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第一部 五章 コロッセオの騎士編
50 囚われのシアン(挿絵あり)
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時計の秒針がやけに浮きだって聞こえる。シアンが連れてかれて約五時間―――ブラッディ家別邸に残された二人は深刻な顔で俯き、場は葬式のような沈黙が流れていた。
「やっぱり……こんな急におかしいわ」
きっとなにか裏がある。考え込んだ末にミシェルがその場から立ち上がった。一方でソファーに丸くなり、膝を抱えた少年はずっと鼻を啜って呼吸をひくつかせている。
「あんたね……いつまで泣いてるのよ」
呆れ混じりのミシェルの声に「だって、もどっ、こながったら……」と顔を埋めた。出会ったばかりの、何にでもびくついているツグナを思い出して、ミシェルはだんだん腹が立ってくる。
「ああもう! 泣くなよ!! 男だろ!」
「そんな、の、がんげいなぃ……」
相変わらず聞き取りずらい声で返されるのを聞いて、一瞬生みの両親のことが頭を過ぎった。これではアイツらの言っていることと同じだ。改めて冷静になったミシェルは「ご、ごめん……」と首の後ろをかく。
びくついているツグナに対して怒りがあるのは、なにも妹を思い出すからじゃない。妹に対して何も出来なかった自分への憎しみのせいだ。いい加減、前に進みたい。
「あー……そうだ。それならさっき、貰ったフロッテオ食べない? この茶菓子私結構好きでさ~妹が家のキッチンこっそり借りて作ってくれたのよ。よく焦がしてたけど。でも、普通はジャムにつけて食べるのをジャム入りにしてさ、味は悪くなかったんだ……我が妹ながら天才ってね」
チコリーネのジャムがあればなと呟きながら、貰ったフロッテオをミシェルが頬張る。が、なにかに気づいて慌てて口を離した。フロッテオの中からどろりとした茶色のジャムが溢れ出てくる。
「そう! まさにこんな感じ! しかもチコリーネのジャムだなんて! これを作った奴はセンスがいいな」
久々のジャム入りフロッテオを懐かしみながら、あっという間にひとつを平らげてしまう。テンションを上げて話すが、ツグナは未だに沈んだままだ。肩を落とし「はあ……わっかんねえな」とミシェルが気まづそうに呟く。
「あんたさ、最近シアン様に素っ気ない態度取られていたじゃない。あんな分かりやすいぐらいに避けられていたら嫌になったりしないわけ?
私は正直……清々したわ。ラヴァル伯爵についてはよく知らないけど、シアン様が殺したってのは事実なんでしょ? 捕まって当然じゃない」
殺しは最もツグナが嫌っている。舞踏会の日は初めてツグナが屋敷から出た日―――つまり二人は一緒に行動しているはずだ。それなら、殺害した瞬間も見ているはず。捕まって当然、という自身の言葉に胸を抉られた気持ちになり、拳を強く握りしめる。ツグナは答えず、ただ遠くを見てなにやら考え込んでいるようだった。
カンカンッ
そんな中、ドアノッカーを鳴らす音が外から聞こえてくる。こんな時に客人か? ミシェルは眉をひそめてツグナを見る。ぼうっとしていて反応のない様子に、とりあえず見てくるかと玄関へ向かった。
「申し訳ありません。現在主が留守でして……げっ」
開けた瞬間、すぐさま白い隊服が目に入る。僅かなドアの隙間から顔を覗かせる黒髪長身は、眼鏡の向こうで目つきの悪いエメラルドグリーンの瞳をギラつかせていた。おそらくシアンより高いであろう背も相まって、威圧されているかのような気分だ。
「突然失礼する。騎士隊のブレンダ・アーノルドという者だ。話があるんだが……中に通してもらえるか?」
その強面とは裏腹に優しく、明瞭な声が聞こえてくる。堂々とした女声と目の前の顔が一致せず困惑したが、ドアを完全に開いてみると、男の影から赤毛に近い茶髪の女性が現れた。大きな腹を抑えている様子に、いつかのエミリアを思い出す。
「な、なにを……」
「君たちの主、シアン・ブラッディについて話がある」
先程からの沈黙の種に「シアン様……!」とミシェルが目を見開いた。
◆
カンッ!
木槌を打ち付ける音が高く、空間内に響き渡った。自身を囲むようにして壁のような席がそびえ立ち、上から何やら目線を感じる。行動の全てを見張っているとばかりの圧の重さが、呼吸する度に肺を重くさせた。
「これより被告人、シアン・ブラッディの裁判を始める。被告人は台へ」
「はい」
堂々と、それでいて自分の罪を認めているかのようなしおらしい態度でシアンが目の前の台に立つ。
ここは王城近くに設けられた元老院。普段から王家の言伝を受け、討論や国家に関わる犯罪レベルの裁判などを執り行う施設である。貴族院での決定は責任者が元老に伝えることになっている為、伯爵とは言えども、本来ならお会い出来るような人物達ではない。
少しでも発言を間違えれば、自身の首が飛ぶ、または爵位の剥奪。どちらにせよ、悪い未来しか待っていない。
「被告人は、我が国の有力者であるラヴァル伯爵を、舞踏会にて殺害した。それは事実であるな?」
「……間違いありません」
頭を垂れながら答えるシアンに「全く、余計なことをしてくれたものだ」と重々しい声が聞こえてくる。
「奴は国を代表する資産家の一人だったのだぞ。同時に最も治安の悪さが目立つ北西地域を統括する一人。同じ地域の伯爵なら、重大な事だと分かるであろう?」
「……ラヴァル伯爵と言えばルミネア戦争で救国の英雄と称えられたギルの末裔じゃったな。士爵が恩賞で伯爵家に仲間入りをした異例……今回はその半端者のしでかした事と聞いておるわい」
「ああ。女性誘拐及び、残虐の限りで殺害したと。確か、ラヴァル伯爵は以前教会と揉め事があった。書いた小説が背教行為だと禁書処分されるなど……元から性根の腐った惨虐色情者の傾向があったのだろうな。これだからギルの血族は……」
「この場でそういった軽口は慎むがよい。どの道、伯爵同士の殺し合いはご法度であろう。もう暗黒時代ではないのだぞ? かつてのように領地の奪い合いによる戦争、暗殺、殺害はいかなる場合にも禁止されている」
顔の見えない五つの声が頭上を飛び交う。この五人が元老―――シアンは俯きながら表情を強ばらせた。
「お待ちください」
畏れ多くも元老たちの会話を遮る声が一つ。カツカツと足音を立てて、シアンの背後から現れたのは、美青年と言える容姿をした銀髪の青年だった。透き通るような碧眼はサファイアの如く美しく輝き、まるで背に薔薇でも背負っているかのような華やかさがある。
「ラヴァル伯爵は自身の歪んだ殺人癖に、領地の庶民を当てがっていた。人のいい領主を演じ、庶民を私物化し、非道な行いをしていたのは確かな事実です。元老の方々も事件の真相は耳にしていることでしょう」
「……アーサーか。君が彼の弁護をする気かね?」
「はい。よろしいですか?」
たちまち、その場の空気が変わった。睨みつけるようにしてシアンが横に立つ人物を見下ろす。
「やあ、久しぶりだね。シアン君。元気そうでなによりだ。そんなに情熱的な目で私を見るのはやめてくれよ。照れるじゃないか」
「アーサー……っ!」
腹立たしさが見える語調の強い声に、アーサーは目を細めた。わざとらしく小首を傾げ、口許に浮かべた笑みはどこか嘲笑的である。
「はっ、これは元老による裁判だ」
「いくら騎士隊長とはいえ、図々しいぞ若造めが」
上から降ってくる、元老達の不服な声。けれど全く動じる事なく「以前、行方不明事件犯人の疑いをかけ、騎士隊がラヴァル伯爵邸宅を捜索されたそうですが、証拠不十分で捕えることが出来なかったと」とアーサーが口を開いた。
「それも私が騎士隊長に着任してまだ日が浅い頃。ですが、全く身に覚えがないのです。隊士にも話を聞きましたが、誰も捜索した覚えがないと。つまり伯爵相手に堂々としていられる人間が騎士を偽り、彼の屋敷を捜索した……貴方がたなら、報告する際の情報操作もお手の物でしょうね」
「……何が言いたい」
「別に何も。ただもし、この中の誰かが彼との違法な金銭関係が崩れることを恐れ、事件を見逃していたともなれば。首が飛ぶのはブラッディ伯爵ではなく、その方のはずです」
「我々の中にその一人がいるとでも!?」
拳を机に叩きつける音が聞こえてくる。声を張り上げる元老達に「静かにしないか」とリーダーらしき一人がピシャリと言い放った。
「モンモランシー。君も言葉がすぎるぞ」
「……申し訳ございません。話が逸れてしまいましたね」
軽く一礼する様子に息をつき「続けたまえ」とリーダーが返す。
「……はい。被害者女性、約三十人ものの命。彼がラヴァル伯爵を止めなければ、被害者はもっと増えていたことでしょう。ラヴァル伯爵が自殺したのではなく、殺されたのだと判明したとしても、ブラッディ伯爵は凶悪殺人事件を解決した街のヒーローとなります。
そのヒーローを裁いたとなれば、元老は国家資産源を失った憎悪でブラッディ伯爵を不当逮捕したのだと思われかねません―――つまり、ラヴァル伯爵を殺した罪など、彼が行っていた殺人に比べれば些細なことに過ぎないのです。それに、この裁判で重大なのは彼が黒魔術をしていた、ということ。皆さんもご存知でしょう? ルカイアナ派による大量虐殺事件を」
全員が口篭る。それを見たアーサーが更に追い打ちをかけるようにして続けた。
「ルカイアナ派の事件以降、黒魔術による死者復活思想が認知され、国内ではその思想を真似た事件が多発していきました。その為、それらに関わる全てを取り締まり、第二のルカイアナ大量虐殺事件を阻止してきたわけです。
ですが彼は、人知れず地下で黒魔術を行い、多くの女性たちを亡き者にした……これは第二のルカイアナ事件と見て取れます。混乱を招くなどと言って世間に公表はされていませんが、その事実がある事を忘れてはいけません」
