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039 私は妹
しおりを挟むさくらさんとあやめちゃんが、新しい一歩を踏み出そうとしている。
折角お隣さんになったんだ、俺も力になりたい。そう信也が思った。
「すぐ傍に公園もあるし、遊歩道もあります。その辺から慣らしていくのもいいでしょうね」
「そうですね。この子が一人でも行ける所、休みの内に見つけておきたいと思ってます」
「俺らも手伝いますよ。この辺なら俺、結構知ってますし」
「そう言って信也くん、あやめちゃんとデートとかって思ってるんじゃないでしょうね」
「だからなんでそうなるんだよ。もちろん早希も一緒だぞ」
「どうだか。今日は信也くんの知りたくなかった一面、見えちゃったし」
「なんでだよ。てか、どんな一面だよ」
「ふーんだ。今度から信也くんと喧嘩したら、さくらさんの家に泊めてもらおうかな」
「だから……冗談でもそういうのやめてくれって。マジでダメージでかいんだから」
「いいよ」
「え」
「あやめ、起きたの」
あやめが目をこすりながら起き上がり、小さなあくびをした。
「そうなったら私、お兄さんとここで住むから」
そう言ってまた、信也の腕にしがみつく。
「あ、あのね、あやめちゃん。どこまで本気か分からないんだけど、信也くんは私の旦那様なんだよ?」
「構わない」
「え」
「早希さんが婚約者になったのは聞いた。おめでとう」
「あ、これはこれはご丁寧にどうも」
「お兄さんと早希さんが夫婦、何も問題ない」
「どういうこと? 何が構わないの?」
「私はお兄さん、好き」
腕に頬ずりする。
「駄目だってば! 信也くんも何か言って……って、何また鼻の下伸ばしてるのよ!」
「だから伸びてないって言ってるだろ。頼むよ二人とも」
「で? 何が構わないのかな、あやめちゃん」
「早希さんは婚約者。いずれお兄さんと結婚する」
「そうよ。来年、信也くんの誕生日に入籍するの」
「それでいい。おめでとう」
「あやめちゃん、言葉と行動がバラバラなんだけど。とにかく信也くんから離れてくれないかな」
「正妻は正妻らしく、もっと余裕を持って」
そのワードに早希が反応した。頬が紅潮し、口元が緩む。
「正妻って……やだなぁあやめちゃん、照れちゃうじゃない。そうだよね、私、正妻なんだよね」
「早希さーん、顔がにやけてますよー」
「え? ああ、そうだったそうだった。話を誤魔化さないで。私のことを正妻って認めてるのに、なんでまだくっついてるのかな。その腕は私のなんだからね」
「これは俺の腕だ」
「信也くんは黙ってて。これは女の闘いなの」
「信也さん。早希さん、いつもこんな感じなんですか?」
「いや、俺もこんな早希を見るのは初めてで……ちょっと新鮮と言うか」
「それで? 私は正妻なんだよね」
「そう」
「じゃあ、あやめちゃんは」
「妹」
「え」
「妹。奥さんは一人しかなれないけど、妹は何人いてもいい」
「妹、だとぉっ……!」
「な……何喜んでるのよこの犯罪者!」
傍にあったクッションで、信也の頭に一撃くわえる。
「なんだよ早希、そんなに怒らなくてもいいだろ。顔が怖いぞ」
「怒るに決まってるでしょ! 信也くん、ひょっとして妹萌えだったの?」
「……お前、一部にしか分からない用語出してきて」
「それでどうなのよ。妹萌えなの?」
「お兄さん、妹は嫌い?」
二人に詰め寄られた信也が、目でさくらに助けを求める。
しかしさくらはにっこり微笑み、「がんばって」と拳を握るだけだった。
「どうなの、信也くん」
「お兄さん」
信也が観念した。
「……妹が嫌いな男なんて、この世にいる訳ないじゃないか!」
「あ」
さくらが額に手を当て、それは不正解ですと首を振った。
「だってそうだろ? 早希も家で見ただろ、母ちゃんと姉ちゃんに虐げられてる俺を。俺は子供のころからずっと、姉じゃなく妹が欲しかったんだ。罵倒したり殴ったりしてこない、優しい妹が!」
「ブイ。私の勝利」
あやめが早希に、誇らしげにVサインする。
「そ、そんなあ……」
早希がうなだれる。そんな早希を見つめ、信也が優しく微笑んだ。
「でもな、早希。お前も俺にとっちゃ、半分妹みたいなもんなんだぞ」
「え……」
「早希は俺より三つ下だろ? 俺な、お前とこうなる前からずっと、妹みたいに思ってたんだ」
「信也……くん……」
早希が瞳をうるうるさせて信也を見上げる。
どうです、完璧な答えでしょ。
そんな思いをドヤ顔に込めてさくらを見る。
「……適当ですね、信也さん」
「ええええっ!」
「だよね。さくらさんもそう思うよね」
「早希お前、感激したんじゃないのかよ」
「どこがよ。今までの信也くんの言葉で、一番最低だったよ」
「マジ? マジのマジで?」
「お兄さん。捨てられたら、私が拾ってあげる」
「いやそのフォロー、今いらないから」
「ぷっ……」
「あはははっ」
「ふふふっ」
「なんだよみんなして。最後は俺一人が悪者ってオチ?」
「そうだね、信也くんの一人負け」
「お兄さん、色々と残念」
「そんなぁ、あやめちゃんまで」
「あははははははっ」
「今日はありがとうございました」
玄関で4人が名残を惜しむ。
「さくらさん、またメッセージ送るね」
「はい。私も送りますね」
「あやめちゃんも、またね」
「……」
「どうしたの?」
「ほらあやめ、今日は帰ろう? これからいつでも会えるんだから」
「あやめちゃん。信也くんのことはあげないけど、それ以外なら私も歓迎だから。いつでも遊びに来てね」
「うん……」
「それじゃ、おやすみなさい」
さくらがあやめの手を握る。
するとあやめは「ちょっと待って」と信也の服を引っ張った。
「どうしたの?」
そう言った信也の頬に、あやめがキスをした。
「あ」
3人が唖然とする。
そんな3人をよそに、あやめはうつむいたまま、小走りで廊下に出た。
「……おやすみなさい」
そう言って小さく手を振る。
「……」
信也と早希が固まったまま見送る。
さくらの「すいません、すいません」と頭を下げる姿を最後に、扉が閉まった。
「信也……くん……?」
「はい、なんでしょうか、その……早希さん?」
「何、じゃないよね。えーと……これはどう言い訳してくれるのかな」
「ちょ……顔が怖っ……!」
身の危険を感じた信也が中に走っていく。
信也を追いかける早希。手にはクッションが持たれていた。
「なんで、なんで逃げるの? こんなに愛してるのに、愛してるのに!」
「いやいやいやいや、とにかく落ち着け。とりあえずその手のクッションを置いて。勿論他に何か持つのもなしで」
「またまた信也くん、ちょっと片付けるだけじゃない。クッションぐらいで、何怖がってるのよ」
「クッションが怖いんじゃねーよ、顔が怖いんだよ」
「3回」
「え」
早希が立ち止まり、力なくつぶやいた。
「3回言った。私の顔怖いって……あやめちゃんには可愛いって言ってたくせに」
「早希……」
「信也くん、ほんとにあやめちゃんの方がいいんだ。私よりずっと若いし、可愛いし」
「なんでそうなるんだよ。俺が好きなのは早希だけだし、早希が一番可愛いよ」
「ほんとに?」
「勿論」
「じゃあこっち来て、頭撫でて」
「……ったく」
甘えん坊さんだな。そう苦笑しながら早希の元に行く。
「引っ掛かったわね、このロリコン王子!」
「ぬおっ! 早希お前、謀ったな!」
早希は信也の上に馬乗りになると、クッションを大きく振り上げた。
「何が謀ったよ。今日一日、ずっとデレデレしっぱなしで。あんなみっともない顔をさくらさんに見られて私、すっごく恥ずかしかったんだから!」
クッションが顔面を直撃する。
「さ、早希……だからちょっと落ち着けって」
「JKに言い寄られてにやついて。恥ずかしい、ああ恥ずかしい!」
「分かった、分かった降参するから。なんでもするから許してくれって」
その言葉に、やっと早希の攻撃が止まった。
「ほんとに?」
「ああ。だから機嫌直してくれよ。まあ、そんな早希も可愛いんだけど」
「ま、またそんな適当なこと言って……騙されないんだからね」
「本当だよ。おいで」
そう言うと、信也は早希を優しく抱き締めた。
「何がいい? 罰ゲーム」
「じゃあね……今日あやめちゃんに微笑んだ分だけ、私にキスして」
「そんなの覚えてないぞ」
「嫌なの? じゃあ私、信也くんの実家に帰らせてもらいます」
「分かった、分かったからそれだけは勘弁してくれ。母ちゃんと姉ちゃんに殺される」
「じゃあしてくれる?」
「ああ。じゃあまず、一回目」
そう言ってキスする。
長く熱いキス。
二人とも互いの唇をむさぼるように、深く激しく求め合う。
やがて唇が離れると、早希は「ぷはぁっ」と声を上げ、満足そうに微笑んだ。
「続きは布団の中で」
「片付けは?」
「明日にしよ」
「そっか。じゃあ先にお風呂、入ろっか」
「一緒に?」
「ああ、一緒に」
そう言ってもう一度軽く唇を重ね、顔を見合わせて笑った。
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