35 / 69
035 白昼夢
しおりを挟む
「振り上げた拳を下ろすことも出来ない。意固地になって暴走しているだけ。私は玲子ちゃんとの楽しい時間、こんな人に邪魔されたくないの」
「ふふっ」
奈津子の語りに玲子が笑う。
「玲子ちゃん? 私の話、どこか笑う要素あったかな」
「ごめんなさい、でも、ふふっ……見てよ丸岡の顔、真っ赤になって。これって、怒ってるからかしら。それとも、図星を突かれて恥ずかしいからなのかしら」
「どっちだろうね、ふふっ」
「どんな罵詈雑言よりも効いたみたいね。これ以上言ったらこいつ、壊れちゃうかも」
丸岡はますます顔を紅潮させ、体を震わせて奈津子を睨みつける。
「だから……丸岡くん、だったね。これ以上何をしても、私たちはあなたに構ったりしない。あなたも子供みたいなことしてないで、真面目に勉強した方がいいよ。あと一か月で期末試験なんだし」
「あはははははっ、奈津子ってば、もうやめてあげなさいって」
ついに声を上げて笑い出した玲子に、丸岡は何度も瞬きしながら目を泳がせた。
羞恥や怒り、様々な感情に飲み込まれ、今すぐこの場から逃げ出したくなっていた。
その時。
山の斜面を背にした丸岡の体が、影に覆われた。
「え……」
何事かと見上げた丸岡の視界に、直径が1メートルはある岩が飛び込んできた。
奈津子も玲子も岩を見上げる。
まるで、スローモーションの映像を見ているようだった。
巨大な岩が、ゆっくりと落ちて来る。
何が起こってるのか理解出来ず、三人が岩を見つめる。
そして。
時間の流れが戻った。
グシャッ!
丸岡の頭を直撃した岩が、右腕をもぎ取って地面にたたきつけられた。
首と右腕を失った丸岡の体が、奈津子の前でゆらりゆらりと揺れながらゆっくりと崩れる。
粉々になった頭蓋骨の破片や脳漿、髪の毛が肉の残骸によって岩に絡みつく。
主を失くした肉体から、血しぶきが上がる。
呆然と立ちすくむ奈津子と玲子。
そんな二人に何かを訴えるように、丸岡の体がビクッ、ビクッと痙攣した。
小太郎の時を思い出す。あの時もこうやって、私たちは呆然とそれを見ていた。
そう思った時、耳元で玲子の叫び声がした。
「うわああああああっ! 丸岡、丸岡あああああっ!」
叫ぶと同時に丸岡の元に駆け寄り、残された左手を握り締める。
「丸岡、丸岡! しっかりしなさい、今すぐ救急車を!」
何度もそう叫び、涙を流す。事故に気付いた生徒たちの悲鳴が聞こえる。
慌てて駆けつけてきた担任の坂井も、その光景に呆然と立ちすくんだ。玲子の訴えにようやく我に返ると、携帯で救急車を呼ぶ。
泣き叫ぶ玲子を見つめながら、奈津子は自分でも不思議なくらい冷静だと思っていた。
体は正直だ。多分今、腰が抜けている。
膝も震えているし、助けがなければ立つことも出来ないだろう。
でも頭は……心はどうなんだろう。
目の前で級友が、ただの肉塊になった。その衝撃はある。しかしその彼の手を握り、泣き叫んでいる玲子にはまるで共感出来なかった。
その肉塊は今の今まで、自分たちに敵意をぶつけていたのだから。
それなのに玲子は、まるで肉親のようにその死に混乱し、涙している。
そんな玲子に対し、畏敬の念を持たずにはいられない。
やはり彼女は高潔な精神の持ち主だ。どんな相手であれ、その死を哀しみ、悼むことが出来るんだ。
私は……どうなんだろう。
正直言って今、何の感情も浮かんでこない。
哀しみも同情もない。
頭にあるのは一つだけ。
それを口にした時、自分は壊れてると思った。
「玲子ちゃん。死体に声をかけても無駄だよ」
「ふふっ」
奈津子の語りに玲子が笑う。
「玲子ちゃん? 私の話、どこか笑う要素あったかな」
「ごめんなさい、でも、ふふっ……見てよ丸岡の顔、真っ赤になって。これって、怒ってるからかしら。それとも、図星を突かれて恥ずかしいからなのかしら」
「どっちだろうね、ふふっ」
