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第一部 三章
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痛い。いたい。イタイ。どうして、体が動かないのだろう。
暗闇の中、晒し木に括られたまま朽ちた自身。少女は、自分が死んだのだと悟った。何度目かも分からない―――けれど、本当の死を迎えるのは恐らくこれで二回目だ。一回目はそう、前の世界で。
(……散々な人生だった)
コアを破壊され、もはや復活できない自分は、ようやくこの世界から解放される。これで何もかも。今度こそ、死ねる。今度こそ楽になれる―――だのに、溢れ出すのは嬉しさではなく憎悪。憎悪。憎悪。
私はただ、父の言いつけを守っただけなのに。全て奪われた。全て無駄だった。アレクも、リカルドも、駆けつけてくれたキッドたちもみんな、殺された。ジェラルドも、リサも、クリフも、みんなみんな。私の大切なものは全て、この世界に奪われた。
悔しい。腹立たしい。機能しなくなった腸が煮えくり返る。なんで、どうして。こんな目に合わないといけないのだろう。
「おー、おー。哀れな娘だな」
突如何処からか知らない声が聞こえてきた。二重になっていて、普通ではない音の羅列。顔は動かないし目も見えないが、自分の傍に誰かいるような、そんな気がした。
「お前の最期を見ていたぞ。父親の言いつけを守り、殺しを避け、皆を救おうとしたのに。報われない奴だ」
憐れむ声は、自分の周りをぐるぐると回っているのか、四方八方から聞こえてくる。死に様を笑われているようで不愉快極まりない。耳障りだ。「まあ、そう不快に思うな」声は構わず話しを続ける。
「我はお前に同情しているんだ。自分がどれだけ傷ついても、人を傷つけようとせず、お前はお前の善を全うした。だのに、世界はどうだ? お前を突き放し、挙句の果てには悪人に仕立てあげ、死してなお、お前をさらし者にしている。お前は何も悪いことをしていないのに。もっと報われてもいいはずじゃないか」
寄り添う声に心が揺れる。抑えていた悔しい気持ちが、憎しみが、さらに大きく膨れ上がった。けれど―――
(……別にどうでもいい。もう疲れた。このまま楽になれるなら願ったり叶ったりだ)
思考を捨て、波立つ感情を抑え込む。今更何か出来るわけでもない。生きていたっていいことがあるとは限らない。むしろ人生は、辛く厳しく、悲しいものだ。だったら、このまま楽になりたい。もう何も感じたくない。
「奴らに復讐できるとしても?」
問いかける声が少女の空っぽになった頭蓋に響いた。声は更に続ける。
「我は今、この地に留まったお前の怨恨と話している。それだけ世界を憎んでおるのだろう? お前が望むのであれば、我がお前にチャンスを与えてやる」
チャンス? 未だ疑念に満ちた様子で言葉を繰り返し脳内に浮かべると、声の主は「そうだ」と見えないところで口角を上げた。
「我の力でお前をもう一度始まりに戻してやる。さすれば、これまで死んでいった者達を救えるかもしれない……お前の大好きな父も。クリフも。アレクという青年も―――まあ、全てはお前次第になるがな」
本当にそんな事が? 気持ちが傾き、答える少女を待っていたかのように、声の主は「ああ」と返した。
「ただし、そうなればお前は我々と同じ永遠に苦しめられることになる。果てしなく長く、終わりのこない時間だ。それでも構わないのなら、我の力を与えてやろう」
少女は考えた。このまま死んでしまえばそれはそれで楽なのかもしれない。ずっと望んでいた死。けれどそれで本当にいいのだろうか。もしどこかで違った選択肢を選んでいれば、アレクやクリフ―――皆が生きていた未来に辿り着けるかもしれない。生き永らえる苦しみは分かりきっていることだが、それでも。
(終わりたくない……こんな結末、納得できるはずがない!)
「お前が永遠に苦しむことになってもか?」
(構わない! 私は皆を救いたい!)
