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056 邂逅

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「誰……」

「誰? あはははははははっ、何言ってるのよ、今更。会いたかったんでしょ、私に」

 鏡に映る自分が、自分に語り掛けている。
 あり得ない状況に奈津子は混乱した。

「これは鏡で……映ってるのは私……でも私、そんな顔じゃない。私はそんな怖い顔しない」

「そうね、その通りね。あなたはいつも穏やかで、嫌なことや辛いことがあっても顔に出さない。例え黒い感情が生まれたとしても、それを決して悟られないよう、内に内にと沈めてきた」

 口元を歪め、奈津子をあざ笑うように見据える。

「……私じゃないとしたら、あなたは誰なの。あなたがぬばたまなの?」

「私はあなたよ、奈津子。何馬鹿なことを言ってるのよ。どこから見てもあなたじゃない」

「私はそんな顔しない!」

「あはははははははっ!」

 鏡の奈津子が手を叩いて笑う。

「あなたのそんな顔、やっと見れたわ。あなたってばいつも冷静、と言うか反応が鈍くて面白くなかったもの。親が死んでも、クラスメイトが死んでも動じない。まあ、犬と亜希の時は、ちょっとだけ動揺してたみたいだけど。それでも次の日になったら、また元に戻ってるし。ほんと、こっちの身にもなって欲しかったわ」

「……やっぱり、あなたがぬばたまなのね」

「う~ん、半分正解ってところかな。と言うことは、半分間違いってことだよね。あはははははははっ」

「茶化さないで! ちゃんと答えてよ!」

「あはははっ、ごめんごめん。でもね、やっとあなたの狼狽うろたえてる顔を見れたものだから、ちょっと嬉しくってね」

「……あなたの目的は何なの」

「あんな古い本の、しかも『ぬばたま』って言葉だけから答えに辿り着いた。そんなあなたになら、もう分かってるんじゃないの?」

 さげすむような視線で奈津子を見つめ、鏡の奈津子が唇を舐める。

「……人の影にりつく妖怪。私の周りで起こった災厄は、全てあなたの仕業だった。ずっと私を見つめ、身近な人や小太郎を私の目の前で殺した。でも……私に対しては、何の行動も起こさなかった」

「そうね、その通りだわ」

「そこから考えられる結論はひとつ。あなたが欲しいのは、私の体」

「大正解!」

 鏡の奈津子が甲高い声でそう叫んだ。

「流石私。こんな状況で、よくそこまで考えられました」

「……正体がばれたんだから、もういいでしょ。本当の姿を見せたらどうなの」

「本当の姿? それならあなたの足元にあるじゃない」

 そう言って、奈津子の影を指差す。

「じゃあどうして、私の姿で話しかけてるのよ。この期に及んでそんなお芝居、悪趣味だわ」

「ねえ奈津子。私、さっき言ったわよね。半分正解で、半分間違ってるって」

「……」

「私はぬばたまじゃない。簡単に言えば……そうね、協力者ってところかしら」

「協力者って……じゃああなたは何なの。どうして私の姿で話しかけてるの」

「本当に分からないの?」

「分からないって、何を……」

「それとも、いつもみたいにとぼけてるのかしら。本当の気持ちに気付かない振りをして、偽りの仮面をつけて」

「あなた……さっきから何を言って」

「……え? ああ、うん、分かったわ……そうね、あなたの存在に気付いた報酬、あげないとね」

 鏡の奈津子が、誰かと話している様子でそうつぶやいた。そして奈津子を見つめ、口元を歪めて笑った。

「彼がいいって言ってるから、もう少しだけ教えてあげる。ぬばたま……彼は、あなたたちと会話することが出来ない。だって影なんだから。話がしたいのなら、体を手に入れたぬばたまじゃないと」

「じゃあ、あなたは一体」

「私は南條奈津子。あなたよ」

「何を言って」

「私たちは元々一つだった。でもある時から、私たちは別々の存在になった」

「あなたが私……」

「簡単に言えば、多重人格? ほら、よく言うじゃない。嫌なことや辛いことがあって、その精神負荷が限界を超えた時に起きる現象よ」

「……それは知ってる。でも私にそんな過去はなかったわ」

「それはそうでしょ。その記憶そのものが、あなたから切り離されてたんだから。便利よね、本当。あなたはそうやって、辛いことを全部私に押し付けて、綺麗なままで生きてきたんだから」

「……何を言ってるのか分からない。私にはそんな記憶」

「だから思い出させてあげる。あなたの真実を」

 そう言って、鏡の奈津子が手を伸ばす。
 奈津子は拒絶しようとした。しかし抗うことが出来なかった。
 震える手が鏡に伸びていく。

「嫌、やめて……私は何も知らないし、何も知りたくない」

「今更何言ってるのよ。大丈夫、ちゃんと全部思い出させてあげるから」

「やめて……やめてお願い!」

 奈津子が声を上げる。目を瞑り、首を振って拒絶する。
 しかし。
 掌が鏡に触れた。
 その瞬間、奈津子の視界が真っ暗になった。

「やめてえええええっ!」
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