「……モンモランシーの発言も理解できる。しかし、もしもその殺害が私怨によるものならどうする? ブラッディ家とラヴァル家と言えば、あまり良好とは言えぬ仲だったそうではないか。実際、ラヴァル伯爵の領地の半分はブラッディ家のものになったわけだろう? 領地拡大の目的の可能性もあるではないか」
割入れられた言葉に「領地拡大というなら、現在ラヴァル伯爵の穴埋めをしているロードナイト家にも言えることです」とアーサーが冷静に返した。
「私怨の可能性は低いでしょう。ブラッディ伯爵といえど、伯爵同士の掟は分かっているはずだ。わざわざ捕まるリスクを犯して私怨やら領地を広げようなんて彼にそんな度胸はありませんよ。拡げたところでその分の土地税もかかる訳ですから。
私が思うにリスクを犯してまで殺害に至ったのは、それほど余裕がなかった証拠かと……こう、考えられませんか? ブラッディ伯爵は利益のためにラヴァル伯爵を殺したのではない。なんらかの危険を感じて、殺しという手段に出るしかなかった……もしかしたら、見てしまったのかもしれませんね。死者が復活する様を」
「……っ!」
確信しているかのような目を向けられ、シアンは脳裏に嫌な想定が過ぎった。まさかこいつ、と生唾を飲み込む。
「実はラヴァル伯爵に行方不明事件犯人の疑いをかけ、彼に調査を頼んだのは、この私です」
「なに? それは真か?」
「ええ。ミレスティア街で行方不明事件が多発しているにも関わらず、証拠不十分だった過去の資料がどうにも引っかかりまして。けれども我々が動けば、ラヴァル伯爵は警戒する事でしょう。
ブラッディ伯爵は同じ地域ですし、先程仰っていたように彼との仲が良好なわけでもないので、裏切ることはないだろうと確信がありました。それ故、彼に協力を頼んだのです。そうでしょう? ブラッディ伯爵」
口角だけを上げた笑みのまま、問いかけてくるアーサーに、冷たく「……ああ」と首肯する。よくもそんなデタラメなことばかり言えたものだ。けれど、了承しなければ自分の弁護はなくなる。
何より上から命令された、と言うことにすれば責任があるのはアーサー自身だ。どういうつもりかは分からないが、今は肯定するしかない。
「彼はよく頑張ってくれましたよ。自分の使命を全うし、ラヴァル伯爵から例の本を回収するだけでなく、黒魔術についての調査も行ってくれました。
今日はその本を手渡しに、わざわざご足労頂いたのです……黒魔術の本故、こちらに届くまで誰の手にも渡すわけにはいきませんから……まさか、たまたま裁判が決まった後に来ていただけるとは思いませんでしたが」
アーサーの持つ本に、シアンが目を見開く。郵送では危険だと、手渡しするまで自身がずっと預かっていたラヴァル卿の遺品だ。
貴族会議が王都で行われる為、ついでに騎士隊へ返そうと持ち込んでいたのである。肌身離さずと、コートの内ポケットに入れていたのが仇となった。
「彼の調査報告は以前、私宛に送られてきました……ですが、手紙では色々と伝えにくいこともあるでしょう。
実際、話せなかったことはまだあるんじゃないですか? ブラッディ伯爵。せっかくこういう機会ですし、お話してはいかがでしょう。それが貴方の罪を弁明できる唯一の方法ですから」
顔を覗きこむようにして発せられたアーサーの言葉にシアンの片瞼が痙攣した。こめかみに青筋が立つ。
ずっと変だと思っていたのだ。今年に限って二回も貴族会議を行うだなんて。この場で言い逃れは出来ない。もしも、黒魔術についての情報を吐かせるために、全てこの男に仕組まれたものだとすれば―――いや、この男に限っては大いに有り得る話だろう。騎士隊の長であるアーサー・ド・モンモランシーならば。
(クソッ……! 嵌められた……!)
眼前の手すりに握り拳を作る。始めから、この男は分かっていたのだ。ラヴァル卿の事件に関わったことで黒魔術を目にしていたと。だから、ヴェトナの時にわざわざ本を渡してきた。全てはこの時―――自分の蒔いた種が実を熟す時に刈り取るためだ。
ラヴァル卿で得た情報だけではなく、場合によっては調査で多くの情報を得られると考えたのだろう。国家権力を使えば逆らうことはまず出来ない。また、黒魔術を目にしていれば、必ず興味を持って動く。そんな自分に対する信頼だ。
貴族会議だと王都に呼んだのは自分を逃がさないため。ラヴァル卿殺人の裁判を使って逃げられない舞台を用意し、情報を引き出させようとした。そして先程、騎士から頼まれたと肯定してしまったことで、自分の罪の弁明のために言わざるを得なくなった。
「どうされました? ブラッディ伯爵。このままでは、貴方の罪は確定されてしまいますよ……さあ、早く。ご弁明を」
手すりに手を置かれ、身を乗り出すようにしてアーサーに見つめられる。本当に味方なのか敵なのか分からない奴だ。
空気の重さにシアンは肩を落とし、観念してゆっくりと口を開いた。
◆
「ははっ。いい眺めだね。いかにも高貴そうなキミがこんな汚い独房の中にいるなんて。案外様になっているじゃないか、ルーキス君」
元老院の別棟にある囚人収容所にて。鉄格子を挟んだ先にいる人物に、アーサーがニコニコと人の良さそうな笑みを向けた。
「その名で呼ぶなと言った」
一方で汚い独房に腰をつき、手錠を嵌められた金髪男はただ無言で眼前を睨みつける。
「いいじゃないか、二人きりだし……ほんと、キミは強情な男だね。せっかく僕が助け舟を出してあげたのに、それを放って黙秘だなんて。ちゃんと弁明すれば今頃ここには……」
「くだらん茶番だ」
遮って放たれた凄みのある言葉。一喝されたように見下ろしていたアーサーの動きが止まる。
「何を言ってもどうせ結果は決まっていた。暗黒時代後、伯爵十家が崩れたことは一度もなかった。それが崩れたともなれば、よからぬ事を企む奴がいるのではないかと警戒も強くなるはずだ。それがラヴァル卿の自殺で納得するはずがない。そうだろう?」
「……ははっ。なんだ、分かっていたのか。つまらないな」
やれやれと言った様子で踵に座り「ご名答」とアーサーがシアンと目線を合わせる。
「この裁判は頭の固い連中たちを納得させるための形式的なものさ。ラヴァル伯爵はああ見えて、伯爵十家が一人でこの国の資産家だからね。国家資産に貢献してくれたし、何より金を使うことに躊躇がなかったから、上としては使い勝手のいい男だった。
けれど奴が死に、その遺産の管理者はあろうことか同族組織のモンモランシーへと渡ってしまう」
「……なるほど。あの男なら汚い金のやり取りはしないわけだから、ラヴァル卿と不正をしていた奴が不満を持つと」
シアンの返しに「それもあるけどね」とアーサーが呆れたように鼻を鳴らした。
「キミの言う通り、長年崩れることがなかった伯爵十家が崩れたともなれば、元老達が動かないわけがない。ましてや自殺で納得するやつなんて、不正者含めてあの中には誰一人いないさ。
だからこそ、なんとしてでもラヴァル伯爵事件を殺害として見て、犯人を探し出そうとした。その辺の適当なやつを犯人にしても良かったけど、キミが牢獄に入っているのを見たかったからレオナルドに頼んだんだ」
「やっぱりお前のせいか、クソッタレ」
いつになく口調が乱れるシアンに「口が悪いなあ」とアーサーが返す。
「彼は喜んでやってくれたよ……まあ、罪は罪だ。遅かれ早かれこうなる未来はあったのさ。それにキミは伯爵十家の中で誰よりも若いからその辺の信頼も薄いんだよ。伯爵同士の夜会も避けていたとか。信頼されないのも無理はない」
「……はあ。それならますます分からないな。遠回しに牢獄に入れておいて、何故俺の弁護をした?」
「だって僕たち親友じゃないか」
当然のように言って首を傾げるアーサーに、シアンは思わず「は?」と素の声を出した。何を言っているのかさっぱり分からない。
「困っていたら助けるのが親友ってやつだろ?」
「なった覚えがない」
「分かっていないなあ。友達も親友も知らずになっているものなんだよ。天涯孤独のキミには分からないかい?」
「いや、そもそも……は? お前がここに閉じ込めた元凶だってさっき自分で言っていたろ?」
「そうさ。時には助け、時には助けられる……絶妙なバランス関係の元、互いに利益ある都合のいい付き合いをする。それが友達であり親友だろ?」
心理的にそうじゃない、と言いきれず押し黙る。が、そんなことを堂々と語る親友も見たことがない。イカれているなと、シアンはただ一言返した。
「いやだなあ。キミだって利用できるものは利用するだろう? キミと僕は同族同士さ」
「なんでお前みたいな拗れた変人サディストと一緒にされなきゃ……」
ボソリと放たれた一言に「随分言ってくれるね」と不満そうにアーサーが嘆息する。
「あーあ、初めて会った頃のルーキス君はまだ可愛かったなあ。僕の事もお兄ちゃんって呼んでくれていたし、何より純粋で目がキラキラしていた……帰る時なんて、もう帰っちゃうの? って涙目になりながら裾を引っ張ってさ……あの天使は一体どこに……」
「だからその名で呼ぶなと言っているだろ! した覚えもない!」
怒鳴りつけるような声に「キミとの思い出は僕の心のメモリーにしっかり刻んであるよ」とアーサーが恍惚とした表情で胸を抑える。それを見て、シアンの口角の片方がひくついた。
「ちっ、気持ち悪いやつだ。そういう言い回し、本当にラヴァル卿とよく似ているな」
ガンッ
シアンが吐き捨てた瞬間に目の前の鉄格子が鷲掴まれた。ギリギリと力を入れたその手は僅かに震えている。
「いけないなあ~。僕がそれを嫌っているのは知っているだろう?」
先程とは別人のような憎しみを込めた瞳に「はっ、これでお互い様だな」とシアンが満足そうに口許に嘲笑を浮かべた。
