上 下
80 / 134

080 信也無双

しおりを挟む


「早希ちゃん。それに信也さん……色々と聞きたいことがあります。今の状況について」

 居間に通された信也が、純子の正面に座っていた。

「あ、いや純子さん、早希を責めないでやってください。俺もその……ここに来てみたいって、ずっと思ってましたので」

「……そ、そうですよね、ごめんなさい……」

 信也の言葉に動揺を隠せず、純子が慌てて頭を下げる。そんな純子に早希が突っ込みを入れた。

「……純子さんひょっとして、まだテンパってます?」

「な……なんのことかしら」

「さっきの絶叫で、純子さんのイメージがだいぶ変わっちゃいましたし」

「あはっ。確かにあれはすごかったですね」

「由香里ちゃん」

「はいいっ!」

「ちょっとだけ静かにね、うふふふっ」

「純子さん、怒ったら怖いらしいよ」

「そうなのか。気をつけよう」

「コホンッ……それで早希ちゃん。信也さんには私たちが見えるのね」

「はい。でも、私に触れてないと駄目みたいで」

「なるほど。だから膝の上に座ってる訳ね」

 そう言って、信也にしがみついている早希に溜息をついた。

「いやいや純子さん、さらっと流さないでくださいって。早希も、そんなにくっつかなくてもいいだろ。人前なのに恥ずかしい」

「こうしてないと信也くん、純子さんばっか見てそうだし」

「何でだよ」

「目の前で浮気されたらたまりませんから。ここには女子しかいない訳だし」

「信也さん」

「は、はい」

「……信也さんには私、どう見えてるのかしら」

「純子さんは……さらさらで、でも艶のある綺麗な黒髪で……目はぱっちりとして大きくて、小さな唇は桜貝みたいで……すごく綺麗な方だと思います」

「あれあれー? 純子さん、赤くなってませんかー?」

「そ……そんなこと……」

「いてててててっ……早希、つねるなよ」

「つねるわよ。夫が目の前で他の人を口説いてるのに」

「なんでだよ。見たままを伝えただけだろ」

「そうなんだけど……そうなんだけど! なんか嫌なの!」

「コホンッ。信也さんに私たちが見えてるのは分かりました」

「純子さん……やっぱり変です……」

「涼音ちゃんまで……冷静に言わないでくれるかしら」

「……おい」

 壁を背に座っている沙月が、うつむき加減で口を開いた。

「早希の旦那さんよ。あんた、なんで私たちが見えるんだ」

「そう言われましても……俺にもよく分かってないんです」

「沙月ちゃん。私が思うには、なんだけど……」

 涼音が説明した。




「絆ね……」

「純子さんはどう思います?」

「霊感なしで見える人なんていなかったからね、正直よく分からないわ。信也さん、本当に霊感とかお持ちでないんですよね」

「はい。現に早希が生きていた時、俺に純子さんの姿は見えませんでしたから」

「じゃあやっぱり、涼音ちゃんの言う通りなのかもしれないわね。と言うか、それ以外に説明がつかないもの」

「あのあの、初めましてです信也さん。私、お姉ちゃんの妹の由香里です」

「ああ、早希から話は聞いてるよ。こちらこそ初めまして。早希と仲良くしてくれてありがとね」

「あはっ。信也さん、お姉ちゃんが言ってた通り優しい人です。ねえねえお姉ちゃん、私、信也さんの妹にもなりたいです」

「それは駄目」

「えー、なんでですかー」

「妹は既にいますから。それも最強クラスのとんでもないのが……これ以上増えてたまるものですか」

「妹は何人いてもいいじゃないですか」

「その言葉まで一緒……とにかく駄目ったら駄目。ただでさえ信也くんには、妹属性の疑いがあるんだから」

「あのぉ早希さん? ひょっとしてあの誤解、まだ解けてないんでしょうか」

「当たり前でしょ。いっつもいっつも、あやめちゃんの前でこーんなに鼻の下伸ばしてるんだから」

「だから伸びてないって」

「あのさあ、あんた」

 再び沙月が口を開いた。

「さっきからあんた、何普通に話してるんだ? この状況、何当たり前に受け入れてんだよ。分かってるのか? 私らは死人なんだぞ」

「死人って言い方は好きじゃないけど……でも沙月さん、俺にはあなたたちが見えて、こうして話も出来ている。悩むことなんてないでしょう」

「なんでだよ」

「沙月ちゃん、あのその……信也さんはね、見た物は信じるらしいの」

「ちっ、なんだそりゃ」

「いやいやいやいや、そこで舌打ちって変でしょ。俺はそういう性格、仕方ないじゃないですか。それに沙月さん、あなた早希と同い年なんですってね。駄目ですよ、若い娘が舌打ちなんかしちゃ」

「なっ……」

「それに足。そうやって広げて座るのもやめてもらえませんか。俺、一応男なんで、目のやり場に困ります」

 沙月が赤面し、慌てて足を閉じた。

「お、お前なぁ……何偉そうに説教たれてんだよ」

「うふふっ、沙月ちゃんが恥ずかしがってる。珍しいわね」

「ですよね、私も初めて見ますです」

「うっせーぞ由香里、後でシメるぞっ!」

「なんか沙月ちゃん、色々変になってる……」

「涼音さんまで、勘弁してくださいよ……それであんた」

「信也です。そう呼んでもらえますか。あんたってのはちょっと」

「ちっ……おい信也、お前に聞きたいことがあるんだよ」

「何でしょう」

「さっきの話だよ。お前、私の腕をつかんで言ったよな。これ以上何かするなら許さないって。どうするつもりだったんだよ」

「ああ、あれですか。勿論、いつも早希にしてるのと同じ、躾です」

「なっ……」

 信也の言葉に比翼たちがざわめく。

「躾って……お姉ちゃん、いつもお兄ちゃんに何をされてるんですか」

「信也さん……私、信也さんのこと、誤解してたんですか……」

「あらあら早希ちゃん、本当なの?」

「……」

 早希がうつむき、畳に『の』の字を書きながらつぶやく。

「そうなんです、みなさん……実は私、いつも信也くんに教育されてるんです……おいたをした時に必ず……」

「て……てめえ! 女になんてことしやがるんだ!」

「いや、沙月さん。それにみなさんも……俺には俺のやり方があるんです。これは夫婦の問題、口は出さないでほしいです」

「純子さん……!」

 早希が純子の胸に飛び込んだ。

「昨日も、昨日もだったんです……信也くん、あやめちゃんにデレデレしっぱなしだったから、あやめちゃんが帰った後で言ったんです。他の女に言い寄られて、喜ばないでほしいって」

「いやいやいやいや、捏造してんじゃねーよ。ハリセンで俺のことボコってただけだろうが」

「それで夜になって……さっきはよくも口答えしたな、お仕置きだって言って……」

「何を……されたの……?」

 全員が固唾を飲んで、早希の言葉を待った。

「……くすぐられたんです」

「……」

「信也くん、私が泣くまでくすぐるんです……いくら謝っても駄目で……そんな躾が、いつもいつも繰り返されてて……」

「……え? え?」

「信也さん、今の話は」

「本当です。泣くまでくすぐってます」

「お、おまっ……なんだそりゃ」

「だからもし、あれ以上早希に乱暴してたら……沙月さんをくすぐるつもりでした」

「あ……あははっ……」

「なんとまぁ……」

 皆が信也を遠い目で見つめる。この人、本気で言ってると。
 沙月は顔を真っ赤にし、両手で胸を隠して身構えた。

「ふ、ふざけるなっ! 私にそんなことしてみろ、ただじゃ済まないからなっ!」

「駄目よ沙月さん。信也くんが本気モードに入ったら、そんな言葉じゃ絶対に勝てないから。それに信也くんのくすぐり方、プロだから」

「そ、そうなのね……うふふふっ」

 流石の純子も、顔を引きつらせて苦笑する。

「だから沙月さんも」

 信也は沙月の元に行くと、静かにひざまずいた。

「や……やめろ、近付くなっ! 何しようってんだお前っ!」

 信也がゆっくり手を上げると、沙月は「ひっ」と声を漏らし、目をつむった。

「……」

 頭に温かい感触が伝わる。
 恐る恐る目を開けると、信也が沙月の頭を撫でていた。

「沙月さんは女の子なんです。女性蔑視と言われるかもしれないけど、女の子にはいつも優しく笑っててほしい。乱暴な言葉も使ってほしくないです」

「え……」

 久しぶりに感じるぬくもりに、沙月が呆然と信也を見上げる。
 信也は優しく微笑み、沙月を見つめていた。

「沙月さん。これからも早希のこと、よろしくお願いしますね」

 その言葉に反射的に、

「は……はい……」

 沙月がそう言ってうなずいた。
 その光景に、早希も純子も嬉しそうに微笑んだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

マッサージ

えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。 背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。 僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...