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026 初めてのお客さま
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次の日、亜希が学校を休んだ。
両親の話し合いがこじれているらしく、とても学校に来れる状態じゃないみたいだと、玲子から説明を受けた。
「……亜希ちゃん、大丈夫なのかな」
元気を取り戻していた彼女を見ていただけに、奈津子は少なからずショックを受けていた。
亜希の様子から、ひょっとしたらいい方向に向かうのではないかと期待もしていた。
しかし現実は甘くなかった。
亜希の父は覚悟を決めたようで、全てを失ってでも離婚に踏み切りたいと申し出たそうだ。おかげで家は大荒れになっているらしい。
外からだと爆弾は見えない。
祖父宗一の言葉が蘇ってきた。
あの休日のような、ふさぎ込んだ亜希を見るのは辛い。
でも自分には何も出来ない。
そんなことを思いながら、奈津子はため息をついた。
「と言うことだから、奈津子の家に行く話、どうしようかと思って」
「どちらにしても亜希ちゃん、しばらく大変だよね。でも……よかったら玲子ちゃんだけでも来ない?」
「いいの? 無理しなくてもいいんだよ」
「ううん、そんなことないから。勿論、亜希ちゃんも一緒なら嬉しかったんだけど……私ね、家に友達が来たこと、今まで一度もないんだ。だから今日、楽しみにしてたの」
「そうなんだ……分かったわ、私でよければ」
「ありがとう、玲子ちゃん」
奈津子は思っていた。
今言ったことは本当だ。亜希も一緒に来てくれたなら、こんなに嬉しいことはない。
でもこれで、今日玲子と二人きりになれる。
前々から思っていたこと。自分の身に降りかかっている災厄と、宮崎家の業。その話が出来る。
亜希にはまた、元気になってから来てもらおう。そういう意味では、これでよかったのかもしれない、そう思った。
「あらなっちゃん、おかえり。今日は随分早いのね」
「おばあちゃん、ただいま。あのね、友達を連れて来たんだけど、いいかな」
「あら、玲子ちゃんじゃない。久しぶりね」
「宮崎のおばさん、お久しぶりです」
「そうかいそうかい、玲子ちゃんがね。そうだ、折角だし今夜、うちでご飯食べていかない? 帰りはおじいさんに送ってもらうといいから」
「いえ、そんな。突然お邪魔してご飯まで」
「うふふふっ、気にしなくていいのよ。私たちぐらいの年になるとね、お客さんが来てくれるのが何より嬉しいんだから」
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
そう言って玲子が頭を下げた。
「こっちだよ、玲子ちゃん」
「それじゃあ、お邪魔します」
「後で麦茶、持っていってあげるわね」
二人並んで廊下を歩いていく。その後姿を見て、多恵子は嬉しそうに微笑むのだった。
「ここが私の部屋。ちょっと散らかってるけど、気にしないでね」
「気にしないわよ。亜希の部屋なんて、それはそれはもう、足の踏み場もないんだから」
「そうなんだ。ちょっと分かるかも」
「でしょ? それでいつも、私と一緒に大掃除」
「想像出来るな、ふふっ」
そう言って襖を開ける。
「……奈津子、嘘ばっかり。全然片付いてるじゃない」
「狭いんだけどね」
「あ、あの子ね、小太郎くんって」
部屋の隅で丸まっている小太郎を見つけ、玲子が微笑んだ。
「うん。ただいま、小太郎」
部屋に入り小太郎に近付く。しかし小太郎は、寝息を立てて眠っている。
「ふふっ、よく寝てるわね」
「寝る子は育つって言うけど、でもちょっと警戒心が薄くて心配なんだ。普通、人の気配がしたら起きるでしょ」
「それもそうね。でもそれって、奈津子のことを信頼してるってことじゃない?」
「そうなんだったら、嬉しいんだけどね。あ、目が覚めたみたい」
そう言って玲子と共に、小太郎の前でしゃがみ込む。
「小太郎、おはよう」
「ごめんね、起こしちゃったかな」
二人の声に小太郎が目を開け、そしてゆっくりと起き上がった。
――奈津子が目を見開いた。
四本の足で立った小太郎。
しかし動いたのは体だけだった。
首から上は、座布団から微動だにしない。
奈津子と玲子に向けられたもの。
それは、首の切断面だった。
二人目掛けて、切断面から勢いよく血が吹き出す。
あっと言う間に、二人の制服が赤く染まった。
小太郎の体が、首を残したまま奈津子の元へと歩き出す。
奈津子がその光景を凝視する。
小太郎の体は奈津子の元に辿り着くと、いつものように尻尾を振り、奈津子の膝を前足で撫でた。
奈津子の視界には、血を流しながら尻尾を振る体と、そしていつもと変わらぬ視線を向ける顔、その二つが同時に映し出されていた。
何が起こっているのか、理解出来なかった。
何をそんなに驚いているんですか? そんな声が聞こえて来そうだった。
それくらい、切断された小太郎の首と体は、いつもと変わらない動きをしていた。
「……奈津子、これって」
玲子がようやく声をあげた。その言葉にはっとした奈津子が、玲子に顔を向ける。
玲子もまた、目を見開いたまま呆然としていた。
そして。
吹き出していた血がようやく治まると同時に、小太郎の体はそのままゆっくりと崩れていった。
首に視線を移すと、既に息絶えたのか、小太郎の目は閉じられていた。
そこで初めて奈津子の中に、様々な感情が沸き上がってきた。