「モンモランシー伯爵とラヴァル伯爵に嫁いだその妹分の間にできた非嫡出子……ラヴァル伯爵とは異父兄弟だもんなあ……似ていて当然だ。父親の不貞、近親交配が発覚したともなれば、さぞ苦労してきたことだろう。今回の黒魔術事件も血の繋がった兄の仕業だもんな。同情するよ」
「……全く、歳をとる度にキミの生意気度が上がっていって困るよ。折角友好的に接してやっているのにさ」
嫌味ったらしいシアンの言い方に、アーサーは確実な怒りを眉間に溜めながら、声色を低くさせる。
「キミはまるで分かっていないな。今キミが僕にすべきことは煽り返すことじゃなく、僕に尻尾を振って助けを懇願することだろう? ……さっきの裁判、追って判決を言い渡すって言ったね」
「ああ……?」
「先程。元老院第一席、ヴェルトラ・クライセの判決により、キミの死刑が確定した。今から五日後だ」
「……は?」
その言葉にシアンは声を失う。ある程度の期間、牢獄に入れられる事は想定していた。だが、ラヴァル卿の死により管理が崩れた北西地域をまとめるためにも短期間だと思っていたのだ。
「いや、ありえないだろ? いくらなんでも……」
「キミの態度を見るに、どうせ北西地域管理があるからとかで重い刑罰は下されないと思っていたんだろ? 馬鹿だなあ。
伯爵同士の鉄の掟……いかなる場合も戦争、暗殺、殺害することを禁ず。暗黒時代が終わってから守るべきルールとして何十年も守ってきたんだ。けれどキミがそれを崩した。これを機に他の伯爵までルールを破りだしたらどうする? それを防止するためにも、一番手のキミには重い刑罰を下さなければならない。キミは見せしめなんだよ」
真面目な顔で語るアーサーに息を飲んだ。事実なのだと思い知らされる。まだ受け入れられなくて、震えた口が何度も開閉した。長く間を開けた末に「そうか」とたった一言こぼれる。
「……もし、俺が処刑されたら、屋敷にいる人間はどうなる?」
絞り出した問いかけにアーサーは少し考えてから「そこは安心しなよ」と返した。
「君がいなくなった後の北西地域は南側をロードナイト卿が、北側をクロフォード卿が管理をしてくれる。君の屋敷の人間はクロフォードが面倒見てくれるだろう」
淡々と述べるアーサーにシアンは再度「そうか」と息をつく。その口元は柔らかく、安堵のものだった。
「それなら、良かった」
自分が死刑だと告げられているにも関わらず、屋敷の人間のことを気にし、この表情。まるでなにかから解放されたみたいだ。アーサーは眉をひそめ「まあ、気が早いけどね」と付け足す。
「現時点ではそう。けど、逃れるチャンスはあるよ。どうする?」
チャンス、の言葉に先程のアーサーを思い出す。シアンが眉を顰め「お前に頼んだからと言って今更刑罰が変わるわけないだろ?」と目を逸らした。できるとしたら? アーサーの言葉にシアンが驚いて再び前を向く。
「……本当に、そんなことができるのか?」
「ああ。その代わり、力を貸してほしい。もう、動いている頃だ」
一体なんのことだと神妙に目を細める。「モーゼス・モットレイという男を知っているかい?」急な質問と共にアーサーが続けて口を開いた。
「元老の一人にしてアルマテア王国元大臣……一番始めに絡んできた男がいたろ? 彼はその頭のキレで、この国の政務を長年執ってきたけれど、戦争賛成派らしい過激な考えのせいで、急遽息子にその椅子を奪われてね……というより、優柔不断な王を操ろうとしたけど、戦争に反対する庶民の暴動を恐れた王の方がそいつをフったみたいな感じかな。そこからは元老の椅子に座って、王が放棄した計画を密かに続けているとか」
「そいつが、ラヴァル卿と裏取引していたと?」
その場から立ち上がり「恐らく……いや、確実かな」とアーサーがシアンを見下ろす。
「それでなくても長年王に尽くしてきたのに、息子にその座を奪われたんだ。裏切られた気持ちもあるだろう……そうなれば何がなんでも自分の描いていた計画をやり遂げようとする。その為にラヴァル卿と取引し、金を得ていたとかね」
「……そうか」
色々と思うところがあるのか、目を伏せて苦くかみ締める。間を開けてから「そんな男で俺の死刑がどうにかなるとは思わないんだが?」とシアンが話を切り出した。
「第一、協力するにも俺はここから動けないんだぞ?」
「ああ。力を貸してほしいのはキミじゃないよ。さっき言ったろ? もう動いていると」
ニヤリと冷笑を浮かべるアーサーにシアンは目を眇めて首を傾げた。
◆
「聖櫃、ですか?」
ツグナの隣に座って話を聞いていたミシェルは、思わずブレンダにオウム返しして尋ねた。
自分が騎士になれと強制されたあのころでは有り得なかった女騎士―――色々と思うところがあり、まじまじと見つめてしまう。
「ああ……私がどうかしたか?」
「い、いえ! あー……お腹、大丈夫ですか?」
腹を見る限り妊娠していることは確かだ。しかも、大きさからいってかなり後期のものだろう。確か、これだけ大きければ、腰痛や赤ん坊による内臓圧迫で息苦しさがあるはずだ。
「問題ない。少々苦しいが……悪阻と比べたらどうってことない」
「そうですか……その、お相手って……」
返しつつ、視界に入った白髪に、ミシェルはちらりと目線を向けた。ブレンダの背後から睨みつけてくる黒髪男に、ツグナは俯き、目に見えてわかるほどガクガクと震えている。先程からわけも分からず集中的に睨みつけられ、緊張で変に手汗が酷かった。
「レオ」
それをみて悟ったのか、ブレンダはため息をつき、後方を見ずに一言言ってみせた。レオと呼ばれる男―――レオナルド・カーライルは反射的に背筋を真っ直ぐ伸ばし「はい、なんでしょう。お嬢様」と眼鏡を直す。まさかこいつじゃないよな、とミシェルが眉をひそめた。
「はあ、返事だけはいいんだがな。あと、お嬢様と呼ぶのはやめろ。もうそんな歳じゃない。全く……前から言っているだろう? もっと他の人と友好的にだな……」
「お言葉ですが、私はブレンダ様以外の方と仲良くする義理も理由もありません。第一、何故今回の件にこんなひょろっちいガキを……!」
再度睨みつけてくるレオに、ツグナは素早く顔を逸らして目を合わせないようにした。ラニウスの時と同じ反応だ。そんな二人を冷ややかに見つつ、ミシェルは話を切り替えようとして「今回の件?」と問いかける。
「ああ。話が逸れてしまったな。今回の件というのは先程言っていた聖櫃についてだ。聖櫃というのはルミネア教関連の重要書類を保管している箱だと言われている」
「言われている?」
「ああ。代々王族が受け継ぐものでな。我々も詳しいことは知らないが……貴重なものであることは確かだ。その聖櫃の鍵となるのは、純金で作られた特殊な指輪―――先日それが紛失するという事件が起きた。なくなった当日、王城内で怪しげな影を見たという情報もあることから、盗まれた可能性が高いとみている」
「なっ……それってかなりまずいのでは……」
聖櫃というのは言わば国宝級の重要文化財なのだろう。それを開けるための鍵(しかも純金)が無くなったともなれば、かなり大事のはずだ。
「ああ。陛下は大変悲しまれ、その指輪を探すよう我々に捜索を命じた。だが、そもそも聖櫃が指輪で開くという事実、そしてその在処は、王族とその周囲の極わずかな人間にしか知られていない。
つまり部外者が盗むということは到底不可能だ……実は今回の犯人、既にとある男に目星をつけていてな。だが、そのための証拠が少ない」
「はあ。それで? シアン様となんの関係が……?」
今日ここに来たシアンが指輪を盗むことは絶対的に不可能。犯人の疑いをかけることは出来ないはずだ。「大ありだ」とブレンダが腕を組んだ。
「その男は実に欲深い男でな。過去にラヴァル伯爵と不正をし、ミレスティア街連続女性行方不明事件の情報を書き換えたのではないのかと疑っている。
つまり今回の指輪事件で奴を犯人として叩き出し、更にラヴァル伯爵との不正を持ち出せば、重罪なのは奴だということだ。
もし奴のしでかしが確定できれば、シアンの解放は出来ると言っていい。現場の形跡から見ても彼は正当防衛だしな」
「シアンが戻ってくる、のか……?」
先程から怯えていたツグナだったが、その言葉を聞いて思わず顔を正面に戻した。すぐにミシェルが「ですが、指輪の在り処が分からないんじゃ……」と眉を下げる。
「この街の丁度地下にダトラントという街があるのは知っているだろう? うちの士爵……リアムの調べによれば、数日後に行われるコロッセオの闘技大会優勝者に贈られる指輪とその指輪の特徴が一致しているらしい。
おそらく大金稼ぎで奴が地下商人に売ったんだろうな。地上で売るより高値がつくし、市民権が違う地上と地下では法律もまた違ってくる為、簡単に取り戻すことは出来ない……頭の回るゲス野郎だ。
そこで、我々が直接コロッセオに潜入し、闘技大会で優勝してその指輪を取り戻す事にしたのだ。ルールに則って取り戻せば誰も文句は言うまい」
「優勝って……あのコロッセオの闘技大会でですか!?」
地下街の住民じゃなくてもその存在は認知している。
コロッセオ―――ダトラントに設けられた円形型の地下闘技場だ。そこで行われる残虐極まりない闘技大会には、地下街きっての凶悪なならず者たちが集まり「莫大な富」「名声」「地上の市民権」を巡って殺し合いをする。ダトラントの名物大会なのだ。
主催者はダトラントを仕切る商人たちや、地上でお遊びに協力する貴族たちで、一度大会を開けばコロッセオ内は血の海に染まると言われている。毎回死傷者が多く出るにも関わらず開催しているのは、楽しみにしている貴族や観客から一定の支持を得ている証拠だ。
人は、自分に関わりのない生死を娯楽にすることができる、生まれながらにして残酷な生き物なのである。
