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062 新しい朝
しおりを挟む「おはよう、信也くん」
目を開けると、微笑む早希の顔がそこにあった。
「……」
早希の唇を指でなぞる。
「ふふっ……こうしてくれたのは初めてだね」
「そうだったかな」
「うん。なんか……くすぐったくて気持ちいい」
「……本当に早希なんだな」
「そうだよ。信也くんのことが大好きな、早希さんだよ」
「夢……見てる訳じゃないよな」
「つねってあげようか」
そう言って信也の頬を軽くつねる。
「てててっ……夢じゃないな。それにそのベタさ、早希で間違いない」
「ふふっ……ねえ、朝ごはん食べれそう? 信也くんてば、ここしばらくちゃんと食べてなかったでしょ」
「早希が作ってくれるのか? なら食べる。馬一頭でも丸かじりする」
「じゃあ今から馬、買ってくるね」
「どこに?」
「どこだろう」
「……適当だな、お前」
「ふふっ。じゃあ、そろそろ起きますか」
「そうだな。じゃあ……」
早希の頬に手をやり、優しく唇を重ねた。
「おはよう、早希」
「おはよう、信也くん」
そう言って見つめ合い、笑った。
「おまたせ」
テーブルに早希の料理が並ぶ。
もう二度と訪れない、そう思っていた光景がそこにあった。
「今朝は和食にしました。でも冷蔵庫の中、そろそろやばい感じ。信也くん、買い物付き合ってくれる?」
「そうだな、しばらく何も買ってなかったし……行くか」
「ありがと。じゃ、いただきまーす」
「いただきます」
いつもの紀崎家の日常。
しかし一つだけ、違ってることがあった。
頬杖をつき、嬉しそうに信也をみつめる早希。
早希は幽霊だ。
「それにしても信也くん、やっぱ変だね」
「……って、いきなりなんだよ。ほら早希も、冷めない内に食べろよ」
「分かってるって。うん、お味噌汁おいしい」
「早希特製の合わせ味噌。これは早希にしか出せない味だからな」
「どんなもんだい」
「いいよ、もっと威張っても」
「ふふっ。でね、さっきの話なんだけど、信也くんってば、やっぱ変だと思うよ」
「だから変ってなんだよ。俺くらい常識的で普通な人間、いないだろ」
「自分で言うんだ、そんな恐ろしいこと」
「恐ろしいって……そんなことないよな、ないよな」
「二回聞くってことは、ちょっと不安なんだ」
「で、どこが変なんだ」
「だって目の前に幽霊がいるのに、全然動じてないんだもん」
「昨日ちゃんと驚いただろ。あれで十分だ」
「ええっ? あれで終わりなの?」
「俺にとっては」
信也が箸を置き、早希を真っ直ぐ見つめた。
「幽霊でもなんでもいい。早希が戻って来てくれた、それより大切なことなんてないんだ」
「……やっぱ変だよ、信也くん」
「そう何回も言われると、流石にこたえるんだけど」
「だってね、私幽霊なんだよ?」
「そうだな。葬式もしたし」
「だから冷静に突っ込まないでって。目の前にこんな非常識な存在がいるんだよ? ちょっとは怯えたり、疑ったりしないの?」
「別に」
「信也くんって、幽霊信じる派?」
「特にそういうのはないよ。心霊写真見ても何も思わないし」
「じゃあどうして」
「俺は自分の目で確かめたことは全肯定する。それだけだ」
「……ちょっとよく分からない」
「例えばUFOとか、雪男とかネッシーとか。ひょっとしたらいるのかもしれないけど、確認してないからよく分からん。それぐらいの感覚なんだ。
でも自分の目で見た物は、どれだけ非常識な物でも認める。だってそこにあるんだから。シンプルだろ?」
「……シンプルなのかな」
「そうなんだって。いくら理屈で否定しても、ある物はある。現に早希、お前は間違いなく死んだ。焼いて骨になって、あの骨壺の中にいてる。
でも目の前にお前はいる。で、早希が幽霊だって言うんだったら、幽霊は存在するってことだ」
「なんか……私、すごい人と結婚したんだね」
「そうか?」
「うん。でも……やっぱり信也くんだ」
「何だそりゃ」
「私、戻ってくる時に不安だったんだ。拒否られたらどうしようとか、怖がられるんじゃないかと思って」
「早希のどこが怖いんだよ。それに怖いって言ったら、早希怒るだろ」
「なるほど……そういう伏線になってたんだ」
「その反応も、早希って感じだ」
「信也くん。こんな私のこと、好き?」
「こんなって何だよ、こんなって。篠崎に怒られるぞ」
「だって、私幽霊なんすよ? 体はあの骨壺の中にあるんすよ?」
「そこで篠崎の真似はいいから。とにかく……目の前にいるのは骨でも篠崎でもない、俺の早希なんだ」
「そう言ってちゃんと突っ込んでくれる信也くん、好き」
「いやいやいやいや、そこはスルーでいいから」
「ふふっ」
「今早希と話してる。早希が俺の為に戻って来てくれた。それで十分だ」
「ありがとう、信也くん」
「いや……俺の方こそ、ありがとう」
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