上 下
21 / 134

021 姉、襲来

しおりを挟む


 信也と早希が、雨の神崎川を眺めていた。

「信也くん、雨は好き?」

「んー、好きと嫌い、どっちもかな。仕事に出る時の雨には殺意すら覚える。でもこうやって、ぼんやりと雨の景色を眺めるのは好きだ」

「じゃあ今って、信也くんにとっては楽しい時間?」

「だな」

「そんな時間、隣に私がいることは?」

「大切な時間だよ」

「あら、随分正直な」

「だって今更だろ。泣き顔見られた後で、見栄を張ってもしょうがない」

「私は嬉しいけど」

「ははっ」

 穏やかな時間だった。
 雨の休日のせいか、道路を走る車も少ない。
 時折聞こえるタイヤの水切り音が、耳に心地よかった。




 その時、古びた金属製の階段を駆け上がる足音が聞こえた。
 その足音は近付くと、家の前で止まった。

「信也―っ、開けてくれーっ」

「え?」

 突然の来訪者。しかも女の声に、早希が思わず声を漏らした。

「おーい信也―、いるんでしょー」

「信也……くん?」

「ええっと……何かな早希さん、そんな怖い顔して」

「誰が来たのか、説明してくれるかな」

「とりあえず落ち着こう。はい深呼吸深呼吸」

「誤魔化さないで。信也くんてば、私以外にも女の人、入れてるんだ」

「だからちょっと落ち着こう、早希さん」

「おーい信也―、お姉ちゃん寒いー」

「え……お姉ちゃん?」

「うん、姉ちゃん。今日こっちの方に用事あるって言ってたから、ひょっとしたら来るかもって思ってたんだ。にしても随分早いな」

 信也が玄関に向かう。その信也の袖をつかみ、早希が不安そうに言った。

「今更なんだけど……私がここにいるの、大丈夫かな」

「何が?」

 こいつは何を言ってるんだ? そんな顔の信也に、早希の方が緊張してきた。
 慌てて髪を手で直し、玄関の前で姿勢を正す。

「いらっしゃい、姉ちゃん」

 扉を開けると同時に、知美が信也に抱きついてきた。

「おーっ! 愛しい弟よ、元気だったか」

「元気だよ」

 知美のつむじを見下ろしながら、信也が笑った。

「こんな時間ってことは、フリマはやっぱ駄目だった?」

「そうだよ、ちょっと聞いてって。こっちが一か月かけて準備したってのに、雨だよ雨。それでもお客は来てくれたけど、やっぱ全然売れなくて。なんか気分も落ちてきたから、早めに切り上げた」

「屋外のフリマで雨はきついよな」

「で、愛しい弟に会いに来たって訳だ。弟よ、もっと抱き着かせろ、匂い嗅がせろ」

「勇太は?」

「雨だし今日は家に置いてきた。一緒に行くって泣いてたけど、母ちゃんがおもちゃ買いに行こうって言ったら喜んでついてった」

「そっか」

「で、私は弟エキスを補充しに来た訳よ」

 そう言って信也の首に手を回すと、ヘッドロックをしてきた。

「ててててっ、痛い痛い」

「会いたかったぞ、可愛いやつめ……って、え?」

 知美が動きを止めた。
 知美の目に、ようやく早希が映る。

「は、初めまして! 私は三島早希、信也さんの職場の部下で……今日は遊びに来ています!」

 全力のおじぎ。口の中がからからに乾いていた。

「……」

 知美がヘッドロックのまま固まった。

「姉ちゃん、痛い、痛いから離してくれって」

「あ……ああ、ごめん……」

 信也のタップにそう言って、知美が力なく手をほどく。
 早希はまだ頭を下げていた。

「信也……これって、どういうこと?」

「どうって、早希が言った通りだけど」

「……早希だぁ?」

「やばっ、しまった」

 信也の声と同時に、再び知美がヘッドロックをきめる。力はさっきのニ倍増し。

「お前、いつから女連れ込む身分になったんだ、ええっ? しかも今、早希って言ったな、言ったよな。あんたが女を呼び捨てにするってことは」

「ギ、ギブギブギブギブ」

「何言ってんだよこのエロ眼鏡、これでも姉ちゃん、力抜いてやってるんだ。本当ならもう一段上げたいのを我慢してるんだから感謝しろ! あ、早希ちゃんだっけ、こちらこそよろしくね。頭、もういいから上げて。私は早川知美、32歳子持ちのシンママ。不肖の弟の姉です」

「はい、よろしくお願いします」

「早希ちゃんって、どこに住んでるの?」

「枚方です」

「おおっ、枚方かよ、いい所に住んでるなぁ。あ、私はこいつの実家、高槻なんだ」

「お隣さんですね」

「だね。それで早希ちゃん、年いくつ?」

「先週で23歳になりました」

「わっかーい!」

「だーかーらー!」

 普通に話し始めた二人に、信也が訴える。

「この手を放してくれって。話は中でいいだろ」

「ああそうだった、あんたのこと忘れてたわ」

 そう言って、知美が無造作に手を放した。

「信也くん、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。こんなの、どこの家庭にもあるスキンシップだから」

「んな訳あるか」

 おおらかな姉、突っ込みを入れる弟。その当たり前のように繰り広げられる姉弟劇に、早希は紀崎家の温かさを感じた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...