「そうだ。たとえ地上の人間とはいえ、地下に行けば地下のルールに従わなければいけない……だが勿論、精鋭の我々の手を持ってしてでも、優勝するのは容易なことでないだろう。そこで……我々の長がコロッセオ潜入に、白髪赤目の少年……ツグナ・クライシスを指名した」
その名前にツグナとミシェルが同時に「え?」と困惑した声を漏らした。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでツグナが出てくるんですか……!? そんな騎士隊長の顔も知らないのに!」
「……私も何故かは分からない。だが彼を連れていけば間違いないと我々の長が言っていたんだ。彼には騎士の素質がある、と。それにシアンが護衛で連れてきたともなれば、二人とも相当な実力があると踏んでいる。何せジェフリー教官の代わりなのだからな」
「ジェフリーって執事の……? 確か、あんたとよく手合わせしていたわよね? 実際見た事ないけど、そんなに強いわけ?」
問いかけるミシェルに「うん。強くて怖い」とツグナが目を伏せて自身の腕を抱いた。その反応に「知らないのか?」とブレンダが眉をひそめる。
「あの方はアルマテア騎士隊第十三代隊長だ。辞任してからは騎士育成所にて鬼教官と恐れられていた」
「ええ!? 執事さんってあの鬼のランバートだったんですか!?」
これでも一応騎士を目指していた故、その名前はミシェルもよく知っている。自分の父が騎士をしていた一世代前の騎士隊長だ。士爵ながら隊長になるという初の快挙を成し遂げた人物であり、騎士隊の歴史に名を残した……騎士に身を置いていたのは以前ロバータから聞いていたが、まさか本当にあのランバートだったなんて。
「ああ。士爵で初めて隊長になったお方でな……私の尊敬する一人だ。私の父はジェフリー教官に鍛えられたことがあってな……」
その異名を聞いてブレンダは自分の事のように嬉しそうに返した。こほん、とレオナルドから不満の咳払いが聞こえてくる。
「ブレンダ様……話が」
「ああ、ついな。今回ジェフリー教官にお会い出来なかったのは残念だが……仕方がない。話を戻そう」
既に冷めてしまった紅茶を一口飲んでから息をつき、改めてミシェルとツグナに目を向ける。
「この体ゆえ、私がコロッセオに潜入するのは難しい……だが、人手が多ければ多いほど、優勝に届く手も多くなるというわけだ。勿論、こちらからは騎士隊屈指の強さを誇るレオが出場することになっている。危険になるとは思うが……どうか、彼と一緒に出場してはくれないか……?」
「えっと……」
戸惑っているツグナに「駄目よ!」とすぐさまミシェルが声を張って止める。
「あんたコロッセオの闘技大会知らないでしょう!? あれは人殺しが許されている、なんでもありの大会なの!!」
「お前に聞いてねえよ、女狐」
睨みつけながら毒を吐くレオナルドに「ああん!?」とミシェルが怒鳴り散らす。先程からの態度の悪さに怒りが爆発したのだろう。
「さっきから黙っていりゃあ! あんた、騎士だからってなんでも許されると思うなよ!? 大体頼んできてんのはそっちなのに態度が悪ぃんだよ! 今すぐてめぇの顔面ぶちのめしてやろうか!?」
隠す気もない暴言に「やれるものならやってみろ」と二人が距離を詰めて睨みつける。
「やめないか!」
いつになく声を荒らげて立ち上がった瞬間、ふらりとブレンダの体が前に傾いた。それを見て、ツグナが反射的に体を支える。紅茶の入ったティーカップが地面に落ち、音を立てて割れた。
「すまん……ティーカップを割ってしまったな……最近どうも貧血気味で……ありがとう、ツグナ君」
「はい……大丈夫、ですか?」
「問題ない」
支えられるままソファに座り、ブレンダが怠そうにソファにもたれ掛かる。それでなくても妊娠しているのだ。表に出そうとしていないだけで、体はかなりだるいはず。「お嬢様!」ミシェルの胸ぐらから手を離し、レオナルドがブレンダの傍に寄る。
「申し訳ございません。お体に障りましたか……?」
「平気だ。いつもの立ちくらみだよ。もう治った」
肩に置いたレオナルドの手を力なく払い「私も強制するつもりはない」とブレンダが続ける。
「コロッセオは危険なところだ……ましてや君のような若者が立ち入るところでもない。何故アーサーが君を抜擢したのかは分からないが……でも、彼の判断に間違いはないと私は知っている。意味の無いことをしない人だ。だから私は彼を、君を信じたい」
慇懃に頭を下げるブレンダに「分かった」とツグナが返した。ちょっと! と止めに入るミシェルに「いいんだ」と続ける。
「どの道シアンを解放するにはそれしか方法がないんだろ? 僕は……あいつのしたことが正しいとは思えない、けど。ジェフリーさんと約束したんだ。救ってやってくれって。だからやるよ。このまま、屋敷には帰れないからな」
真っ直ぐ見つめてくるツグナに「あんたって本当なんなの……」とミシェルが呆れて頭を抑える。恩に着る、ブレンダがその場で深々とお辞儀した。
「大会は三日後。当日になったらレオが迎えにいく。よろしく頼むぞ」
顔を上げるブレンダにツグナは引き締まった顔で小さく頷いた。
「相変わらず、手の込んだことをするな」
話し終えたアーサーに、シアンは吐き捨てるように呟く。そんな交渉じゃ、特にツグナは断れるはずがない。
「別にこれぐらいキミだってするだろう? 裏で手を回すの大好きじゃないか」
「お前ほどじゃない」
「ああ、僕は好きだよ。自分の思い描いた通りに物事が運ぶのは気持ちがいいからね……それに、相手の運命を支配している気になれる」
「お前は呪われているな」
呪詛を吐くかのような重々しい語調の投げかけに「それをキミが言うのかい?」とアーサーが踵を返して歩き出した。待て、と背後から震えた声がアーサーを呼び止める。
「……頼みがある」
いつになく、下手に出た弱々しい声だった。普段、高圧的な彼もやはり牢獄という場所に捕らえられていては、そうならざるを得ないのだろうか。なんだかおかしくて「ん? なんだい?」と前のめりにアーサーが耳を傾ける。
「僕、これから姫のおもり……護衛があるんだけど。手短に頼むよ?」
「……ここに入る前に取った、俺のロザリオを返してくれないか?」
その頼みにアーサーの口角が少し下がった。構わずシアンが続ける。
「あれは母さんの形見で……あれがないと、不安になるんだ。頼む、それだけでいい」
服の下に隠しているが、いつも肌身離さず身につけていた母の形見。牢獄に入れられる前、服も拳銃も、金品も全て取られてしまい、現在手元にあるものと言えば、自分を縛りつける枷だけ。
あのロザリオは以前、教会でツグナに渡したものとはわけが違う。紛失なんかしたら、立ち直れる気がしない。心做しかそう訴える体は少し震えていた。
「それは出来ないよ。いくら伯爵とはいえ、今のキミは囚人なんだから。囚人に金属物を渡すのは禁止されている」
「頼む、アーサー」
真っ直ぐと懇願してくる碧眼に見つめられ、アーサーは動きを止める。しばらく間を開けてから「……まあ、熱心な信仰者とでも言えばなんとかなるかな」と口元を指先で触った。
「前にね、あまりにも信仰熱心なヴァルテナ人の神父がいてさ。ロザリオを取ったらその場で舌を噛みちぎって死んだんだ。そうはなって欲しくないからね……まだ希望はあるんだから。ま、一応聞いてはみるよ。僕はキミの親友だからさ」
「……感謝する」
シアンなりに精一杯の感謝の言葉だ。プライドが高い分、滅多にお目にかかれるものじゃない。ゾクゾクと背筋に歓喜の震えが這っていくのを感じながら「じゃあ、また顔見に来るから」と歩き出した。
「……母親の形見、ね」
馬鹿馬鹿しい。いつになく冷たく、影を残すような呟きを落とし、アーサーは牢獄を出ていった。
「やっぱり……こんな急におかしいわ」
きっとなにか裏がある。考え込んだ末にミシェルがその場から立ち上がった。一方でソファーに丸くなり、膝を抱えた少年はずっと鼻を啜って呼吸をひくつかせている。
「あんたね……いつまで泣いてるのよ」
呆れ混じりのミシェルの声に「だって、もどっ、こながったら……」と顔を埋めた。出会ったばかりの、何にでもびくついているツグナを思い出して、ミシェルはだんだん腹が立ってくる。
「ああもう! 泣くなよ!! 男だろ!」
「そんな、の、がんげいなぃ……」
相変わらず聞き取りずらい声で返されるのを聞いて、一瞬生みの両親のことが頭を過ぎった。これではアイツらの言っていることと同じだ。改めて冷静になったミシェルは「ご、ごめん……」と首の後ろをかく。
びくついているツグナに対して怒りがあるのは、なにも妹を思い出すからじゃない。妹に対して何も出来なかった自分への憎しみのせいだ。いい加減、前に進みたい。
「あー……そうだ。それならさっき、貰ったフロッテオ食べない? この茶菓子私結構好きでさ~妹が家のキッチンこっそり借りて作ってくれたのよ。よく焦がしてたけど。でも、普通はジャムにつけて食べるのをジャム入りにしてさ、味は悪くなかったんだ……我が妹ながら天才ってね」
チコリーネのジャムがあればなと呟きながら、貰ったフロッテオをミシェルが頬張る。が、なにかに気づいて慌てて口を離した。フロッテオの中からどろりとした茶色のジャムが溢れ出てくる。
「そう! まさにこんな感じ! しかもチコリーネのジャムだなんて! これを作った奴はセンスがいいな」
久々のジャム入りフロッテオを懐かしみながら、あっという間にひとつを平らげてしまう。テンションを上げて話すが、ツグナは未だに沈んだままだ。肩を落とし「はあ……わっかんねえな」とミシェルが気まづそうに呟く。
「あんたさ、最近シアン様に素っ気ない態度取られていたじゃない。あんな分かりやすいぐらいに避けられていたら嫌になったりしないわけ?
