上 下
64 / 69

064 希望

しおりを挟む
 小太郎が死んだ。
 大好きだった大切な家族。
 飼い主に捨てられた小太郎に、私は自分自身を重ねていた。そんな気がする。
 ずっと一緒にいたかった。
 突然の別れは、本当に辛かった。

 亜希ちゃんが死んだ。
 初めて出来た友達。
 転校して不安だった私に、彼女は気さくに声をかけてくれた。
 彼女の笑顔にほっとした。本当に楽しい日々だった。

 おばあちゃんが死んだ。
 いつも優しかったおばあちゃん。
 私に温もりを与えてくれたおばあちゃん。
 もっともっと話したかった。傍にいて欲しかった。

 玲子ちゃんがぬばたまだった。
 私を壊そうとしている彼の仲間だ。
 それはある意味、私の中にあった何かを壊した。
 信頼という絆を。

 彼女は、私が壊れることを望んでいる。
 悠久の時を共に過ごした仲間と、数か月足らずの友達。
 彼女がどちらを選ぶのか、考えるまでもない。

 彼女はずっと、傍で私を監視していた。
 私を壊す為、幼馴染の命ですら犠牲にすることをいとわなかった。
 それ以上に大切なことがあったから。
 ぬばたまという種族の血を絶やさない誓い。
 彼女にとって、それが全てなのだ。
 その決意には敬服する。
 でもそれでも、彼女に裏切られたという事実に変わりはない。
 信じてたのに。大好きだったのに。
 生まれて初めて感じるこの苦しみ、私は生涯忘れることはないだろう。




 大切なものが消えていく。
 こんなことなら、最初から出会わなければよかった。
 こんな気持ち初めてだ。
 喪失感。
 最初から孤独なら、こんな思いをしなかった筈だ。
 みんな、私に温もりを与えてくれた。幸せというものを教えてくれた。
 それを失った今、私は暗い闇の中に落とされたようだ。

