上 下
96 / 134

096 友達

しおりを挟む


「それでどうしたんだ? こんな時間に三人揃って」

 テーブルを囲んで座った四人。早希は信也の傍に浮いていた。

「その……副長、ちょっと言いにくいことなんすけど、聞いてもらっていいっすか」

 気まずい沈黙を破り、篠崎が意を決したように口を開く。

「なんだなんだ改まって。気持ち悪い」

「それ、酷くないっすか」

「今更かしこまるなよ。て言うか、俺ら友達だろ? 言いたいことがあるならはっきり言えよ」

「友達……」

「あ、すまん。俺だけだったか、そう思ってたの」

「副長っ!」

 篠崎が立ち上がり、信也を力任せに抱き締めた。

「あーっ! ちょっとちょっと篠崎さん、何うちの旦那に抱き着いてるのよ! 信也くんがそっちに目覚めちゃったらどうすんのよ!」

 目覚めねーよ! て言うか、そっちってどっちだよ! 

「抱き締めていいっすか!」

「いやいやいやいや、もう抱き締めてる、抱き締めてるから。って篠崎、とにかく落ち着け落ち着け、苦しいし汗くさい」

「あ……す、すんませんっす」

 信也の言葉に篠崎が手を離し、照れくさそうに椅子に座りなおした。

「副長に友達って言われたのが嬉しくて……取り乱しました、すいませんっす」

「いや、落ち着いてくれたならそれでいいよ」

「いてててっ……ちょ、なんすかさくらさん」

「別に」

「別に、じゃないっすよね。なんでつねるんすか」

「……篠崎さんの馬鹿」

 信也があやめの耳元で囁く。

「あっちも完全に、さくらさんに手綱、握られたみたいだな」

「ふふっ」

 あやめが信也の言葉に微笑む。しかしすぐに真顔に戻り、

「ごめんなさい、お兄さん……止められなかった」

 そう言った。



 ん? 止められなかったって、なんのことだ?



「それで篠崎、何か言いに来たんだよな」

「あ、そうっしたね、すんませんっす。副長、その……三島さんが亡くなって、半年になりますっすね」

「そうだな。13日で半年経った」

「あのその……大丈夫っすか」

「何がだ?」

「何て言うかその……職場では副長、ほんとにすごいって思ってるんす。元々副長はすごかったんすけど、三島さんが亡くなってからの副長は、本当に格好よくって……俺、三島さんの後を任されたんすけど、副長と三島さん、こんなにたくさんのことをしてたんだって驚いて……自分が全然副長の役に立ててないことが情けなくて」

「そんなことないだろ。お前はよくやってるよ」

「でも、三島さんならもっと……それにナベさんたちも言ってますっす。副長は男の顔になったって」

「照れるな」

「だから俺、副長が三島さんを亡くしたってこと、たまに忘れてしまうことがあるんす……それぐらい副長、職場で生き生きと働いてるっすから」

「まあ、仕事だからな」

「副長がまだ、三島さんのことで苦しんでるって言うのに、それに気付けなくて……申し訳なかったっす」

「……何の話だ?」

「さくらさんからたまに聞いてたんす。副長、夜に突然笑ったり、叫んだりしてるって」

「あ……」

 早希がそう言って口に手を当てた。

「信也さん……早希さんを失って、でもそんな中、私を励ましてくれて……あやめの面倒も見てくれて、おかげで高認にも合格出来て……そのことには本当に感謝してます。でも信也さん、家で一人のはずなのに、笑い声や叫び声が聞こえてきて……最初は早希さんのこと、思い出して泣いてるんだ、そう思って私も泣いてました……でも信也さん、あれからもう半年も経ったんです。そろそろ新しい一歩、踏み出す時だと思うんです」

「あ、いや、それは」

「最近は特に叫び声が酷くなってるような気がして……だから私、篠崎さんに相談したんです」

「副長、水くさいっすよ。辛いことがあるなら、俺に言ってくださいっす」

「篠崎……」

「お姉ちゃん、だからそれは違うって」

「だってさっきも……こんな朝早く、突然叫び出して」

「あ」

 そう言って頭上の早希に目をやると、早希は口笛を吹きながら視線を外した。



 早希お前、覚えてろよ……後で死ぬほどくすぐってやるからな……



「信也さん、その……言いにくいことなんですけど、早希さんのことを忘れられないのはすごく分かります。私も……今でも思い出したら、涙が止まらなくなるんです……」

「さくらさん……」

「でも、私たちは生きてるんです。信也さんがいつまでも過去に縛られていたら、きっと早希さんも悲しむと思うんです」

 その言葉は、早希の心に重く響いた。

 私は信也くんにとってもう、過去の存在なんだろうか。
 私は信也くんを縛ってるんだろうか。

「信也さん、一度カウンセリングを受けてみませんか? 私、信也さんのような方たちをサポートしてる先生、知ってるんです」

「だからお姉ちゃん、それ、お兄さんに失礼だから」

「でも……さっきの声を聞いてたら私、もう耐えられなくて……」

「さくらさん……」

「副長、どうっすか」

「……」

 信也が小さく息を吐き、そして早希を見つめた。
 早希は哀しげな眼差しで、自分を見ていた。



 ――駄目だ、早希にこんな顔をさせたら。



「さくらさん。それから篠崎」

「はい」

「はいっす」

「ありがとう。俺のこと、色々考えてくれて。でも申し訳ないけど、今の話はなしでお願いします」

「でも……」

「俺の中で早希は生きています。これだけは、誰に何と言われようとも譲れません」

「それは……勿論なんすけど……」

「早希との思い出が蘇って、少し取り乱すことも確かにあります。でも、それも含めての俺、ってことで見てくれませんか」

「それじゃまるでお兄さん、本当におかしな人みたいになるじゃない」

「いいんだよ、あやめちゃん。早希が生き続けてくれるなら、俺はそれでいい。と言うか、俺の中から早希を消すなんて、絶対無理だしな」

「駄目です……それじゃ信也さん、このままずっと一人、ここで」

「だからさくらさん、一人じゃないですって。早希はここにいますよ」

「……」

「ずっとね」

 そう言って信也は笑った。
 その笑顔にさくらは戸惑い、そしてうつむき涙を流した。

「……副長は本当に、それでいいんすか」

「ああ。悪かったな、お前にまで気を使わせて」

「……分かりましたっす。副長がそう言うんだったら、これ以上言うことはないっす」

「ありがとう、篠崎」

「さくらさんも、それでいいっすね」

「うん……分かった」

「でも副長、何かあったらいつでも言ってくださいっすね。電話してくれたら俺、夜中でも走ってくるっすから」

「ああ、ありがとう」

 篠崎が差し出す手を、信也が力強く握った。

「ちょっと飲み物、出しますね」

「……私も手伝う」

 信也とあやめがそう言って、台所へ向かった。

「お兄さん、本当にごめんなさい」

「気にしなくていいよ。あやめちゃんのせいじゃないんだから」

「でも……あれじゃお兄さん、変な人だと思われてしまう」

「あやめちゃん。俺の友達のこと、そんな風に思わないで」

「お兄さん……」

「確かに今は混乱してると思う。でも大丈夫、きっと分かってくれるから」

「……分かった。ごめんなさい」

「早希も」

 隣でふさぎ込んでいる早希に視線を向ける。

「そんなにへこむなって。大丈夫だから」

「でもでも……私のせいで信也くん、危ない人になっちゃった」

「おい、それは強く否定するぞ。危ないって何だよ、危ないって」

「でも……」

「おいで」

 そう言って信也が手を広げた。
 早希がうつむいたまま、信也の胸に顔をうずめる。

「早希は俺の嫁さんで、誰がなんと言おうとここにいる。だから大丈夫、何も心配しなくていい。でもまあ……あれだな。今後のことも考えて、ハリセンの刑は少し自重しようか」

「それは無理」

「ええっ?」

「だってだって……聞いてよあやめちゃん。さっきも信也くん、沙月さんにキスされてたんだよ」

「……その話、詳しく聞きたい」

「あ、いや、だから……さくらさんと篠崎もいるんだし、二人してそんな殺気は出さない方がいいって言うか」

「……分かった。今の件は今夜、勉強会の時にじっくり」

「ほんとすいません、勘弁してください」

「ふふっ」

「あははっ」

 その時、信也の携帯がなった。

「はいもしもし……って、なんだ姉ちゃんか。うん……うん……」

 家族と話してる時の信也くん、ほんと無防備に笑うよね。そう思い、早希が微笑む。

「そっか、分かった。うん……じゃあ」

 携帯を切った信也が、壁にかかったカレンダーを見つめる。

「知美さんから?」

「ああ。なんでも映画のチケットが当たったみたいで、次の日曜一緒にどうだって誘われたんだ」

「知美さんと一緒に?」

「駄目かな」

「いいに決まってるでしょ。たまにはお姉さん孝行、してあげなよ」

「ありがとな。来週ってことは……しまった忘れてた。姉ちゃん誕生日だ」

「27日?」

「……ったく、大事なことは言わないんだからな」

「じゃあプレゼント、持っていかないとね」

「そうだな。早希も来るか?」

「いいよ。たまには姉弟、水入らずで楽しんできて」

「分かった。じゃあそうするよ」

 そう言って早希の頭を撫でた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

処理中です...