私は正直……清々したわ。ラヴァル伯爵についてはよく知らないけど、シアン様が殺したってのは事実なんでしょ? 捕まって当然じゃない」
殺しは最もツグナが嫌っている。舞踏会の日は初めてツグナが屋敷から出た日―――つまり二人は一緒に行動しているはずだ。それなら、殺害した瞬間も見ているはず。捕まって当然、という自身の言葉に胸を抉られた気持ちになり、拳を強く握りしめる。ツグナは答えず、ただ遠くを見てなにやら考え込んでいるようだった。
カンカンッ
そんな中、ドアノッカーを鳴らす音が外から聞こえてくる。こんな時に客人か? ミシェルは眉をひそめてツグナを見る。ぼうっとしていて反応のない様子に、とりあえず見てくるかと玄関へ向かった。
「申し訳ありません。現在主が留守でして……げっ」
開けた瞬間、すぐさま白い隊服が目に入る。僅かなドアの隙間から顔を覗かせる黒髪長身は、眼鏡の向こうで目つきの悪いエメラルドグリーンの瞳をギラつかせていた。おそらくシアンより高いであろう背も相まって、威圧されているかのような気分だ。
「突然失礼する。騎士隊のブレンダ・アーノルドという者だ。話があるんだが……中に通してもらえるか?」
その強面とは裏腹に優しく、明瞭な声が聞こえてくる。堂々とした女声と目の前の顔が一致せず困惑したが、ドアを完全に開いてみると、男の影から赤毛に近い茶髪の女性が現れた。大きな腹を抑えている様子に、いつかのエミリアを思い出す。
「な、なにを……」
「君たちの主、シアン・ブラッディについて話がある」
先程からの沈黙の種に「シアン様……!」とミシェルが目を見開いた。
◆
カンッ!
木槌を打ち付ける音が高く、空間内に響き渡った。自身を囲むようにして壁のような席がそびえ立ち、上から何やら目線を感じる。行動の全てを見張っているとばかりの圧の重さが、呼吸する度に肺を重くさせた。
「これより被告人、シアン・ブラッディの裁判を始める。被告人は台へ」
「はい」
堂々と、それでいて自分の罪を認めているかのようなしおらしい態度でシアンが目の前の台に立つ。
ここは王城近くに設けられた元老院。普段から王家の言伝を受け、討論や国家に関わる犯罪レベルの裁判などを執り行う施設である。貴族院での決定は責任者が元老に伝えることになっている為、伯爵とは言えども、本来ならお会い出来るような人物達ではない。
少しでも発言を間違えれば、自身の首が飛ぶ、または爵位の剥奪。どちらにせよ、悪い未来しか待っていない。
「被告人は、我が国の有力者であるラヴァル伯爵を、舞踏会にて殺害した。それは事実であるな?」
「……間違いありません」
頭を垂れながら答えるシアンに「全く、余計なことをしてくれたものだ」と重々しい声が聞こえてくる。
「奴は国を代表する資産家の一人だったのだぞ。同時に最も治安の悪さが目立つ北西地域を統括する一人。同じ地域の伯爵なら、重大な事だと分かるであろう?」
「……ラヴァル伯爵と言えばルミネア戦争で救国の英雄と称えられたギルの末裔じゃったな。士爵が恩賞で伯爵家に仲間入りをした異例……今回はその半端者のしでかした事と聞いておるわい」
「ああ。女性誘拐及び、残虐の限りで殺害したと。確か、ラヴァル伯爵は以前教会と揉め事があった。書いた小説が背教行為だと禁書処分されるなど……元から性根の腐った惨虐色情者の傾向があったのだろうな。これだからギルの血族は……」
「この場でそういった軽口は慎むがよい。どの道、伯爵同士の殺し合いはご法度であろう。もう暗黒時代ではないのだぞ? かつてのように領地の奪い合いによる戦争、暗殺、殺害はいかなる場合にも禁止されている」
顔の見えない五つの声が頭上を飛び交う。この五人が元老―――シアンは俯きながら表情を強ばらせた。
「お待ちください」
畏れ多くも元老たちの会話を遮る声が一つ。カツカツと足音を立てて、シアンの背後から現れたのは、美青年と言える容姿をした銀髪の青年だった。透き通るような碧眼はサファイアの如く美しく輝き、まるで背に薔薇でも背負っているかのような華やかさがある。
「ラヴァル伯爵は自身の歪んだ殺人癖に、領地の庶民を当てがっていた。人のいい領主を演じ、庶民を私物化し、非道な行いをしていたのは確かな事実です。元老の方々も事件の真相は耳にしていることでしょう」
「……アーサーか。君が彼の弁護をする気かね?」
「はい。よろしいですか?」
たちまち、その場の空気が変わった。睨みつけるようにしてシアンが横に立つ人物を見下ろす。
「やあ、久しぶりだね。シアン君。元気そうでなによりだ。そんなに情熱的な目で私を見るのはやめてくれよ。照れるじゃないか」
「アーサー……っ!」
腹立たしさが見える語調の強い声に、アーサーは目を細めた。わざとらしく小首を傾げ、口許に浮かべた笑みはどこか嘲笑的である。
「はっ、これは元老による裁判だ」
「いくら騎士隊長とはいえ、図々しいぞ若造めが」
上から降ってくる、元老達の不服な声。けれど全く動じる事なく「以前、行方不明事件犯人の疑いをかけ、騎士隊がラヴァル伯爵邸宅を捜索されたそうですが、証拠不十分で捕えることが出来なかったと」とアーサーが口を開いた。
「それも私が騎士隊長に着任してまだ日が浅い頃。ですが、全く身に覚えがないのです。隊士にも話を聞きましたが、誰も捜索した覚えがないと。つまり伯爵相手に堂々としていられる人間が騎士を偽り、彼の屋敷を捜索した……貴方がたなら、報告する際の情報操作もお手の物でしょうね」
「……何が言いたい」
「別に何も。ただもし、この中の誰かが彼との違法な金銭関係が崩れることを恐れ、事件を見逃していたともなれば。首が飛ぶのはブラッディ伯爵ではなく、その方のはずです」
「我々の中にその一人がいるとでも!?」
拳を机に叩きつける音が聞こえてくる。声を張り上げる元老達に「静かにしないか」とリーダーらしき一人がピシャリと言い放った。
「モンモランシー。君も言葉がすぎるぞ」
「……申し訳ございません。話が逸れてしまいましたね」
軽く一礼する様子に息をつき「続けたまえ」とリーダーが返す。
「……はい。被害者女性、約三十人ものの命。彼がラヴァル伯爵を止めなければ、被害者はもっと増えていたことでしょう。ラヴァル伯爵が自殺したのではなく、殺されたのだと判明したとしても、ブラッディ伯爵は凶悪殺人事件を解決した街のヒーローとなります。
そのヒーローを裁いたとなれば、元老は国家資産源を失った憎悪でブラッディ伯爵を不当逮捕したのだと思われかねません―――つまり、ラヴァル伯爵を殺した罪など、彼が行っていた殺人に比べれば些細なことに過ぎないのです。それに、この裁判で重大なのは彼が黒魔術をしていた、ということ。皆さんもご存知でしょう? ルカイアナ派による大量虐殺事件を」
全員が口篭る。それを見たアーサーが更に追い打ちをかけるようにして続けた。
「ルカイアナ派の事件以降、黒魔術による死者復活思想が認知され、国内ではその思想を真似た事件が多発していきました。その為、それらに関わる全てを取り締まり、第二のルカイアナ大量虐殺事件を阻止してきたわけです。
ですが彼は、人知れず地下で黒魔術を行い、多くの女性たちを亡き者にした……これは第二のルカイアナ事件と見て取れます。混乱を招くなどと言って世間に公表はされていませんが、その事実がある事を忘れてはいけません」
「……モンモランシーの発言も理解できる。しかし、もしもその殺害が私怨によるものならどうする? ブラッディ家とラヴァル家と言えば、あまり良好とは言えぬ仲だったそうではないか。実際、ラヴァル伯爵の領地の半分はブラッディ家のものになったわけだろう? 領地拡大の目的の可能性もあるではないか」
割入れられた言葉に「領地拡大というなら、現在ラヴァル伯爵の穴埋めをしているロードナイト家にも言えることです」とアーサーが冷静に返した。
「私怨の可能性は低いでしょう。ブラッディ伯爵といえど、伯爵同士の掟は分かっているはずだ。わざわざ捕まるリスクを犯して私怨やら領地を広げようなんて彼にそんな度胸はありませんよ。拡げたところでその分の土地税もかかる訳ですから。
私が思うにリスクを犯してまで殺害に至ったのは、それほど余裕がなかった証拠かと……こう、考えられませんか? ブラッディ伯爵は利益のためにラヴァル伯爵を殺したのではない。なんらかの危険を感じて、殺しという手段に出るしかなかった……もしかしたら、見てしまったのかもしれませんね。死者が復活する様を」
「……っ!」
確信しているかのような目を向けられ、シアンは脳裏に嫌な想定が過ぎった。まさかこいつ、と生唾を飲み込む。
「実はラヴァル伯爵に行方不明事件犯人の疑いをかけ、彼に調査を頼んだのは、この私です」