声の主は彼女の返答を聞いて満足気に「それでいい」と笑った。
「お前の強い意思、しかと我が聞き届けた」
声は少女の周りをぐるりと周回し、朽ち果てた体にまとわりついた。黒い霧が、少女の体へとしみこんでいく。やがてそれは、朽ちた彼女の体を再構築し始めた。光の粒子が空間全体に拡がっていき、二重にも三重にも歪んだ記憶の中を遡っていく。
「我が名はテネブラエ・アルネス・トゥーア。お前の体、確かに我が貰い受けるぞ」
◆
「……っは」
気付けば、赤目の少女は弓を構えていた。矢先に目線を移してみれば、男に殴られているジェラルドの姿がある。懐かしいその姿に感動をしている余裕なんてなかった。自分は何故こんなところにいるのだろう。未だに脳の状況処理が追いつかない。
「あっ……」
ずっと構えているのが辛くなって思わず手を離してしまった。風を切ったそれは狙っていた男を掠めて向こう側の壁に突き刺さる。気づかれたと、全身から血の気が引いていった。
「あぶねえ……矢が……お前がやったのか」
ひっ、と脅えた声が引き攣る。弓を持ったまま地面にしりをついて、片手を使って後退した。男の手には父から奪ったナイフが握られている。
「もう、商品だろうが知ったことか。ここでお前を殺して、虫の息になったそいつの隣に並べてやる」
わざとらしく近くのテーブルにナイフをあてたまま、男が跡をつけるようにして引きずる。後退を続けているうちに部屋の向こう側の壁に到達し、逃げられないことを悟った。なんだか以前も見たことがあるような光景だ。
もうダメだとギュッと目をつぶった時、血だらけで立ち上がったジェラルドが突進するように男に体当たりした。気づいた男は素早く腹にナイフを差し込むが、ジェラルドは構わずその太い腕で男の首を絞め、その状態で男の頭を強く壁にうちつけた。ゴッ、とズレたような音がし、男はその場で膝をついて倒れる。ポタポタと床に赤が滴り落ちた。
「と……さん」
心配そうに見上げるリーゼロッテの前で、ジェラルドが膝をつきもたれかかる。無事でよかった、耳元で聞こえたその嗄れた声にリーゼロッテは自由になった両腕でしっかりと抱きしめた。が、その後安心したかのようにジェラルドが横に倒れる。
「ひっ……」
改めて倒れた父親の全体を見て、声を失う。顔は金属で殴られたのか鼻が折れ曲がり、目を中心に赤黒が広がっていた。抉れた箇所から血が溢れている。きっと頭の中も内部出血が酷いだろう。腹のナイフも深いところまで刺さっている。
見たくもない父の無惨な姿。なのに何故だろう。私はこの光景をよく知っている気がする。いや、知らないはずがない。
だってこの人生は―――私が一度経験したものなのだから。
to be continued…?
暗闇の中、晒し木に括られたまま朽ちた自身。少女は、自分が死んだのだと悟った。何度目かも分からない―――けれど、本当の死を迎えるのは恐らくこれで二回目だ。一回目はそう、前の世界で。
(……散々な人生だった)
コアを破壊され、もはや復活できない自分は、ようやくこの世界から解放される。これで何もかも。今度こそ、死ねる。今度こそ楽になれる―――だのに、溢れ出すのは嬉しさではなく憎悪。憎悪。憎悪。
私はただ、父の言いつけを守っただけなのに。全て奪われた。全て無駄だった。アレクも、リカルドも、駆けつけてくれたキッドたちもみんな、殺された。ジェラルドも、リサも、クリフも、みんなみんな。私の大切なものは全て、この世界に奪われた。
悔しい。腹立たしい。機能しなくなった腸が煮えくり返る。なんで、どうして。こんな目に合わないといけないのだろう。
「おー、おー。哀れな娘だな」
突如何処からか知らない声が聞こえてきた。二重になっていて、普通ではない音の羅列。顔は動かないし目も見えないが、自分の傍に誰かいるような、そんな気がした。
「お前の最期を見ていたぞ。父親の言いつけを守り、殺しを避け、皆を救おうとしたのに。報われない奴だ」
憐れむ声は、自分の周りをぐるぐると回っているのか、四方八方から聞こえてくる。死に様を笑われているようで不愉快極まりない。耳障りだ。「まあ、そう不快に思うな」声は構わず話しを続ける。
「我はお前に同情しているんだ。自分がどれだけ傷ついても、人を傷つけようとせず、お前はお前の善を全うした。だのに、世界はどうだ? お前を突き放し、挙句の果てには悪人に仕立てあげ、死してなお、お前をさらし者にしている。お前は何も悪いことをしていないのに。もっと報われてもいいはずじゃないか」
寄り添う声に心が揺れる。抑えていた悔しい気持ちが、憎しみが、さらに大きく膨れ上がった。けれど―――
