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067 女たちのぬくもり

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 高槻の実家。
 インターホンを押すと、幸子が目を伏せながら出て来た。

「ただいま母ちゃん」

「……」

「なんだよ母ちゃん、そんなうつむいて。ほら、ちゃんと俺を見てくれよ」

「……あんた、大丈夫なのかい?」

「ああ。今日から仕事にも行ってるし、いつも通りだよ」

「そんなこと言ってもお前……ちゃんとご飯、食べてるのかい?」

「大丈夫、ちゃんと食べてるよ。母ちゃんこそ大丈夫なのか?」

「私のことはいいんだよ……とにかくお入り」

 中に入るといつもの様に、勇太が元気よく走ってきた。

「にーに、おかえり!」

「おっ、ただいま勇太。お前、ちょっと重くなったな」

 勇太を抱え上げ、信也が微笑む。

「勇太、いくつになったんだっけ」

 勇太が右手の指を4本立てる。

「よっつーっ!」

「そうだな、4つだな。ちゃんと言えてえらいぞ」

 そう言って、降ろした勇太の頭を景気よく撫でた。



「ねーねは?」



 その言葉に幸子が背を向け、肩を震わせた。

「ねえにーに、ねーねは?」

 信也が微笑む。

「ねーねはね、ちょっと遠くに行っちゃったんだ。しばらく会えないと思う」

「そうなの?」

「そうなんだよ、勇太」

 知美が奥から現れ、勇太を抱き上げた。

「おかえり」

「ただいま、姉ちゃん」

「大丈夫か?」

「うん。落ち着いたよ」

「お前、あれからちゃんと泣いたか?」

「え?」

「全然泣いてなかったろ。あれな、結構ダメージあるんだ。泣くことである程度、心のバランスが保てるもんだからな。まあ喪主だし、気も張ってたから仕方ないんだけど……あの後ちゃんと泣けたのか、心配だったんだ」

「ありがとう、姉ちゃん」

「ま、その様子なら大丈夫そうだな。お疲れ」

「ああ」

「さぁさ、こんな所に突っ立っててもしょうがない、中に入りな。今日は母ちゃん、ご馳走作ったからね」

「こっちも大変だったんだぞ。お前が来るから母ちゃん、朝7時から用意してたんだからな」

「いやいや、気合い入れすぎだろ」

「どうせあんた、ちゃんと食べてないだろうからね。そう思って母ちゃん、頑張ったんだから」

「分かったよ。気合い入れて食べるよ」

 苦笑し、リビングに向かう。その時だった。

「ねーねとさっき、会ったよ」

 勇太の言葉に、三人の足が止まった。
 幸子が口を押さえ、嗚咽する。
 知美は微笑み、

「そっか、ねーねと会ったんだ。よかったな、勇太」

 そう言った。

「ねーね、公園にいたんだよ」

「そこの公園か。じゃあほんとに、さっきなんだな」

「うん。ねーね、笑ってた」

 知美がうなずき、「そっかそっか」と涙を浮かべた。




「……ご馳走様」

「ご……ご馳走様……」

「お粗末様でした」

「全然粗末じゃねーよっ!」

 大量の料理を平らげ、信也と知美が息絶え絶えに突っ込んだ。
 カレーに天ぷら、唐揚げ、てんこ盛りのポテトサラダ。
 これらを黙々と口の中に放り込んだ姉弟は、気を失いかけていた。