「なに? それは真か?」
「ええ。ミレスティア街で行方不明事件が多発しているにも関わらず、証拠不十分だった過去の資料がどうにも引っかかりまして。けれども我々が動けば、ラヴァル伯爵は警戒する事でしょう。
ブラッディ伯爵は同じ地域ですし、先程仰っていたように彼との仲が良好なわけでもないので、裏切ることはないだろうと確信がありました。それ故、彼に協力を頼んだのです。そうでしょう? ブラッディ伯爵」
口角だけを上げた笑みのまま、問いかけてくるアーサーに、冷たく「……ああ」と首肯する。よくもそんなデタラメなことばかり言えたものだ。けれど、了承しなければ自分の弁護はなくなる。
何より上から命令された、と言うことにすれば責任があるのはアーサー自身だ。どういうつもりかは分からないが、今は肯定するしかない。
「彼はよく頑張ってくれましたよ。自分の使命を全うし、ラヴァル伯爵から例の本を回収するだけでなく、黒魔術についての調査も行ってくれました。
今日はその本を手渡しに、わざわざご足労頂いたのです……黒魔術の本故、こちらに届くまで誰の手にも渡すわけにはいきませんから……まさか、たまたま裁判が決まった後に来ていただけるとは思いませんでしたが」
アーサーの持つ本に、シアンが目を見開く。郵送では危険だと、手渡しするまで自身がずっと預かっていたラヴァル卿の遺品だ。
貴族会議が王都で行われる為、ついでに騎士隊へ返そうと持ち込んでいたのである。肌身離さずと、コートの内ポケットに入れていたのが仇となった。
「彼の調査報告は以前、私宛に送られてきました……ですが、手紙では色々と伝えにくいこともあるでしょう。
実際、話せなかったことはまだあるんじゃないですか? ブラッディ伯爵。せっかくこういう機会ですし、お話してはいかがでしょう。それが貴方の罪を弁明できる唯一の方法ですから」
顔を覗きこむようにして発せられたアーサーの言葉にシアンの片瞼が痙攣した。こめかみに青筋が立つ。
ずっと変だと思っていたのだ。今年に限って二回も貴族会議を行うだなんて。この場で言い逃れは出来ない。もしも、黒魔術についての情報を吐かせるために、全てこの男に仕組まれたものだとすれば―――いや、この男に限っては大いに有り得る話だろう。騎士隊の長であるアーサー・ド・モンモランシーならば。
(クソッ……! 嵌められた……!)
眼前の手すりに握り拳を作る。始めから、この男は分かっていたのだ。ラヴァル卿の事件に関わったことで黒魔術を目にしていたと。だから、ヴェトナの時にわざわざ本を渡してきた。全てはこの時―――自分の蒔いた種が実を熟す時に刈り取るためだ。
ラヴァル卿で得た情報だけではなく、場合によっては調査で多くの情報を得られると考えたのだろう。国家権力を使えば逆らうことはまず出来ない。また、黒魔術を目にしていれば、必ず興味を持って動く。そんな自分に対する信頼だ。
貴族会議だと王都に呼んだのは自分を逃がさないため。ラヴァル卿殺人の裁判を使って逃げられない舞台を用意し、情報を引き出させようとした。そして先程、騎士から頼まれたと肯定してしまったことで、自分の罪の弁明のために言わざるを得なくなった。
「どうされました? ブラッディ伯爵。このままでは、貴方の罪は確定されてしまいますよ……さあ、早く。ご弁明を」
手すりに手を置かれ、身を乗り出すようにしてアーサーに見つめられる。本当に味方なのか敵なのか分からない奴だ。
空気の重さにシアンは肩を落とし、観念してゆっくりと口を開いた。
◆
「ははっ。いい眺めだね。いかにも高貴そうなキミがこんな汚い独房の中にいるなんて。案外様になっているじゃないか、ルーキス君」
元老院の別棟にある囚人収容所にて。鉄格子を挟んだ先にいる人物に、アーサーがニコニコと人の良さそうな笑みを向けた。
「その名で呼ぶなと言った」
一方で汚い独房に腰をつき、手錠を嵌められた金髪男はただ無言で眼前を睨みつける。
「いいじゃないか、二人きりだし……ほんと、キミは強情な男だね。せっかく僕が助け舟を出してあげたのに、それを放って黙秘だなんて。ちゃんと弁明すれば今頃ここには……」
「くだらん茶番だ」
遮って放たれた凄みのある言葉。一喝されたように見下ろしていたアーサーの動きが止まる。
「何を言ってもどうせ結果は決まっていた。暗黒時代後、伯爵十家が崩れたことは一度もなかった。それが崩れたともなれば、よからぬ事を企む奴がいるのではないかと警戒も強くなるはずだ。それがラヴァル卿の自殺で納得するはずがない。そうだろう?」
「……ははっ。なんだ、分かっていたのか。つまらないな」
やれやれと言った様子で踵に座り「ご名答」とアーサーがシアンと目線を合わせる。
「この裁判は頭の固い連中たちを納得させるための形式的なものさ。ラヴァル伯爵はああ見えて、伯爵十家が一人でこの国の資産家だからね。国家資産に貢献してくれたし、何より金を使うことに躊躇がなかったから、上としては使い勝手のいい男だった。
けれど奴が死に、その遺産の管理者はあろうことか同族組織のモンモランシーへと渡ってしまう」
「……なるほど。あの男なら汚い金のやり取りはしないわけだから、ラヴァル卿と不正をしていた奴が不満を持つと」
シアンの返しに「それもあるけどね」とアーサーが呆れたように鼻を鳴らした。
「キミの言う通り、長年崩れることがなかった伯爵十家が崩れたともなれば、元老達が動かないわけがない。ましてや自殺で納得するやつなんて、不正者含めてあの中には誰一人いないさ。
だからこそ、なんとしてでもラヴァル伯爵事件を殺害として見て、犯人を探し出そうとした。その辺の適当なやつを犯人にしても良かったけど、キミが牢獄に入っているのを見たかったからレオナルドに頼んだんだ」
「やっぱりお前のせいか、クソッタレ」
いつになく口調が乱れるシアンに「口が悪いなあ」とアーサーが返す。
「彼は喜んでやってくれたよ……まあ、罪は罪だ。遅かれ早かれこうなる未来はあったのさ。それにキミは伯爵十家の中で誰よりも若いからその辺の信頼も薄いんだよ。伯爵同士の夜会も避けていたとか。信頼されないのも無理はない」
「……はあ。それならますます分からないな。遠回しに牢獄に入れておいて、何故俺の弁護をした?」
「だって僕たち親友じゃないか」
当然のように言って首を傾げるアーサーに、シアンは思わず「は?」と素の声を出した。何を言っているのかさっぱり分からない。
「困っていたら助けるのが親友ってやつだろ?」
「なった覚えがない」
「分かっていないなあ。友達も親友も知らずになっているものなんだよ。天涯孤独のキミには分からないかい?」
「いや、そもそも……は? お前がここに閉じ込めた元凶だってさっき自分で言っていたろ?」
「そうさ。時には助け、時には助けられる……絶妙なバランス関係の元、互いに利益ある都合のいい付き合いをする。それが友達であり親友だろ?」
心理的にそうじゃない、と言いきれず押し黙る。が、そんなことを堂々と語る親友も見たことがない。イカれているなと、シアンはただ一言返した。
「いやだなあ。キミだって利用できるものは利用するだろう? キミと僕は同族同士さ」
「なんでお前みたいな拗れた変人サディストと一緒にされなきゃ……」
ボソリと放たれた一言に「随分言ってくれるね」と不満そうにアーサーが嘆息する。
「あーあ、初めて会った頃のルーキス君はまだ可愛かったなあ。僕の事もお兄ちゃんって呼んでくれていたし、何より純粋で目がキラキラしていた……帰る時なんて、もう帰っちゃうの? って涙目になりながら裾を引っ張ってさ……あの天使は一体どこに……」
「だからその名で呼ぶなと言っているだろ! した覚えもない!」
怒鳴りつけるような声に「キミとの思い出は僕の心のメモリーにしっかり刻んであるよ」とアーサーが恍惚とした表情で胸を抑える。それを見て、シアンの口角の片方がひくついた。
「ちっ、気持ち悪いやつだ。そういう言い回し、本当にラヴァル卿とよく似ているな」
ガンッ
シアンが吐き捨てた瞬間に目の前の鉄格子が鷲掴まれた。ギリギリと力を入れたその手は僅かに震えている。
「いけないなあ~。僕がそれを嫌っているのは知っているだろう?」
先程とは別人のような憎しみを込めた瞳に「はっ、これでお互い様だな」とシアンが満足そうに口許に嘲笑を浮かべた。
「モンモランシー伯爵とラヴァル伯爵に嫁いだその妹分の間にできた非嫡出子……ラヴァル伯爵とは異父兄弟だもんなあ……似ていて当然だ。父親の不貞、近親交配が発覚したともなれば、さぞ苦労してきたことだろう。今回の黒魔術事件も血の繋がった兄の仕業だもんな。同情するよ」
「……全く、歳をとる度にキミの生意気度が上がっていって困るよ。折角友好的に接してやっているのにさ」
嫌味ったらしいシアンの言い方に、アーサーは確実な怒りを眉間に溜めながら、声色を低くさせる。
「キミはまるで分かっていないな。今キミが僕にすべきことは煽り返すことじゃなく、僕に尻尾を振って助けを懇願することだろう? ……さっきの裁判、追って判決を言い渡すって言ったね」
「ああ……?」
「先程。元老院第一席、ヴェルトラ・クライセの判決により、キミの死刑が確定した。今から五日後だ」
「……は?」
その言葉にシアンは声を失う。ある程度の期間、牢獄に入れられる事は想定していた。だが、ラヴァル卿の死により管理が崩れた北西地域をまとめるためにも短期間だと思っていたのだ。
「いや、ありえないだろ? いくらなんでも……」
「キミの態度を見るに、どうせ北西地域管理があるからとかで重い刑罰は下されないと思っていたんだろ? 馬鹿だなあ。
伯爵同士の鉄の掟……いかなる場合も戦争、暗殺、殺害することを禁ず。暗黒時代が終わってから守るべきルールとして何十年も守ってきたんだ。けれどキミがそれを崩した。これを機に他の伯爵までルールを破りだしたらどうする? それを防止するためにも、一番手のキミには重い刑罰を下さなければならない。キミは見せしめなんだよ」
真面目な顔で語るアーサーに息を飲んだ。事実なのだと思い知らされる。まだ受け入れられなくて、震えた口が何度も開閉した。長く間を開けた末に「そうか」とたった一言こぼれる。
「……もし、俺が処刑されたら、屋敷にいる人間はどうなる?」
絞り出した問いかけにアーサーは少し考えてから「そこは安心しなよ」と返した。
「君がいなくなった後の北西地域は南側をロードナイト卿が、北側をクロフォード卿が管理をしてくれる。君の屋敷の人間はクロフォードが面倒見てくれるだろう」
淡々と述べるアーサーにシアンは再度「そうか」と息をつく。その口元は柔らかく、安堵のものだった。
「それなら、良かった」
自分が死刑だと告げられているにも関わらず、屋敷の人間のことを気にし、この表情。まるでなにかから解放されたみたいだ。アーサーは眉をひそめ「まあ、気が早いけどね」と付け足す。
「現時点ではそう。けど、逃れるチャンスはあるよ。どうする?」
チャンス、の言葉に先程のアーサーを思い出す。シアンが眉を顰め「お前に頼んだからと言って今更刑罰が変わるわけないだろ?」と目を逸らした。できるとしたら? アーサーの言葉にシアンが驚いて再び前を向く。
「……本当に、そんなことができるのか?」
「ああ。その代わり、力を貸してほしい。もう、動いている頃だ」
一体なんのことだと神妙に目を細める。「モーゼス・モットレイという男を知っているかい?」急な質問と共にアーサーが続けて口を開いた。
「元老の一人にしてアルマテア王国元大臣……一番始めに絡んできた男がいたろ? 彼はその頭のキレで、この国の政務を長年執ってきたけれど、戦争賛成派らしい過激な考えのせいで、急遽息子にその椅子を奪われてね……というより、優柔不断な王を操ろうとしたけど、戦争に反対する庶民の暴動を恐れた王の方がそいつをフったみたいな感じかな。そこからは元老の椅子に座って、王が放棄した計画を密かに続けているとか」
「そいつが、ラヴァル卿と裏取引していたと?」
その場から立ち上がり「恐らく……いや、確実かな」とアーサーがシアンを見下ろす。
「それでなくても長年王に尽くしてきたのに、息子にその座を奪われたんだ。裏切られた気持ちもあるだろう……そうなれば何がなんでも自分の描いていた計画をやり遂げようとする。その為にラヴァル卿と取引し、金を得ていたとかね」
「……そうか」
色々と思うところがあるのか、目を伏せて苦くかみ締める。間を開けてから「そんな男で俺の死刑がどうにかなるとは思わないんだが?」とシアンが話を切り出した。
「第一、協力するにも俺はここから動けないんだぞ?」
「ああ。力を貸してほしいのはキミじゃないよ。さっき言ったろ? もう動いていると」
ニヤリと冷笑を浮かべるアーサーにシアンは目を眇めて首を傾げた。
◆
「聖櫃、ですか?」
ツグナの隣に座って話を聞いていたミシェルは、思わずブレンダにオウム返しして尋ねた。
自分が騎士になれと強制されたあのころでは有り得なかった女騎士―――色々と思うところがあり、まじまじと見つめてしまう。
「ああ……私がどうかしたか?」
「い、いえ! あー……お腹、大丈夫ですか?」
腹を見る限り妊娠していることは確かだ。しかも、大きさからいってかなり後期のものだろう。確か、これだけ大きければ、腰痛や赤ん坊による内臓圧迫で息苦しさがあるはずだ。
「問題ない。少々苦しいが……悪阻と比べたらどうってことない」
「そうですか……その、お相手って……」
返しつつ、視界に入った白髪に、ミシェルはちらりと目線を向けた。ブレンダの背後から睨みつけてくる黒髪男に、ツグナは俯き、目に見えてわかるほどガクガクと震えている。先程からわけも分からず集中的に睨みつけられ、緊張で変に手汗が酷かった。
「レオ」
それをみて悟ったのか、ブレンダはため息をつき、後方を見ずに一言言ってみせた。レオと呼ばれる男―――レオナルド・カーライルは反射的に背筋を真っ直ぐ伸ばし「はい、なんでしょう。お嬢様」と眼鏡を直す。まさかこいつじゃないよな、とミシェルが眉をひそめた。
「はあ、返事だけはいいんだがな。あと、お嬢様と呼ぶのはやめろ。もうそんな歳じゃない。全く……前から言っているだろう? もっと他の人と友好的にだな……」
「お言葉ですが、私はブレンダ様以外の方と仲良くする義理も理由もありません。第一、何故今回の件にこんなひょろっちいガキを……!」
再度睨みつけてくるレオに、ツグナは素早く顔を逸らして目を合わせないようにした。ラニウスの時と同じ反応だ。そんな二人を冷ややかに見つつ、ミシェルは話を切り替えようとして「今回の件?」と問いかける。
「ああ。話が逸れてしまったな。今回の件というのは先程言っていた聖櫃についてだ。聖櫃というのはルミネア教関連の重要書類を保管している箱だと言われている」
「言われている?」
「ああ。代々王族が受け継ぐものでな。我々も詳しいことは知らないが……貴重なものであることは確かだ。その聖櫃の鍵となるのは、純金で作られた特殊な指輪―――先日それが紛失するという事件が起きた。なくなった当日、王城内で怪しげな影を見たという情報もあることから、盗まれた可能性が高いとみている」
「なっ……それってかなりまずいのでは……」
聖櫃というのは言わば国宝級の重要文化財なのだろう。それを開けるための鍵(しかも純金)が無くなったともなれば、かなり大事のはずだ。
「ああ。陛下は大変悲しまれ、その指輪を探すよう我々に捜索を命じた。だが、そもそも聖櫃が指輪で開くという事実、そしてその在処は、王族とその周囲の極わずかな人間にしか知られていない。
つまり部外者が盗むということは到底不可能だ……実は今回の犯人、既にとある男に目星をつけていてな。だが、そのための証拠が少ない」
「はあ。それで? シアン様となんの関係が……?」
今日ここに来たシアンが指輪を盗むことは絶対的に不可能。犯人の疑いをかけることは出来ないはずだ。「大ありだ」とブレンダが腕を組んだ。
「その男は実に欲深い男でな。過去にラヴァル伯爵と不正をし、ミレスティア街連続女性行方不明事件の情報を書き換えたのではないのかと疑っている。
つまり今回の指輪事件で奴を犯人として叩き出し、更にラヴァル伯爵との不正を持ち出せば、重罪なのは奴だということだ。
もし奴のしでかしが確定できれば、シアンの解放は出来ると言っていい。現場の形跡から見ても彼は正当防衛だしな」
「シアンが戻ってくる、のか……?」
先程から怯えていたツグナだったが、その言葉を聞いて思わず顔を正面に戻した。すぐにミシェルが「ですが、指輪の在り処が分からないんじゃ……」と眉を下げる。
「この街の丁度地下にダトラントという街があるのは知っているだろう? うちの士爵……リアムの調べによれば、数日後に行われるコロッセオの闘技大会優勝者に贈られる指輪とその指輪の特徴が一致しているらしい。
おそらく大金稼ぎで奴が地下商人に売ったんだろうな。地上で売るより高値がつくし、市民権が違う地上と地下では法律もまた違ってくる為、簡単に取り戻すことは出来ない……頭の回るゲス野郎だ。
そこで、我々が直接コロッセオに潜入し、闘技大会で優勝してその指輪を取り戻す事にしたのだ。ルールに則って取り戻せば誰も文句は言うまい」
「優勝って……あのコロッセオの闘技大会でですか!?」
地下街の住民じゃなくてもその存在は認知している。
コロッセオ―――ダトラントに設けられた円形型の地下闘技場だ。そこで行われる残虐極まりない闘技大会には、地下街きっての凶悪なならず者たちが集まり「莫大な富」「名声」「地上の市民権」を巡って殺し合いをする。ダトラントの名物大会なのだ。
主催者はダトラントを仕切る商人たちや、地上でお遊びに協力する貴族たちで、一度大会を開けばコロッセオ内は血の海に染まると言われている。毎回死傷者が多く出るにも関わらず開催しているのは、楽しみにしている貴族や観客から一定の支持を得ている証拠だ。
人は、自分に関わりのない生死を娯楽にすることができる、生まれながらにして残酷な生き物なのである。
「そうだ。たとえ地上の人間とはいえ、地下に行けば地下のルールに従わなければいけない……だが勿論、精鋭の我々の手を持ってしてでも、優勝するのは容易なことでないだろう。そこで……我々の長がコロッセオ潜入に、白髪赤目の少年……ツグナ・クライシスを指名した」
その名前にツグナとミシェルが同時に「え?」と困惑した声を漏らした。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでツグナが出てくるんですか……!? そんな騎士隊長の顔も知らないのに!」
「……私も何故かは分からない。だが彼を連れていけば間違いないと我々の長が言っていたんだ。彼には騎士の素質がある、と。それにシアンが護衛で連れてきたともなれば、二人とも相当な実力があると踏んでいる。何せジェフリー教官の代わりなのだからな」
「ジェフリーって執事の……? 確か、あんたとよく手合わせしていたわよね? 実際見た事ないけど、そんなに強いわけ?」
問いかけるミシェルに「うん。強くて怖い」とツグナが目を伏せて自身の腕を抱いた。その反応に「知らないのか?」とブレンダが眉をひそめる。
「あの方はアルマテア騎士隊第十三代隊長だ。辞任してからは騎士育成所にて鬼教官と恐れられていた」
「ええ!? 執事さんってあの鬼のランバートだったんですか!?」
これでも一応騎士を目指していた故、その名前はミシェルもよく知っている。自分の父が騎士をしていた一世代前の騎士隊長だ。士爵ながら隊長になるという初の快挙を成し遂げた人物であり、騎士隊の歴史に名を残した……騎士に身を置いていたのは以前ロバータから聞いていたが、まさか本当にあのランバートだったなんて。
「ああ。士爵で初めて隊長になったお方でな……私の尊敬する一人だ。私の父はジェフリー教官に鍛えられたことがあってな……」
その異名を聞いてブレンダは自分の事のように嬉しそうに返した。こほん、とレオナルドから不満の咳払いが聞こえてくる。
「ブレンダ様……話が」
「ああ、ついな。今回ジェフリー教官にお会い出来なかったのは残念だが……仕方がない。話を戻そう」
既に冷めてしまった紅茶を一口飲んでから息をつき、改めてミシェルとツグナに目を向ける。
「この体ゆえ、私がコロッセオに潜入するのは難しい……だが、人手が多ければ多いほど、優勝に届く手も多くなるというわけだ。勿論、こちらからは騎士隊屈指の強さを誇るレオが出場することになっている。危険になるとは思うが……どうか、彼と一緒に出場してはくれないか……?」
「えっと……」
戸惑っているツグナに「駄目よ!」とすぐさまミシェルが声を張って止める。
「あんたコロッセオの闘技大会知らないでしょう!? あれは人殺しが許されている、なんでもありの大会なの!!」
「お前に聞いてねえよ、女狐」
睨みつけながら毒を吐くレオナルドに「ああん!?」とミシェルが怒鳴り散らす。先程からの態度の悪さに怒りが爆発したのだろう。
「さっきから黙っていりゃあ! あんた、騎士だからってなんでも許されると思うなよ!? 大体頼んできてんのはそっちなのに態度が悪ぃんだよ! 今すぐてめぇの顔面ぶちのめしてやろうか!?」
隠す気もない暴言に「やれるものならやってみろ」と二人が距離を詰めて睨みつける。
「やめないか!」
いつになく声を荒らげて立ち上がった瞬間、ふらりとブレンダの体が前に傾いた。それを見て、ツグナが反射的に体を支える。紅茶の入ったティーカップが地面に落ち、音を立てて割れた。
「すまん……ティーカップを割ってしまったな……最近どうも貧血気味で……ありがとう、ツグナ君」
「はい……大丈夫、ですか?」
「問題ない」
支えられるままソファに座り、ブレンダが怠そうにソファにもたれ掛かる。それでなくても妊娠しているのだ。表に出そうとしていないだけで、体はかなりだるいはず。「お嬢様!」ミシェルの胸ぐらから手を離し、レオナルドがブレンダの傍に寄る。
「申し訳ございません。お体に障りましたか……?」
「平気だ。いつもの立ちくらみだよ。もう治った」
肩に置いたレオナルドの手を力なく払い「私も強制するつもりはない」とブレンダが続ける。
「コロッセオは危険なところだ……ましてや君のような若者が立ち入るところでもない。何故アーサーが君を抜擢したのかは分からないが……でも、彼の判断に間違いはないと私は知っている。意味の無いことをしない人だ。だから私は彼を、君を信じたい」
慇懃に頭を下げるブレンダに「分かった」とツグナが返した。ちょっと! と止めに入るミシェルに「いいんだ」と続ける。
「どの道シアンを解放するにはそれしか方法がないんだろ? 僕は……あいつのしたことが正しいとは思えない、けど。ジェフリーさんと約束したんだ。救ってやってくれって。だからやるよ。このまま、屋敷には帰れないからな」
真っ直ぐ見つめてくるツグナに「あんたって本当なんなの……」とミシェルが呆れて頭を抑える。恩に着る、ブレンダがその場で深々とお辞儀した。
「大会は三日後。当日になったらレオが迎えにいく。よろしく頼むぞ」
顔を上げるブレンダにツグナは引き締まった顔で小さく頷いた。
「相変わらず、手の込んだことをするな」
話し終えたアーサーに、シアンは吐き捨てるように呟く。そんな交渉じゃ、特にツグナは断れるはずがない。
「別にこれぐらいキミだってするだろう? 裏で手を回すの大好きじゃないか」
「お前ほどじゃない」
「ああ、僕は好きだよ。自分の思い描いた通りに物事が運ぶのは気持ちがいいからね……それに、相手の運命を支配している気になれる」
「お前は呪われているな」
呪詛を吐くかのような重々しい語調の投げかけに「それをキミが言うのかい?」とアーサーが踵を返して歩き出した。待て、と背後から震えた声がアーサーを呼び止める。
「……頼みがある」
いつになく、下手に出た弱々しい声だった。普段、高圧的な彼もやはり牢獄という場所に捕らえられていては、そうならざるを得ないのだろうか。なんだかおかしくて「ん? なんだい?」と前のめりにアーサーが耳を傾ける。
「僕、これから姫のおもり……護衛があるんだけど。手短に頼むよ?」
「……ここに入る前に取った、俺のロザリオを返してくれないか?」
その頼みにアーサーの口角が少し下がった。構わずシアンが続ける。
「あれは母さんの形見で……あれがないと、不安になるんだ。頼む、それだけでいい」
服の下に隠しているが、いつも肌身離さず身につけていた母の形見。牢獄に入れられる前、服も拳銃も、金品も全て取られてしまい、現在手元にあるものと言えば、自分を縛りつける枷だけ。
あのロザリオは以前、教会でツグナに渡したものとはわけが違う。紛失なんかしたら、立ち直れる気がしない。心做しかそう訴える体は少し震えていた。
「それは出来ないよ。いくら伯爵とはいえ、今のキミは囚人なんだから。囚人に金属物を渡すのは禁止されている」
「頼む、アーサー」
真っ直ぐと懇願してくる碧眼に見つめられ、アーサーは動きを止める。しばらく間を開けてから「……まあ、熱心な信仰者とでも言えばなんとかなるかな」と口元を指先で触った。
「前にね、あまりにも信仰熱心なヴァルテナ人の神父がいてさ。ロザリオを取ったらその場で舌を噛みちぎって死んだんだ。そうはなって欲しくないからね……まだ希望はあるんだから。ま、一応聞いてはみるよ。僕はキミの親友だからさ」
「……感謝する」
シアンなりに精一杯の感謝の言葉だ。プライドが高い分、滅多にお目にかかれるものじゃない。ゾクゾクと背筋に歓喜の震えが這っていくのを感じながら「じゃあ、また顔見に来るから」と歩き出した。
「……母親の形見、ね」
馬鹿馬鹿しい。いつになく冷たく、影を残すような呟きを落とし、アーサーは牢獄を出ていった。
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