上 下
53 / 134

053 よかったね、信也

しおりを挟む


「で」

 一口お茶を飲み、秋葉が信也の方を向いた。
 ハリセン騒ぎもあり、いつの間にか信也の顔をちゃんと見れている。
 こういうの、久しぶりだな。早希さんには感謝だな、そう思った。

「で、じゃねーよ。てか、なんで姉ちゃんに関係する人間、みんな同じ言い回しになるんだよ」

「信也、突っ込みはいい。そうじゃなくて、どう? 今、幸せ?」

「え」

「え、じゃなくて。信也は今、幸せなのかなって」

「まあな、これ以上にないぐらい幸せだよ」

「ならよかった」

 秋葉が優しく笑う。

「早希さんのこと、大切にするんだよ」

「分かってるよ。早希には一生、頭あがんねーから」

「早希さんも、よかったね」

「はい。これもみんな、秋葉さんのおかげです」

「私、何もしてないと思うけど」

「そんなことないです。秋葉さんがいたから信也くん、今もこうして頑張れてるんです。私はそう思ってますから」

「……ありがとう」

「このマミラリア、大事に育てますね」

「しかしなんだな、やっぱ秋葉って女子だよな。こういうプレゼント、俺には思いもつかない」

「信也だったら、菊の花とか贈りそう」

「それ、すっごく分かる。信也くん、花なんかに絶対興味ないから。場違いな花を選びそう」

「お兄さん、お墓参りと愛の告白、同じ花で済ませそう」

「いやいや、流石にそれはない……よな?」

「なんで疑問形なのよ」

「家、立派だね」

「中古だけどな。まあ今の俺じゃ、これが精一杯だ」

「ううん、そういうことじゃなくてね。なんかこう……あったかい家。そう感じる」

「そうか?」

「うん。何も聞かなくても、二人がここで穏やかに暮らしてるのが分かる」

「なんか照れるな」

「相変わらず、石はあるけど」

「あ、ああ。まああれは……な」

「でも昔と違って、あの石を見てても私、辛い気持ちにならないよ」

「そうなのか? て言うかお前、そんな風に思ってたのか」

「だって……信也が石を集めだしたのって、お父さんのことがあった頃からだったから」

「そうだったかな」

「うん、そう。だから石を見てて、ちょっと辛かったの。でも今、こうして石を見てても辛くない。それって、すごいことだと思うよ。これってきっと、早希さんのおかげだよね」

「そんなに褒められると照れちゃうな。秋葉さん、よかったらお酒、どう?」

「お前はまた、すぐ調子に乗る」

「いいじゃない。信也くんの成長を、秋葉さんが認めてくれたんだよ?」

「まあ、そうなんだけどな」

 そう言って信也は立ち上がり、換気扇の下で煙草に火をつけた。

「しかしなんだな。こうして秋葉が家に来てくれるなんて、思っても」

「信也」

 秋葉の低く重い声が、信也の言葉を切り捨てる。
 見ると、凍てつくような視線が向けられていた。

「……秋葉さん? なんでまた怖い顔……してるのかな?」

「まだ煙草、吸ってるんだ」

「あ、いやそれは……」

「未成年の女の子と婚約者がいる部屋で……早希さんも、赤ちゃんを産む大切な体なのに」

「……秋葉さん? そんなボロボロのハリセン持って、何するつもりなんでしょうか。いやいやだからお前、顔怖いって」

「信也……煙草は駄目って、ずっと言ってるのに」

「だからほら、ちゃんと換気扇の下で吸ってるだろ? いつもはそこで吸ってるんだけど、一応マナーとして」

「マナーの話じゃない。なんでみんな分かってくれないのかな。私、ずっと言ってるよね、煙草やめてって」

「はいすいません」

 信也が慌てて煙草を消した。

「もぉっ。早希さんもちゃんと言わないと駄目だよ。丈夫な赤ちゃん、欲しくないのかって」

「あははっ。ありがとう秋葉さん。でもね、私がいいって言ったんだ、家で吸っていいよって」

「……」

「だって、信也くんって大して楽しみ持ってないし。煙草ぐらい許してあげてもいいかなって」

「駄目」

「え」

「そうやって甘やかしちゃ駄目。煙草が唯一の楽しみだなんて、ただの言い訳だから。信也にも早希さんにも、これからずっと健康でいてほしいから。生きていれば、健康なら楽しみぐらい、いくらでも出来るから」

「あ……はい分かりました。善処します」




「じゃあこれで。お邪魔しました」

「ありがとな、わざわざ来てもらって」

「今度はもっと、ゆっくりしていってくださいね。歓迎しますから」

「うん。ありがとう」

「秋葉、その……」

「何?」

「あ、いや……ほんと、色々ありがとな」

「何それ、ふふっ……でも、信也の楽しそうな顔、いっぱい見れてよかった」

「私、ちょっと下まで送ってくるね」

 そう言って、早希が靴を履いて扉を開けた。

「じゃあ信也、明日頑張って」

「ああ。ありがとう」

「おやすみなさい」

 そう言って、秋葉と早希が一緒に出て行った。

「……お兄さん」

 あやめが信也の服をつかんでいた。

「ごめんねあやめちゃん、折角の勉強会だったのに」

「それはいい……そうじゃなくて」

「ん?」

「私、あの人駄目かも」

「あの人って、秋葉?」

「うん……あの人といると、お互いに変な干渉が起こる」

「干渉?」

「あの人と私、キャラがかぶってる。話し方まで似てるし……だから一緒にいると、どっちかが空気になる」

「確かにちょっと、似てるかもね。でも空気にはならないだろう、どっちも」

「今日は私の負け。完全に呑まれた……次は負けない」

「ははっ……あやめちゃん、何と戦ってるんだか」

「今日は帰るね」

「なんかごめんね、バタバタしちゃって」

「いいの。元々今日は、来るつもりじゃなかったし。明日入籍なのに、お兄さんに無理させた」

「そんなことないよ。あやめちゃんと勉強するの、俺も楽しいし」

 そう言ってあやめの頭を撫でる。

「それでその……お兄さん」

「どうかした?」

「……ううん、ごめんなさい。やっぱりいい」

「……」

「じゃあ……おやすみなさい」

「おやすみ。風邪ひかないようにね」

 扉が閉まると、信也は頭を掻きながらリビングに向かった。

「片付けるか……」




 テーブルの上を片付けながら、信也は今のあやめの言葉を思い出していた。
 今回だけじゃない。これまでに何度も、こうしてあやめちゃんは何かを言いかけて、いつも途中でやめていた。
 あやめちゃんの癖なんだろうか。
 でも、それにしては何かこう、引っかかるものがある。
 それが何なのか分からないが、あやめちゃんは俺に対して、言い出せない何かをずっと持ち続けている、そんな気がした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

社長の奴隷

星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

処理中です...