お互いに持ってるこだわりが違うからだ。

 少し値が張ったとしても、私には譲れないものがいくつかあった。
 ドレスやブーケ、私を飾ってくれるものだけは、どうしても妥協したくなかった。
 それならせめて、お色直しをなしにしない?そうあっくんが提案してきた。

 でも、ありえなくない?

 花嫁にとって、純白のウエディングドレスは夢だ。でもそれと同じぐらい、お色直しも大事なイベントなんだ。
 清楚なドレスから一転、ゴージャスなカラードレスでみんなを驚かせる。
 その驚きが冷めやらない中、二人でテーブルを回り、キャンドルに火を灯していく。

 最高じゃない。

 だからあっくんの提案、問答無用で却下した。
 あっくんは頭を抱えた。

美玖みく、その……式にこだわる気持ちはすごく分かるよ。美玖にとって、この日がどれだけ大事なのかも知っている。でも……もう少しだけ、僕の話も聞いてくれないかな。
 僕らはこれから、この家で新しい生活を始めるんだ。そりゃ当分共働きだし、二人で暮らしていく分には問題ない。
 でも、いずれは子供も出来るだろうし、そうなれば美玖、多分君の方が会社をやめることになると思う。一応僕の方が給料も高いし、美玖だって子育てに専念したいって言ってたし。
 僕らはこれからの生活の為に、少しでも蓄えを残しておかないといけないんだ。僕だって出来るものなら、美玖の望みを全部叶えてあげたい。でも美玖も、出来ればその……少しでもいいから妥協してほしいんだ」



「何よそれ!」

 と、思わず声を荒げてしまう。
 あっくんの言ってることが正論だって分かってる。でも、それでも私は言ってしまう。

「あっくんには分かんないんだよ、私の気持ち。私はあっくんと幸せになりたい、その為に新しい門出の日を、少しでも彩りたいの。あっくんだってそうでしょ?友達や先輩もいっぱい呼んでるのに、貧相なおもてなしだったら恥をかくのはあっくんなんだよ?」

「いや、それもなんだけど、何もあんなに人を呼ばなくてもいいと思うんだ。あと10人削るだけで、もうワンランク下の会場に出来るんだし」

「あっくんは男だから分かんないんだって。私にとって結婚式は、そんなに妥協してするものじゃないの。誰が見ても感動する、来てよかったって思えるものにしないと意味ないの。それにこれは、あっくんの為でもあるんだよ?こんな立派な式が出来るってことは、あっくんの株が上がるってことなんだよ?」




 とまあ、こんな感じで。
 自分でも無茶苦茶だと思いつつ、止まることが出来なかった。

 それでもあっくんに考えて欲しいって言われて、「じゃあもういい!結婚もなしでいい!」と子供みたいなことを言って、それから一週間実家に帰って電話も取らなかった。

 あっくんを散々悩ませた。

 でもあっくん、私が家出した後も、ずっと考えてくれていた。
 そして私が受け入れられるラインを見つけ出し、何度も説得をしてくれた。
 そんなあっくんを見て、私は罪悪感にさいなまれた。

 でも、ごめんなさい、あっくん。
 私もう、止まらなくなってるんだ。
 この我儘のお返しに、結婚したらいっぱい甘やかしてあげるから。
 私と結婚してよかった、そう思ってくれるように頑張るから。
 そう思い、ふくれっ面のまま、あっくんと家に戻ったのだった。





 当日。式場に入ると、まっすぐ控室へと向かった。

 挙式の4時間前。

 ゆっくり出来ると思ってたけど、とんでもない。
 分刻みでスケジュールが埋まっていた。
 ドレスを着て、髪にメイクにネイル。
 途中でトイレに行きたくなると、ドレスを脱がなくちゃいけない。
 その度にタイムロスしてるようで、美容スタッフもだんだんと笑顔が引きつっていった。



 ようやく準備が整い、少し一息いれようと飲み物を手にしたタイミングで、今度はカメラマンが入ってきた。

「どうもー!おじゃましまーす!本日はおめでとうございまーす!」

 満面の笑みで入ってくるカメラマン二人。
 一人は写真、一人はビデオマンだ。
 なんて完璧なタイミングと思ったけど、当然と言えば当然。
 彼らは私の支度が整うのを、ずっと部屋の外で待っていたのだ。
 軽快な言葉を私たちに投げかけながら、写真と動画を撮っていく。
 時折私のことを「お綺麗ですね」「新郎様がうらやましいです」と褒めてくれるのも忘れない。

「それじゃあ、ちょっと見つめ合っていただけますか?はいそう!いいですねー。じゃあちょっと、語り合ってみましょうかー。
 どんな話でもいいですよ。あ、そうだ。これにしましょう!うどんと蕎麦、どっちが好きかについて」

「え……わ、私はうどんだけど……」

「ははっ、僕はお蕎麦かな」

「はいそう!いいですねー、すごく自然な笑顔ですよー。はいじゃあどんどんいってみましょう。お互いの麺に対する熱い情熱、語ってみましょうかー」



 ふふっ、何よそれ。
 あまりに突拍子のない振りに、私たちは笑顔で語り合う。

 でも……やるな、カメラマン。

 こんなことで笑顔を出せるなんて。私、知らなかったよ。
 流石プロね。



 そんなこんなで始まった撮影タイム。私たちに気を配り、ずっと笑顔でいられるよう雰囲気を作ってくれる。
 隣では美容のスタッフやプランナーさんも、笑顔で見守ってくれている。



 ああ、やっぱりこの式場にしてよかった。
 この人たちはみんな、私の幸せを祝ってくれている。
 きっと最高の一日になる、そう思いあっくんを見る。
 あっくんも幸せそうに、私を見つめてくれていた。
 あ、やばいかも。
 その笑顔、反則だって。
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