「そうだ。デザートにバナナとミカン、あるわよ」

「殺す気かっ!」

 姉と弟の突っ込みがリビングに響く。

「ふっ……ふふっ……」

「……はははっ」

 どちらからともなく笑いだす。

「あはははははっ」

「はははっ、ははははっ」

「なんだい、二人揃って笑って。いらないんなら母ちゃん食べるよ」

「まだ食えるのかよ。ほんと母ちゃん、フードファイター顔負けだよな」

「ほんとほんと。胃袋、私らの三倍はあるんじゃね?」

「あはははははっ」

「残したら勿体ないだろ」

 そう言ってミカンを食べだす幸子に、また二人は笑った。

「もぉー、あんたらいい加減、笑うのよしなよ」

「いや、なんだその……はははははっ」

「あはははははっ」

「……ふっ、ふふっ」

「ははははははっ」

 三人が笑い合う。
 その様子を見ている内に、勇太も一緒に笑い出した。

「あはははははっ」

 目に涙を光らせ、笑い合った。




「ほんとに泊まっていかないのか?」

「ああ。早希が待ってるからな」

「そうか……そうだな。じゃあ早く帰ってやれ」

「ああ」

「信也、これ持って帰りな」

 幸子が紙袋を持ってきた。

「重っ……何入ってるんだよ」

「天ぷらと唐揚げ。あとバナナも入ってるから、腐る前に食べるんだよ」

「まだあったのかよ……分かった、ありがとな」

「まだ夜は冷えるからね、ちゃんとあったかくするんだよ」

「分かってるって」

「でもまぁ……なんだ」

「ん?」

「元気そうでよかった。死んだ目してたら一発殴ろうと思ってたんだけど……お前、いい顔してるよ」

 知美がそう言って、信也を抱き締めた。

「辛い時は帰ってこい。なんなら早希っちの骨も連れて来い。いいか信也、私らは家族なんだ。だから遠慮すんな。いつでも頼れ」

「ああ。ありがとう、姉ちゃん」

「しかしなんだな。私らみんな、相方にはほんと、縁がないよな」

「あ、そうだ……ほんとだね」

「ほんとだ。今気付いた」

「まあ、そんな私らだ。支え合って生きていくしかないだろ」

「そうね」

「ああ、そうだな」

「じゃ、また来いよ」

「分かった。母ちゃんもありがとな」

「また帰ってくるんだよ。待ってるからね」

「ああ」




「そこで待ってたのか」

 駅前の自転車置き場付近で、早希を見つけた。

「おかえり、信也くん」

「入ってくればよかったのに。気なんて使わなくてもいいんだぞ」

「うん……まだちょっと、お母さんと知美さんに会うのが辛くて」

「……」

「信也くんのこと、よろしくってお願いされてたのに。こんなに早く死んじゃって」

「何言ってんだよ。二人はそんなこと、気にしちゃいないよ」

「そうなんだけど、ね……それでどうだった? お母さんと知美さん」

「俺を元気付けようとして、かなり空回りしてた」

「元気だった?」

「母ちゃんがちょっと心配だったけど、食べてる姿見て安心した。じき元気になるよ」

「知美さんは?」

「姉ちゃんは相方亡くした先輩だからな。心配ない」

「そっか。よかった」

「で、お前いつからいたんだ?」

「信也くんが着く、一時間ぐらい前かな。散歩してたの」

「勇太、お前に会ったって言ってたぞ」

「勇太くんが?」

「公園で見たって」

「そうなんだ……見つけたから、つい手を振っちゃったんだけど」

「子供には、俺らにない何かがあるのかもな。それが大人になるにつれて、なくなっていくのかも」

「そうかもね」

「寂しくないか?」

「大丈夫。私には信也くんがいるから」

「……そっか」

「うん」

「じゃ、帰ろっか」

「うん!」

 そう言って二人、肩を並べて駅へと向かう。

「信也くん、それ何?」

「ああこれ、母ちゃんのお土産。天ぷらと唐揚げ」

「お母さんの唐揚げ大好き。帰ったら食べていい?」

「勿論。て言うか、俺は当分見たくないかも」

「そうだ信也くん、それとね」

「何?」

「信也くんと外で話すの、気をつけた方がいいと思ったの。私のことは誰にも見えてない訳だし、信也くん、一人で喋ってる危ない人みたいでしょ」

「言われてみれば……確かにそうだな」

「だからね、外では携帯持って話さない? そうすれば自然だから」

「考えてなかったな、そういうの。分かった、じゃあ今からそうするよ」

「ふふっ。ほんと、信也くんは素直だね」

「で、今日はあやめちゃんと何したんだ?」

「そうそう、聞いてよ信也くん。あやめちゃんったらね」




 信也は思った。
 こうして笑っているが、本当は寂しいはずだ。
 ここに来ても、どこに行っても。誰とも話せない。

 誰も早希に気付かない。

 俺がいればそれでいい、そう言ってくれるのは嬉しい。
 でも早希はこれからずっと、俺やあやめちゃんとしか話すことが出来ないんだ。
 早希には気付かれなかったが、自転車置き場で待っている早希を見た時、辛くて泣きそうになった。
 あの寂しそうな顔、俺は絶対に忘れない。

 自分の為だけの存在、早希。
 俺は早希を、これからずっと支えていく。
 守っていく。
 そう誓うのだった。


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