「どんな罵詈雑言よりも効いたみたいね。これ以上言ったらこいつ、壊れちゃうかも」
丸岡はますます顔を紅潮させ、体を震わせて奈津子を睨みつける。
「だから……丸岡くん、だったね。これ以上何をしても、私たちはあなたに構ったりしない。あなたも子供みたいなことしてないで、真面目に勉強した方がいいよ。あと一か月で期末試験なんだし」
「あはははははっ、奈津子ってば、もうやめてあげなさいって」
ついに声を上げて笑い出した玲子に、丸岡は何度も瞬きしながら目を泳がせた。
羞恥や怒り、様々な感情に飲み込まれ、今すぐこの場から逃げ出したくなっていた。
その時。
山の斜面を背にした丸岡の体が、影に覆われた。
「え……」
何事かと見上げた丸岡の視界に、直径が1メートルはある岩が飛び込んできた。
奈津子も玲子も岩を見上げる。
まるで、スローモーションの映像を見ているようだった。
巨大な岩が、ゆっくりと落ちて来る。
何が起こってるのか理解出来ず、三人が岩を見つめる。
そして。
時間の流れが戻った。
グシャッ!
丸岡の頭を直撃した岩が、右腕をもぎ取って地面にたたきつけられた。
首と右腕を失った丸岡の体が、奈津子の前でゆらりゆらりと揺れながらゆっくりと崩れる。
粉々になった頭蓋骨の破片や脳漿、髪の毛が肉の残骸によって岩に絡みつく。
主を失くした肉体から、血しぶきが上がる。
呆然と立ちすくむ奈津子と玲子。
そんな二人に何かを訴えるように、丸岡の体がビクッ、ビクッと痙攣した。
小太郎の時を思い出す。あの時もこうやって、私たちは呆然とそれを見ていた。
そう思った時、耳元で玲子の叫び声がした。
「うわああああああっ! 丸岡、丸岡あああああっ!」
叫ぶと同時に丸岡の元に駆け寄り、残された左手を握り締める。
「丸岡、丸岡! しっかりしなさい、今すぐ救急車を!」
何度もそう叫び、涙を流す。事故に気付いた生徒たちの悲鳴が聞こえる。
慌てて駆けつけてきた担任の坂井も、その光景に呆然と立ちすくんだ。玲子の訴えにようやく我に返ると、携帯で救急車を呼ぶ。
泣き叫ぶ玲子を見つめながら、奈津子は自分でも不思議なくらい冷静だと思っていた。
体は正直だ。多分今、腰が抜けている。
膝も震えているし、助けがなければ立つことも出来ないだろう。
でも頭は……心はどうなんだろう。
目の前で級友が、ただの肉塊になった。その衝撃はある。しかしその彼の手を握り、泣き叫んでいる玲子にはまるで共感出来なかった。
その肉塊は今の今まで、自分たちに敵意をぶつけていたのだから。
それなのに玲子は、まるで肉親のようにその死に混乱し、涙している。
そんな玲子に対し、畏敬の念を持たずにはいられない。
やはり彼女は高潔な精神の持ち主だ。どんな相手であれ、その死を哀しみ、悼むことが出来るんだ。
私は……どうなんだろう。
正直言って今、何の感情も浮かんでこない。
哀しみも同情もない。
頭にあるのは一つだけ。
それを口にした時、自分は壊れてると思った。
「玲子ちゃん。死体に声をかけても無駄だよ」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ずっとずっと
栗須帳(くりす・とばり)
恋愛
「あなたのことが好きです」
職場の後輩、早希から告白された信也。しかし信也は、愛する人を失う辛さを味わいたくない、俺は人を信じない、そう言った。
思いを拒み続ける信也だったが、それでも諦めようとしない早希の姿に、忘れていたはずの本当の自分を思い出し、少しずつ心を開いていく。
垣間見える信也の闇。父親の失踪、いじめ、そして幼馴染秋葉の存在。しかし早希はそのすべてを受け入れ、信也にこう言った。
「大丈夫、私は信也くんと、ずっとずっと一緒だよ」
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる