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063 掟

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「……そんな辛い思いをしてまで、あなたたちは生きていたいの?」

「さっき言った通りよ、奈津子。それが私たち。と言うか、本能なのよ」

「本能……」

「そういう意味では、理性というものを進化させてきた人間の方が、私たちには理解し難かった。人間は他者はおろか、自身の命にすら敬意を払っていない」

「……」

「私たちはね、奈津子。肉体というものを持たずに存在した。種を残すことも出来ない。私たちが出来ることはただ一つ。人間に憑依ひょういすることで、自身の命を繋いでいく、それだけなの。
 ぬばたまの数は減っている。人間との戦いに敗れたあの時から、私たちは種の存続にのみ心血を注いできた。私という存在が死ねば、それはぬばたまという種が途絶えることを意味する。ぬばたまとして生きてきた者として、それは決して許されることじゃない。私たちには、この種を絶やさない義務があるの。そうでないと、これまで犠牲にしてきたたくさんの命に申し訳がたたないから」

 そう言って見据えた玲子の視線に、奈津子は圧倒された。
 その瞳には覚悟が宿っていた。

「たくさんの命を奪ってきた……私たちは人にりつくことでしか、生きていくすべを持たない。この世界で、私たちの存在は泡沫うたかたでしかないの。そこにあるようで、実は何もない。それが私たち、ぬばたまなの」

「……」

「だから私たちは、全ての命に対して敬意を払っている。私たちには許されなかったものを、あなたたちは持っている。素晴らしいことだわ。私は本当に、全ての命を尊敬している。愛している。そして……それを奪わなくてはいけない、そんな自身のごうが憎い……」

「玲子ちゃん……」

「宮崎のおじさんが言っていた、物の怪もののけと人間の大戦おおいくさ。あれは本当よ。あの戦いで、私たちは他の物の怪もののけ同様、壊滅的な被害を受けた。
 何としても種を存続させなくてはならない。私たちは種を増やすことが出来ないので、生き残った者たちにその重責が背負わされた。
 少しでも助かる確率を上げる為、私たちは全国に散らばった。そしてその時、私たちは誓いを結んだ」

「……」

「どうして人間に負けたのか。どれを取っても、人間に負けることはない筈だった。私たちは勿論のこと、他の物の怪もののけたちも、人間を遥かに凌ぐ能力を持っていた。それなのに負けた。
 そして辿り着いた結論。私たちは自身の能力に溺れ、人間を見下していた。それが驕りとなって隙を作ったんだと。だから二度と、人間を見下さないと決めた。敬意を持って、常に全力で向かおうと誓った。
 そしてもうひとつの誓い。これが一番大事なことで、奈津子の問いへの答えにもなること。私たちは、もっと強くなると誓ったの」

「強く……」

「弱かったから人間に負けた。だから強くなろうと決めた。強くなければ生き残れない、弱い者には生きていく資格がない。だから……戦っている仲間に出会っても、決して手を貸さないと決めたの」

 そう言い放った玲子の視線が、奈津子の心を貫く。

「弱い者に生きる資格はない。弱かったから、驕りがあったから人間に負けた。私たちは種を存続させる為に、弱さを否定したの。
 他の手を借りなければ勝てない、そんな種は滅んでも仕方ない。消えたくなければ、死に物狂いで戦うしかない。それが私たち、ぬばたまの掟なの」

「助けないって……私にいているぬばたまだって、玲子ちゃんの仲間でしょ? 遥か昔から一緒に生きてきた、大切な存在じゃないの?」

「そうね、その通りよ。私の大切な仲間。何百年、何千年と生きてきた同志。でも、決して手は貸さない。これはね、奈津子。ぬばたまと人間の、命を賭した戦いなの」

「それが……あなたたちの掟……」

「もし彼が敗れたら……この世界から消えてなくなれば、きっと私は哀しむ。でも、それはただの感傷なの。私たちが生きていくのに、それは邪魔なものでしかない。そして勿論、彼もそのことを理解している」

「それじゃあおかしくない? 玲子ちゃん、ぬばたまのことを私に教えて……それって、あなたたちにとって何の得にもならないじゃない。どうしてそんなことをするの?」

「より強き者を倒してこそ、私たちは強くなれる。さっきも言った通り、これはあなたと彼の、命を賭けた戦いなの。奈津子が強ければ強いほど、彼にとってのほまれとなるの」

 その言葉に奈津子は愕然とした。
 強き者と戦うことを望む、誇り高き生命の略奪者。
 どん底へと突き落とされたにも関わらず、彼に対して尊敬の念すら抱いてしまう、そう思った。

「それに……戦いはフェアじゃないといけないから。今の状況、どう見てもあなたが不利だから」

「え……」

 玲子の言葉に、奈津子の胸がざわついた。

「私たちは種を絶やさない為、これからも戦い続ける。だから奈津子。私はこの戦い、見守っているわ」

「見守っているって……どうしてそんな風に言えるの」

「だって私は、あなたのことも大好きだから。もしこの戦いに勝ったとしたら、これからもあなたの友人でいたいと思ってる」

 玲子が微笑む。
 こんな話をしている時なのに。彼女は彼の仲間なのに。
 そう思いながらも、奈津子が頬を染め、うつむいた。

「最後にもう一つだけ、あなたに報酬をあげるわね」

「もう一つって……何をくれるの」

「私たちの弱点、になるのかな。ぬばたまに辿り着いた、奈津子へのご褒美よ」

「それって」

「私たちぬばたまは、肉体が朽ちれば他の影に移る。移れるのは一度だけ。他の影に変えることは出来ない」

「……」

りついた標的と戦い、新しい人間として生きる為に心を壊す」

「そうね」

「でもそれにはね、タイムリミットがあるの。それを過ぎれば、私たちはこの世界から消えてしまう。つまり時間まであなたの心が壊れなければ、この戦いはあなたの勝ちということになる」

「タイムリミット……それはいつなの」

「100日。それが私たちに与えられた時間」

「100日……」

「奈津子の場合は……12月31日、大晦日ね」

「ちょっと待って。玲子ちゃんは、私がりつかれた日のことを知ってるの?」

 その時、廊下から足音が響いた。
 奈津子がふすまに目をやる。

「なっちゃん、今戻ったよ!」

 勢いよくふすまが開き、雪まみれになった春斗が笑顔でそう言った。
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