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086 妹vs妹

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「また来たのかよ」

 庭で草むしりをしている信也に、沙月が声をかけた。

「ここんとこ毎晩じゃねえか。どんだけ暇なんだよ」

「ははっ、面目ないです」

「そこはお前、否定しろって」

 沙月が苦笑する。

「二人共ほんと、仲良しさんだね」

「なっ……早希お前、何言って」

「……本当。沙月さんの硬派なイメージ、どんどん壊れていく」

「お前らなあ……」




 9月のある夜。
 信也と早希はあやめと共に、比翼荘で庭の手入れを行っていた。

 高認試験を無事合格したあやめは、次の目標である大学受験に向けて頑張っていた。
 高認の合格祝い、何がいいかと信也が聞くと、あやめは迷わず「比翼荘の住人に会わせてほしい」と言った。
 自分は受け入れてもらえたが、果たしてどうだろうかと純子に相談すると、意外にもあっさり了承された。
 しかしあやめの初訪問は、信也の予想を斜め上に裏切ってくれた。




「なっ……純子さん、どういうことですか」

「沙月ちゃん。その前にご挨拶、でしょ?」

「早希お前っ! また他の人間連れてきやがって! 何考えてるんだ!」

「……あなたは沙月さん。お兄さんが言うところのゾンビちゃん」

「なっ……お、おい信也、なんだそれ! ゾ……ゾンビちゃんって、お前……」

「そして早希さんの言うところの、ツン・デレ子ちゃん」

「……早希てめえ」

「あはははっ。まあまあ沙月さん、そんなにすごんでももう駄目かも。あやめちゃんの沙月さんへの認識、だいぶ変わって来てるから」

「初めて会った時は睨まれた」

「ちっ、くだんねえこと覚えてんじゃねえよ……ああそうだよ、人間が私らのこと、見てんじゃねーよって睨んだんだよ。お前らはお前らで、勝手によろしくやってたらいいじゃねえか」

「私も好きで見えてる訳じゃない。見えるものは仕方ない」

「だからって、いちいち見る必要ねえだろ」

「私の勝手。だって見えてるんだから。そっちこそ、ちょっと見たぐらいで睨むなんて、今時中学生でもしない」

「てっめぇ……」

「でも、それはもういい。私は心が広いから、睨んできたことは水に流してあげる」

「……随分上からだな、あやめちゃん」

「でも、沙月さんには言っておく」

「……なんだよ」

「お兄さんは私のもの。勝手に好きにならないように」

「なっ……」

「ちょっとちょっとあやめちゃん、流石にそれは聞き捨てならないんだけど。信也くんは私のものなんですからね」

「俺は俺のもんだ」

「でも……たまにだったら、浮気してもいい。お兄さんも沙月さんのこと、アクセサリーあげるぐらい気に入ってるみたいだし」

「あのぉ……あやめちゃん? その誤解は解けたんじゃ」

「私の誤解は解けてませんけどね」

「早希さん? あ、いや……だからね、今日はそんなことで来たんじゃないよね? それにほら、こんな所で立ち話もなんだし、中に入らない?」

「こんな所で申し訳ありません、うふふふっ」

「……純子さんまで突っ込まないでほしいんですけど」

「うふふふっ」

「沙月さん。あやめちゃんはね、みんなと友達になりたいんだって」

「友達ぐらい、勝手に作ればいいじゃねえか。なんでわざわざ死人と」

「私に友達はいない。これからも作る予定はない」

「なんでだよ」

「あなた、幽霊が見える友達なんて、ほしいと思う?」

「……それは」

「友達というのは、何でも語り合える存在。秘密を共有出来る存在。でも私のこの力は、誰からも受け入れてもらえない。受け入れてくれたのは、お兄さんだけ」

「あやめちゃん……」

「なら、最初から隠す必要がないあなたたちの方がいい。お互い、ウィンウィン」

「……変な理屈こねやがって」

「だから、私を睨んだのは水に流す」

「お前……実は根に持ってやがるだろ」

「何のことやら」

「はいはい、続きは中でね」

 居間に入ると、由香里が正座の状態で宙に浮かび、世界遺産のブルーレイを見ていた。

「あはっ。お兄ちゃんお姉ちゃん、いらっしゃいです」

 由香里は信也に気付くと、正座の状態のまま信也に近付いてきた。

「こんにちは由香里ちゃん。また見てたんだ」

「はいです。何度も見ても飽きません」

「そろそろ新しいの、買ってこないとね」

「そんなそんな。お兄ちゃんが一生懸命働いて稼いだお金なんです。私より、もっと自分の為に使ってほしいです……あれ?」

 由香里があやめに気付いた。

「お兄ちゃん、この人は」

「由香里ちゃんも見かけたことはあるよね。彼女はあやめちゃん、俺の家のお隣さん」

「お顔だけは……あやめさん、ですか。あなたには私の姿、見えてるんですよね」

「……」

「あやめちゃん?」

「ふんっ!」

 あやめが由香里の前で、これ見よがしに信也の腕にしがみついた。

「あーっ! あやめちゃん、また私の腕に!」

「これは俺の腕だ」

「今日は私、あなたに会いに来た」

「私にですか?」

「そう。あなた、お兄さんの妹になったと聞いた」

「はいです。私はお兄ちゃんの妹になりましたです」

「最初に妹になったのは私。あなたは二番目」

「そうなんですか?」

「そう。だから今後、私の言うことには絶対服従」

「おいおい、話が変な方向に行ってないか」

「無理なら今後、お兄さんの妹は名乗らせない」

「じゃあじゃあ」

 由香里はあやめの傍まで来ると、にっこり微笑んだ。

「あやめさんは私のお姉ちゃん、と言うことですね」

「え……」

「早希お姉ちゃん! 由香里、また一人お姉ちゃんが出来ました!」

「……由香里さん、何を言って」

「私はお兄ちゃんの二番目の妹で、あやめお姉ちゃんが一番目。と言うことは、由香里はあやめお姉ちゃんの妹です!」

「まあそうなるよな、今の流れだと」

「お兄さんまで……」

「……由香里、お姉ちゃんの妹になったら駄目ですか?」

「駄目とかじゃなくて……私は姉ってキャラじゃ」

「あやめちゃん、諦めた方がいいぞ。由香里ちゃんの妹なりたい願望、半端じゃないから」

「そんな……」

「よかったね、由香里ちゃん」

「はいです! これで由香里は三人の妹になれたです!」

「はぁ……」

 あやめが大きくため息をつき、信也にもたれかかった。

「この人、秋葉さんより苦手かも……」

「ははっ、よしよし」

 信也が笑って頭を撫でると、あやめはもう一度大きくため息をついた。

「次の目標は沙月さんです」

「なんでだよ。いきなりこっちに振ってくるんじゃねえよ」

「だってだって、三年間ずっと言い続けてきたんだし、そろそろいいかなって思ってるんです」

「三人も出来たんだ。これで満足しとけ」

「いえいえ、私は私が見える全ての人の妹になりたいですから」

「流石の沙月さんも、由香里ちゃん相手だと調子狂ってますね」

「んなことねえよ。ガキ相手にマジになってらんねえだけだよ」

「あはっ。でも実年齢では私の方が年上です」

「うっせえよ、バーカ」


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