34 / 69
034 容赦ない正論
しおりを挟む
昼食が終わり、自由時間になった。
クラスメイトたちは川辺で談笑したり、辺りを散策していた。中にはまた釣りに興じている者もいる。
奈津子は玲子とシートの上に寝転び、流れる雲を見つめていた。
「穏やかね」
「うん……こんな時間がずっと続けばって思っちゃう」
「奈津子でもそんなこと、思うんだ」
「だって今まで、ずっと慌ただしい生活してたから」
「やっぱり都会って、時間の流れが速いんだ」
「勿論、感覚的なものだよ。でもここに来て、こうしてのんびり過ごして……もう戻れないかも」
「すっかりこっちの生活に慣れたみたいね」
「自分が生きてるんだってこと、ここに来て初めて感じた気がするの」
「どういうこと?」
「今までの私はね、与えられた課題をこなしていくだけだったの。それに疑問も感じなかったし、感じる時間も与えられなかった。
自分のことを見つめ直したり、こうして自然と触れ合って、季節を感じるなんてこと、許されてなかった。ただただ、お父さんの決めたことをこなしていくだけの生活だった。だからね、今、とっても楽しいの」
「大変だったんだね、本当に。でも、よかったね」
「うん」
二人顔を見合わせて笑い、手を握り合った。
その時またしても丸岡の声が耳に入り、奈津子と玲子がうんざりした表情を浮かべた。
得意満面な表情の丸岡。手に何かを持っていた。
「ははっ、リス、ゲットしたぜ」
そう言って級友たちに誇らしげに見せる丸岡は、苦しそうにもがくリスを握り締めて笑った。
「あの馬鹿、何してるのよ」
玲子が嫌悪感を露わに立ち上がり、そう毒づいた。
二人が見ていることを確認した丸岡はニヤリと笑い、そのリスを山の斜面に叩きつけた。
「ひっ……」
その様子に、周囲にいた生徒たちが悲鳴を漏らす。
肉片と化したリスの残骸が、斜面にべったりとへばりつく。
「……もう我慢出来ない」
言葉と同時に走っていく玲子。奈津子も慌てて彼女を追う。
「お前! 何なのよお前!」
丸岡の胸倉をつかみ、今にも殴りそうな玲子を奈津子が抑える。
「玲子ちゃん、ちょっと落ち着いて」
「離して奈津子! こいつには報いが必要なの! こんなことをしても誰も咎めない、そんな世界じゃ駄目なの! そんなんじゃ、こいつはずっと腐ったままなんだから!」
「でも、でも落ち着いて玲子ちゃん! そんなことをしたって、この人は何も変わらないから! 絶対変わらないから!」
「だったらどうすればいいのよ!」
「お願い玲子ちゃん、ちょっとだけ落ち着いて」
声を震わせる玲子。そんな玲子を抱き締めて奈津子が訴える。
「お願い玲子ちゃん。私に……私に話させて」
「……」
「ね、お願いだから」
奈津子の言葉に、玲子がゆっくりと息を吐いた。
「……奈津子には敵わないな」
「ありがとう、玲子ちゃん」
玲子が離れると、丸岡が二人をあざ笑うような視線を向けた。
そんな丸岡に呆れた表情を向けながら、奈津子が淡々と語り出す。
「この人はね、玲子ちゃんが怒れば怒るほど、今のようなことを続けるの。いつの間にか、それが目的に変わってるから」
奈津子の言葉に、玲子が意外そうな表情を向ける。
「元々はね、私の成績が原因だったと思う。自分より成績のよかった私が妬ましくて、どうにかしてやろうと思って」
「おい南條、何勝手なことを」
「でも残念ながら、私はあの嫌がらせに動揺しなかった。少なくとも、この人が望んでいるような反応をしなかった。悔しかったと思う。だからどんどんエスカレートしていった。何としても私を動揺させたい、そんな風に思うようになった」
奈津子ってこんなことが言えるんだ。心の内を見透かして、それを本人の前でさらけ出していく。本人からしたらたまったものじゃない。玲子がそう思った。
「でも玲子ちゃんは違った。玲子ちゃんはこの人に怒りをぶつけた。全力で。きっとこの人、狼狽えたと思う。だってそんなに深く考えてない筈だから。これがどういう結果になるかなんて、何も考えてなかったと思うから」
「南條お前、いい加減に」
「だからこの人の中で、何が目的なのかよく分からなくなっていった。なんでこんなことをしてるんだろうって、自問してるんじゃないかな。それでも玲子ちゃんが相手してくれるから、どんどんエスカレートしていった。
多分だけど、玲子ちゃんが構えば構うほど、この人はやめないと思う。やめ時も分からないままに、意味もなく意地を張り続けると思う。だって目的がぐちゃぐちゃになってるんだから」
突き放すように淡々と語る奈津子。その言葉は鋭い刃となって、丸岡の心に容赦なく突き刺さっていく。
あなたはただの子供だ。何も考えていないし、やめるタイミングも見失った愚か者だ。こんなレベルの低い人なんて放っておきましょう、そう言われているようだった。
クラスメイトたちは川辺で談笑したり、辺りを散策していた。中にはまた釣りに興じている者もいる。
奈津子は玲子とシートの上に寝転び、流れる雲を見つめていた。
「穏やかね」
「うん……こんな時間がずっと続けばって思っちゃう」
「奈津子でもそんなこと、思うんだ」
「だって今まで、ずっと慌ただしい生活してたから」
