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095 2番目でいいぜ

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「ご機嫌だな、早希」

「まーたまたまた。信也くんってば、とぼけちゃって」




 沙月の騒動から一か月ほど経った、ある日曜日。
 この日は信也が朝食を作っていた。

「あの信也くんが! 朝に弱いと定評のある信也くんが!」

「そこ。あまり強調しないように」

「だってだって。信也くんがこんなに早く起きて『今日の朝食はまかせろ』って言うんだからっ!」

「いってええええええ! って、だからいちいち背中を叩くなとあれほど。それに何だよ今の。俺はそんなに声、低くないだろ」

「私の中の信也くんは、どんどん格好よくなってるんですー。勿論、元々格好いいんですけどー」

「……朝から悶死しそうなので、その辺で」

「えへへへ。でもどうして? 今週は土曜も出勤だったし、いつもなら爆睡してるのに」

「特に意味はないよ。ただ何となく、たまには俺が作ってみたいなって思ってたんだ」

「なんか私、信也くんに気を使わせるようなこと、したっけ」

「いつも早希にご飯作ってもらってるし、たまにはいいだろ。大したことじゃないけど、日頃の感謝のつもりだよ」

「信也くんっ!」

「どわたっ!」

「抱き締めてもよかですか」

「いやいや俺、包丁持ってるし。危ないから」

「えー。それじゃ私のこの気持ち、どこにぶつけたらいいのよー」

「後でな。今日は一日ゆっくりする予定だから」

「いちゃいちゃと?」

「お望みでしたら」

「もぉ~、信也くんってば、こんな明るいうちから何するつもり?」

「え? そっち? ゆっくりテレビでもって思ってたんだけど」

「な……」

 早希の顔が見る見る赤くなる。

「信也くん……」

「あ、いやその……今のは俺、別に悪くないよね」

「信也くんの……馬鹿あああああっ!」




「いただきまーす」

 朝食を前に、早希が嬉しそうに手を合わせた。

「信也くんの朝食、信也くんの朝食」

「いやいや、そんな大層なもんじゃないから。トーストに目玉焼きにサラダ。んなもん、誰でも作れるだろ」

「そういうことじゃないの。全く信也くん、分かってないんだから。いい?
 ――毎日お仕事頑張ってくれてる旦那様が折角の休日なのに早くから起きて作ってくれた朝ご飯! だから私にとって特別なの」

「一気にまくし立てたな。どんだけ喜んでくれるんだよ、これぐらいで」

「こういう何気ない日常が、本当の幸せなんだよ」

「確かに……そういう物かもな。昔聞いたことがあるんだけど、兵隊が戦場で思い出すのは、こういうありふれた日常らしい」

「それにね、信也くんが食べることを楽しんでるのが嬉しいの」

「そうなのか」

「そうじゃない。覚えてる? 信也くんってば、バターもつけずに食べてたんだよ?」

「勿論覚えてるよ。それで早希が、家にてんこ盛りの調味料を持ってきて」

「そんな信也くんが作ってくれた朝御飯なんだから」

「こんなもんで……幸せか?」

「うーん。もうちょっとで満点かな」

 そう言うと、早希は皿を持って信也の隣に座った。

「はい信也くん。あーん」

「お、おおっ……あーん」

 早希がトマトを口に入れた。

「おいしい?」

「うん……」

「じゃあ私にも。お返しちょうだい」

「はいはい。あーん」

「あーん」



「相変わらず仲いいな、お前ら」



「え?」

 声に振り返ると、沙月が立っていた。

「よっ。おはようさん、シン、早希」

「おはようございます沙月さん。それで、どうしてここに」

「どうしてってその、なんだ……折角の日曜だし、シンの顔が見たくなったっていうか」

 照れくさそうに頭をかく沙月は可愛かった。

「それでちょっと覗いてみたら、お前らの新婚ごっこが見えたんでな。私も入れてもらおうと思って」

 そう言うと、信也の膝の上に座った。

「あーっ! ちょっとちょっと沙月さん、その膝は私のなんだからー!」

「これは俺の膝だ」

「いいじゃねえかちょっとぐらい。お前はいつもこうしてるんだろ? たまには貸してくれても」

「駄目駄目駄目―っ! 私だってそんなこと、滅多にしてもらってないんだからー!」

「しかしお前ら、結婚して半年以上経つんだろ? それなのによくもまあ、毎日毎日いちゃついてられるよな」

「まだまだ甘え足りないんですー。最近はそうやって、沙月さんがすぐ邪魔してくるんだから」

「はははっ。正妻は正妻らしく、でんと構えてろ」

「それ、人の旦那の膝に乗って言うセリフじゃないよね。て言うかいつまで座ってんのよ!」

「気にすんな気にすんな。心配しなくてもお前の旦那、取ったりしないから。私は二番目でいいんだからさ」

「なっ……に、二番目ってどういうことかな信也くん」

「冤罪だ冤罪、俺に振ってくるんじゃねーよ。てか沙月さん、そろそろ離れてくれると助かるんですけど。じゃないと俺、折角の穏やかな休日がその……ね?」

「シン……お前近くで見ると、ほんと可愛いよな……」

 そう言って、信也の頬にキスをした。

「ぎっ!」

「あーっ!」

 叫ぶと同時に早希が宙に浮く。

「ごちそうさま、ふふっ……シン、お前が望むなら、この先だっていいんだからな。その時はいつでも言ってくれよ」

 そう言って信也から離れると、ベランダへと向かった。

「朝からシンの顔見れてよかったよ。よかったらまた、比翼荘に遊びに来てくれよな。一緒に庭作りしようぜ……じゃあな、お二人さん」

 微笑み小さく手を振ると、沙月がベランダから飛び去っていった。




「……」

「あ、あのぉ……早希さん? 今のは俺、全く悪くないと思うのですが」

「あははははははっ! 信也くん信也くん信也くんっ!」

 早希がハリセンを手に、天を仰いで笑った。

「ひいいいいっ! 早希が壊れ」

「あはははははっ! 何言ってるの信也くん、朝から目の前で堂々と浮気しといて。私の反応、間違ってないと思うけど!」

 信也が椅子から転げ落ち、そのまま走り去る。

「信也くん信也くん信也くん! 愛してる愛してる愛してるっ!」

「どええええええええっ!」



 ピンポーン



「早希、早希」

「何よ信也くん、またいつもみたいに誤魔化そうとしても」

「違うから。ほら、誰か来たみたいだから」

「誰よ全く……夫婦の貴重な休日を邪魔して」

「いやいやいやいや、ズタボロのハリセン持って言われても」

 信也は立ち上がると玄関に向かった。

「大人しくしてくれよな」

「じゃあキス、ちょうだい」

「はいはい、可愛い甘えん坊さん」

 そう言って軽く唇を重ね、早希の頭を撫でた。

「続きは後でな」

「うん」

 早希の笑顔に満足し、玄関の扉を開けた。

「副長、おはようございますっす」

「篠崎……なんだ、こんな朝っぱらから」

「信也さん……」

「さくらさんも」

「お兄さん、あの、その……ごめんなさい」

「あやめちゃんまで……どうしたんだ、みんなして」

 そこにいたのは複雑な顔をした、篠崎とさくら、そしてあやめだった。


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