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098 それぞれの想い
しおりを挟む秋葉がトイレに入ってる間に、早希にメッセージを送った。
『今から帰る。早希は家か?』
『家だよ。知美さんとのデートは?』
『詳しくは後で説明する。今から秋葉と家に行くから』
『え? なんで秋葉さん?』
『色々あってな。それで秋葉が、早希に線香あげたいって』
『分かった。今から部屋、掃除しておくね』
『あと30分ぐらいで帰るから』
「おまたせ、信也」
秋葉の手には、花束が持たれていた。
「それは?」
「早希さんにお供えしようと思って」
「悪いな」
「ううん。49日にも行けてなかったし」
「そっか。じゃあ行こうか」
「うん」
「おじゃまします」
玄関に入った秋葉。すると中から早希が、猛スピードで秋葉に抱き着いてきた。
「いらっしゃい秋葉さん!」
早希の体はそのまま秋葉の体をすり抜け、勢いよく外にまで出て行った。
「えへへへ……やっぱそうだよね」
「何やってんだよ、お前」
「何?」
「ああいや、なんでもない、こっちの話……スリッパ、これ使ってくれ」
「うん。ありがとう」
中に入った秋葉は驚いた。
早希が死んで半年。
いくら信也が几帳面でも、ここまで綺麗に片付いているとは思ってなかった。
部屋の空気も、全く澱んでいない。
「どうした秋葉」
「あ、ううん……想像してたのと違うなって思って」
「どんな想像だよ」
「なんかね……もっと汚れてるかなって思ってたの」
「掃除ぐらい、普通にするだろ」
「そうなんだけど……ふふっ、ごめんなさい」
「花、預かるよ」
「うん、ありがとう」
信也が花瓶に水を入れ、花を生けた。
「じゃあ、こっちだから」
信也に続いて、秋葉が奥の和室へと入っていく。早希は後ろからその姿を見つめ、
「……お花、ありがとうございます」
そう囁き、頭を下げた。
「これ……」
祀られている、早希の骨壺。
可愛いピンクの巾着袋に納められたそれは、信也手製の祭壇に祀られていた。
隣にはお気に入りの石と共に、早希の遺影が飾られている。
「信也が作ったの?」
「ああ。俺は宗教に興味ないし、仏さんとかを祀る気もない。だったら別に仏壇もいらないんじゃないかって思ってな。49日が終わってから、自分で作った」
「早希さんって感じだね、この祭壇」
「前の仏壇、早希に不評だったしな」
「え?」
「あ……いやいや、そんな気がしたってこと。早希がいたら、『こんなの可愛くない!』って怒りそうだろ?」
「そうだね。早希さんなら、そう言うかも……」
「じゃあ秋葉、早希に挨拶してやってくれるか」
「うん……」
秋葉は祭壇の前に座ると、静かに手を合わせた。
「信也くん信也くん信也くん」
「はいはい、あなたの信也くんはここですよ……って、ここで喋るなよ」
早希の問い掛けに、信也が声をひそめて返す。
「少しの間、二人にしてもらっていいかな」
「分かった……秋葉、俺お茶の用意してるから。終わったらこっちに来てくれ」
そう言って信也は和室を出ると、襖を静かに閉めた。
「早希……さん……」
秋葉が遺影を見つめる。
「本当に幸せそうだね……ドレス姿、私も見たかったな……」
そう言って秋葉は、早希の遺影を手に取り、そっと抱き締めた。
「もっともっと……お話ししたかった……もっと早希さんと……一緒に笑いたかった……」
「秋葉さん……」
早希は隣に座り、両手を広げて秋葉を包み込んだ。
「私もだよ……秋葉さんとなら、きっといい友達になれたと思うんだ……秋葉さんとは二回しか会ってないのに、不思議な感じ……ずっと前から秋葉さんのこと、知ってたように思えるんだ……」
「早希さん。信也、元気にしてるかな」
「うん……いつも幸せそうに笑ってるよ」
「私、早希さんにもっとお礼、言いたかったんだ……信也のことを好きになってくれてありがとう……信也を笑顔にしてくれてありがとう……
信也ね、いつ死んでも構わない、そんな生き方をしてたと思うの……お父さんのこと、カイちゃんのこと、裕司さんのこと……そして、私のこと……笑顔もぎこちなかった……生きること、楽しむこと、喜び……全部、信也は目を背けてた……それがいけないことみたいに思って……
だから去年の夏、信也に会って驚いたんだ……信也、見違えてた……私には出来なかったことなんだよ……」
「そんなことない。秋葉さんがいたから、信也くんは頑張ってこれた。秋葉さんとの思い出は、信也くんにとって決して辛いものじゃなかった」
「私のせいで、信也は本当に一人になって……壁を作って……」
「ねえ、秋葉さん。秋葉さんに一体、何があったの……どうして秋葉さんは、信也くんから離れていったの……私、いくら考えても分からないの」
「信也、コーヒーに砂糖を入れて飲んでたんだよ……私、嬉しくて泣きそうになった……その時、早希さんの顔が浮かんで……今の信也は、早希さんの思い出と一緒に生きてるんだ、そう思ったの……だから、ね……早希さん……早希さん、どうしていなくなっちゃったの……どうして……」
「秋葉さん……」
「駄目だよ早希さん……信也の傍にいる、そう言ってくれたじゃない……辛すぎる、寂しすぎるよ……」
「ごめん……ごめんね、秋葉さん……」
「早希さんじゃなく、私がいなくなればよかった……」
「何言ってるの? ねえ秋葉さん、お願いだからそんなこと、言わないで」
「私じゃ信也のこと、幸せに出来ない……信也を幸せに出来るのは、早希さんだけなのに……」
「秋葉さん。秋葉さんだって、幸せにならないといけないんだよ」
「信也ね、今日こんなこと言ったんだ……私が意地悪な質問したの。もし過去に戻れるなら、やり直したいかって」
「……」
「なんであんなこと聞いちゃったのかな……自分でもよく分からない……信也の答えは決まってるのに……
でもね、信也、こう言ったんだ。『やり直しはしない』って」
「……」
「過去に戻って早希さんを助けないの? そう言ったら信也、それは無意味だって……早希は死んだ。それは事実なんだ。もしやり直せるとしても、それをしてしまったら、人生そのものの否定になってしまうって……
哀しい、辛い、悔しい……でも戻らない。俺たちは前を向いて生きてるんだ。人生はやり直せない、だからこそ価値がある。だからこそ俺たちは、頑張って生きるんだって」
「……」
「それを聞いた時、泣きそうになったの。信也がこんなに強くなって、こんなに前を向ける人になったんだって……でもね、だからこそ……信也は怒るかもしれない。でも、私はやっぱりやり直したい……早希さんに戻ってきてほしい」
「秋葉さん……」
「早希さん……ねえ早希さん、戻って来て……どこにいるの……私の声、聞こえるかな……」
「……ここにいる、ここにいるよ、秋葉さん。秋葉さんの声、ちゃんと聞こえてるよ」
そう言って、再び秋葉の体を包み込む。
「だから安心して、秋葉さん……私も信也くんも、大丈夫だから……」
そう言った早希の瞳に、強い思いが宿っていた。
「ねえ、秋葉さん……秋葉さんはまだ、信也くんのこと……好き?」
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