わなわなと震える手で体に触れ、息を吸い込むと同時に大声で叫んだ。
「うわああああああっ!」
両親の話し合いがこじれているらしく、とても学校に来れる状態じゃないみたいだと、玲子から説明を受けた。
「……亜希ちゃん、大丈夫なのかな」
元気を取り戻していた彼女を見ていただけに、奈津子は少なからずショックを受けていた。
亜希の様子から、ひょっとしたらいい方向に向かうのではないかと期待もしていた。
しかし現実は甘くなかった。
亜希の父は覚悟を決めたようで、全てを失ってでも離婚に踏み切りたいと申し出たそうだ。おかげで家は大荒れになっているらしい。
外からだと爆弾は見えない。
祖父宗一の言葉が蘇ってきた。
あの休日のような、ふさぎ込んだ亜希を見るのは辛い。
でも自分には何も出来ない。
そんなことを思いながら、奈津子はため息をついた。
「と言うことだから、奈津子の家に行く話、どうしようかと思って」
「どちらにしても亜希ちゃん、しばらく大変だよね。でも……よかったら玲子ちゃんだけでも来ない?」
「いいの? 無理しなくてもいいんだよ」
「ううん、そんなことないから。勿論、亜希ちゃんも一緒なら嬉しかったんだけど……私ね、家に友達が来たこと、今まで一度もないんだ。だから今日、楽しみにしてたの」
「そうなんだ……分かったわ、私でよければ」
「ありがとう、玲子ちゃん」
奈津子は思っていた。
今言ったことは本当だ。亜希も一緒に来てくれたなら、こんなに嬉しいことはない。
でもこれで、今日玲子と二人きりになれる。
前々から思っていたこと。自分の身に降りかかっている災厄と、宮崎家の業。その話が出来る。
亜希にはまた、元気になってから来てもらおう。そういう意味では、これでよかったのかもしれない、そう思った。
「あらなっちゃん、おかえり。今日は随分早いのね」
「おばあちゃん、ただいま。あのね、友達を連れて来たんだけど、いいかな」
「あら、玲子ちゃんじゃない。久しぶりね」
「宮崎のおばさん、お久しぶりです」
「そうかいそうかい、玲子ちゃんがね。そうだ、折角だし今夜、うちでご飯食べていかない? 帰りはおじいさんに送ってもらうといいから」
「いえ、そんな。突然お邪魔してご飯まで」
「うふふふっ、気にしなくていいのよ。私たちぐらいの年になるとね、お客さんが来てくれるのが何より嬉しいんだから」
「ありがとうございます。それじゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」
そう言って玲子が頭を下げた。
「こっちだよ、玲子ちゃん」
「それじゃあ、お邪魔します」
「後で麦茶、持っていってあげるわね」
二人並んで廊下を歩いていく。その後姿を見て、多恵子は嬉しそうに微笑むのだった。
「ここが私の部屋。ちょっと散らかってるけど、気にしないでね」
「気にしないわよ。亜希の部屋なんて、それはそれはもう、足の踏み場もないんだから」
「そうなんだ。ちょっと分かるかも」
「でしょ? それでいつも、私と一緒に大掃除」
「想像出来るな、ふふっ」
そう言って襖を開ける。
「……奈津子、嘘ばっかり。全然片付いてるじゃない」
「狭いんだけどね」
「あ、あの子ね、小太郎くんって」
部屋の隅で丸まっている小太郎を見つけ、玲子が微笑んだ。
「うん。ただいま、小太郎」
部屋に入り小太郎に近付く。しかし小太郎は、寝息を立てて眠っている。
「ふふっ、よく寝てるわね」
「寝る子は育つって言うけど、でもちょっと警戒心が薄くて心配なんだ。普通、人の気配がしたら起きるでしょ」
「それもそうね。でもそれって、奈津子のことを信頼してるってことじゃない?」
「そうなんだったら、嬉しいんだけどね。あ、目が覚めたみたい」
そう言って玲子と共に、小太郎の前でしゃがみ込む。
「小太郎、おはよう」
「ごめんね、起こしちゃったかな」
二人の声に小太郎が目を開け、そしてゆっくりと起き上がった。
――奈津子が目を見開いた。
四本の足で立った小太郎。
しかし動いたのは体だけだった。
首から上は、座布団から微動だにしない。
奈津子と玲子に向けられたもの。
それは、首の切断面だった。
二人目掛けて、切断面から勢いよく血が吹き出す。
あっと言う間に、二人の制服が赤く染まった。
小太郎の体が、首を残したまま奈津子の元へと歩き出す。
奈津子がその光景を凝視する。
小太郎の体は奈津子の元に辿り着くと、いつものように尻尾を振り、奈津子の膝を前足で撫でた。
奈津子の視界には、血を流しながら尻尾を振る体と、そしていつもと変わらぬ視線を向ける顔、その二つが同時に映し出されていた。
何が起こっているのか、理解出来なかった。
何をそんなに驚いているんですか? そんな声が聞こえて来そうだった。
それくらい、切断された小太郎の首と体は、いつもと変わらない動きをしていた。
「……奈津子、これって」
玲子がようやく声をあげた。その言葉にはっとした奈津子が、玲子に顔を向ける。
玲子もまた、目を見開いたまま呆然としていた。
そして。
吹き出していた血がようやく治まると同時に、小太郎の体はそのままゆっくりと崩れていった。
首に視線を移すと、既に息絶えたのか、小太郎の目は閉じられていた。
そこで初めて奈津子の中に、様々な感情が沸き上がってきた。
わなわなと震える手で体に触れ、息を吸い込むと同時に大声で叫んだ。
「うわああああああっ!」
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