「やっぱり都会って、時間の流れが速いんだ」
「勿論、感覚的なものだよ。でもここに来て、こうしてのんびり過ごして……もう戻れないかも」
「すっかりこっちの生活に慣れたみたいね」
「自分が生きてるんだってこと、ここに来て初めて感じた気がするの」
「どういうこと?」
「今までの私はね、与えられた課題をこなしていくだけだったの。それに疑問も感じなかったし、感じる時間も与えられなかった。
自分のことを見つめ直したり、こうして自然と触れ合って、季節を感じるなんてこと、許されてなかった。ただただ、お父さんの決めたことをこなしていくだけの生活だった。だからね、今、とっても楽しいの」
「大変だったんだね、本当に。でも、よかったね」
「うん」
二人顔を見合わせて笑い、手を握り合った。
その時またしても丸岡の声が耳に入り、奈津子と玲子がうんざりした表情を浮かべた。
得意満面な表情の丸岡。手に何かを持っていた。
「ははっ、リス、ゲットしたぜ」
そう言って級友たちに誇らしげに見せる丸岡は、苦しそうにもがくリスを握り締めて笑った。
「あの馬鹿、何してるのよ」
玲子が嫌悪感を露わに立ち上がり、そう毒づいた。
二人が見ていることを確認した丸岡はニヤリと笑い、そのリスを山の斜面に叩きつけた。
「ひっ……」
その様子に、周囲にいた生徒たちが悲鳴を漏らす。
肉片と化したリスの残骸が、斜面にべったりとへばりつく。
「……もう我慢出来ない」
言葉と同時に走っていく玲子。奈津子も慌てて彼女を追う。
「お前! 何なのよお前!」
丸岡の胸倉をつかみ、今にも殴りそうな玲子を奈津子が抑える。
「玲子ちゃん、ちょっと落ち着いて」
「離して奈津子! こいつには報いが必要なの! こんなことをしても誰も咎めない、そんな世界じゃ駄目なの! そんなんじゃ、こいつはずっと腐ったままなんだから!」
「でも、でも落ち着いて玲子ちゃん! そんなことをしたって、この人は何も変わらないから! 絶対変わらないから!」
「だったらどうすればいいのよ!」
「お願い玲子ちゃん、ちょっとだけ落ち着いて」
声を震わせる玲子。そんな玲子を抱き締めて奈津子が訴える。
「お願い玲子ちゃん。私に……私に話させて」
「……」
「ね、お願いだから」
奈津子の言葉に、玲子がゆっくりと息を吐いた。
「……奈津子には敵わないな」
「ありがとう、玲子ちゃん」
玲子が離れると、丸岡が二人をあざ笑うような視線を向けた。
そんな丸岡に呆れた表情を向けながら、奈津子が淡々と語り出す。
「この人はね、玲子ちゃんが怒れば怒るほど、今のようなことを続けるの。いつの間にか、それが目的に変わってるから」
奈津子の言葉に、玲子が意外そうな表情を向ける。
「元々はね、私の成績が原因だったと思う。自分より成績のよかった私が妬ましくて、どうにかしてやろうと思って」
「おい南條、何勝手なことを」
「でも残念ながら、私はあの嫌がらせに動揺しなかった。少なくとも、この人が望んでいるような反応をしなかった。悔しかったと思う。だからどんどんエスカレートしていった。何としても私を動揺させたい、そんな風に思うようになった」
奈津子ってこんなことが言えるんだ。心の内を見透かして、それを本人の前でさらけ出していく。本人からしたらたまったものじゃない。玲子がそう思った。
「でも玲子ちゃんは違った。玲子ちゃんはこの人に怒りをぶつけた。全力で。きっとこの人、狼狽えたと思う。だってそんなに深く考えてない筈だから。これがどういう結果になるかなんて、何も考えてなかったと思うから」
「南條お前、いい加減に」
「だからこの人の中で、何が目的なのかよく分からなくなっていった。なんでこんなことをしてるんだろうって、自問してるんじゃないかな。それでも玲子ちゃんが相手してくれるから、どんどんエスカレートしていった。
多分だけど、玲子ちゃんが構えば構うほど、この人はやめないと思う。やめ時も分からないままに、意味もなく意地を張り続けると思う。だって目的がぐちゃぐちゃになってるんだから」
突き放すように淡々と語る奈津子。その言葉は鋭い刃となって、丸岡の心に容赦なく突き刺さっていく。
あなたはただの子供だ。何も考えていないし、やめるタイミングも見失った愚か者だ。こんなレベルの低い人なんて放っておきましょう、そう言われているようだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ずっとずっと
栗須帳(くりす・とばり)
恋愛
「あなたのことが好きです」
職場の後輩、早希から告白された信也。しかし信也は、愛する人を失う辛さを味わいたくない、俺は人を信じない、そう言った。
思いを拒み続ける信也だったが、それでも諦めようとしない早希の姿に、忘れていたはずの本当の自分を思い出し、少しずつ心を開いていく。
垣間見える信也の闇。父親の失踪、いじめ、そして幼馴染秋葉の存在。しかし早希はそのすべてを受け入れ、信也にこう言った。
「大丈夫、私は信也くんと、ずっとずっと一緒だよ」
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる