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068 純子

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「いい天気だな」




 4月26日金曜日。
 明日からゴールデンウイークがスタートする。
 今年は暦の配列がよく、信也の工場では10連休になる。
 今日は連休前最後の日で、信也は帰りが遅くなると言っていた。
 しばらく工場が稼働しないので、この期間にラインのメンテナンスを行うらしく、その準備に大忙しなんだと言っていた。
 生きていれば、私も一緒に準備してたのにな……そう思い、早希は少し寂しげな表情を浮かべた。

 今日はあやめも通院の日だそうで、早希は一日時間を持て余していた。
 あやめが貸してくれた映画でも観ようかと思ったのだが、そんな気分でもなかった。

 窓を開けると、初夏を思わせる暖かな風が入ってきた。
 早希はベランダに出ると、遊歩道へと飛んで行った。




「この眺めは初めてだわ」

 10メートル以上の高さからの眺めは壮観だった。
 神崎川をぐるりと周り、その景色に息を飲む。
 川の上空から一気に降り、川面を泳ぐ鳥に手を振る。
 すると鳥たちが反応し、早希の方向へと進路を変えた。

「あなたたち、私が見えるのね……ふふっ、嬉しい発見。信也くんに報告しないと」

 水面を軽やかに飛ぶと、鳥たちもそれに続く。
 そして早希が上空に舞うと、鳥たちも呼応して一気に飛び立った。

「ふふっ、魔法使いになった気分」

 水しぶきがキラキラと輝く。
 鳥たちが早希を囲み、羽根を広げて舞う。

「すごいな、あれ」

 遊歩道を歩く人たちが、川の上空でぐるぐる回る鳥たちに見惚れ、カメラに収める。

「一枚ぐらい映らないかな……私の姿」

 そう言って寂しげな顔をすると、鳥たちが早希に向かいさえずる。

「ありがとう。慰めてくれるんだ」

 早希が鳥たちに微笑んだ。

「じゃあ鳥さん、またね」

 そう言って遊歩道へと降り立った。




「……」

 自分が息を引き取った場所。
 川の鉄柵部分は曲がったままだった。
 それが衝撃の強さを物語っていた。

「多分これ……右腕も折れてたよね」

 無意識に自分の右腕を撫で、笑った。
 そこにはまだ、花束やお菓子が供えられていた。

「ありがとう、みなさん……」

 早希がそうつぶやいた。

「……あれ? 何だろう、これ」

 花束の中に、何枚かのカードが挟まっていた。
 誰もいないことを確認し、早希がカードを手にする。

「最高の友達 早希さんへ ありがとうございました さくら」
「秋葉より 感謝と愛をこめて』
「故・紀崎早希様へ 吉川班スタッフ一同」

「みんな……ありがとう……本当に、ありがとう……」

 カードを元に戻すと、早希はそう言って手を合わせた。




「まだ昼かぁー」

 ベンチに座り、大きく伸びをする。
 昼時ということもあり、遊歩道を歩く人も少なくなっていた。

「まぁいっか。天気もいいし、のんびり日向ぼっこでもしてよ」

 静かで穏やかな遊歩道。
 時折聞こえる水の音が心地よかった。

「でも……さっきのあれ、よく考えたら変だよね。私、自分の死んだ場所で手を合わしてたよ」

 そうつぶやき、一人笑う。

「明日からゴールデンウイークかぁ……信也くんと10日間、ずっと一緒。ふふっ、楽しみだな」

 特に予定は決めてなかったが、早希は楽しみで仕方なかった。

「旅行もいいけど、近場で遊ぶのもいいよね。私ってばこの辺りのこと、全然知らないから。信也くんに教えてもらいたいな。
 信也くんが言ってた所と言えば……服部緑地、万博公園。箕面公園に大阪城、あと、摂津峡もまた行きたいな。温泉もあるって言ってたし、ふふっ」



「こんにちは」



 独り言をつぶやく早希の耳に、女の声が聞こえた。

「えっ……」

 振り返ると、そこには以前この場所で出会った、純子と名乗った女性が立っていた。

「え……え? え?」

 自分の姿は見えないはず。
 早希が動揺し、無意識にふわりと宙に浮いた。
 あの時と同じ、ワンピースに日傘を差している純子。
 純子は日傘をたたむと、静かにベンチに座った。

「早希ちゃん、驚かなくてもいいから。隣、座ってくれる?」

「え……え? じゅ、純子さんですよね……と言うか純子さん、私が見えるんですか?」

「早希ちゃん。誰にも見えないからって、外でスウエットはちょっとだらしなくないかしら。あと、裸足もどうかと思うけど」

「ええええええっ! そ、そんな所まで……って、ごめんなさい、すぐ着替えてきます!」

「ふふっ。まあ、着替えるのは後にして……とにかく隣、座ってくれないかな」

「あ、はい……失礼します」

 早希が恥ずかしそうにうつむき、ふわりとベンチに戻った。

「今日もいい天気ね」

 澄んだ瞳で水面を見つめる純子。
 その横顔に早希は、やはりこの人を信也くんに会わせたくない、そう思った。

「ふふっ……大丈夫よ。心配しなくても、旦那さんを取ったりしないから」

「あ、あれれ? 私、声に出してました?」

「出してないけど、顔に書いてるわよ」

「し、失礼しました!」

 慌てて顔をこする早希に、また純子は笑った。

「ほんと、幽霊になっても早希ちゃん、変わらないのね」

「……そうですか?」

「ええ。前に会った時と同じ」

「それで……純子さん、何者なんですか? 私の姿、見えてるんですよね。ひょっとしてあやめちゃんみたいに、霊感の強い人なんですか? あ、あやめちゃんって言うのは私のお隣さんで、すっごく可愛いお人形さんみたいな女の子なんです」

「あやめちゃんね。お話ししたことはないけど、確かに可愛い子よね」

「知ってたんですか……まあそうですね。私たち、この辺によく出没してますし」

「私はね、早希ちゃん。あなたと同じなの」

「え?」

「ほら」

 そう言うと、純子はその場で早希の様にふわりと浮いた。

「……ええええええええっ?」

「ふふっ、いいリアクションありがとう」

「と言うことは、純子さんも幽霊……」

「私もあなたと同じ、強い想いで戻って来た女」

「そう、だったんだ……」

 混乱しつつも、仲間がいた事実に興奮する早希。
 そんな早希を見つめ、純子が穏やかに微笑んだ。


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