(……別にどうでもいい。もう疲れた。このまま楽になれるなら願ったり叶ったりだ)
思考を捨て、波立つ感情を抑え込む。今更何か出来るわけでもない。生きていたっていいことがあるとは限らない。むしろ人生は、辛く厳しく、悲しいものだ。だったら、このまま楽になりたい。もう何も感じたくない。
「奴らに復讐できるとしても?」
問いかける声が少女の空っぽになった頭蓋に響いた。声は更に続ける。
「我は今、この地に留まったお前の怨恨と話している。それだけ世界を憎んでおるのだろう? お前が望むのであれば、我がお前にチャンスを与えてやる」
チャンス? 未だ疑念に満ちた様子で言葉を繰り返し脳内に浮かべると、声の主は「そうだ」と見えないところで口角を上げた。
「我の力でお前をもう一度始まりに戻してやる。さすれば、これまで死んでいった者達を救えるかもしれない……お前の大好きな父も。クリフも。アレクという青年も―――まあ、全てはお前次第になるがな」
本当にそんな事が? 気持ちが傾き、答える少女を待っていたかのように、声の主は「ああ」と返した。
「ただし、そうなればお前は我々と同じ永遠に苦しめられることになる。果てしなく長く、終わりのこない時間だ。それでも構わないのなら、我の力を与えてやろう」
少女は考えた。このまま死んでしまえばそれはそれで楽なのかもしれない。ずっと望んでいた死。けれどそれで本当にいいのだろうか。もしどこかで違った選択肢を選んでいれば、アレクやクリフ―――皆が生きていた未来に辿り着けるかもしれない。生き永らえる苦しみは分かりきっていることだが、それでも。
(終わりたくない……こんな結末、納得できるはずがない!)
「お前が永遠に苦しむことになってもか?」
(構わない! 私は皆を救いたい!)
声の主は彼女の返答を聞いて満足気に「それでいい」と笑った。
「お前の強い意思、しかと我が聞き届けた」
声は少女の周りをぐるりと周回し、朽ち果てた体にまとわりついた。黒い霧が、少女の体へとしみこんでいく。やがてそれは、朽ちた彼女の体を再構築し始めた。光の粒子が空間全体に拡がっていき、二重にも三重にも歪んだ記憶の中を遡っていく。
「我が名はテネブラエ・アルネス・トゥーア。お前の体、確かに我が貰い受けるぞ」
◆
「……っは」
気付けば、赤目の少女は弓を構えていた。矢先に目線を移してみれば、男に殴られているジェラルドの姿がある。懐かしいその姿に感動をしている余裕なんてなかった。自分は何故こんなところにいるのだろう。未だに脳の状況処理が追いつかない。
「あっ……」
ずっと構えているのが辛くなって思わず手を離してしまった。風を切ったそれは狙っていた男を掠めて向こう側の壁に突き刺さる。気づかれたと、全身から血の気が引いていった。
「あぶねえ……矢が……お前がやったのか」
ひっ、と脅えた声が引き攣る。弓を持ったまま地面にしりをついて、片手を使って後退した。男の手には父から奪ったナイフが握られている。
「もう、商品だろうが知ったことか。ここでお前を殺して、虫の息になったそいつの隣に並べてやる」
わざとらしく近くのテーブルにナイフをあてたまま、男が跡をつけるようにして引きずる。後退を続けているうちに部屋の向こう側の壁に到達し、逃げられないことを悟った。なんだか以前も見たことがあるような光景だ。
もうダメだとギュッと目をつぶった時、血だらけで立ち上がったジェラルドが突進するように男に体当たりした。気づいた男は素早く腹にナイフを差し込むが、ジェラルドは構わずその太い腕で男の首を絞め、その状態で男の頭を強く壁にうちつけた。ゴッ、とズレたような音がし、男はその場で膝をついて倒れる。ポタポタと床に赤が滴り落ちた。
「と……さん」
心配そうに見上げるリーゼロッテの前で、ジェラルドが膝をつきもたれかかる。無事でよかった、耳元で聞こえたその嗄れた声にリーゼロッテは自由になった両腕でしっかりと抱きしめた。が、その後安心したかのようにジェラルドが横に倒れる。
「ひっ……」
改めて倒れた父親の全体を見て、声を失う。顔は金属で殴られたのか鼻が折れ曲がり、目を中心に赤黒が広がっていた。抉れた箇所から血が溢れている。きっと頭の中も内部出血が酷いだろう。腹のナイフも深いところまで刺さっている。
見たくもない父の無惨な姿。なのに何故だろう。私はこの光景をよく知っている気がする。いや、知らないはずがない。
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