 そんな私が、どうしてまだ絶望していないのか。
 その答えが今、目の前にあった。




「大丈夫? なっちゃん」

 勢いよくふすまを開けた春斗が、テーブルを挟んで座っている奈津子と玲子を交互に見つめ、複雑な表情をした。

「……あれ? ひょっとして僕、変なタイミングで帰ってきた?」

 二人の雰囲気に戸惑いながら、春斗が苦笑いを浮かべる。
 その仕草に、奈津子も笑みを漏らした。

 そうだ。私には春斗くんがいる。
 彼だけが、私を真っ直ぐに見てくれた。
 どんな時でも、私の心に寄り添ってくれた。

 大切な幼馴染。
 そしてきっと、私の初恋。

 彼がいる限り、私は大丈夫だ。
 どんなことだって耐えてみせる。
 奈津子が春斗の隣に立った。

「大丈夫だよ。春斗くんこそ、こんな大雪の中、私の為にありがとう」

「ごめんね、黙って行っちゃって。ぐっすり眠ってるなっちゃんを、起こしたくなくて」

 そう言って、ポケットから頓服薬を出した。

「その様子なら、もう必要ないかもだけど。これ」

「ありがとう、春斗くん」

「それで……この人は誰なのかな」

 春斗の問いに、玲子が微笑み立ち上がった。

「初めまして。私は奈津子の友達で、和泉玲子と言います」

「玲子さん……ああ、なっちゃんが言ってた人だね。玲子さんもなっちゃんが心配で? こんな雪の中、大変だったと思うけど」

「ふふっ、ご心配なく。これでも地元の人間ですので、この程度の雪なら何とか」

「そうなんだ、すごいですね」

「春斗くん、その……」

 奈津子がそう言って、玲子から春斗を遠ざける。

「どうしたの、なっちゃん」

「春斗くん。私が言ってたこと、覚えてるかな」

「なっちゃんが言ってたことって……ぬばたまのこととか?」

「うん、そう。そのことで今、玲子ちゃんと話をしてたの」

「そうなんだ。それで、何か分かったことでも」

「……彼女もぬばたまだったの」

「……それってどういうことかな。意味が分からないんだけど」

「玲子ちゃん。春斗くんに説明したいんだけど、いいよね」

 強張った顔でそう言った奈津子に、玲子が微笑んだ。

「ええ、勿論よ。と言うか奈津子、そんなに怖い顔しないで。大丈夫よ、何もしないから、ちゃんと説明してあげて」

「……ありがとう」





「……何だかすごい話だね。まるで映画みたいだ」

「信じられないのは分かってる。でも、本当のことなの」

「僕はなっちゃんを信じてる。嘘を言ってるなんて思わないよ」

「ありがとう、春斗くん」

「それでどうする? この人を警察に引き渡せばいいのかな」

 玲子の前に進み、春斗が表情を引き締める。

「警察に話しても無駄だと思う。こんな話、信じてくれるのは春斗くんとおじいちゃんぐらいだよ」

「確かにそうだね。でもこれ以上、なっちゃんを苦しめるのは僕が許さない。彼女の口から、もうなっちゃんに何もしないって言わせない限り、僕も引く訳にはいかないよ」

「春斗くん……」

「ふふっ」

 立ちはだかる春斗、寄り添い安堵の表情を浮かべる奈津子。そんな二人を見つめ、玲子が笑みを漏らした。

「何か……おかしかったかな、玲子ちゃん」

「いえ……おかしかった訳じゃないし、馬鹿にしてる訳でもないの。そんな風に感じたのならごめんなさい。そうじゃなくてね……何て言ったらいいのかしら。二人を見てると、本当に信じあってるんだなって思ってね」

「なっちゃんがどう思ってるかはともかく、僕はいつもなっちゃんのことを一番に考えてる」

「いいわね、そう言うのって。何物にも侵されることのない信頼関係」

 そう言って、もう一度笑った。

「……玲子ちゃん、どうしてそこで笑うんだろう」

「そうね……さっきの話に戻るんだけど、私たちは誰の力も借りず、自分の力だけで人間との戦いに挑む。例え消えることになろうとも、それは自分が弱かったからだと受け入れる。そう言ったわよね」

「……言った」

「でも私は、色んな助言をしてきた。励ましてもきた」

「ええ」

「そして今、ぬばたまの情報を余すことなくあなたに伝えた。これって、彼からすれば不公平極まりないことだと思う。現にあなたも、さっき私にこう言った。『それを話すことで、あなたたちに何の得があるの?』って」

「それがどうかしたの」

「覚えてない? 私、言ったわよね。私たちの戦いは、フェアでないといけないって」

「だから! 何が言いたいのよ! 遠回しに言わないで、はっきり言ってよ!」

 奈津子が苛立ちのあまり声を荒げる。

「この戦い……最初から奈津子に、勝ち目なんてなかったのよ」

 そう言って春斗を見つめ、微笑んだ。




 その微笑みに、奈津子の全身の血が凍り付いた。
 玲子が言った言葉が蘇る。



「今の状況、どう見てもあなたが不利だから」



 私にとっての最後の希望。
 私の心の支え。それが春斗くんだ。
 もし春斗くんがいなくなれば。
 きっと私は絶望する。壊れてしまう。

 そして今。
 この部屋には、二人のぬばたまがいる。

 ぬばたまは、宿主である私に危害を加えることが出来ない。
 でも春斗くんは別だ。
 ううん、違う。
 私を壊すのに、今は最高の状況だ。

 奈津子が春斗を抱き締めて叫んだ。

「お願いやめて! 春斗くんには……春斗くんには何もしないで!」






 春斗が奈津子の手をそっと握る。

「……ありがとう、なっちゃん。僕なら心配ないから」

 そう言って奈津子から離れる。

「春斗……くん……」

 玲子はまだ、春斗を見つめて微笑んでいる。

 春斗は大きく息を吐くと、乱暴に頭を掻きむしった。

「やっぱり……そうなっちゃうのか……」

 そう言って、ゆっくり奈津子に視線を移す。

「春斗くん……どうしたの……」

 春斗はじっと奈津子を見つめている。

 その瞳には。

 憐憫、苦悩、哀しみ。

 様々な感情が宿っていた。





 奈津子が首を振り、後ずさる。

「そんな……まさか、まさか……春斗くん……」

「そうだよ、なっちゃん……僕も……ぬばたまなんだ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

夜通しアンアン

戸影絵麻
ホラー
ある日、僕の前に忽然と姿を現した謎の美少女、アンアン。魔界から家出してきた王女と名乗るその少女は、強引に僕の家に住みついてしまう。アンアンを我が物にせんと、次から次へと現れる悪魔たちに、町は大混乱。僕は、ご先祖様から授かったなけなしの”超能力”で、アンアンとともに魔界の貴族たちからの侵略に立ち向かうのだったが…。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

岬ノ村の因習

めにははを
ホラー
某県某所。 山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。 村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。 それは終わらない惨劇の始まりとなった。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...