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047 ぬばたま

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「私ね、色んな可能性を考えてみたの。現実的に、客観的に。でもね、おじいちゃんが言ったこと以上に、今の状況を説明出来るものが見つからなかった。自分でもおかしいと思う。こんなことを大真面目に考える日が来るなんて、考えたこともなかった。でも……どれだけ否定しようとしても、否定出来ないことに気付いたの」

「奈津子、少し疲れてるのかもしれないよ。私も否定するつもりはないわ。でもね、結論を急ぐあまり変な方向に行かないか、少し心配だわ」

「ありがとう。玲子ちゃんならそう言ってくれると思ってた。でも大丈夫だよ。私は至って冷静だし、おかしな考えにりつかれてる訳でもない。ただ、可能性を排除してしまうことの方が怖いの。唯一の手掛かりを、凝り固まった頭のせいで失いたくないの」

「……奈津子らしいね」

「何度も何度も読み返した。今の状況に似ているものがないかと思って。でも……残念ながら、答えは出なかった」

「そう……なんだ……」

「でもね、一つだけ引っ掛かってるところがあるんだ」

「引っ掛かってるところ?」

「これさえクリア出来れば、私はこの話を忘れて、もっと現実的に向き合おうと思ってる」

「何が気になってるの?」

「これなの」

 そう言って、付箋のついたページを開いた。

「……」

 他のページには全て、妖怪・物の怪もののけとおぼしき名前が大きく書かれ、その後に細筆で詳細が書かれていた。
 しかし奈津子が開いたページには余白が広がっていた。
 ただ大きく「ぬはたま」とだけ書かれていた。

「ぬはたまって……何のことだろう」

「他のページから推測すれば、妖怪の名前だと思う。でもね、この妖怪に関することだけが、何も書かれていなかったの」

「ぬはたま……」

「多分ぬばたまって呼ぶんだと思う」

「そうなの?」

「うん。昔は濁点の表記がなかったから。
 このぬばたまっていうのは、今も言葉として残ってるから、多分そう読むのが正解だと思う」

 そう言って、パソコンに「ぬばたま」と打ち込み検索をかけた。

「……」



【ぬばたま】ヒオウギの種子。黒いことから、枕詞として「黒」「夜」「夕」「宵」「髪」などにかかる。



「ここに何かが隠されてる、そんな気がしたの」

「どうして?」

「私にも分からない。でもね、何でだろう……この言葉を調べた時、なぜか自分のことのような気がしたんだ」

「どういう風に?」

「枕詞として残っているこの言葉。私の勝手な解釈なんだけど、かかっているものを更に黒くする言葉だと思ったの。『ぬばたまの我が黒髪』なら、深く黒い髪。『ぬばたまの夜』なら、前も見えないような暗い夜」

「……」

「どう言ったらいいのかな。ごめんなさい、うまく言えなくて。でもね、私の今の状況を振り返った時、私の『心』にぬばたまがかかっているような、そんな気がしたの」

「なるほどね……」

「そして考えてみたの。ぬばたまって何だろうって。ヒオウギの種子を調べてみたら、本当に深く暗い黒だった。まるで闇を具現化したような、そんな黒。
 そう思って色んな言葉を連想して見たの。今の自分の心に当てはめながら、思いつく限りの言葉を並べてみようと思って。
 漆黒、暗黒、絶望、虚無、死、影……玲子ちゃんなら何が浮かぶ?」

 そう言って玲子を見ると、彼女は強張った表情でモニターを見つめていた。

「……玲子ちゃん?」

「え? あ、うん……ごめんなさい、何でもないの。何だか難しい話になってきたから、考えがまとまらなくて」

「そうだよね、ごめんなさい。私一人で話しちゃって」

「ううん、そんなことないよ。ただ……ごめんなさい、ちょっと整理させてほしいだけなの」

 そう言って奈津子の肩に手をやり、微笑んだ。

「でも、このぬばたまのことは、何も書かれてないのね」

 玲子がそう言って余白部分を撫でる。

「うん、残念だけど。でもね、だからこそ気になったの。そこに何か隠されているような気がして」

「そう……だね……」

「私を狙っている何かが本当にいるとしたら。そしてそれが妖怪なんだとしたら……それは暗くて黒い何かだと思う。私の心が、正にそうだから。
 異変を感じてからのことを考えてみた。楽しいこともいっぱいあった。ここで新しい生活が始まって、クラスのみんなも親切で。亜希ちゃん、そして玲子ちゃんにも出会えた。
 でも、辛いこともいっぱいあった。その度にね、私の心は暗く黒くなっていった……深くて底の見えない暗闇に落ちていくような、そんな気持ちになっていった」

「奈津子……」

「だからこの言葉を意識したんだと思う。今度図書館に行って、もう少し調べてみようと思ってる。杞憂に終わるかもしれないし、それならそれでもいいと思う。でも私は、この妖怪の存在を知ることで、何かが見えてくるような気がするの」

「分かったわ。私も協力するね。奈津子が言うように、ただの思い過ごしならそれに越したことはない。でももし、このぬばたまという存在が何かの手掛かりになるんだったら、私も知りたい」

「ありがとう、玲子ちゃん」

「天気予報だと、もうすぐ寒波が来るみたい。いつもはこの辺り、雪もそんなに積もらないんだけど、今年はかなり積もるかもって言ってた。だからそれまでに、出来ることをやってみましょう」

 そう言った玲子の手を力強く握り、奈津子もうなずいた。
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